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イーストと再会、森の秘薬騒動終結、神の声

 ボンドさんの後を追うと、お城に通される。そしてメイドさんにイーストさんの職務室に案内される。

「エリックです。バードと万年樹の森へ行った冒険者を連れてまいりました」

「入れ」

 返事があるとメイドさんが扉を開ける。


「失礼します」

 バードさんとボンドさんが頭を下げたので一緒に頭を下げる。


「ようやく、この騒動の首謀者が来たか」

 イーストさんは手元の書類から顔を上げて、こちらに目を移す。


「ムカイ・ゼロ!」

 瞳孔が拡大する!

 立ち上がると手でバードさんとボンドさんに下がれと命じる。


「生きていたのか!」

 そして僕の前で膝を付き、抱きしめてくれた。


「死んだと報告されて悲しかったぞ! 生きていて良かった!」

「そ、その、僕のことを覚えていてくれたんですか?」


「呼び出した勇者の顔を忘れる訳無い! だからお前のこともしっかり覚えている!」

 背中を摩られると、じんわりと涙が滲む。


「そ、その、後で事情を説明していいですか? 今はバードさんたちが先だと思います」

「そうだな。後で話そう」

 イーストさんはにっこりと笑うと、頭をぐしぐし撫でる。ちょっと痛くて気持ちいい。


「ゆ、勇者? ゼロが?」

 バードさんたちは僕を見て固まる。


「何を固まっている? さっさと森の秘薬の騒動について話すぞ!」

 イーストさんは怖い目で二人に活を入れる。


「失礼しました」

 二人は慇懃に頭を下げた。




「経緯は以上です」

 バードさんが事のあらましを告げると、イーストさんは書類を見て頷く。

「二人とも報告ご苦労。調査書と一致する」

 イーストさんは目頭を押さえる。夜遅くだから眠くて当然だ。


「森の秘薬は購入者から買い取る。その金で借金の返済を行ってもらう。なお森の秘薬は製造、所持、使用禁止とする。また森の秘薬の存在は喋らないこととする。さらに、森の秘薬の副作用を調べるため、購入者は監視対象となる」

 イーストさんは手元の書類を見ず、常に僕たち三人の表情を確認しながら、ゆっくりとした口調で説明する。


「それで納得してくれたと?」

 説明し終わると、バードさんが質問する。

「まだぐずっている。だからお前を交えて最後の説得をする。それでもぐずるなら俺の命令を聞かなかった罪になる。それで森の秘薬の騒動は終わりだ」

 イーストさんはため息を吐く。


「一番の問題はオオカミの森の主だ。どうにか怒りを収めて貰わないと」

「俺が謝りに行きます」

 バードさんが立ち上がる。


「お前一人が謝ってどうにかなるか!」

「でもこうするしかない!」

「謝りに行って余計怒らせたらどうなる! 相手は言葉が通じないモンスターなんだぞ!」

 ガヤガヤと口論が始まる。


 ぴくぴくと赤子さんとスラ子がイラついていくのが分かる!


「きな子は怒ってません!」

 すぐに問題を解決しないと大変なことになる!


「きな子?」

 イーストさんは瞬きする。


「オオカミの森の主の名前です!」

「怒っていないとなぜ分かる?」


「本人に聞きました!」

「どういうことだ?」


「僕はモンスターの言葉が分かる力を持っています! だからきな子が怒っていないと分かります!」

「何だと?」

 場が沈黙する。


「あのよ……ゼロ。俺たちを安心させてくれるって気持ちは嬉しいんだけど、今は余計だぜ?」

 バードさんが苦笑いする。


「たとえモンスターの言葉が分かっても、話し合ってくれるはずがない」

 ボンドさんも苦笑いする。


「本当です! 会えば分かります!」

「会えばって、そんな」

「じゃあ実際に会ってください! 怒ってないって分かります!」

 必死に説明するが、二人は取り合わない。


「ゼロは勇者だ。信用できる」

 でもイーストさんは信用してくれた。


「今回騒いだ奴らと一緒に今すぐ会いに行こう」

 イーストさんの行動は早かった。

 メイドさんに一言二言命じると速足で外へ出る。


「どこで会える?」

「ついて来てください」

 その姿は真剣で、とても頼もしく見えた。




 イースト、バード、ボンド、およびアマンダたち購入者はゼロの案内でオオカミの森の前に立つ。

「大丈夫かしら」

 皆、歯をガタガタ震わせる。付き添いの騎士たちすら冷や汗を流す。

 唯一イーストとバードだけが、オオカミの森を見据えていた。


「ちょっと待っててください」

 ゼロはきな子を呼びに森へ入る。


「きな子! こっちへ来て!」

 ゼロが呼ぶときな子が音もたてずに現れる。


「町の人たちに会って欲しいんだ」

 ゼロはきな子に事情を説明する。


「ありがとう!」

 ゼロはきな子が唸り声を上げながら尻尾を振ると鼻の頭にキスをして背中によじ登る。


「行こう!」

 のっしのっしときな子が歩くと、地鳴りが響いた。




「な、なに! 地震!」

 ドシンドシンと地面と空気が揺れるにつれて人々の顔色が変わる。


「あああ! あれは!」

 森からきな子が現れた瞬間、人々は大口を開けて固まった。


「ほら! 怒ってないでしょ! きな子、ちょっと伏せて」

 きな子は素直に伏せる。ゼロは地面に飛び降りると、イーストとバードの前に行く。


「怒ってないでしょ!」

 イーストとバードはきな子を見つめたまま固まる。


「イーストさん? バードさん?」

「驚いただけだ」

 イーストは瞬きを何度も繰り返すと深呼吸する。


「正直、怒っていないのか分からない」

「怒って無いですよ! きな子、怒ってないよね?」

 きな子がワンと鳴くと、イーストとバードを除く全員が腰を抜かして地面に尻を打ち付ける。


「怒ってないって言ってます!」

「ハッハッハ! すまないが私にはワンと鳴いただけに見える」

 イーストは硬い笑顔で答える。


「ええ! そうか……どうしよう?」

「そうだな! ゼロがきな子に話せるか確認したい! まずはお座りをさせてくれ」


「んん……ちょっと聞いてみます」

 ゼロはきな子に平然と近寄ると、数人なら一口で食べられるほど大きいお口の前に立つ。


「僕がきな子と喋られるか確認したいらしいから、お座りをしてもらっていい?」

「ワン」

 きな子が口を開いた瞬間、人々が小さな声で、食べられる! と悲鳴を上げた。

 しかし人々の恐怖と裏腹に、きな子はお座りをする。


「右に三回回って欲しい」

「右に三回回って」


「左に五回」

「左に五回回って」

 きな子はゼロの言う通り行動する。


「森のオオカミを五匹呼んでくれ」

「ええ……聞いてみます」

 ゼロがぼそぼそ喋ると、きな子は夜空に向かって吠える。


「食われる!」

 その姿に人々は手を合わせて祈る。


 しばらくすると、森からライオン以上の大きさのオオカミが五匹現れた。


「右のオオカミから順に、一回ずつ、右回りに回って欲しい」

「聞いてみます」

 ゼロはオオカミ一匹一匹に話しかける。オオカミたちは唸って威嚇するが、きな子がワンと吠えるとゼロの言う通りに動く。


「もう嫌ですよ?」

 ゼロが顔をしかめるとイーストは微笑む。


「ゼロがモンスターと喋れることと、きな子が怒っていないことが分かった。ありがとう。もう大丈夫だ」

 イーストはバードの肩を叩く。


「いい機会だ。きな子の鼻でも撫でよう」

 バードは青い顔でイーストを見る。イーストは笑顔のままバードを見つめる。


「そ、そうですね。ゼロの友達ですからね」

 バードは恐る恐るきな子に近づく。


「さ、触って大丈夫?」

「大丈夫ですよ! きな子は人間が結構好きなんです!」


「そ、そうか! それは良かった!」

 バードは声を裏返らせて、ゆっくりときな子の鼻を撫でる。


「グル!」

 きな子の瞳孔が窄まると、バードは固まる。


「もっと強く撫でて欲しいんだって!」

 ゼロはバードの様子に気づかない様子ではしゃぐ。


「そうかそうか! こうか!」

 イーストがバードの隣に立ってぐしゃぐしゃと撫でる。

 きな子の目が気持ちよさそうに細くなる。


「ゼロ! ありがとう! もう十分だ!」

 イーストは腹の底から声を出す。


「大丈夫ですか!」

「ああ! これですべて解決!」


「ありがとうございます!」

「じゃ、私たちはこれで失礼する!」


「分かりました! あの、僕の事情はいつ説明しましょう?」

「明日でいいか? まだまだあいつらと話すことがある」

「分かりました! では明日お城へ行きます!」

 ゼロはきな子の背中によじ登る。きな子はいったんゼロの様子を確認すると立ち上がる。


「帰ろう!」

 ゼロの号令とともに、きな子たちは森へ帰った。




「ぶは!」

 きな子が居なくなるとイーストは胸に溜まった空気を吐き出す。


「全く……勇者よりも怖い」

 周りの人々は今も腰が抜けて立てない状況だった。バードなど立ったまま気絶している。


「しかし、モンスターの言葉が分かる力? 俺たちにはゼロの言葉にモンスターが従っているように見えた」

 空を見上げると仄かに冷たい風が吹く。


「まるで……神の声を聞いているかのようだった」




 イーストたちが恐怖から抜け出せず、腰を抜かしている頃、ゼロはきな子の背中に乗って風を楽しむ。

「良かった! 分かってくれた!」

 満面の笑みだ。

「うん! これで町の人はきな子たちを恐れない! 意志が通じるって分かったんだから!」

 きな子の大きな背中に寝転ぶ。

「モンスターと人間でも、友達がいがみ合うのは嫌だからね」

 愛らしい表情で目を瞑る。寝息が聞こえるときな子は落とさないように速度を緩めた。


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