戦争が始まるほどの素材
商人、バードは朝になると二日酔い気味の頭で目覚める。
「さて、ゼロが売ったアイテムを調べるか」
パンをかじると目をしゃっきりさせて商人の顔になる。
バードの家は町からかなり離れたところにある。
「金があれば町に住めるんだけどなぁ」
町に輝く様々な店を目にすると苦笑する。
のんびりとした足取りで商人ギルドの門を潜る。
「ボンドさんは居るか?」
受付の女性に声をかける。
「ギルド長ですか? いらっしゃいますが、どちら様でしょうか?」
「あんたの愛弟子のバードって言えば分かるよ」
「はあ」
女性は生返事で奥に行く。そしてしばらくすると中年の男性を連れて戻ってくる。
「破門したお前を呼んだ覚えは無いが?」
「商売の話だ。問題はねえだろ?」
バードはボンドとにらみ合う。受付の女性は冷や汗をかきながらも顔を伏せてやり過ごす。
「金になるなら話は別だ。来い」
「あんたのそういうところが大っ嫌いで、尊敬できるところだ」
バードはボンドの後を追いかける。
「これがスライムの体液?」
ボンドはギルド長室の椅子に座りながら、スラ子が産みだした物体を摘まむ。
「俺も初めて見た代物だ。だからあんたを頼ってきた」
向かいのバードは肩を竦める。
「偽物だろと断じるところだが、調べもしないで言うのは俺の流儀に反する」
ボンドはテーブルの隅に置いてあった試験管を引き寄せる。
「少し傷つけるぞ」
「良いぜ」
ボンドはスプーンでスラ子が産みだした物体の端を切り取ると、試験管に入れる。さらに薬品を入れると振って混ぜ合わせる。
「確かにスライムの体液だ。しかし液体ではなく固体とは? それに反応が強すぎる」
顎に手を当てながら、変色した試験管の液体を眺めて呟く。
「色も透き通っていて、通常のスライムとは違う」
「それも気になった。普通なら水色だ」
ボンドはため息を吐くと本棚の前に立ち、ごそごそと調べ始める。
無言でバードも隣に立ち、調べる。
「勝手に本を触るな」
「ケチると金が逃げるぜ。あんたの言葉だ」
しばらくして二人は大きな本の前で固まる。
「スライムキング?」
「これっておとぎ話でしょ?」
「それは分かっている。しかし色が似ている」
「まあ……そうですけど」
「それに死体は通常のスライムと違い、あれのようにゼリーのようだったとある」
「だからってあり得ないでしょ!」
二人はうんうんと冷や汗をかく。
「まあ、新種だろう。スライムキングならば即停戦し、魔軍と共同で戦う必要が出て来る」
「まさかおとぎ話の再来なんてある訳無いですからね」
「ただ、新種なら新種で大騒ぎだ!」
「金持ちになれますか!」
「スライムの新種だ! 新たな戦果が生まれるな!」
二人は引きつった顔で笑いあう。
「これは何だ?」
青い顔で今度は赤子が産みだした赤い石を手に取る。
「魔石の一つだと思いますが、それ以上は」
「拳大の魔石か。本当ならギルドの金庫が空っぽになる」
ボンドは日の光に真っ赤な石をかざす。
「不純物が無い。宝石なら王に献上したほうが良い」
「ネックレスにすれば王女様と結婚できますかね?」
「ここでは買取できないくらいの金額と言うことだ」
再び本を引っかきまわして調べる。
「血の涙?」
再び本の前で固まる。
「血の涙って吸血鬼から取れる魔石ですよね?」
「勇者でも手こずる吸血鬼から僅かに取れる魔石だ」
「でもあんな綺麗で大きい奴見たこと無いですよ? そもそも血の涙を見たこと無いですが」
「俺だって無い。そもそも吸血鬼は最前線にしか現れないはずだ」
「もしもあれが血の涙ならどうなります?」
「俺は何も見ていないし、お前も何も見ていない」
「見て見ぬふりですか?」
「ただの商人にはデカすぎる代物だ」
二人はため息を吐いて椅子に腰を埋める。
「結論を言うと、この二つは買取不可能だ。値段が付けられない」
「師匠でもダメですか?」
「ダメだ。もしも売りたいなら直接王へ売り込め。悲惨な目に会うだろうがな」
ため息が部屋を包む。
「お前はいったいどこでこんな恐ろしい物を手に入れた?」
ボンドは引き出しに忍ばせていた酒瓶を取り出すと、二つのコップに中身を注ぐ。
「昨日友達になった冒険者からです」
ちびりと口をつけて喉を潤す。
「友達か。もしもそうなら、すぐにイースト様に合わせたほうが良い。そいつは戦争を終わらせるだけの実力がある」
「うーん。ちょっと相談して見ます」
グッと酒を飲み干すとポケットに値段の付けられない素材を収める。
「バード、そいつはとてつもない怪物だ。何かあったら、すぐに相談しろ」
「ありがとうございます。師匠」
バードは頭を下げて部屋を出る
「怪物ね。そんな風に見えなかったけどな」
バードはどこか暢気な足取りで帰宅した。




