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森の秘薬の価値

「考えなしが。よく生きていたな」

 バードさんが事情を説明すると商人ギルド長、ボンドさんは苛立ちの声を呟く。


「やっちまったものは仕方ない。即座に森の秘薬に使用制限をかける」

「ありがとう」


「馬鹿が。俺に礼を言ってどうする? 俺はそんな権限など無い」

「え? じゃあどうやって」


「領主のイースト様に宣言してもらうしかない」

「そんな大ごとになるのか」


「その口ぶりだと、死にかけたのは小ごとだと言うのか? 馬鹿な奴だ」

 ボンドさんはため息を吐いて、森の秘薬に目を移す。




「万年樹の森で素材を採取したこと、およびその材料で森の秘薬を作ったこと、森の秘薬を売ったことは責めない。法律に違反していないからな」

「そうなんですか?」

 気になったので声を上げる。


「森やダンジョンは国の領地ではない。だからそこで取った物は個人の物だ。またそれで何か作っても問題ない。それを禁止すると、森で取ったキノコで飯を作るのもダメになる。そして最後に、作った物を売っても問題ない。禁止すれば、商売を否定することになる」

「でも、大騒ぎになってしまった」


「騒いだのは購入者の勝手だ。バードは売っただけ。そこに悪意はない。また購入者が破滅するのも購入者の責任。バードが持ち逃げなど詐欺を考えていたのなら話は違うが」

「そんなこと考えてねえ」


「だろうな。だからお前たちに法的な罰則はない。バードに対して、小言は沢山あるが!」

 ギロリとバードさんを睨む。

 そして目を瞑って怒りを飲み込むと、今度は僕に目を向ける。




「改めて自己紹介する。エリック・ボンド。商人ギルド長を務めている」

「ムカイ・ゼロです。よろしくお願いします」

 笑顔で握手をする。


「君個人の話になる。まず君は立ち入り禁止区域に立ち入ったが罰則はない」

 罰則と聞いて後ろめたくなる。

「でも禁止しているなら罰則が?」


「冒険者ギルドや騎士など国に従属しているなら罰則がある。しかしフリーには無い」

「なぜ国に従属していると罰則が?」


「戦争に参加する大事な戦力だ! 勝手に死んでもらっては困る。死ぬなら戦場だ」

「ちょっと待ってください! 冒険者も戦力なんですか!」


「当然だ。所属する際に説明を受ける」

 初めて知った! 冒険者ギルドへ行こうとしなくて助かった!


「話を戻すが、君に罰則はない。しかし、どんな物があったのか、報告してもらいたい。どうやって行ったのかも」

「報告ですか」


「立ち入り禁止区域は未知の領域だ。強力な素材や宝など、国が欲しがる物が沢山ある」

 気が引ける展開だ。きな子に案内してもらいましたと言って大丈夫だろうか?


「説明しないとどうなりますか?」

「毎日私のような奴が、考え直して欲しいと尋ねるだろう」

 話さないといけない訳か。

 最低限、きな子に話していいか聞いてから対応を決めよう。


「まあ、その話は後だ。その前にこの馬鹿に商人としての心構えを叩き込まないといけない!」

 ギリギリとバードさんを睨む。


「未知の素材を使ったらその結果どうなるか! もしも死者が出たらどうする! お前に責任は取れないだろ!」

「反省している」

 仏頂面のバードさんにボンドさんは歯ぎしりする。

 バードさんはボンドさんと話すことで随分と落ち着いた感じがする。


「お前は商人ギルドから脱退したが、それでも未知の素材を手に入れたら報告すべきだ! そうだろ!」

「分かってるよ!」

 それからしばらくお説教が続く。何となく微笑ましい。




「全く!」

 ボンドさんは言いたいことを言い終えると、額に浮かぶ汗をハンカチで拭う。


「森の秘薬の使用を禁止しました。それで解決じゃない。それだと購入者が反乱を起こす」

「そう、だな」

 バードさんは口ごもる。


「だから、お前はイースト様とともに購入者の説得に参加してもらう。反論は許さん」

「ケジメだ。覚悟している」


「話は決まった。ゼロ君も付いて来てくれ」

「僕もですか!」

 イーストさんと出会うのは気まずい。


「俺からも頼む」

 バードさんが頭を下げる。


「僕の事なんて覚えてないか」

 よくよく考えれば、クラスメイトは沢山居たし、喋るのはいつもサカモトとエリカだった。

 一度か二度喋ったくらいの僕の事など忘れている。

 服もバードさんから報酬として頂いた物を着ているし、流れ者とでも言えば問題ない。


「変な質問ですが、勇者は居ないですよね?」

「勇者は居ない。勝手に死んだからな。残りはまだ北部のダンジョンで特訓中だ」

 それを聞いて安心する。


「大丈夫です」

「そうか! 疲れただろう。紅茶を飲んでから出発しよう」

 ボンドさんはいったん席を立つと、親切にも紅茶を持ってきてくれた。


「紅茶なんて高い物良く出せるな」

「俺を誰だと思っている?」

 ボンドさんが鼻で笑うと、バードさんは悔しそうに顔を伏せる。




 紅茶は温かく、ミルクと砂糖が入っていて、とても美味しい。

「美味しいです」

 ダンジョンでは飲めなかった優しい味だ。スラ子にも飲ませたいけど、今は人が居てピリピリしているから我慢する。


「それは良かった」

 ボンドさんは人の良い笑顔を浮かべる。バードさんの師匠だけあって、笑顔が素敵だ。


「それを良く入手できたな。俺が売った奴らは売らないと息を巻いていたのに」

 バードさんはボンドさんが大事そうに持つ森の秘薬の入った小瓶を見る。


「これは教会のシスターからもらった。人助けと言ったら快くくれた」

「あの人ならそうだな」

 バードさんがため息を吐くと、ボンドさんもため息を吐く。


「森の秘薬で町は大騒ぎだったぞ。あらゆる店に大量の品物が入って値崩れを起こした。代表的なのが服だ。それに手作りの皿を持ってきた奴も居るし、体を買ってくれと言う奴もいた」

「と、とんでもないですね」

 想像を絶する騒ぎに胸がドキリとして、カップを落としそうになる。

 バードさんは悪くないと言ってくれたけど、何も考えないで取ってきた僕も悪い気がする。次から気を付けよう。


「最初は詐欺かと思った。しかし破産する者も出るほどの大騒ぎ。このままでは多数の破産者で町の商売が死ぬ。さすがに俺とイースト様も重い腰を上げ、直々に調査に乗り出した。その結果、戦争を引き起こすほどの価値があると判明してしまった」

「戦争ですか!」


「万病を癒し、若返りの効果がある。それだけでも喉から手が出るほど欲しがる奴は居る」

「その、値段にしたらいくらになりますか?」


「値段は付けられない。付けてはいけない代物だ」

「付けてはいけない?」


「例えば、金貨百枚と設定しよう。すると、金貨百枚あれば買えると約束することになる。そうなると人を殺してでも金貨百枚集めようとする奴が出て来る」

「買えないなら、諦めるんじゃ?」


「それができないからこそ、今回の大騒ぎだ。まだまだ調査中だが、副作用も見られない。まさに奇跡の産物。もしもこれと同じことができる奴が居れば、神とあがめられる」

「そうだったんですか」

 説明されたけど、まだ納得できない。どんな理由でも、人を殺してはいけないのに、なぜ大騒ぎに?


「君はいい子だから、まだまだ想像つかないかもしれないが、これはとてつもなく危険な代物だということだけ分かってくれればいい」

 ボンドさんは重い手つきでテーブルに森の秘薬を置く。

 鮮やかな色合いがとてつもなく怖い。


「しかし、ゼロ君が素材を持ってきたおかげで、死にかけの病人など多くの人が助かった」

 ボンドさんが手を伸ばして握手をする。


「君は弱きものたちの英雄だ。誇っていい」

「胸を張るのは怖いです」

 ボンドさんは困ったように笑う。つい、僕も笑ってしまった。


「バード。お前もそこだけは褒めてやる」

「商人ギルドに任せれば混乱は無かったって続くんでしょ」

「よく分かったな。見直したぞ」

「あれだけ説教されれば分かる」

「説教した甲斐があった」

 バードさんは皮肉交じりの笑みを受けて、大きくため息を吐く。


「もう許してくれ」

 ボンドさんは軽く笑うと、バードさんの頭を撫でる。


「生きていて、良かった」

 バードさんはボンドさんの言葉に涙を流した。




「そろそろ行こう」

「分かりました」

 休憩が済んだので立ち上がる。ボンドさんが先頭に立って歩き出すと、その後を僕とバードさんは追いかける。


「弱きものたちの英雄」

 ボンドさんの言葉が耳に残る。


「僕は対して役に立っていない。材料はスラ子ときな子と赤子さんのおかげで取れた。森の秘薬を作ったのはバードさんだ」

 それでもじんわりと、嬉しさで胸が熱くなる。


「頑張ろう!」

 気合を入れると、今まで感じたことの無いほどしっかりと、足が進んだ。


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