0-1-01-03 警告
新しい都主は、若い女性。厳格な治安維持と、現状の建て直しを掲げる彼女への支持者は多かった。
政権が交代したその翌日の昼、いつも通り市場にやって来た翠の髪の友人は、口を動かさずに、俺にしか聞こえない言葉で話しかけてきた。
(……ロッソはここから逃げた方がいい)
俺は目を見開いた。
(今日ここに知らないおじさんたちが紛れ込んでるの、きみもよくわかってるはずだ。そのおじさんたちが何をしようとしているのかも、僕の声が聞こえてるならわかると思う。きっと治安部隊だよ、あの制服。きみの安全のためにも、市場を離れた方がいい)
どうしてかと聞くより先に、彼は伝えてくれたが、その通りだ。
きっちりした服装のおっさんたちを先刻から何度も見かけている。目は合わせていない。彼らの心内もなんとなくわかっている。この市場をきれいに……しようとしているらしい。
俺は、ここの商人の子どもでもない。だがしかし住む家もない。どちらでもないから、北の港から来た商人たちに気味悪がられているのかもしれない。でも、この市場から離れたくなかった。このやさしい場所から離れたくなかった。
だから俺は、友人の警告を無視した。彼の方が俺より聡明であると解っていたのに───
夜も市場は栄えていた。オレンジの明かりがきれいで、市場のあちこちからワイン瓶のコルクを抜く音がする。海岸に行くと海に映えているのが見えるしそれもまた綺麗であることは知っていたが、夜の海は危険だから近づかないように言われていた。
俺はいつも通りあまり酒を飲まない野菜売りのとなりにいた。まるで彼の子のように。
治安ってものがよくわからないから、それが今よりも良くなってしまったら、昼間の仲の悪さなんか嘘みたいに頬を赤らめて、笑顔でワインを飲み合う商人たちの情景なんて見られなくなってしまうんだろうか、なんてぼんやり考えていた。
数日間、きっちりした服装のおっさんを見かけたが、話している内容は毎回違った。聞き込みをしているらしく、この市場の暮らしとかを聞いているようだ。俺のことも話にあがっていた。
「はい。ロッソ、気を付けろよ。」
「……何に?」
「背後」
今日も野菜売りから西瓜をもらった。
最近市場の商人から「気を付けろ」とよく言われるようになった。でも、何に気を付ければいいか毎回言われる度に聞いているが、答えがそれぞれだったから、意味がわからなかった。
俺はきっちりした服装のおっさんたちが、具体的にこれから何をするのかわかってなかった。心の中に秘めている言葉がわかっても、俺はまだほんの小さなガキだったし、教養もないから予測ができない。
その夜も変わらず市場にいた。ただいつもと変わったことは、そばに野菜売りがいなかったことだ。でもそれは初めてじゃなかった。彼が風邪を引いたこともあったし、気が乗らないからと言って俺とは別にふらふらどこかへ行ってしまうこともあった。
不意に知らない男に話しかけられた。見たことない旅行客の1人や2人に話しかけられることはしょっちゅうだったから慣れたように答えた。
「道わかんないんだけど。教えてよ」
「どこか行くの?」
内陸のホテルの名前をあげた。旅行客だ。内陸の方まではわからないからとりあえず市場の出口まで男を連れていくことにした。
案内する俺の後ろについてくる男の心の声は、ワイン飲みたいだの、仕事がなければ帰れただのと、欲が俺に駄々漏れだった。そんなこと彼は知らないだろうが。