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赤子との出会い

「これはグーでこれがパー」

「グー。パー」

 スラ子は僕の真似をして拳を作ったり手のひらを広げたりする。


「パーはグーより強い」

「強い?」


「勝ちってこと」

「勝ち?」


「勝つとこうするの」

 頭を撫でながら笑いかける。すると嬉しそうに笑顔を作る。


「勝った!」

 満面の笑みに嬉しくなって抱きしめる。そうするとスラ子も抱きしめてくれる。


 とても楽しい! 友達だ!




 遊びに夢中になっていると、外が騒がしくなる。

「足音? まさかもう朝!」

 慌てて空洞を飛び出す!

 入り口から燦燦と日が入り込む!


「不味い! あいつらが来る!」

 チラチラと人影が見える。まだ中に入ってきていない! 逃げるなら今だ!


「付いてきて!」

 スラ子の手を引いてダンジョンの奥へ逃げる! 罠があるかもしれないけど、あいつらのほうがよっぽど危険だ!


「何だ? スライムが居ねえ!」

 よりにもよってミサカズの声だ!


「走って!」

 スラ子の手を握って走る! 幸いスラ子は平気そうだった!


「苦しい?」

 しかし不安そうだ。僕が嫌な顔をしているからだろう。


「あいつらは敵だ!」

 走りながら階段を下る。どこまで来るか分からないけど、逃げないと!


「敵?」

「僕やスラ子を苦しめた奴だ!」

 ガチャガチャと足音が迫る! あいつら! よりによって階段を下る気だ! しかも完全武装! そんなに僕を虐めたいのか!


「敵? 苦しめる。敵? 敵。敵」

 スラ子が足を止めて振り返る。


「関わっちゃダメ!」

 無理やり手を引く。

「敵」

 スラ子は僕と同じく険しい顔で走った。




「ここまで来たら大丈夫かな」

 足が動かなくなったので座り込む。心臓が破裂しそうなほど息苦しい。


「苦しい?」

「大丈夫」

 不安そうに前に座るスラ子を撫でる。


「大丈夫?」

「こういうこと」

 ギュッと抱きしめる。スラ子の温かさで体の震えが止まる。


「大丈夫」

 スラ子もギュッと抱きしめ返してくれる。息が整った。


「しばらくここに居よう」

 スラ子を撫でながら冷静に通路を見る。


 ヒカリゴケが天井に生えただけのレンガ造りの通路だ。心なし上層よりも埃がある。

 どうも相当深い下層へ来てしまったようだ。


 おまけに無我夢中で逃げたため道に迷った。


「じっとしているしかないか」

 スラ子を抱きしめていると眠くなる。


「大丈夫?」

「大丈夫。ちょっと眠るだけ」


「眠る?」

 スラ子が聞き返したけど、答えることができなかった。




「大丈夫?」

 耳元の囁き声と頭を撫でられる感触で目を覚ます。


「大丈夫だよ」

 笑いかけるとスラ子も笑う。とても可愛らしい。


「そろそろ戻ろう」

 立ち上がってスラ子の手を握る。


「大丈夫」

 スラ子は手に頬ズリする。照れ臭い。


「行こう」

 すっかり落ち着いた足を動かす。


 しかし、ここはどこだ?


「スラ子はここがどこか分かる?」

「スラ子はここがどこか分かる」

 半透明な目をキラキラさせて顔を近づける。


「いい子いい子」

 撫でるとふにゃりと顔を崩す。たった一日で表情豊かになった。


「いい子いい子」

 ぐりぐりと頬と頬をくっつける。プニプニして気持ちいい。


「行こう」

「行こう」

 オウム返しするスラ子が可愛く、笑顔のまま足を進める。


 薄暗い通路もスラ子が居れば明るい。




「行き止まりか」

「行き止まりか」

 肩に乗っかる頭をナデナデする。


「大丈夫」

 先ほどから和みっぱなし、ついには体に巻き付いてきた。


「可愛いね」

「可愛いね」

 肩にできた頭を撫でるとクリクリ額を押し付けてくる。迷っているとは思えないほど楽しい。


 そうやって和気あいあいと歩いていると、気になる場所を見つける。


「真っ暗? ヒカリゴケが生えていない」

 壁や床、天井を見ると動いた形跡がある。隠し部屋か?


「何で開いたんだろう?」

 試しに中へ入る。


「敵!」

 突然スラ子の締め付けがきつくなる!


 黒い影の中に揺らめく赤い影が見える!


「誰!」

「誰?」

 赤い影が目の前に広がる! スラ子がブルブルと震える!

 急いで通路まで下がる!


「お前、私の言葉を話せるのか?」

 赤い影が目の前に集まってフヨフヨと浮遊を始める。


「わ、分かります!」

「右手を上げろ」

 言われたとおりに右手を上げる。


「左手を上げろ」

 左手を上げる。


「腹が減った」

 空気が冷たくなる。


「何が食べたいんですか?」

「血だ」

 スラ子の震えが激しくなる。通路の空気が肌に刺さる。


「分かりました。スラ子、退いて」

 何かあると困るのでスラ子の頭を撫でる。


「退いて?」

 スラ子は険しい顔をしたままだ。

「そう、退いて」

 微笑みながら、ぐっと体を押す。


「敵」

 スラ子は僕の考えと裏腹に、頑なに離れない。


「腹が減った」

 その間にも心臓が縮み上がる。


「すぐに用意します」

 仕方がないので、持っていた予備のナイフで手首を切る。


「どうぞ」

 ボタボタと滝のように手首から血が流れる。恐怖を振り払うために気合を入れすぎた。


 赤い影が手首に集まり、ゴクゴクと音を立てる。

「美味い」

 殺気が収まる。赤い影が一瞬にして凛々しい女性の姿になる!


「ようやく私と対等の存在が現れた」

 女性が口を離すと、傷口が綺麗に塞がる。


「我が伴侶よ。この世界を我が子らで埋め尽くそう」

「服を着てください!」

 上着を被せる! 恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ!




「これは服という奴だな。これは、服だ」

 上着で上を、シャツで下を隠してもらう。不思議そうに上着やシャツの端を持つと、胸元や下がはだける。


「あなたは誰ですか?」

 上半身裸になったけど、まだまだ暑い。


「私だ。お前も知っているだろ」

 凄まじく尊大な態度だ。それなのに嫌味っぽさが無い。綺麗な人だと思うだけ。


「その、分かりません」

「何だと?」

 腕を組んで天井を仰ぐ。


「大した問題ではない」

「えぇ……」


「それより、腹が減った。血を飲ませろ」

 切ない表情でお腹を両手で押さえる。


「分かりました」

 今度は手のひらを切る。

 女性は手のひらに口づけする。


「お前は私の言葉が分かる。私はお前の言葉が分かる。重要なのはそれだけだ」

 女性は飲み終わると舌なめずりする。




「それはそれとして、その生ものは何だ? お前の食料か?」

 女性は睨むスラ子を指さす。


「僕の友達のスラ子です」

「友達?」

 女性はふんふんとスラ子の臭いを嗅ぐ。


「これは食えないぞ」

 顔をしかめる。


「敵?」

 スラ子は険しい表情で見つめる。


「……敵じゃないよ。僕たちの友達」

 頭を撫でると笑顔になる。警戒心を解いてくれたのかな?


「お前はなぜその下等生物に話しかける?」

 女性は突然イライラしたように目を吊り上げる。


「か、下等生物じゃないです! 僕の友達です!」

「下等生物じゃない? 友達? つまりお前は、こいつがお前と対等の存在と言っているのか?」


「そ、そうです」

「……それなら試してやろう」

 女性はスラ子に顔を近づける。


「頭を下げろ」

 スラ子は女性の顔を見るだけ。


「顔を左に傾けろ」

 スラ子は女性を無視して、僕に顔を向ける。


「やはり下等生物だ! 私の言葉を理解していない!」

「え!」

 よく分からない事態になった!


「スラ子? この人の言葉が分かる?」

「この人の言葉が分かる」

 期待のまなざしを向けられたので頭を撫でる。

 場を鎮めよう。


「この子はまだ言葉を覚えている最中なんです。だから許してください」

「下等生物ということに変わりは無いだろ」

 女性はスラ子を引っ掴む。


「敵!」

 スラ子がウニのように針を作り出す! 針が女性の手を貫通する!


「こいつ!」

 女性は痛みも訴えずにスラ子を引きはがそうとする!


「ちょっと待ってください!」

 二人の間に割って入り、騒ぎを止める。


「敵……」

「なぜ止める?」

 二人とも文句を言いつつも止めてくれた。


「スラ子、この人は敵じゃないよ」

「敵じゃない?」

「そう。だから棘を締まって」

「棘を締まって?」

「このトゲトゲを小さくして」

 困惑するスラ子を宥めながら、針を収めてもらう。


「なぜお前は下等生物を連れている?」

 スラ子の棘が引っ込んだので女性に顔を向けると怒られる。


「下等生物じゃないです。スラ子です」

「下等生物だ。私の言葉を話さない」

 眩暈がしたので頭を押さえる。状況が理解できない。


「色々とお話していいですか?」

「もちろん良いぞ」

 女性はとても嬉しそうだ。


「あなたの名前は何ですか?」

「名前? 名前?」

 女性は貧乏ゆすりをする。


「名前ってなんだ?」

 ぼそりと信じられない言葉を聞いた!


「名前の説明をしていいですか?」

「良いぞ」

 女性は素直に耳を傾ける。


「名前は記号です。例えば、人間は沢山居ます。その中の一人を指す際に必要な記号です」

「ふむふむ。確かに、下等生物はうじゃうじゃ居る。そうなると、記号が必要だ」


「そうです」

「ならば私には存在しない。私は唯一の存在だからな」

 凄い展開になった。


「ごめんなさい。僕は名前を呼び合うのに慣れているから、名前が知りたいんです」

「なるほど。お前がその下等生物を連れているのも、下等生物と接した経験が長いためか」

 女性はとりあえず納得してくれたみたいだ。


「私には名前など必要ない。しかし、私と同等の存在であるお前が必要と考えるならば付けよう」

 女性はピタリと固まる。


「どんな名前が良い?」

 非常に険しい顔だ。

「赤子とか?」

 髪と瞳が赤いため一番に思いつく。


「ならば私は赤子だ」

「僕はゼロです」

 手を差し出す。


「握手をしましょう」

「握手?」

「こうします」

 赤子さんの手を握り合う。


「これが握手です」

「なるほど! これが握手!」

 赤子さんは両手でナデナデと手を撫でる。


「これが温かい、心地よいという意味か」


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