0-1-02-01 煉瓦の街
肩に水が当たった──雨だ。
本当に外に出たらしい。ここは薄暗い、煉瓦の壁と壁の隙間。その上の屋根と屋根が重なって空から落ちてくる水滴は、目の前の大通りほど多くはなかった。そこには通りの端が見えないくらいにせわしなく多くの者が行き交い、誰もここに座っている俺のことに気づくそぶりはなかった。
あいつはいなかった。あいつがどうやってあの暗闇から抜け出したかわからないのだから、別々の空間に飛ばされてもおかしくなかった。そもそもあの暗闇が水の都だったのかさえもわからないのだ。探すつもりもなかった。
俺はそこに数日間座っていた。……腹が減りすぎて動けなかったという方が正しいかもしれない。とにかく、座り込んでいた。
でもこれは、あいつのいう「困ったら」ではないと感じた。というか、これっぽっちの瓶の液体を飲んでも腹は満たされないと思った。
退屈だったので、せわしなく通る者たちがひとりでに話す心の呟きを聞いていた。
アストや西の港のみなが元気でやっているか心配になった夜もあった。しかしあいつの言葉も同時に頭によみがえってきて葛藤するたびに、考えることをやめて眠りにつくようにしていた。あいつの言葉のせいで今までの気持ちが揺らいだ。
どうして捕まったのか、母親と父親のこと、あいつ……わからないことばかりだった。
数日の間、俺に話しかける奇妙な女や老人がいた。大体本心は暇潰しだとか死ぬんじゃないかとかそんなものだった。適当に貰う食べ物だけもらって無言でいた。話しても迷惑をかけるだけだと思ったから。「友達」はあいつしかいないと思ったし、名前を聞かれても放っておいた。俺はまた名前のない生活に戻った──また?
食べ物だけじゃなかった。ある日、紙と鉛筆をもらった。老人は描けと言った。持ち方すらわからないし、保存も悪いしでどうしようもなかったが、仕方がないので目の前の通りを描いた。1枚、2枚。ちょうど描きあげる頃に、受け取りにきては次の紙を渡してきた。理由は知らない。でもいつも、心の中で誰かに渡すと言っていた。
3枚目が描き上がる頃に、取りに来ると思っていた老人は突然来なくなった。それ以外にもう、俺のもとに来る者は誰もいなくなっていた。
俺自身が、心のどこかで老人の来訪を楽しみにしていたことに一番驚いた。