オオカミの森での戦い
ゼロは今日ものんびりと赤子の膝を枕に日向ぼっこをする。
体の上でスラ子がスヤスヤと眠っている。
赤子は微笑みながら、うつらうつらするゼロの髪を指で解く。
「不快な」
「敵」
突如赤子とスラ子の目に殺意が宿る。
「勇者か。珍しい来訪者だ」
近くでゴロリと寝転んでいたきな子も目を鋭くさせる。
「どうしました?」
その中でゼロは眉をひそめて起き上がる。
「森に勇者が来た」
きな子の言葉を聞くとゼロの肌に鳥肌が立つ。
「ゆうしゃ……ですか」
「私が相手をしてくる」
赤子とスラ子が動く前にきな子は立ち上がる。
「本来なら、たとえ勇者が相手でも子供たちに任せる。この森は子供たちの縄張りだからな。しかし、ゼロが怖がるならば仕方がない」
「その……だいじょうぶ?」
ゼロの歯がカチカチ鳴る。
「大丈夫。これでも長生きしていない。だからその二人に落ち着くように言ってくれ。世界を破滅させたくはない」
きな子に言われるとゼロはスラ子と赤子に抱き着く。
「は、はなれないで! ぼくといっしょにいて!」
怯える声に、赤子とスラ子は止まる。
「きな子、番犬らしくさっさと殺せ」
赤子の殺気で木々が枯れる。
「敵! 敵!」
スラ子の殺気で霜ができる。
きな子は苦笑して、走り出した。
ガチャリ、ガチャリと兜を除いて完全武装した勇者たち、オオトモ一同がオオカミの森を歩く。
「しかしよ、俺たちは反乱分子になった冒険者をぶっ殺すために来たんだぜ? 万年樹の森? だがに行ってい良いのか?」
「確かに、あの女の言う通りわざわざ行く必要はねえ。何か言ってきたらぶっ殺せばいい」
「なんかめんどくさくなっちまった。戻ろうぜ」
一同は無責任で非道なことを平然と言いながら進む。
「別に良いじゃねえか! 雑魚モンスターや人間を殺すのも飽きたし、俺らがサボったって騎士が居るんだ」
オオトモはくつくつと笑う。
「それに、反乱でイーストや市民が死んだらおもしれえじゃねえか! 戦争だぜ戦争!」
一同は冷徹に笑う。
「授業で聞いたけど、戦争になったら捕虜を犯すのかな?」
「もしも犯してたら助けてやろうぜ! 正義のヒーローだ!」
「戦争に参加するのもいい! 何人殺せるかな!」
腹の底から人間とは思えない言葉を吐き、嘲笑う。
「おい! 数キロ先から何かデカいモンスターが接近してくる」
監視役のメンバーが言うと、全員の表情が変わる。
「やっと化け物のお出ましだ」
「オオカミの森って名前なのに、一匹もオオカミが居なくて眠っちまいそうだったぜ」
一同はフォーメーションを取る。
大剣を持つオオトモが前に立ち、その後ろに四人が一列に並ぶ。
「いつも通り、魔法で弱らせて、最後に俺が止めだ!」
「ずるいぜ。たまには俺らにも殺させろ」
聞くに堪えない軽口を叩きながら獲物を待つ。
「何だ? 地震か?」
そして地面がグラグラと揺れると、顔を見合わせる。
「デカいぞ!」
揺れは収まらない。火山が噴火したかのように激しくなる。
立って居られず、膝を付く。
「来た! 化け物だ!」
監視役が大声を上げた瞬間、一同は風圧で吹っ飛ばされる。
「な、なんだこの化け物は!」
一同は学校の校舎よりも大きいオオカミの前で固まる。
オオカミの名はきな子、またの名を、オオカミの森の主。
魔人すらも認めるモンスターだ!
「何やってる立て! 魔法だ!」
オオトモは膝を笑わせながら叫ぶ。
「ああ! 圧縮された砂の壁!」
きな子の背後と側面に高密度の砂の壁が出現する。逃げ場が無くなる。
「麻痺銃弾の雨!」
指先から針のごとき光が飛び、きな子の顔に当たる。
「荒れ狂うは炎の大蛇!」
炎の大蛇が発する熱で木々を焼きながら、きな子に巻き付く。
「吹き荒れるかまいたち!」
最後にオオトモの目にも止まらぬ斬撃がきな子を襲う!
「ガアアアアアアアア!」
きな子が咆哮すると、大木とともに、オオトモたちは目と鼻と耳から血を噴出させて、吹き飛んだ。
きな子が行ったのはただの咆哮だ。それだけでも強烈な音の爆弾となる!
音はオオトモたちの鼓膜を貫き、三半規管を粉々に破壊し、脳をズタズタにした。
「だ……だず……げ……で……もう……わるい……ごど……じま……ぜん」
きな子の大きな足が迫る中、オオトモは血の涙を流して、許しを請う。
プチリと勇者たちが踏みつぶされる音が森に響く。
戦いは一方的に終わった。
「……子供とはいえ、勇者だな。毛先を切られたのは数百年ぶりだ」
きな子は潰れた勇者たちを見つめる。
「子供……言葉が通じれば、もしかすると、分かり合えたかもしれないが……」
きな子は勇者たちの亡骸をガリガリ食べると、ゼロの元へ戻る。
オオトモたちは、気づけなかった。なぜ強い力を持って召喚されたのか?
そうしないと戦えないほど、モンスターが強い。
そんなシンプルな考えに。
「ゼロ……終わったぞ」
きな子はゼロの元へ戻ると、舌先で頬を舐め、涙を拭う。
「……ありがとう。二人も、ありがとう」
ゼロは青い顔で立ち上がる。足取りは衰弱したかのようにふらついている。
「戻ろう。我が家へ」
一歩歩むと膝から崩れ落ちる。
その前に赤子とスラ子がゼロを支える。
「下等生物が! 殺す!」
「敵!」
二人はきな子が後ずさるほど低い声で体を怒りで震わせる。
「止めて……もう大丈夫だから」
ゼロはそんな二人に、精いっぱいの笑顔を送る。
二人の表情が悲しい顔になる。
きな子は体を振って逆立った毛を元に戻す。
「命拾いした」




