0-1-01-05 あのときの気持ち
天から降りてくる緩やかな坂道をくだる。どうしてそこをくだっているのか、これからどこに向かうのか、俺は知らない。ただ気の迷いもなくまっすぐに、後ろを振り返ることもなく歩く。
螺旋を描いた坂道は、終わりがなかった。天から降りているのに、地に着く様子がなかった。
おかしな夢を見た、と我ながら思った。
早朝。隣で寝ているアストをよそに、俺は土の匂いを優しく嗅いで、秘密基地から抜け出した。
明るくなった道は、もといたあの場所に帰そうとしてくれなかったが、俺の耳は正解の音を聞き取ってくれた。港の市場に向かう観光客の声、そうじゃない声、俺にしか聞こえない手がかりの声。すべてを聞き分ける。道なんて気にしないで、俺が信じる方へ体を向かわせた。
俺はただ単に、西の港の市場の様子が気になった。絶対に治安部隊がいるとわかっていたが、それでも行きたかった。
このときの俺のことは、今なら何とでも言えると思う。アストに心配をかけたくなかったとか、野菜売りや薬売りに一言挨拶をしておきたかったとか。でも、結局はその気持ちが一番大きかったんだと思う。
────兎に角、俺が行動を起こしていようがいまいが、遅かれ早かれあのおっさんたちに取っ捕まえられていたということだ。
彼らに見つかったのは自然的な現象のせいではなかった。俺があの女にぶつかったからだ。この都で一番有名な女。わざわざ言わなくても顔と名前が知られていたあの若い都主。
そのせいで、俺は都主だけでなく周りの者の人目についた。体が凍りついて動けなくなった。あくまで比喩表現だが、なによりも周囲から聞こえる様々な声に怯えて、その場にうずくまりたくなった。
それを行動に移すよりも先に、そばにいた治安部隊のおっさんたちに取り押さえられた。必死に抵抗したけど、息が詰まって苦しかった。遠退く意識の中、市場の商人で心配してくれないやつはいなかった。俺の聞こえた範囲では。
治安部隊に向かって行動を起こしてくれたのは、俺と深く関わりのあった元から西の港にいたみなだ。
彼らの優しさを感じた。もみ合っていたのだ。俺はこんなに不甲斐ないのに。こんなに何もできないのに。
結局、俺の何がいけないのかも、彼らにとって何が気に食わないのかも、俺は子供だったからかわからなかった。俺が気味悪いやつだからかもしれない。