万年樹の森、再生の課題
「ゼロー?」
ボンドさんがくれたメモを見ていると、スラ子が膝の上に乗る。
「どうしたの?」
「詰まんないー!」
グネグネと膝の上で暴れるので頭を撫でる。
「私も詰まらないぞ?」
ギュッと赤子さんが背中に抱き着く。
「きな子を心配するのも分かるが、もっと私たちを大切にしろ!」
キュッと頬っぺたを摘ままれる。
「分かりました! 遊びましょう!」
メモを置いてスラ子と赤子さんを抱きしめる。
張り詰めた心が休まる。
「何して遊びます?」
「オセロ!」
「オセロにしよう! ようやくコツを掴めてきた」
「うわー。また連敗しそう」
カチャカチャとオセロ盤を取り出して、中央に駒を四つ並べる。
「最初の相手は誰ですか?」
「スラ子!」
「私だ私!」
「じゃあ最初はスラ子で! 次に赤子さん、お相手よろしくお願いします」
スラ子が対面に座ると、ゲームが始まる。
万年樹の森の再生計画はいきなり暗礁に乗り上げた。
まず火災の被害範囲だ。調査の結果、東京二十三区に匹敵するほどの土地が焼けてしまった。
まるで東京大空襲だ。
「万年樹の森はとてつもなく広かった」
きな子のおかげで広く感じなかったが、こうして再生を試みるとその広さに圧倒されてしまう。
「再生したいけど範囲が広すぎるし、花や樹が巨大だ。東京タワーを数十万本立て直すのと同じだ」
もしも現代に居た頃の東京で、再度東京大空襲が起きたら、その再建に何年かかるか? いくらかかるか?
国家規模の事業だ。数百人ではとても人手が足りない。
「それに虫人たちが危険だ」
消火活動が早かったため、北西側の土地は無傷だ。面積は新宿区程度と広い。しかし火災から生き延びた生き物や虫人で縄張り争いが多発している。
それに関係するのか、虫人たちは縄張りに入っていないのに襲ってくる。
危険すぎて万年樹の森を再生する作業ができない。
「ボンドさんの話だと延期して、騒ぎが収まるのを待ったほうがいいらしいけど」
自然のメカニズム。増えすぎれば食料不足で争いが起き、自然と減る。
課題が多すぎる現状では一理あると思う。
「でも、それじゃきな子が苦しいのに変わりはない」
確かに待てば騒ぎは収まるだろう。しかし焼けた万年樹はそのままだから、きな子の食べ物が無いのに変わりはない。
幸いイーストさんがきな子のご飯を用意してくれているから、飢え死にの危険は少ない。それでもお腹いっぱい食べてもらいたいし、イーストさんたちの負担も考えると早めに終わらせたい。
「それに、虫人たちがこっちに来る可能性がある」
何より僕を不安にさせたのは、住処を失った虫人の言動だ。彼らは万年樹の森の外に興味を示している。
もしも外へ出たら、彼らは大量の食料を求めて人里へ押し入る。
その結果……。
「大量の死人が出る!」
「ゼロ?」
ハッと顔を起こすと、心配そうなスラ子と顔が合う。
「ごめんごめん! 僕の番だった!」
急いで隅っこを取る!
「どうだ!」
「やった!」
スラ子が駒を置いて、次々にひっくり返す。
僕の番になる。
置く場所がない。
「パス」
「あい!」
「パス!」
「やった!」
「パス!」
「勝った!」
完敗です!
「次は私の番だ!」
「負けませんよ!」
今度は集中して挑む!
負けました。
「もう僕じゃ相手になりませんね」
数日のうちに勝てなくなった。
「二人とも、凄いな」
傍に居ると思うが、この二人は相当頭がいい。
僕の傍に居るだけではもったいない。
「ゼロ、寂しい?」
スラ子が頬を撫でる。
「泣きそうだぞ?」
赤子さんが頭を撫でる。
「抱きしめてくれませんか?」
二人に甘えることにする。
二人に抱きしめられると、とても落ち着く。
「スラ子、木はダメ。分かんない」
「植物や土地は支配できない。済まないな」
スラ子と赤子さんが目を潤ませる。
「大丈夫です! 何とかなります!」
二人のおかげで落ち着くと前向きになれる。
調査で課題と危機が分かった。何も分からなかった時に比べて状況は好転している。
この情報を元にイーストさんに相談しよう。
絶対に事態は好転する!
「二人とも、ありがとうございます!」
グリっと頭を二人に押し付けると、温かい臭いでいっぱいになる。
「スラ子、一緒」
「私はお前を離さない」
痛いくらいに抱きしめられると胸がいっぱいになる。
二人が傍に居たおかげで、その日はよく眠れた。
次の日、イーストさんが帰ってくると驚愕の事態を知る。
「サカモトとミサカズが死んだ!」
イーストさんに会いに行くと、開口一番に伝えられる。
「彼らも随分とやらかしたからな。残念だが粛清した」
イーストさんの雰囲気はピリピリしていた。
「……これで怯えずに暮らすことができます。本当にありがとうございます」
頭を下げると、イーストさんは難しい顔で頷く。
「エリカたちには会わないほうが良い。取り乱して何をするか分からん」
「分かりました」
今は僕も忙しいけど、互いに落ち着いたら会いに行こう。
なんだかんだ言ってクラスメイトだ。
反省して、イーストさんたちと和解して欲しい。その姿を見届けたい。
「ミサカズたちの墓参りをさせてください」
「分かった」
イーストさんはぶっきらぼうに席を立つ。
どうも苛立っているように見えるが、考えれば当たり前だ。
悪党とはいえ、ミサカズたちを殺してしまった。
人を殺したのだから、穏やかでは居られないだろう。
「……いざ死んでしまうと、寂しいな」
ミサカズたちの墓の前で跪く。
不思議なもので、死んでしまうと言いようのない寂しさを感じる。
あれほど憎んだ相手なのに。
「君たちに虐められたことを許す。だから、君たちが殺してしまった人たちのために、反省して欲しい」
別れの言葉を告げて手を合わせる。
「終わったか?」
「ええ」
手を解くとイーストさんに声をかけられる。
「それじゃ早速だが、万年樹の森について聞きたい」
イーストさんの目は強張っていて、とてつもなく怖く見える。
「えっと、とりあえず状況を報告します」
スラ子と赤子さんが飛び出そうとしているので、イーストさんにバレない様に必死に抑え付ける。
部屋へ戻って課題と危機を説明する。
「……チッ! ボンドの奴! 危機のことをなぜ言わなかった!」
イーストさんは見たことが無いほどに怒っていた!
「今日は疲れたから休ませてくれ」
「わ、分かりました」
赤子さんとスラ子が激怒しているため急いで部屋を出る!
「……早く元気になって欲しいな」
お城を出て歩いているとため息が出る。
きな子を助けるために、町の人たちを助けるためには、イーストさんの力が必要だ。
辛い気持ちは分かるけど、頑張って欲しい。
「奴はゼロに敵意を向けた」
「殺す……」
二人がギリギリとポケットと影の中で暴れる。
「落ち着いてください。イーストさんも辛いんです。ちょっと疲れているだけですから」
二人に笑いかける。それでも二人はポケットと影の中で不機嫌そうに蠢く。
「あまりあいつを調子に乗らせるな」
「ゼロ、優しすぎる」
そして森に入って二人を外に出すと、叱られてしまう。
「ごめんなさい。でも、あまりカッカしないでください」
二人の手を取って宥める。
二人はムッツリとした顔でそっぽを向く。
「グランドさんに会いたいな」
なぜか夢の中で出会ったグランドさんを思い出す。
イーストさんが疲れている今、相談できるのはあの人しか居ない。
「夢だから無理か」
とりあえず明日に備えよう。




