蟻人、アリ子
ハチ子が万年都に巣を作ると人々はさらに笑顔になる。
「凄い綺麗な蜂蜜!」
ハチ子は子供たちのご飯である蜂蜜を人々に分けてくれた。
「カゾク」
蜂は社会性を持つ虫だ。だから蜂人であるハチ子も社会性を持つ。
ハチ子は家族に対してとても優しい。
ハチ子は町の人々を家族と思ってくれた。
現在、ハチ子の巣は順調に拡大を続けている。
その原因は、ハチ子を女王と認めた蜂人が移住してきたためだ。
「カゾク」
彼女たちは配下の蜂を連れずに、どこからともなくハチ子の巣に入る。そしてハチ子と触覚を合わせると卵の世話を始める。
仲間が増えれば寝床を確保するために巣を大きくする必要がある。巣を大きくすれば卵が沢山産める。仲間が多ければ卵も順調に育つ。仲間が居れば卵を産むことに集中できるから、体を大きくすることができる。
「わー。おっきくなっちゃったな」
東京ドームくらいの広さがある部屋の奥で、トラックくらいの大きさとなったハチ子と会う。
「ゼロ」
ハチ子は僕を見ると顔を伸ばしてきた。それに応えて僕も顔を近づける。
触覚がピタピタと顔に当たる。これがハチ子の挨拶だ。
「おはよう」
「オハヨウ」
挨拶するとハチ子の傍に巨大団子をドカンと置く。
ハチ子は触覚で自分の顔ほどもある団子を触ると、モグモグと食べ始める。
「皆にもご飯持ってきたよ」
拳大の団子を部屋の中央に置く。
蜂人たちは作業を止めると地面に下りて、団子を食べ始める。
「賑やかになってきたな」
皆が食べている間に部屋を見渡す。
壁には大小様々な六角形の穴が並ぶ。
トラックすらも入れる穴は巨大スズメバチといった戦闘用の蜂を育てる場所だ。今はどれも空っぽである。
人が一人入れる穴は、蜂人の赤ちゃんを育てる場所だ。うぞうぞと沢山の卵が動いている。
拳大の穴は蜂人のご飯などを持ってくる働き蜂を育てる場所だ。もぞもぞと幼虫が卵の殻を破っている。しばらくすれば僕が巣に餌を持ってこなくても良くなる。働き蜂が餌を取りに来てくれる。
そして最後に人差し指くらいの小さな穴は、人間用のミツバチを育てる場所だ。
このミツバチは町の人たちのためにハチ子が特別に産んでくれた。とてもありがたい。おかげで美味しい蜂蜜が食べられる。
「もう行くね。バイバイ」
「バイバイ」
バードさんたちと待ち合わせの時間が迫っていたため手を振る。ハチ子たちは触覚を振ってバイバイと言ってくれた。
ダンジョン近くに建てられた大きめの小屋に入る。
ここはザックさんやバードさんといった行政に携わる人々が働く場所だ。
「人手が足りない!」
会議が始まるとザックさんが苦い顔でため息を吐く。
「ハチ子たちの餌を作る係りと農業をする係り。それだけで今は手一杯の状況よ」
アマンダさんも書類を見てため息を吐く。
「近隣の村に小麦を運送する事ができなくて肉や野菜が入ってこない」
バードさんは木の椅子をガタガタ揺らす。
「ハチ子が来たため、食料不足も見えてきた。もっと畑を増やさないといけないが、人手が足りない」
ザックさんは何度もため息を吐く。
ハチ子が住んでくれたおかげで蜂蜜が取れるようになった。また防衛戦力も充実した。今は居ないけど、何かあればすぐに大量の戦闘蜂が産まれる。そうすれば万年樹の森から外敵が来ても対処できる。
しかしそれは同時に人口が爆発的に増えることを意味する。それを養うだけの人手が足りない。
「近隣の村々に、働きに来ないかと呼び掛けているが反応は薄い」
「俺たちは慣れたが、きな子もハチ子もモンスターだ。怖がるのも無理はない」
「知らない人が入ってきたらきな子やハチ子が警戒すると思うけど……」
会議は解決策が見つからないため、一向に進まない。ため息ばかりが包む。
「イーストさんに相談したいな」
小麦粉を作る機械や団子を捏ねる機械が必要だ。そのためには商人ギルドの知識が居る。人手だってもっと居る。それを集められるのはイーストさんしかない。
しかし、イーストさんは未だに王都から戻らない。
「どうしたんだろう?」
胸に不安を抱えたまま、会議は終わる。
とりあえず作業体制を見直しすることになった。ザックさんの見立てでは二十四時間働ける体制を作れば何とかなるらしい。
それは最もだけど体力的に絶対に無理だ。
それでも今はその場しのぎで良いからやるしかない。
そんな忙しい時に第二の虫人が地面から現れた!
「ゼロ! ハチ子の巣に蟻が押し寄せている! それに倉庫にも蟻が押し寄せている! このままじゃ飢え死にする!」
「すぐに行きます! 町の人はダンジョンに避難させてください!」
バードさんの知らせを聞いて急いでダンジョンから飛び出す!
ハチ子の巣に大小さまざまな蟻が大軍となって押し寄せる!
ハチ子たちは毒針や毒液で撃退するが数が違いすぎる!
「蟻人だ! 地中や樹の中に潜むから厄介だぞ!」
きな子が叫ぶ間にも足元から蟻が這いあがる! 黒い大地が意志を持って襲い来る! きな子の背中に避難する間にも、オオカミたちがキャンキャンと悲鳴を上げて跳ね回る!
「赤子さん! 兵隊蟻を倒してください!」
「さすがのゼロも仲間を攻撃されれば怒るか」
赤子さんがパチンと指を鳴らすと、一瞬にして蟻が干からびる。
「スラ子、噛まれた皆を治してあげて」
「分かった」
スラ子が生み出したスライムがオオカミたちの傷を癒していく。
それが終わるとハチ子の巣へ入る。
「ああ……酷いな」
卵は無事だが幼虫は蟻たちに噛まれて弱っている。蜂人も必死に抵抗したが、手足が捥げている。
ハチ子の体は至る所が噛まれていて、出血している。さらに毒を受けたのか、呼吸が早い。
「スラ子、皆を治してあげて」
「あい」
スラ子のおかげで瞬く間にハチ子たちは治る。幼虫も無事だ。
「蟻の死骸をどうにかしないと」
赤子さんが倒した蟻の死骸で床や地面が見えない。すぐに掃除しないと病気になる。
「蟻人と話し合わないと」
これだけ大規模な進軍をするなら必ず理由がある。それを解決しないとまた襲ってくる。
「皆殺しにしてしまえばいいのに」
赤子さんがめんどくさそうに顔を歪める。
「ダメです。殺してもその場しのぎです。会って理由を聞かないといつまで経っても襲ってきます」
「そういうものか……」
赤子さんは蟻の死骸を見ながら首を傾げた。
ザックさんとバードさん主体で蟻の死骸の掃除が始まる。
「貯蔵していた食料は全滅だ。蟻の死骸が混じって食べられない」
「畑も一回植えなおしたほうが良い。蟻に噛まれて小麦が弱ってしまった」
蟻人たちは万年都に大被害を与えてくれた。一刻も早く話し合わないと。
「きな子、蟻人は良く襲ってくるの?」
その前にきな子に疑問を投げかける。
「縄張りに入った生き物は襲うが、それ以外は襲ってこない。こんなことは初めてだ」
「初めてか……」
奇妙なのが、蟻人の姿が見えなかったことだ。指示する声すらも聞こえなかった。
「巣に入るしかないか」
巣の入り口を探す。小指から拳大の穴が至る所に空いている。これも塞ぐ作業が必要だ。
「あった!」
人一人が通れるくらいの巣穴を見つける。ここから巨大蟻が現れた。
「赤子さん、スラ子、お手数ですが僕を守ってください。きな子はここで待ってて」
「お安い御用だ」
「ゼロ、守る!」
「気を付けろ」
きな子に見守られながら蟻人の巣穴へ飛び込む!
「何も居ない?」
巣穴は意外にも蟻一匹居なかった。
「奥に何か居るな」
「死にかけ」
赤子さんとスラ子が顔を見合わせて首を捻る。
「巣に居る蟻すべてを使ってご飯を取りに来た?」
速足で巣を歩く。
しばらくすると、広い空洞に出た。
そこには、蟻人の死体が積み重なっていた!
「な、何が!」
手足が無いことから何かと争ったようだ。ただし傷口の血はすでに固まっている。
何かから逃げてきたのか?
「ゼロ、あれ」
スラ子が指さす方向を見ると、ひと際大きな蟻人が死んでいた。女王蟻だ。
そしてその前に、よろめきながらも女王蟻に話しかける蟻人が居た。
「ごはん、きます。め、あけて、ください」
蟻人は弱弱しい声で死んだ女王蟻を励ます。
「大丈夫!」
急いで駆け寄る。
「て、き!」
ギシャリと牙を向いて威嚇する!
「大丈夫! 僕は味方だ!」
立ち止まって笑いかける。
蟻人は牙を向いたままだ。
「ゼロ。もう死んでいる」
赤子さんに背中を撫でられて気づく。
女性の蟻人は、立ったまま、牙を向いたまま、力尽きていた。
「……蟻たちは、この子の命で僕たちを襲いに来た。この子は女王蟻にご飯を食べさせたかった。死んだことも分からずに」
やるせない気持ちで胸が痛む。
「いったん戻って、きな子に何があったのか聞いてみよう」
死体を跨いで地上へ戻る。
そのたびに目が痛くて涙が出た。
「仲間に攻撃されたのだろう」
報告するときな子は神妙な表情で言う。
「仲間に? 仲間割れ?」
「少し違う。あいつらは移動する際に、他の蟻人の縄張りに入ってしまったのだろう。つまり縄張り争いに負けた」
きな子の予想では、彼女たちは大火災で餌が無くなったため、餌を求めて放浪の旅に出る。
その途中で他の蟻人の縄張りに入ってしまい、争いが起きた。
彼女たちはそれに負けた。
命からがら逃げて、巣を作り直した時には、もう遅かった。
「ハチ子は同じ蜂人を受け入れたのに……」
「ハチ子は一人だったからな。家族が欲しかったのかもしれない。しかしこいつらは違う。すでに家族が居る。ならば食わせる必要がある。そのためなら同じ種族でも殺す」
理屈は分かるけど、嫌な話だ。
「よそ者は同じ種族でも敵だ。これはオオカミでも変わらない。ゼロたちのように食料を渡すなどしてくれれば別だ。仲間と思える。しかしモンスターは基本的にそんなことしない。食わせるのは家族だけ。それ以外はたとえ同じ種族でも敵だ」
悲しい話だ。
「人間なら話し合うことで解決できることだ。しかしモンスターは違う。同じ種族でも敵と判断すれば徹底的に戦う。それが基本だ」
きな子に涙をペロリと舐められる。
「これはモンスターの常識であり、良くあることだ。あまり気にするな」
「ありがとう。でも良くあることで、流しちゃダメだと思う。僕は人間。皆と仲良くしてもらいたい」
きな子の頬っぺたで涙を拭う。
「生き残りが居ないか見てきます」
心残りを残したくないから、もう一度巣へ入る。
「誰か居る!」
喉が枯れるまで叫ぶ。
返事は無い。
「死体が腐り始めている」
「ゼロ、危ない」
赤子さんとスラ子が険しい顔になる。
「もう少しだけ待ってください」
卵の一つでも無いか見て回る。しかし、餌が無かったためか、奪われたのか、一つも見当たらない。
「……嫌だな……」
再び涙が溢れて来る。
「ま、ま」
声が聞こえた!
女王蟻の周りを探すと、蟻人の赤ちゃんがハイハイしていた。
「大丈夫?」
衰弱しているため、抱きかかえる。
「お、なか、すい、た」
円らな瞳に僕の顔が映る。涙を流していた。
「分かった。ご飯を食べよう」
抱っこしたまま歩く。
「連れて行くのか?」
赤子さんがじっと蟻人の赤ちゃんを睨む。
「放っておけません」
部屋を見渡し、蟻人たちの死体を見る。
「彼女たちは必死だった。だから助けたい」
「襲われた」
スラ子が納得いかないと赤ちゃんを睨む。
「許してあげよう。もう死んでしまった」
スラ子の頭を撫でて、赤ちゃんを見る。
「君の名前はアリ子だ。これからよろしく」
「ま、ま」
「ママだよ。だからもう少し、頑張って」
よしよしとあやしながら歩く。
「君が生き残っていてよかった。お母さんたちも喜ぶよ」
アリ子に笑いかけると、笑い返してくれた。
そんな気がした。




