イーストの思い
ゼロは即刻オオカミたちとイーストの話し合いの場を設けた。
オオカミたちは渋る様子を見せたが、親代わりとも言えるきな子の命とゼロの熱心な説得に折れた。
「心添えとして、鶏を5000羽送る。通行税として月に50羽送る。もしも何らかの要因で不可能な場合は、牛か豚、羊を5頭送る。どうしてもダメな場合のみ、ゼロを通じて知らせる。ただし、きな子の食料に関しては別だ。この問題が解決するまで月に牛か豚、羊を30頭送る」
オオカミたちは承諾した。縄張りは食料を得るためにある。その対価を用意するのなら文句は無い。きな子の食料をくれるのなら問題などあるはずもない。
「さらに縄張りを荒らされるのは嫌だろう。私が身に着ける紋章を付けた者以外、通さなくてよい。また縄張り内での狩りは禁止する。それに違反した者は殺害しても問題ない。さらに武器の携帯およびオオカミたちの攻撃を禁止する」
これも承諾した。縄張りは家である。家を荒らさないと言ってくれるのなら問題ない。また万が一身の危険が迫っても自衛してよいのなら納得できる。
「きな子を救うために必要なんだ! それにこの人たちは皆と仲良くしたいんだ! この約束はその証だ!」
オオカミたちはイーストの言葉など分からない。しかしゼロの訴えは分かる。ゼロが真剣なのも分かる。
「分かった。ただしさらに条件を付ける。私たちが指定した道以外通るな。さらに貴様らの行動を監視する。それを守ればよい」
オオカミたちの代表が言うと、イーストは満面の笑みで頷いた。
「イーストという人間は物分かりが良い」
オオカミたちはイーストを取り囲むと熱心に臭いを嗅ぐ。
「撫でて良いかい?」
イーストはゼロにチラリと確認してから、オオカミたちを撫でる。
噛みつかれることは無かった。
即日、大勢の人間がイーストの命でオオカミの森へ入った。オオカミたちは手を出さない。
万年樹の森の前でキャンプを作る姿も見守る。
人々はオオカミたちの姿を見ても、騒ぐことはせず、手を振る余裕を見せた。
「僕は万年樹の森へ行きます!」
交渉が上手く行ったと判断したゼロはすぐに万年樹の森のモンスターたちを探しに行った。
イーストは事の成り行きを見守った夜、自室でワインとチーズを嗜んでいた。
「君が酒を飲むなど久しぶりでは?」
メイドを通さず、ボンドが一人で部屋にノックもせずに入る。
「たまには良いだろう」
赤くなった頬でグラスにワインを注ぐと、テーブルに置く。ボンドは椅子に座ると躊躇いなくワインを飲む。
「ゼロの力は本物だ」
ボンドはワインを飲み干すとほくそ笑む。
「誰も踏み入ることを許さなかった領域に、我が領土の人間が無傷で出入りできる。この価値を理解できる存在は居るだろうか?」
「王や他の有力貴族なら理解できる。冒険者ギルドなら、即最高ランクの称号を与えるだろう」
ボンドはチーズの端をかじる。
イーストは丸ごと、不作法に口に入れる。
「ゼロの存在を気づかれては居ないか?」
「冒険者ギルドは気づいている。だから金を渡して黙らせた」
二人の口調はとても荒い。
「チッ! まあ、冒険者ギルドは仕方がない。他は?」
「今のところは。しかし時間の問題。何せ万年樹の森を再生するという一大行事をやっている。そうなると、なぜ冒険者でもない市民が無傷で出入りできるのか、密偵が来る」
「王都からの密偵なら、殺すわけにもいかない。そうなると時間の問題か」
イライラしたようにカツンとグラスを乱暴な手つきで置く。
「あまり欲をかかないほうが良い」
ボンドはイーストのグラスにワインを注ぐ。
「俺は欲をかいているか?」
意外そうな表情でワインを一口含む。
「万年樹の森の再生。これが上手く行けば、私たちは万年樹の森の素材をノーリスクで得られる。それだけでも莫大な富となる。考えられないほどの戦力も手に入る。国すらも奪い取れるほどの」
「それで我慢しろと?」
「過剰なほどだ。再生が終わった後は、ゼロに金を渡して素材を得るようにしたほうが良い」
「なぜわざわざ?」
「君も分かっているだろう。それとも酔っているのか? 君や私がどれだけ上手く立ち回ろうとも、最終的にはゼロの指先一つだ」
イーストは口と目を閉じる。
「ゼロは俺たちが豊かになることを喜ぶ」
「それで争いなどが起きれば怒る。するとバードたちの二の舞になる」
イーストはグッとワインを飲み込むと大きくため息を吐く。
「まずは、オオカミたちと仲良くなる。時間をかけて」
「信頼は一日で生まれない。そして欲がないモンスターたちは信頼を重視する。捕らぬ狸の皮算用をする前に、まずは目の前に居る彼らのことを考えるべきだ」
「ありがとう。ようやく冷静になった」
パシンと頬を叩く。
「冷静になったからこそ聞こう。超人薬はどうだ?」
「想像以上だ!」
今度はボンドの表情が変わる。
「バードが作った森の秘薬を調査した。その結果、身体能力の向上も見られた」
「寝たきりの病人が森の秘薬を飲んだ瞬間立ち上がれたからな。筋力が上がらないと不可能な芸当だ」
「しかし効果はまだまだ小さいほうだった。だから何百種の素材を組み合わせた。その結果、勇者たちを超えるほどの力を与える薬が完成した! 超人薬が!」
「悪い顔になっているぞ」
ボンドは慌てて顔をマッサージする。
「副作用は現状見られない。時間制限もあるようには見えない。それなのに、マスケット銃の弾丸を素手で掴む。丸太を握りつぶすなど、身体能力は勇者を超えるほどの効果が見られた」
「何人分製造できた?」
「とりあえず、千人分。しかし副作用の調査等があるから、実際は百人分と考えたほうが良い」
「それでも、勇者が百人居ると考えれば十分すぎる」
「しかし、実践で使用しなければ分からない」
「ならば、すぐに実践で使用しよう」
イーストはミサカズ、サカモトらの名簿にナイフを突き立てる!
「前線が安定し、目に余る勇者たちの殺害許可が下りた! 超人薬を服用し、あいつらを殺す!」
「君が直々に行くのか?」
「当たり前だ。俺の領地で好き勝手やったのだ。ならば領主である俺が制裁しなければならない!」
パチンと指を鳴らすと、控えていた隠密が姿を現す。
「出かけるぞ! 狙いはサカモト、ミサカズ一派だ!」
「屑女はどうします?」
「残念ながら殺害許可は下りなかった。警告だけに止める」
「分かりました」
隠密は煙のように姿を消す。
「万年樹の森のことはしばらく任せる。ゼロの要求はすべて聞け」
「分かった」
イーストは廊下へ出ると、真っすぐ裏門を目指す。
「屑どもが! この俺を舐めた罪! 償わせてやる!」




