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夢の中での出会い

 勇者たちが来襲した日、ゼロはダンジョンに戻ると呟く。

「僕は何をしているんだろう……何がしたいんだろう……」

「ゼロ? 大丈夫か?」

「ゼロ? 苦しい?」


「今日はもう寝るね。疲れちゃった」

 ニコリともせず、倒れるように、食事もせずに眠りにつく。

「ゼロ……」

「ゼロ?」

 赤子とスラ子は傍に寄り添い、固唾を飲んで見守る。


「誰か……助けて……苦しいよ……」

 ゼロは二人を忘れたかのように、意識を失った。




 僕は夜空の下に広がる草原に立って居る。見上げれば星と月が宝石のように輝く。

「夢だ」

 夢を見ていると不思議なことに、夢だと気づく時がある。今がそれだった。


「若いのに夜空の下で黄昏るとは、元気のない子供だ」

 後ろから声がしたため振り返る。


 屈強な老人が座っていた。

「あなたは?」

「グランドだ」

 グランドさんが手招きしたので隣に座る。

 変な夢だけど、怖くない。




「意地悪だったとはいえ、クラスメイトの死は辛かったな」

 ポツリとグランドさんが呟く。

 どうして知っているのだろう?

 そう思ったけど、夢なら不思議じゃない。


「ほんと、僕って弱虫ですよね」

 ため息が出る。


「意地悪されたら殴り返せば良いのに。できないんです。痛いかな? 怖いかな? そんな馬鹿なことを思ってしまうんです。そんな気持ちを感じるから虐められる」

 言うと苦笑いがこみ上げる。


「それも言い訳ですね。僕は怖かっただけ。反撃できないのは僕が弱いだけ」

 拳を握りしめると、ビリビリと痺れて力が抜ける。


「僕は! 死んだって聞いて! 嬉しく無かった! 本当だったら嬉しく感じるはずだ! そうでしょ! それなのに全然嬉しく無かった! 怖い奴が死んだのに! 笑えもしなかった! だから舐められるんだ!」 

「お前は間違っていない」

 グランドさんの口調がきつくなる。


「死を笑える奴は強いのではない。狂っているだけだ」

 グランドさんの目が優し気に細まる。


「虐められた自分を責めるな。お前は悪くない。何も悪くない。だからやけくそになるな。悪党でも許す。それは、とても大切なことだ」

 武骨な手が、頬を撫でる。


「今回の結果は、仕方なかった。ただそれだけのことだ」

 それだけ? でも、人が死んだ。

 それはとても重たいことだ。


「そうだ。お前にとってはとても重たいな。だから、少しだけ教えよう。あの子たちは、危険を承知で森へ入った。そして戦いに破れ、自然の掟に従うこととなった。だから、仕方のないことだった」

「仕方のないこと……」


「それでも、心の整理がつかないなら、恐怖と憎しみと悲しみが一体となるなら、今日死んだ子たちを許してやれ」

「許す、ですか?」


「お前は人を憎み続けられるほど、非情になれない。ここで許し、心に整理をつけろ。許しは、自分の憎しみに区切りをつけるためにある」

 グランドさんの言葉を聞き、目を瞑る。


「……誰が死んだのか、分かりません。でも、もしも知ることができたら、その子を許します」

 自然と涙が零れる。突然心が軽くなった気がした。


「ああ……許します。憎むのは、嫌です」




「ゼロは人間が怖いか?」

 ぼんやりしていると名前を言われる。

 夢だから、初対面の人が名前を知っていても驚かない。


「怖いです」

 体育座りに足を組み替える。


 妙に頭が冴えていた。そして心は落ち着いていた。

 だから辛い過去も穏やかな気持ちで思い出せた。


「いつからか、学校が怖くなった。そしたら、すれ違う人も怖くなった。家族も怖くなった」

「虐めか」

 静かな声に涙が出る。


「切っ掛けは分かりません。僕が悪いのかも分からないです。ただ、毎日が怖かった」

「しかしお前は、学校へ通った」


「何ででしょうね? 分からないです。何かを求めていたのかも?」

「友達が欲しかった」

 苦笑してしまう。


「そうかもしれないです」

「だからこそ、お前はバードの依頼を受けた。友達になりたかった」

「そうかもしれないです。だから、怒鳴られて、悲しかった。友達じゃなかったと思って」

「違うな」

 グランドさんは静かに笑う。


「仲直りしたいけど、仲直りできるか不安だった」

 ぼんやりとその時の光景を思う。


「お前は、人間の汚いところだけを見てきた。周りがそうだったから仕方がないことだ。だから人間を汚いと断じてしまっても責めることはできない。しかし、お前は信じている。ゲームやアニメだけの世界かもしれない。それでも、美しい人も居る。クラスメイトのような奴ばかりじゃない。自分と一緒に笑ってくれる人が居ると」

 グランドさんの無骨でしわのある手が頭を撫でる。


 とても優しい手つきだ。


「人間というのは、美しい部分と汚い部分がある。質が悪いことにそれは状況に応じて形を変える。普通の人は、良くあることだと納得する。しかしお前はその変化について行けない」

「そうですね。バードさんが突然変わってしまったので困惑しました」


「友人の醜い部分を見てしまった。辛かったな。なら辛いことは忘れて、美しい部分を思い出そう」

「笑顔が素敵でした! 笑っているだけで楽しくなるほど!」


 グランドさんは頭を撫でることを止めない。


「ゼロ……もう一度、バードの素敵な笑顔を見てみたいと思っていないか?」

「え?」


「お前の心に刺さる棘だ。お前はバードと仲直りして、また笑顔が見たいと思っている。だけど怖くて踏み出せない」

「ああ……」

 すっと顔を上げる。


 僕はバードさんと仲直りしたいんだ!


「もう一度バードに会いに行け。もしもここで見捨てれば、お前は一生後悔する」

「でも……会っても後悔するかも」


「それならそれでいい。バードは残念だが友達ではなかった。でもお前にはすでに最愛の友人が居る。いつも傍で笑ってくれる友人が居る。お前を心配してくれる友人が居る。お前を守ってくれる友人が居る。誰か覚えているだろう?」

「赤子さん! スラ子!」

 バッと立ち上がる! 二人に会いたい!


「きな子もそうだぞ」

 グランドさんも立ち上がる。


「まずは三人に、ありがとうと感謝の言葉を伝えなさい」

「ありがとう……ですか?」


「そうだ。一緒に居てくれてありがとう。心を込めて言いなさい」

 その声は、威厳と優しさ、懐かしさに満ちていた。


「あの、どこかで会ったことはありませんか?」

「今は私のことなぞどうでもいい。お前が考えるべき存在は、私ではない」

 グランドさんが空を指さす。釣られて空を見る。


「……夢だった」

 目が覚めた。目の前に広がるのは見慣れた天井だ。




「目が覚めたか?」

「ゼロ? 大丈夫?」

 見慣れた二人の顔と目が合う。とても疲れた表情をしていた。


「赤子さん? スラ子?」

「良かった!」

「ゼロ!」

 二人の名前を呼ぶと、二人は涙を流した。


「心配した! 心配した!」

「ゼロ! ゼロ!」

 ギュッと抱きしめられると胸に温かさが満ちる。


「赤子さん、スラ子。本当にありがとう! 僕を心配してくれて! 僕のために泣いてくれて!」

 ギュッと抱きしめ返して笑う! うれし涙が止まらない。


「二人とも! 本当にありがとう! 僕と一緒に居てくれて!」

「と、突然どうした?」

「ゼロ?」


「お礼が言いたかった! 二人が居るから僕は頑張りたいんだ! ごめんね、心配かけて!」

 言葉が纏まらない。だから精いっぱい感謝を込める。


「ありがとう! 本当にありがとう!」

 涙で視界がぼやける中、赤子さんとスラ子がチラリと目配せする。


「こちらこそ、ありがとう」

「ありがとう」


 赤子さんとスラ子は笑顔で涙を流す。


「ゼロに会えて、本当に良かった」

「ゼロ。ありがとう」

 二人は温かい言葉で迎えてくれた。


「しばらくこうしていてください」

「良いぞ」

「良いよ」


 二人のおかげでざわめきだった心が落ち着く。


「僕はもう、一人じゃない!」


 バードさんに会いに行こう! 何があったのか分からない! 拒絶されたのなら仕方がない! どんな結果でも、僕には赤子さんとスラ子が居る! きな子も居る!


 なら、勇気を出せる!




 落ち着くと二人にゆっくりと、バードさんの元へ行きたいと言う。

「あの下等生物に?」

「敵……」

 二人は刺々しい。でも、お願いを聞いてもらいたい。


「お願いです! 理由がある! 僕はそれが知りたい! この通りです!」

 頭を下げる。


「何かあれば奴を殺す。私はお前が傷つく姿を見たくない」

「殺す」

 二人の声は覚悟を決めていた。


「ありがとうございます!」

 立ち上がり、急いで外に出る!


「ゼロ!」

 外にはきな子が居た!


「きな子! 戦ってくれてありがとう! 僕を守ってくれてありがとう!」

 きな子の尻尾がぶんぶん動く。


「どういたしまして」

 そう言って頬っぺたを舐めてくれた。とても大きくて、温かい舌だった。




 きな子の背中に乗ってバードさんの家に急ぐ。

「何だろう?」

 近づくに連れて人々の怒声が聞こえる。


「どうやら人間たちが争っているようだ」

 きな子は警戒心を強めた声で止まる。


「騒ぎが収まるまで待ったほうが良い」

 きな子は梃子でも動かぬと訴えるように座り込む。


「分かりました」

 気になるが、赤子さんとスラ子ときな子を争いに巻き込みたくない。




「収まったようだ」

 しばらくするときな子が耳をぴくぴくさせる。


「行きましょう」

 再びバードさんのところへ向かう。


「血の臭いだ」

 赤子さんが舌でペロリと唇を舐めた。




「バードさん!」

 バードさんの家は荒らされていた。そして床に血まみれのバードさんが倒れていた。


「あ……ゼロ?」

 幸い息がある。だけど顔色が真っ白だ! 急いで家の中から薬を探す。


「何で薬が無くなっているんだ?」

 あれほどあった薬は影も形も無かった。

 しかし、よく探すと戸棚の奥に一つだけ、小さな薬瓶があった。中身は森の秘薬だった。


 森の秘薬を飲ませると、バードさんの呼吸が落ち着く。

「とりあえず、これで大丈夫」

 バードさんの背中を摩る。少しずつバードさんの目に光が戻る。


「ゼロ! 来てくれたのか!」

「ええ。何があったんですか?」


「ゼロ! その前に言いたい! 俺を許してくれ!」

 突然、バードさんが縋り付く。


「お前のことを考えていなかった! 怒るのは当たり前だ! だけど許してくれ!」

 ボロボロと涙を流す姿は、以前と違い、弱弱しかった。


「許します」

 だから、自然と口に出る。


「許してくれるのか?」

「ええ」

 にっこり笑う。


「理由があるんでしょ? 言ってください」

 バードさんはホッとしたように笑う。力が無いけど、見覚えのある人懐っこい笑顔だ。


「お前は良い奴だ。まるで、神様だ」


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