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リュック

作者: ツクヨ

また来たよ。私は毒ガスを吸うような気分を味わった。

「さゆり〜。今日私塾あってさ、掃除する時間ないの〜。代わってくれるよね?」

美咲は満面の笑みで命令形の会話をした。

学校には学校のルールが、生徒には生徒のルールがある。この美咲には逆らってはいけない。これが私のクラスの暗黙のルールだ。だが、そんなこと私にはどうでもいい。その汚い鎖に縛られる気はさらさらない。

「……別にいいけど、さっき真理ちゃんとどっか行くとか言ってなかった?そんな時間あるなら、出来るでしょ。」

私は地獄耳だから、それくらい聞き取れる。

「それは今度行こうって話になったんだ。ほら、私今日塾あるからさ。ね?いいでしょ?」

そう言って眉毛を八の字にして、お願いのポーズをする美咲。

嘘つき。さっきから 教室の外で、真理ちゃんや他の美咲の友達がお喋りしながら待ってるじゃないか。美咲の嘘つき、嘘つき。

「…今日だけだよ。あと、私嘘つき嫌いだからね。」

美咲は一瞬口をヒクっとさせた。その綺麗な笑みが濁ったことで、毒ガスの空気がさらに濃くなった気がした。

「…ありがとう〜。じゃあね〜さゆり。」

私は、本を読むのに夢中だという真似事をして無視した。あぁ、この一方的な会話は何回されたんだろ。べつにたいした用事はないから、頼まれたらやってあげてもいい。だけど、美咲は生意気な私に対してだけにやっている。陰湿な女の子、美咲。私が綺麗だなんて思わないけど、あの子のようなことは決してしない。前に私は友達に、竹を割ったようなさゆりは珍しい子だねと、一回言われたな。少し自分の頬が温かくなったのを覚えている。昔、お父さんから坂本龍馬の大河ドラマを見せてもらった。その時あの逆境にも負けない、情け深い侍魂に、私は心底惚れ込んだ。私はいつか侍になりたいと、子供っぽいことを、今でも願っている。


それから数ヶ月がたち、今日は遠足で山に行くことになった。嫌がる子が多いが、私は登山は好きだ。早く行きたいとうずうずし、体がとても軽くなり、飛んで登れるくらいだった。だが、先生の一言でなくなった。

「さあ、皆さん。これから班ごとに頑張って登りましょう!」

先生が元気よく叫ぶ。そう、私の唯一の重りは、班のメンバーであった。

「はぁ〜、だるいなぁ。皆〜ゆっくり行こうね。」

美咲は本当にゆっくり歩いては休み、休んでは歩いた。なんて重い毒ガスタンクだろう。この子さえいなければ、最高の空気が吸えるのにな。何回も私はそう思ったが、言わなかった。それが大人の対応だと、両親にはいつも言われていたからでもある。しかし、あまり守ったことはない。殆ど包み隠さず言ってしまうのが常だ。それは自分を貫くこと、耐えることが侍魂だったから。私はそのことを基本としている。ここまでいくと、自己満足か侍になるために奮闘する自分に酔っているのかもしれない、とも思う。ある意味、美咲は私の行く道の壁、試練なのかもしれない。こう思えばいくらか許せる。

「あ〜疲れた。ねぇ、だれか私のリュック持って〜?」

班の子たちは目を泳がせ、誰もなにも言わない。皆、私と同じ気持ちなんだろうな。ふと美咲を見ると、美咲ぐこちらを向いていた。

しまったと思ったら時には、遅かった。

「さゆり〜、このリュック持ってね。私疲れちゃったの。さゆりは体力あるからいいよね〜。」

か弱い女の子を装いながら、美咲は私にリュックを差し出している。だけど、流石の私も疲れていてとても二人分の荷物は持てそうになかった。しかも、私の荷物もリュックだから持ちにくいことこの上ない。私は正直に言った。

「ごめん、私も結構疲れてるから二人分の荷物は持てない。少し休んでから行こうか?」

私の精一杯の譲歩は、美咲にはきかなかった。

「え〜、さゆりなら大丈夫だよ。私の方が疲れてるし、いいでしょ?はいこれ。」

班の子たちはも、これには眉を斜めに上げた。

まるで人のことを考えないこの言動は、私の何かの糸を切った。

「いい加減にしろ!人のこと考えないで自分のことばっかり!いつもいつもなんなんだよ!」

いきなりの大声に班の子たちがたじろぎ、美咲は目を大きく開けていた。しかし、美咲はすぐに口を歪め言い返してきた。

「いきなり大声でなんなのよ!さゆりは体力だけが自慢なようなもんじゃない!ちょっとくらい友達を助けるくらいでなにそんなに怒ってるのよ!さゆり心が狭いのよ!」

お互いが声を張り合い、五月蝿く幼稚な口論が続いた。自分でも呆れるくらい、大きな大きな声。山の木々まで避けるかのように風がふく。山がやめろと。もう声を張り上げても聞こえないほどにふいた。声の戦いから、取っ組み合いになり、周りの子たちが必死に止めていた。しかし、ここでやめたら負けな気がしてならなかった。こいつにだけは負けたくない、負けてはならない戦いが今なんだと、私は震えてた。もうクラスなんかどうでもいい、一人ぼっちなってもいい。学校で酸素ボンベを使うくらいなら、毒全部を吸ってお腹で浄化してやる。

すると、空が尋常じゃない色で光った。気がつかなかったが日はかなり落ちていて、空は濃厚に曇り、皮膚に刻まれるような雨が降ってきた。一時的に、美咲と私の乱闘が静まった。

「「あ。」」

初めて、私とあの子の声がハモった時だった。私たちは、葉っぱが混ざった泥に、崖の底へと引っ張られた。


気がつくと、チクチクとした茶緑の葉っぱが頭にあった。ぬめぬめした泥が張り付いた私の体は、大半の感覚が薄くなっていた。

ここはどこだっけ。私、何してたっけ。

「…ん。」

誰の声だろうと思って振り返ったが、私の腕のアザを作った子だというのは、体が分かっていた。

「…落ちちゃったのか。」

そう呟くと、何故かほっとして、息をはけた。吸うと、冷たいお水を飲んだ感じだった。

「い、たい。」

突然、美咲が呻いた。

「え?」

美咲の方を見ると、右足のふくらはぎに30cmほどの枝が刺さっていた。雨のせいではなく、首が濡れ始めた。これが冷や汗かと、自覚した。私も運が悪かったら、目が覚めることはなかったかもしれない。良かったと思う反面、罪悪感もあった。

「立てる?」

「…無理。携帯の入ったリュックもどこかにいっちゃったし。…どうしよ。」

私のリュックは、探したところ、木の上の方の枝に引っかかっていた。登って行けば、届かないこともない位置だ。あの中には食料など役に立つものが入っている、あれを背負って先生たちのところに行けばいい。私一人で行けば、すぐに着くし美咲も助かるだろう。よし、これでいこうと振り向いた。だが、美咲の下の葉っぱは、広い範囲で赤くなっていた。間に合うのか、迷って先生のとこに行けばダメかもしれない。でも、私がここにいても状況は変わらない。どうしなきゃいけないだろうか。いや、どうしたいのだろうか。

「さゆり、早く先生のとこに行ってきなさいよ。私の怪我どうにかしてもらわなきゃ困るのよ。早く助け呼びに行って。」

美咲は強気で、さっきほどとはいかない声でまた命令してきた。だけど顔には満面の笑みは一つもなかった、むしろ青くなっている。雨が降っているからか、あの毒ガスはなかった。もう一度、水の空気を大きく吸って、私は頭上にあるわた私のリュックを見た。

「…荷物は軽いにこしたことはないよね。」

そう呟くと、美咲の目も天にあるリュックを見た。せがむように。拝むように。

「…早く行きなさいよ。」

今度は顔が見えなかった。もう体力がないのだろう。私は自分のリュックをもう一度見た。何故か、あの中には海水が入ってるんじゃないかと思う程、重そうに見えた。ちらりと美咲を見る。驚いた、私はただの景色を見ているのかと間違えるほど、あの子は消えそうだった。あんなに重いタンクが、空になったようだった。

「じゃあ、…行くね。」

そう言い、私はリュックを背負った。

意外に軽く、背中にピッタリくっついた。濡れているからかもしれない。そのまま歩き出し、動きやすいところを歩いた。落ちたのだから、上に行けばいい。そう思い、とぼとぼと進んでいると道はすぐに見つかり、さっき落ちた場所に来た。

「これなら、すぐかな。」

ボソッと独り言をおとし、山を登る。30分くらい歩いただろうか、もう足がフラフラしていた。限界に近かった。すると、リュックがモゾモゾと騒ぎ始めた。

「…なんで、よ。」

もう意識が薄く、雨風で寒い。お互い、もう唇でさえいうことをきかなくなっていた。正直、無駄な体力使いたくない。もうこのリュックを背負って歩くことも危ない。水と皮膚の境がなくなって、私も景色と同化してるのではないかと少し不安になったが、空のタンクがだんだん温かくなっていく。私の意識は今、背中にしかないのかもしれない。

「…重いリュック、は、静かにしてた方がいいよ。」

このタンクが元気になったら、また毒ガスはくかもしれない。捨てれば楽だったな、後始末もないし。ただ、それをした時に私は私の存在を前の美咲と同一視するだろう。これは私に潜む侍の心なのか、武士の心なのか。歩きながらずっと考えていた。柔らかくなった雨と、曇りガラスのような空を吸いながら。でも、もう脳は考える機能を停止していた。

私の今の感覚はただ一つ。

「「…温かい…」」

それだけだった。
























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