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黒い絵画   作者: ゲルマニウム
1/1

黒い絵画 上

 真っ白な部屋がある。とても空虚で、眺めていると心なしか胸が窮屈になる程だ。只々白く、また何故だろうか不気味さを覚える。そして、そこには無数の絵画が立てかけられている。

 僕は絵画を一枚一枚見て回る。一方通行だ。壁側を対面に、左から右へと流れてゆく。絵画とかるい会釈を交わしつつ、内心では少々退屈している。

 無機質な動作の繰り返し、途中でふと足を止める。以前にも見たことのある情景が目の前に広がりだす。その一瞬は何とも形容しがたく、むしろ耳鳴りや動悸に近いものがある。俗に言う、デジャヴとはこのことだろうか。

 一連の情景の後、瞼を閉じると、次の情景が頭を駆け巡る。視覚を記憶から引き出し、少しばかり不穏を感じる。見たくないと心で念じつつも、瞼を開けてしまう。

 案の定、そこには黒色の絵画ある。ただ真っ黒いだけの絵だ。しかし、黒色ではない。むしろ色ではないように思われる。強引に形容するならば、「穴」か「洞窟」であろう。

 言い表すことのできない恐怖心が僕を取り囲んだ。絵画を観ているのではなく、絵画に見られている感覚がする。本能的な恐怖心と共に、逃げ出したい衝動に駆られる。小さい頃、時々感じたことのある衝動だ。大人はそれをトラウマとでも言うんだろう。

 耐えきれなくなって目を背ける。すると、眼前に白色の空間が広がる。僅かな安心感がこみ上げてくるが、なんだろうか違和感を感じる。上を見上げると一層に、その違和感が強くなるのを感じた。

 白色って怖いもんだ。ふと思いつつ部屋の四隅から視線を落とした。すると、先程の絵画が視界に入ってきた。

 今度は何故だか寂しそうに思える。さっきまでの威圧感が多少なりとも薄くなり、心なしか黒色のなかに水色を見た気がした。

 気が付くと、自室の天上を見上げていた。機械音の鳴り響く音を聞きながら。その音源を手でガサガサと探り当て、画面をスライドする。

 静かになったところで、ボサボサの髪の毛をかきむしりながらふうと溜息をつく。膨れた胸と背中がしぼんでゆき、少しの懐かしさを覚えた。

 携帯を確認し、時刻をみる。少し寝すぎたか、と思った時には洗面所に立っていた。毎日の習慣というものは意識を通り越してしまうんだなと思いつつ、携帯の画面を消して。蛇口を捻る。

 朝の支度を終えて、鞄を片手に玄関の扉を開けた。鳥のさえずりや登校途中の子供達の賑わいが耳に入ってくる。エレベーターの前に立って、ボタンを押して階数表示画面を見上げる。

 6F、5F、4F、3Fと降りてきた。僕が学生だからだろうか。中の主婦はさも意味ありげに扉の開口ボタンを長押しする。機械的な会釈を済ませていそいそと中に入り込む。・・・2Fで止まった。扉が開くと煙草の匂いのする赤黒い顔の中年男性が立っていた。

 男は無味無臭というような表情をして中に入り込んだ。主婦も同様に腕を下にしたままエレベーターのボタンを眺めているようにみえる。

 1Fに着いて扉が開いた。僕は開口ボタンを長押しした。男はさっと出ていき、主婦は会釈と共に出ていった。

 僕もボタンから手を離してエレベーターから出た。エントランスを通り、外にある駐輪場に向かおうと歩みを進める。途中で守衛所のおじさんが自販機の前で缶コーヒーを片手に老人と話をしている。

 そそくさと通り過ぎて、自分の自転車が置かれている所にたどり着くと、手慣れた手つきで鍵を外してまたがった。

 寝起きのせいか、走り始めはいつもぼうっとする。時折瞼をぎゅっとつむっては大きく開いて視界の霞をとる。陽光が眩しい。

 右左とペダルが軽くなるにつれて、程よく胸の高鳴りを感じる。身体が冴えてきたようだ。ハンドルを握る力を緩め、透いた視界に見入る。

 赤青黄色の色とりどりなランドセルを背負った子供達。とても陽気で、柔らかそうな桃色の頬には、えくぼや膨らみがある。みていると懐かしく思う。

 黒や灰色のスーツを身にまとったOLやサラリーマン。気疲れを隠せない面持ちで、黙々と足を進めている。その足音を聴いていると、胸が窮屈になりそうだ。また、勇ましくも感じる。

 公園の前を通ると、お爺さんやお婆さんがほこほこと小さな球技大会。ゲートボールというのだろうか、みていると何だか嬉しくなる。それと同時に、何故か不安になった。

 自転車は河川敷に入った。長い一本道には、ランニングをしている人や犬を連れて散歩をしている人がちらほら。菜の花や蒲公英が生い茂る緑を左右に見つつ、自転車の速度を上げた。

 速度を上げて走ると気持ちがいいものだ。手軽に日常を忘れることができる。周囲の存在が輪郭になり流れてゆくみたい。全身に風を感じて、脈打つ鼓動と共に楽しくなる。しかし、直ぐにつまらなくなった。

 人は紅茶ばかり飲んでいると珈琲が恋しくなったりするのかな...。なんて、くだらないことを考えていると。息苦しくなって、身体が痒くなってきた。

 自転車の速度を落とし、両手を前にあげたまま、何も考えずにいた。しかし、そろそろ我慢できなくなったので両手に力を入れる。キュッ!とこすれる音がして、変に鮮やかな地面に足を着いた。

 長袖の袖口で額をぬぐうと、それを捲し上げた。健康的な動作だと思う。すると喉が渇いてきた。紅茶が欲しい、冷たいやつを。

 排気ガスの匂いが鼻をつついた。左を見ると、様々な色をした車が列をなして並んでいる。前を見上げると、同じような建物が立ち並んでいる。目的地まであと少しだ。

 唾を飲み込みつつ、左側に向かうべくハンドルをさばく。なるほど走りやすい道である。孤立した緑の群衆が大きな影をつくりだし、そこで鳩や雀がおしくらまんじゅう。

 可愛らしい鳥の集まりをみていると、心なしか実家近くの公園を思い出した。杖を片手にパンの耳を投げるお爺さん。その隣で乳児を抱き、鳩に夢中な幼子を見守る母親。そしてその隣では、青年が本を読んでいる。

 そんな薄黄色の光景を眺めていると、寂しそうな木造のベンチが目に止まった。人の声などするはずもなく。大きく膨れ上がったゴミ箱が傍らに置かれているだけだ。カラスさえいない。

 僕はそのまま大通りに出た。交差点を渡り、街の中心部まで一直線に自転車を走らせる。人通りが多くなってきた。

 道行く人。バス停でバスを待つ人。開放的な喫茶店(チェーン店)で座り込んでいる人。同じような格好、同じような表情、同じような仕草。面白い、都会の醍醐味だ。ある意味心が踊った。

 流行りというものは凄い力を持っているらしい。便利で手頃で安全で、下手な法律よりも強制力がある代物だ。そりゃあ皆無理をしてまで欲しいと思うだろう。若者はコンビニのレジ袋、大人はイオン(スーパーマーケット)のレジ袋。我ながら変な皮肉だと思う。

 そうこうしているうちに、車通りが少なくなってきた。目的地の建物がすぐ近くにある。門をぬけるとすぐ近くに外来植物が多数植えられている。

 それらを気にも留めずに通り過ぎる若者達。豊かな服装をしている。表情もまた豊かだと思う。どこか知性を感じさせる聡明な顔立ち。娯楽が身体に染み付いているような、ふにゃけた顔立ち。何故か形容しずらい冴えない顔立ち。

 彼らに共通している点は、目的はどうであれ講義を受ける事。そして、許容されない個性を押し殺す事だろう。

 僕も同様に常識半ば個性半ばの仮面を被り、門をぬけて持ち場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

   

 

 

 


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