第二の町、万年都
信じられない結果だ」
数日後、バードさんたちを連れて北西に行くと、ザックさんが息を飲む。
「前よりも大きくない?」
アマンダさんがペチペチと幹を叩く。
「オオカミの森の木よりも高くなっている。たった数日でここまで育つのか。……万年樹を舐めていた」
バードさんは首が痛くなるほど高い木を見上げる。
「でも、まだまだ小さいですね」
確かに学校の校舎くらいの高さになった。たった数日でこれだけ育ったのだから喜ばしいけど、育ち切った万年樹は東京タワーくらいの高さになる。
つまり、まだまだ育ち切っていない。万年樹の森の再生には程遠い。
「目標を定める必要がある」
不安になっていると、ザックさんに肩を叩かれる。
「目標ですか」
「不安になるのはどこまで頑張れば良いのか分からないからだ。だから目標を立ててみよう。何本樹を植えるとか、どのくらいの土地を開発するとか」
改めて問われると難しい話だ。
「きな子が腹いっぱい食べられるだけ育てる。それで良いんじゃないか」
バードさんがきな子を見上げる。
ふと、きな子に一日どれだけ食べられれば良いか聞いていなかったことを思い出す。
「きな子は一日どれくらい食べたい?」
「ネズミを一日十匹食べられれば十分だ」
きな子が言うネズミは熊よりもさらに大きい。あれが育つくらいとなると、まだまだ足りない気がする。
一人で考えても仕方ないのでバードさんに相談する。
「馬や牛も食べるほどの大きなネズミを一日十匹か。そうなるともっともっと森を広げないといけない」
ザックさんとバードさんは難しい顔をする。
「ネズミを育てちゃえばいいんじゃない?」
対してアマンダさんはケロッとした顔をする。
「育てるって簡単に言うけどよ」
「町には見たくも無いほど居るし、そいつらをここら辺に離せばいいじゃない。そんで残飯か何かに万年樹の樹液でも混ぜておけば勝手に大きく成るでしょ?」
盲点だったので感心する。
「しかし、ネズミを育てるための餌をどうやって用意する?」
「そんなの知らないわよ」
ズッコケそうになる。
「生き物を持ってくるという発想は良い」
ザックさんは樹の根を見つめる。
人差し指くらいの大きな蟻がうろついていた。
「樹を1000本植えることを目標にしよう」
ザックさんの考えを詳しく聞く。
「1000本も植えれば小さな森と言える。そこまで広げればきな子の食事を賄えるだけの生き物が集まるはず」
「土台を作った後は自然に任せるということですか?」
それだけだときな子がお腹を空かせる。
「考えを原点に戻そう。君の考えは万年樹の森を元に戻せば、生き物が増えてきな子の食料が増える。そうだったな」
「そうです」
「ならばそれだけを考えよう。それにネズミの養殖は畜産の分野になる。そこまで手を広げると何から手を付けて良いのか分からなくなる」
言われてみればその通りだ。
「分かりました。1000本という目標はどこから?」
「1000本以上植えるには人手が足りない。管理の必要もあるからな」
物理的な問題か。以前の作業速度を考えると、1000本でも相当大変だと思う。
「ありがとうございます。きな子、もう少し我慢してね」
「私のために皆は頑張ってくれる。ならば一月二月食べられなくても全然良い。あまり気負い過ぎるな」
きな子を慰めるつもりが逆に慰められる。
「でも、1000本も植えるなんて大変じゃない? 50本植えるだけでも数日かかったし」
アマンダさんの言葉に皆は腕を組む。
「町の人もこっちに連れてきちまうか」
バードさんがぼんやりと呟く。
アマンダさんが手を叩く。
「それ良い考え! もうあの町に戻りたくないし!」
「いっそ、ここに新しい町を作ってしまうか」
バードさんの言葉にザックさんやアマンダさんが同調する!
話が凄い方向に転がっていく!
「あの、イーストさんのところには戻らないんですか?」
「勇者たちがついに釈放された」
皆の顔が渋くなる。
「最もお目付け役みたいのが居るし、比較的大人しい奴らに見えるから、騒ぎは起きていない。だけどいい気分はしない」
「反乱分子が居たりで治安も悪いし」
「はっきり言って、あの町は終わりだ。家が無いから我慢していたが、そろそろ限界だ」
表情が本気だ。
「でも、ここには家が無いですよ?」
「作ればいいのよ! すぐに出来なくても一週間くらいなら外で寝ても大丈夫だし!」
アマンダさんの明るさが移るようにバードさんたちの表情も明るくなる。
「すべてはゼロが良いと言うかだ」
「僕ですか!」
神妙に目を瞑るバードさんに声を上げる。
「ここに住むとなると、オオカミやモンスターが怒るかもしれない。もしもゼロがダメだと言うなら諦める」
僕は別にモンスターの王様じゃないんだけど。
「でも、ここに住めば万年樹の森の再生に集中できるわ!」
アマンダさんの楽しそうな様子を見て考えを纏める。
ここに住んでくれたほうが早く森が直って、きな子が喜ぶかも。
それに万年樹の森の生き物はこちらに来ない。ならば大丈夫か?
「きな子は皆がここに住んでも良いと思う?」
「ここは私たちの縄張りではない。それに縄張りは誰の物でもない。生き物が勝手に宣言しているだけだ」
きな子は珍しくぶっきらぼうな口調になる。
でも尻尾がパタパタ動いているから、何を思っているのか手に取るように分かる。
「分かりました。ただ、イーストさんに断ったほうが良いと思います」
「イーストは王都へ行っちまった」
バードさんは珍しく頬をピクピク引きつらせる。
「勇者を放っておくなんて無責任よ!」
「反乱分子は居るし、勇者も居る。それなのに居なくなるなんて領主失格だ!」
ザックさんやアマンダさんが声を荒げると、他の人も顔を歪める。
「イーストさんは居ないのか」
かなり悪い知らせだ。イーストさんが居ないとお城や商人ギルドの人は動かない。
「悪いことするわけじゃないし、後で報告すればいいか」
知らない間に計画がとん挫しようとしている。急いで動かないとダメになる。
「分かりました。ただ僕には人を纏めることはできません」
「それは私に任せてくれればいい。これでも元貴族だ。数千人だろうと管理して見せる」
「呼びかけは私たち娼婦がやってみるわ!」
「物資の調達や管理は俺がやる。これでも商人だからな」
皆が力強く笑うと、熱い物がこみ上げる。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
その日は大忙しになった。
「万年樹の森で町を作るのかい? なら私たちも連れて行っておくれ」
教会のシスターを訪ねると、詳細も訪ねずに了承する。
「その、良いんですか?」
「食べ物も薬も入ってこないんだよ! それに勇者たちがうろついている! 怖くて堪らないよ!」
町の人たちはイーストさんを見限っている。
そんな印象を受けた。
「それに」
シスターは難しい顔をしている僕の手を取り、甲に口づけをする。
「私たちを助けてくれた子が困っているんだ。なら、迷う必要なんてないよ」
とても安らかな笑みだった。
移住を希望する人が続々と森の前に集まる。
「大丈夫ですか?」
あまりの人数に不安になってバードさんに尋ねる。
「この町に居たほうが大丈夫じゃない」
バードさんは皮肉気な笑みを浮かべた。
「荷物は全部オオカミの背中に乗せろ」
沢山の人が引っ越すため、オオカミたちの背中を使って大移動が始まる。
「手伝ってくれてありがとう」
オオカミたちにお礼を言う。
「大ばあ様のためだ」
オオカミたちは黙々と働いてくれた。
大移動が終わるとバードさんに連れられて、皆の前に立つ。
「詳しいことを話す前に、皆に俺たちの大将を紹介する! ムカイ・ゼロだ!」
バードさんに押されると皆の前に一歩出る。
「な、何を?」
「大将が挨拶するのは当然だろ? 俺たちはお前の夢に乗っかる訳だから」
「でも何を話せば良いのか?」
「お前が何をしたいのか堂々と話せばいいのさ!」
人前に出たことも無い僕に気軽に言ってくれるなぁ。
でも皆に手伝って貰いたいと思ったのは僕だ。ならば責任がある。
「えっと、凄く緊張してます」
手が震えるので正直に言うと、皆は笑う。
「だから簡単に言います。僕はきな子を助けたいです」
離れていたきな子を呼ぶ。空気が重くなる。
「怖いと思う人が居ると思います。でもきな子は良い子です」
きな子に抱き着くと困惑の表情が広まる。
それでも僕は伝える。
「僕はきな子が大好きです。それなのに今、万年樹の森が無くなり、飢え死にしそうです。だから助けてください。お願いします!」
精いっぱいの気持ちを込めて頭を下げる。
「良い演説だ!」
ザックさん、バードさん、アマンダさんが盛大に拍手をすると、拍手の波が広がっていく。
「ゼロ君! この町の名前は何!」
アマンダさんが太陽よりも眩しい笑顔を浮かべる。
「それも僕が考えるんですか!」
「当然でしょ!」
考えたことも無かった。
「えっと、万年都はどうです?」
「決まり! ここは万年都! 私たちの町よ!」
アマンダさんが快晴の空に両手を掲げる。
活気のある歓声が僕を包んでくれた。




