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新・斉の残党  作者: 野沢直樹
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独立独歩

「その後、田栄が国を束ねたわけだな」

 彭越は念のため聞いたが、それはあらかじめわかっていたことであった。田儋が臨済で死んだのち、田栄は敗兵をまとめて東阿へ逃れた。そして楚の項梁に救援を依頼したのである。

 項梁は、のちに頭角を示す項羽の叔父にあたる楚国の頭領であった。

「項梁は東阿に軍を引き連れて現れ、章邯の軍に打撃を与えました。章邯はそのまま西に逃れ、項梁はそれを追ったのです」

「しかし田栄は、追わなかった」

「その通りです」

 このとき田横は、恥じ入りそうな顔をした。できることなら聞いてもらいたくない、という気持ちか。あるいは身内の恥を晒す感覚。いずれにしても後悔が彼を襲ったのだろう。

「このとき斉国内では、混乱を恐れた者たちが、すでに替わりの王をたてていました。栄はそれが自分の名でないことに激しく怒り、軍を引き連れて斉国内を荒し回ったのです」

「国内を荒し回った……? いやはや噂に違わぬ気性の荒い男よ」

 嘘か誠かわからぬが、田儋には神秘の力が宿っていた。しかし弟の田栄にはそのようなものはなく、あるのは激情に駆られた行動力ばかりであった。

「しかし、そのときは私も将軍に任じられて、その一翼を担ったのです。というのも、栄の気持ちがわからないわけではなかったので……」

 ふうむ、と彭越は鼻を鳴らした。この時代に、田栄のことをよい人物であったと評価する者は非常に少ない。



 怒り狂った田栄は、田仮を攻撃して国内から楚に追い出し、田角を趙に追い出し、田間を趙から入国させなかった。恐るべき同族内での権力抗争である。追われた田仮は当時斉王に擁立された人物で、戦国時代の最後の王である田建の弟であった。つまり、同族といえども田栄などよりよほど王朝を引継ぐ正統性を持った人物なのである。しかし田栄はそれを許さなかった。

 また田角という人物は、このとき宰相の地位にあった人物であった。また、田間は将軍である。いずれもせっかく復活を遂げた斉国の存続の危機を憂いてその座についた者たちばかりで、彼らは決して国を乗っ取ろうとしたわけではない。

 しかし田栄は、許さなかった。

「兄貴が苦労して再建した国を……兄貴は、こともあろうに……莱族の力まで借りたのだぞ。俺に言わせれば、そんなものは恥だ。しかし兄貴はその恥を忍んでまで……それをいとも簡単に、俺の留守を狙って奪うとは!」

 横を相手にまくしたてる栄の口調は、激しいがたどたどしい。それだけ怒り心頭だったということであろう。しかし、横には疑問が残る。

――栄は、儋のことを好いていたのであろうか。あれだけいつも反抗していたというのに。

 少なくとも尊敬の態度は見受けられなかった。神秘の力を得たと称すれば鼻であしらい、あたかもそれが王権を正当化する方便であるとうそぶくような態度が、横には気になっていたのである。

――たとえ方便だとしても、民心を得るために努力したことを認めるべきだ。栄はそのことを認めず、いまさら『儋は恥を忍んだ』、などと言う。つまりは、儋の努力に乗っかって、王権を継ぎたいと望んでいるだけだ。

 横の心の中には、栄に対する反感が芽生えた。しかし一方で栄の考えはもっともだとも思えるのである。確かに、自分たちが戦場で戦っている間に、国内で別の権力が芽生えていたという事実には、横も納得はできなかった。

――泥棒のようなものだ。

 彼らの行動がすべて悪意に基づいて為されたものだとは思わない。国の行く末に思いを巡らし、考えて行なった結果だとは理解している。だが、許せないのだ。横は、絶対的な確信を持てないまま、栄に付き従うことにした。

 横は、彼なりに思案を巡らした。このまま栄が王を称することは、あまりにもあからさますぎるのではないか、と。そこで彼が提案したことは、儋の年若い息子を王座につけ、栄自身はその後見役として宰相となるのがよい、というものであった。

「まあ、それもいいだろうさ」

 栄は余裕を持った口調で、その提案を受け入れた。そして斉は再び平定されたのである。


 しかしその後、栄はなかなか動こうとしなかった。

 秦軍は章邯のもと勢いを盛り返し、楚を攻撃する態勢を見せ始めた。そこで項梁は田栄に支援を要請したが、彼は一度危機を救われた項梁に対して、素直に恩義を返そうとしない。

「楚国内に逃げ込んだ田仮をそちらが殺せば、支援を考えないでもない」

 へたな駆け引きをするものではない、今さら田仮を亡きものにしたところで、こちらが得るものは何もないではないか……横はそう思ったが、口に出すことは謹んだ。要は、栄は支援したくないのである。臨済で経験した秦軍の強大さに、実のところ怖じ気づいていたのだ。


 果たして楚は田仮を殺すという条件をのまず、支援の要請は取り下げた。

「ふう。黙って言う通りにすればよいものを。いまにあいつらは痛い目にあう。よく言うだろう。まむしに手を噛まれれば、手を切り落とす。足を噛まれれば、足を切る、と。楚にとって田仮の害毒は、まむしのそれ以上さ。そのことに気付かないとは……。楚が田仮を匿っている限り、我々斉が支援する理由はないからな。いまに楚は秦によって先祖の墓まであばかれるに違いない」

 田栄はそう言った。その言葉は自分が秦と戦わないで済んだことで安堵したことから生まれたものである。巧みな比喩を用いてうまく言い回しているが、その実は弱気から生まれた発言であった。


 しかし栄の見通しは正しかった。結果的に楚は章邯に攻められ、頭目である項梁を失ったのである。この結果を受けて、田栄はからからと笑った。

「見たことか」

 なるほど、栄はそれなりに事態を正しく把握している。横はひそかに抱く栄への反感を、ひとまず押しとどめることにした。



「一連の戦いは、秦の勝ちさ。魏が敗れ、楚が敗れ、次には趙が敗れる。臨済で敗れた魏王咎は自害した。定陶で敗れた項梁は焼死した。趙では誰が死ぬかな」

 栄は他人事のように、そのようなことを言う。横としては、確かめたくなる気持ちを抑えきれなかった。

「秦が勝ってしまっては、この斉もいずれ押し潰されてしまうのでは……? そのような事態になったとき、兄上はどう対処なさるおつもりなのですか」

「なに、国境を固めてやつらの侵入を許さなければいいだけの話さ。へたに争おうとするから潰されるのだ。実力が伴わないうちは防御に徹するべきだ。お前だって、あのときの章邯の強さを見ただろう」

「……弱気に過ぎませんか」

「なにを言う。気持ちが強いか弱いかの問題ではない。冷静に事実を見る目が、国を存続させるのだ。落ち着いて国内の産業を養い、人口を増加させ、国力を増すことがいまは先決だ。そうしなければ、我々には兵を食わせることもできない。飢えた兵に敵を蹴散らすことができようか?」

 正論であった。このときの横には、栄の言っていることが正しいように思えた。しかしそれも現状に何も変化がなかったら、の話である。何年経っても相変わらず秦軍が強ければ、栄の言う通り斉は発展するかもしれない。

 しかし、状況は劇的に変転したのである。


 魏を敗り、楚を敗った秦軍は、このとき北上して趙を攻めていた。趙の鉅鹿(きょろく)城は孤城と化し、趙の首脳部は籠城するばかりで他に為す術を知らなかった。陥落は時間の問題である。


「そら見ろ」

 栄は事態の傍観者と自らの立場を定めた。各国には趙より支援の要請が回っていたが、そのような中、栄は相変わらず知らぬふりを決め込んだのである。

「いまに趙は滅亡する」

 栄は事態を楽しんでいるかのようであった。だが数日後、その表情に変化があった。楚が鉅鹿を解放したという知らせが届いたからである。


 楚は項梁亡き後、少しばかりの内紛を経て、項梁の甥である項羽が軍の支配権を握った。その項羽が章邯を猛攻し、ついに追い払ったのである。

 栄にとっては、計算外の出来事であった。


 項羽とは、軍事においてその制圧の仕方が残虐なことが当時から有名な人物である。城を囲んで陥落させると、中の住民までも生きたまま穴埋めにする、という噂はまぎれもない真実であった。


――まずいことになった。

 横は栄の身を案じ、同時に国の行く末を案じた。このまま楚が秦を敗ることになれば、斉は支援を何度も断ったかどで、楚に誅罰されることになるかもしれない、と。

――少なくとも、良い印象は持たれていないに違いない。

 敵対したわけではないが、まったく協力していない斉を滅ぼすことに、残虐な項羽がためらうはずがない。中原を統一する覇者となる野心が項羽の中にあるとしたら、なおさらである。

「案ずるな、横よ。俺は、楚の支配など認めぬ。たとえ項羽が天下の覇者となったとしても、我らは独立を保つのだ」

 栄はそう言い、横のみならず自らを安心させようとした。しかしその態度には、いつもの鼻であしらうようなそれは見受けられなかった。



 だがその後、項羽の勢いは止まることはなかった。秦を攻めに攻めた項羽は、その勢いをもって章邯を降伏させるに至ると、秦の首都である咸陽に入城し、宮殿を焼き尽くした。財物はすべて押収され、住民は略奪の被害に遭い、女は犯された。噂に違わぬ凄まじい制圧の仕方であった。

 項羽は楚の君主である懐王になりかわり、勝手な判断で諸国を功臣たちに配分した。そしてこのとき項羽は人に命じて懐王をひそかに殺し、自分が楚王を称したのである。

 その影響が、斉にも及んだ。斉は項羽によって断りもなく三分され、それぞれに王が封じられたのである。田栄が擁立した田儋の息子である田市は、申し訳程度にその三つのうちのひとつの国に封じられたが、田栄自身はと言えば、恩賞も何もなかった。王となることもなければ侯にもなれず、独立を保って秦の支配をはねのけた功績をねぎらう言葉さえもなかった。


 このことに、田栄は激怒した。

「何の権利があって、項羽はこの斉の内政に干渉するのか。我が斉は、楚に協力をしていない。言うことを聞く義理はないのだ」

 かくして似た境遇にあった趙のもと将軍である陳余(ちんよ)という男を焚き付けて、趙国内に反乱を起こさせた上に、自らは項羽に封じられた新たな王の入国を阻んだ。そのうちひとりは楚に逃亡し、もうひとりは死んだ。攻撃して殺したのである。


 残るひとりは国内にいる。田儋の息子である田市(でんし)であった。

 田市は項羽が暴虐であるという噂を恐れ、素直に新たな領地である海沿いの都市に移住し、その小さな国の王となろうとした。すると田栄はまたもこれに激怒し、後を追う。そして、あろうことかこれを殺した。


――何を考えているのだ、兄上!

 横は為す術を知らなかった。激怒した兄がこれほど手の付けられない存在だとは、初めて知る事実であった。

「甥を殺すなどと、兄上は人としてどうかなされています。ましてや、あの儋の子を……」

 横はどうにか諫言した。死を覚悟しての諫言であった。

「うるさい、今日からこの俺が王だ」

 栄には取りつく島もない。しかもぶっきらぼうに彼は即位宣言をした。勝手な、いとも簡単な即位劇であった。


 一連の行為に対して、覇王項羽が怒ったことは言うまでもない。項羽は斉を征伐した。



「自業自得だ。栄は……君の兄上を悪く言って申し訳ないが……少し成長の度合いが実際の年齢に釣り合っていないのではないか。怒った時に我を忘れているようだ」

 彭越は、呆れたようにそう評した。その評価は、栄にとっても大体の意味において、合っている。

「あえて弁護するならば、落ち着いているときは正しい判断を下すのです。ただ、精神が安定していないところがございまして……物事が自分の思いどおりに運ばないと子供のように怒り散らすのです」

 田横はそう言ってため息をついた。彼にとって栄という兄は手のかかる肉親であった。しかし肉親であれば許せる範囲の行為が、国が、民衆が相手であれば……そう考えれば許されないことも多いだろう。苦笑いで済むことではない。当然のことだ。

「自業自得です」

 横はあらためて彭越の言葉を繰り返した。

「その後、楚と斉とではながらく戦闘状態が続いたな。君も苦労したことだろう。かくいうこの私は、その漁父の利をいただいた。楚と斉が争っている隙に、楚からこの梁の地をもぎ取ったのだ。君に感謝すべきだろうな」

「感謝すべきは私の方です。いま、こうしてあなたのもとで無事でいられるのですから」


 田横は心からそう言った。薄汚れた衣服をきたもと王族の男が、爽やかな笑顔をみせた瞬間であった。

――こういう男か。

 彭越は見る目を改めた。あの田栄の弟だという観念が、いままで彼の頭には、あったのだ。


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