蜂人の来襲
町を作るとなると様々な困難が襲い掛かる。
「食料が足りない。一週間は樹液やゼロが取ってくる肉、そして皆の持ち合わせで持つと思うが」
「町を作るとなると畑が必要だな。すでに当たりはつけてある」
しかし人が集まれば困難に立ち向かうだけの力が集まる。それを活かせるかどうかが町作りの肝となる。
ザックは元貴族で農場を経営していただけに、挿し木と畑づくりの計画をすぐに立てた。
バードは商人なので、どれぐらいの物資が必要か、どこから調達するかをいち早く定めた。
教会のシスターは人々の不満を聞き、彼らを宥めた。
アマンダは持ち前の明るさで皆を元気づけた。
それらは人々の力となる。
しかしまだ足りない。
彼らには万年都に対する愛着が、まだ無い。
皆、古郷を捨ててしまった。しかし絶縁した訳ではない。
逃げ帰るという選択肢は十分残っていた。
だからこそ愛着を抱かせる必要がある。
ゼロは知ってか知らずか、それを行った。
「触ってみてください」
ゼロは人々ときな子やオオカミたちを結びつけようと頑張った。
ゼロはただ単に怖がって欲しくないだけ、仲よくして欲しいだけだった。
正解だった。
「可愛い!」
子供たちはすぐにオオカミたちと仲良くなった。
オオカミは群れを作るため、仲間と認めた相手には優しく接する。
ゼロの言葉と子供たちの無邪気な笑顔に心を打たれた。
子供が打ち解けると大人も打ち解ける。
「怖いと思っていたが、それほどでも無いのか?」
そうやって接すればオオカミたちも警戒心を解く。
「こいつらは俺たちに敵意を持っていない」
互いが打ち解ければ仲良くなるのも簡単だ。
少しずつ、撫でる回数が増える。
少しずつ、笑いかける回数が増える。
すると少しずつ、きな子たちに同情心を覚える。
「こいつらのために、少しは頑張ってみるのも悪くはない」
自分のため、家族のためなら、最悪古郷へ逃げてしまえばいい。だけどオオカミたちのためと思うと話が違う。
オオカミたちは万年都の周辺に住んでいる。
逃げる訳には行かない。
「頑張ってみるか」
そう思ってくれて、初めて錆付いた歯車が動き出す。
やる気という物は不思議である。一人一人が意識を持って行動する。それだけで作業効率は大幅に良くなる。
「挿し木は順調だな」
肥料を運ぶだけでもやる気があると歩みが早くなる。土を掘るだけでも手が早く動く。
仲間を気遣いながら、休みなく作業を進める。
「凄い!」
数千人が力を合わせると、わずか三日で1000本の挿し木が終わる。
「水を引くぞ」
川から水を畑まで引く作業も力を合わせればすぐに終わる。
「次は畑を作るぞ」
挿し木を経験すれば畑を作ることは簡単だ。ほとんど同じ要領なのだから。
「やることが全部終わっちまった……」
二週間もしないで、万年都の骨組みが出来上がった。
もちろん家など必要な物は沢山ある。だが一先ず作業を終えた。
安息の時だ。
しかし、万年樹の森は人々に安息など与えない。
「皆! 畑を見て!」
万年樹の森は数日で黄金色に輝く小麦畑を作り上げた。
見渡す限り小麦の大地だ。実で足の踏み場も無いほどだ。数千人が力を合わせても食べきれるか分からない。
「でたらめすぎる!」
ザックとバードは眩暈に倒れる。
二人とも、以前よりも数倍は収穫が早くなると考えていた。ところが実際は数百倍の勢いで収穫の時期を迎えた。
万年樹の森は人々を休ませない。
「刈り取った傍から生えて来るぞ!」
いくら小麦を取ろうと再生する。ビデオの早送りを見るかのような成長速度だ。
まるで小麦畑の海だ。
もちろんこれには理由がある。
人の手を加えたことだ。
それが万年樹の森のパワーを最大限に奮い立たせた。
「成長が早すぎて俺たちがついて行けない」
ザックとバードは嬉しさ半分の苦笑いをゼロに見せる。
「凄い成長速度ですね」
「量も凄い。下手するとここだけで領地に住む人々を食わせることができる。数千人じゃ腹がはち切れる」
しかし、笑っていられるのも今の内だった。
「早く小麦粉にしろ! どんどん小麦が押し寄せて来る!」
数百人がかりで小麦粉を作るが、作っても作っても小麦は減らない。むしろ増えていく。
「パンをどんどん焼いて! 小麦粉で潰れるわよ!」
パン生地を作って釜土に放り込む。しかしいくら放り込んでもパン生地は増える。
「釜土が足りないわ!」
急遽釜土が増産されるが、時すでに遅い。
パン生地の山が万年都にいくつも出来上がる。
「もう小麦粉を作るのは止めろ!」
「小麦を置くところが無いのよ!」
人々はその日からパンの山と格闘するようになった。
「ママ……お腹いっぱい」
「我慢して食べなさい……もったいないでしょ」
一人当たり一日50個のパンが配られる。もっと食べろと増えていく。
「いくら何でも取れすぎだ。すぐに収穫を止めないと」
「ダメだ。止めると実が地に落ちてますます増える。というか増えている。このままだと万年都が小麦の町になっちまう」
バードとザックはパンを片っ端から口に詰め込んで話し合う。
「飽きた……」
数日も経つと人々はパンを見るのも嫌になる。
以前は白いパンなど夢のようだった。
それが今は悪夢になった。
「成長速度が速すぎる。俺たちがついて行けない」
バードは食べ過ぎて嘔吐しながら小麦の山を見つめる。
「ただでもいい! 他の村や町に売りに行かないと!」
腹を押さえながら今もなお実を付ける小麦畑を見つめる。
「きな子は大丈夫?」
「小麦畑を狙うネズミたちが無防備に来る。腹は一杯だ」
一方ゼロはガツガツと巨大なネズミに噛みつくきな子に笑いかける。
「それよりも、人間たちのほうが騒がしいが?」
「嬉しい悲鳴だから気にしなくていいよ」
ウシシッと二人は笑いあう。
「スラ子、美味しい?」
皆が困っている時に、ゼロはダンジョンの奥で食べきれない分をスラ子に食べさせる。
「美味しい!」
スラ子は山盛りのパンをモグモグと元気に食べる。
「私も血が飲みたいぞ」
「分かりました」
スッと手のひらを切って赤子に捧げる。
「やはりゼロの血が一番美味い」
「ありがとうございます」
ゼロはパンをかじりながら赤子と笑い合った。
万年都ができたことで数千人は飢えを知ることが無くなった。
しかし上手く行くことばかりではない。
「何だあの虫は!」
「蜂だ!」
人間が住みやすくなる。それは生き物にとっても生きやすくなることに他ならない。
「蜂人だ! 皆ダンジョンに避難してください!」
住処を追われた蜂人たちが新たなる餌を求めて襲い掛かる!
「スラ子! 赤子さん! きな子! 追い払ってください!」
「皆殺しにしてしまえばいいのに」
「ゼロ、優しすぎる」
「二人ともぼやくな。それがゼロの良いところだ」
きな子の咆哮、赤子とスラ子の殺気で蜂人たちは退散する。
「また来る気だ!」
しかしゼロは蜂人たちの声を聞いていた。
彼らは何度でも餌を求めて襲ってくる。
「蜂人たちと話を付けないと!」
ゼロは逃げ行く蜂人の背中を見て、唇を噛んだ。




