0-1-01-04 束の間の幸せ1
俺は暗闇の中逃げた。
端的にいうと、俺が話しかけられて案内した彼は治安部隊の若い者だったのだ。出口まで行くときっちりした服装のおっさんたちが俺を待っていた。良い予感はしなかった。とっさに奴らの足元を駆け抜けてきた。
そんなこんなで今逃げているわけだが、市場のみなに迷惑をかけるわけにはいかないから、とりあえず南の市場に向かっている。夜でも西同様店が開いているし、それなりに人が多くて撒けるような気がするからだ。何度か行ったことがある。
「こっちだ!」
治安部隊の後方からでもなく、俺の向かう前方からでもない全く別の方向から聞き覚えのある声がした。暗くてよく見えない。
とりあえず信用して声のする方へ向かった。
「僕の家……じゃないけど、うまく撒けるところがあるんだ、ついてきてよ!」
信じられなかった。いや、彼のことは信じる。俺が信じられなかったのは彼の態度。泣いていた彼が心配して警告してくれて、でも俺はそれを裏切って……そのことを怒りもせずに協力してくれるなんてことがあって良いのか?
「こっち!」
暗くて見えないが言われるがままについて来た。いつからか、追ってくる者たちの声がしなくなっていた。
「もうすぐ着くから。疲れたでしょ。この辺りまで来たら歩いても大丈夫」
「ありがとう、えっと……」
そういえば彼の名前を知らない。
「ロッソは僕の名前知らないよね、僕はアスト」
「アスト、ありがとう。この辺りは家のそばなの?」
「うん。外で騒ぎが聞こえたし、昼間におじさんたちが話してるの聞いたんだ、だから心配で。…あ、もうすぐ着くよ」
林の中で彼は止まった。
「ちょっと待って」
彼の手から灯りが点った。
「これが僕の魔法だよ、それでここが僕の秘密基地。母さんには言ってあるからここで眠ろう」
光が差す秘密基地は、なかなかしっかりした出来だった。横たわった倒木の下にそこそこ深い穴があって、そこに俺たちが入る。周りには蔦がカーテンの役割をしてくれていて、うまくカモフラージュしていた。
穴の底にはシートが敷いてあり、丸くなって2人寝転がればちょうどいいくらいの穴のサイズだからありがたかった。
「すごいや、これアストがつくったの?」
「そんな、僕は穴を掘っただけだよ。母さんが病院に行っている間は暇だからここで本を読んでいるんだ」
彼は照れていた。俺以外の誰かにここを紹介するのは初めてだと俺にしか聞こえない言葉で話してくれた。
「病院?」
「うん、母さんはあまり体が強くないんだ。でもそのわりには女の子を産むって言って聞かないんだよ」
「そうなんだ」
小さな俺らの小さな話し声と笑い声が、彼のつけた灯りとともに林の中を照らした。俺の心の中も照らされてあたたかくなった。