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狼と茨の冒険者  作者: ゆの字
1章 旧友からの依頼
4/20

知るもの、知らぬもの

 翌朝、セオは夜が明ける前に起きて身支度を整えると、まだ寝ているウォルフを横目に見て出かけた。早すぎて人通りもまばらな街の中を歩き、目的の石造りの建物まで辿り着く。

 警備隊の宿舎であるそこの門で、たまたま当番だったらしき顔見知りの守衛に証明書を見せ、入る許可をもらう。無骨な作りの廊下を歩き、ノックをしてから一番奥の部屋の扉をくぐると、まだ夜も明けて間もない早朝であるというのに見回り用の甲冑を兜と篭手以外殆ど身に着けた上で、書類の山が出来た机につき書き物をしている赤毛の男が見えた。

 毎度仕事熱心なことだと思いつつ、セオは手で押さえていた扉を意図して音を立てて閉める。それに反応して、男が手を止めて顔を上げた。訪ねてきた人物を認めると、立ち上がって歓迎するかのように手を広げた。この男の背はセオよりも高いが、比べた差は頭半分程度といったところ。だが男は甲冑を身に着けて戦うものの体つきをしているため、力仕事が不得意な彼よりもずっと逞しいのだった。

「よく来た。直接会うのは久しぶりだな、セオドラ。元気にしていたか?」

「特に体を壊したりはしていませんが……私の今の名前はセオドールです、ウィーラー隊長」

 机を回りこみ歩み寄って、強過ぎない力で男はセオの肩をぽんぽんと叩いた。表情の動きが少ないながら、声と動作は歓迎しているもの。ただし名前が違うので、彼は直ぐになるべく刺々しくならないよう心掛けながら訂正を入れた。

「ああ、済まない。気をつけてはいるのだが」

 名前違いの指摘に対し、悪びれた様子もなくさらりと謝ってみせる相手に、セオは少し眉をしかめる。男との付き合いは決して短くはない、むしろ長いのだが、どうにもいくつか看過できない部分があるのだった。その一つが、女性名で自分を呼ぶことである。実の所決定的に間違っているわけではないのだが、彼にとってはそれが非常に苦々しく思えることなのであった。

「それで、今日は早くからどうした?」

 すぐさま話題を切り替えてきたので、彼も無駄な思考をするのをやめ、真顔に戻ると流れに乗る。

「依頼の件の中途報告に来ました。そちらとの情報交換も兼ねていますが」

「そうか。そこにかけて、少し待ってくれ」

 セオが理由を述べると、男は来客との話し合いに使うのだろう、部屋の中に卓を挟み向かい合わせに配置されたソファを片手で示して、自身は今まで作業していた仕事机の方へ一度戻る。書類の山の中から何かを探しているらしき男の姿をちらと見てから、彼は勧められた椅子に腰を下ろした。常宿の硬い木の椅子と違い、布張りできちんと詰め物をされた感触がする。それなりに身分が高い人物も訪う場所のため、当然ではあるのだが。やがて目的のものを見つけたらしき男が、片手に数枚の紙を持って向かいのソファに座った。びっしりと文字と幾つかの図が書かれたそれには、今回の事件に関する記録が記されているのだろう。

「待たせたな」

「いえ」

 短いやりとりのあと、二人は互いの情報交換を始めた。セオからは昨日ウォルフと手分けして集めた情報と、水脈から感じられた混沌のことを伝え、男からは具体的な名前は伏せていたものの、この街の執政官周辺を調べた結果を伝えられる。共通しているのは、直接犯人に繋がる手がかりはなかった、ということだ。口頭で伝え終わった後に資料に改めて目を通すセオと、考えをまとめるように黙り込んだ男の間にしばしの静寂が下りる。

 考え込んでいた男が再び口を開こうとした時だった。ノックもなく部屋の扉が盛大に音を立てて開く。けたたましい音に驚いてセオが資料を取り落とし、紙が机の上に散らばった。

「隊長! 大変で……ら、来客中申し訳ありませんっ」

 飛び込んできたのは、甲冑と新緑色の外套にに身を包み短い金髪を切りそろえたまだ若い女性だった。彼女は男と向い合って座っていたセオを見て慌てたように謝罪を口にする。彼女の表情がめまぐるしく変わるのを見ながら、セオは一つ息をついて一度書類を綺麗に揃えて机に置き直した。男は彼の部下らしいその女性を見て立ち上がり、謝り続けかけるのを手で制して言葉を口にする。

「いや、いい。どうした?」

「は、はい。白樺通りで殺人事件があったようで……家の中に大人の遺体が2つ、と巡回組から知らせがありました。既に隊の数名を向かわせてます」

 彼女は敬礼をしてから報告を述べる。顔は緊張によるものか固くなり、語調も強張っていた。下ろされた両手が握り締められるのがセオから見えた。

「……殺しか。家の中で、というのは久しぶりだな」

 わずかに眉根を寄せ、男はぼそりと言った。表情の動きは少ないが、強い不快感を覚えていることがセオには感じられた。

「ええ……それと、その家の子供がまだ見つかってないそうで」

「他には?」

「……窓から出入りした痕跡が。前の2件と同じものです」

 表情を曇らせながら口にされたそれを聞いて、男は再び黙り込んだ。口元に片手を当て、しばらく考えこむ様子だったが、不意にセオの方へ視線を向ける。

「お前も来るか」

「部外者ですよ、貴方の係累とはいえ。上がうるさいんじゃないですか」

 片眉を上げてみせ、彼は当然に近い指摘をする。男の応えは気負いのないものだった。

「その程度、慣れたものだ。どうとでもなる。来てもらえれば後で教える手間が省ける故、助かるのだが?」

 そう、セオを真っ直ぐ見て言う男の視線は強かった。語調こそ疑問形だったが、ある種の強者がもつ有無を言わさぬ力がそこにはあった。

「……分かりました、同行させていただけますか」

 元よりついていくつもりではあったが、何となく負けたような気分になりつつセオは同行を願い出た。男は頷いて、部下の女性、つけている紋章からすると彼の副官にその旨を伝える。彼女はセオを見やって戸惑いつつも了解を返し、先に部屋を出た。隊長である男はそのまま先に作業を行なっていた机の方へ一度戻ると、机に立てかけていた長剣を腰に差し直す。セオは殆ど用意することがない。机に置いていた資料もそのままに立ち上がった。次に壁にかけてあった外套と篭手を取りに行っていた男に、一応問いを投げかける。

「資料、そのままでいいんですか」

「心配いらん。主の不在中、この部屋に入れるものはそうはいない」

「……また何か仕掛けたんですか?」

 眉根を寄せながら尋ねると、男はわずかに口の端を上げ意味深に微笑んだ。表情らしい表情は珍しかったが、それで何となくセオには見当がついて肩をすくめる。大方また罠でも増やしたのだろう。元々ここはリスクが高すぎて忍び込みたい場所ではないが、余計に割に合わなくなったわけだ、と頭の片隅で考えた。

「それは言わぬが花というモノだ。さあ、先に出ていてくれ」

「分かりました。では、お先に失礼します」

 一礼して先に部屋を辞すると、扉の外で落ち着かなげに待っていた副官の女性と目があった。彼は先制して微笑むと、今回はご迷惑おかけしますと声をかけた。彼女は目を丸くして、いえそんなことは、と片手を左右に振って口にする。

「隊長の独断はいつものことなので……。あ、失礼ながら、隊長とどういうご関係なのかお聞きしても?」

「ああ。そういえば、伝言を受けたのは相棒の方でしたね。彼とは依頼人と請負人の関係ですよ、過去には他に世話になったこともありましたが」

 それだけに止め、多くは語らない。過去のことについては現在不要な情報であるからだ。更に言えば、話がややこしくなる要素でもある。だから彼はそこで言葉を切った。

「なるほど。そういえば、仕事を頼んだ相手は二人組だって隊長言ってましたっけ……でも、それにしては……」

「どうした、二人共。先に行ってくれて構わなかったのだが」

 半分納得、半分不可解といった調子で彼女が言葉を続けかけた時、丁度部屋から出てきて扉を閉めた男が、それに被るように声をかけた。完全にセオの方に視線を向けていた彼女は、傍目から見ても大げさなくらいに驚いて飛び上がりかける。涙目になりながらぎくしゃくと男の方に向いて、待っていた理由を半ば食って掛かるように口にした。

「よよ呼びに行って一人だけ戻るわけには行かないじゃないですかー! というか隊長音もなくひっそり出てくるのやめて下さいー!」

「……普通に出てきたつもりだったのだが」

「気配を消すのが、また常態にでもなってでもいたのでは?」

 同意を求めるように男はセオを見たが、彼は少し笑って肯定するともつかない言で答えた。男はピンとこないようでかすかに首を傾げたが、ふくれている副官に視線を向け直す。

「兎も角、行くぞ。アルーア、案内はできるな」

 彼女は是と答え、そこまで離れていはいないので徒歩で三人は現場へ向かうこととなった。日もすっかり昇り、活動をはじめる時間帯になった人々の増えた道を行き、やがて目的の場所にたどり着く。

 この街の代表的な通りの一つである白樺通りに並ぶ民家の中、赤い屋根が特徴的な家の入口前で、1名の警備隊員が待っていた。他のものはだんだんと人通りが増えてきた中、人だかりができないように整理しに行ったか、家の裏にある庭で運びだした遺体の検分をしているらしい。隊長である男が副官とセオを伴って近づくと、入り口に立っていた隊員は敬礼して彼を迎え、横にどく。男と副官は敬礼を、セオは胸に片手を当てて一礼を返した。男とセオは先に入口をくぐり、副官は入り口の部下に話を聞くためにそこに残る。

 戸口から見える、現場の壁と床はおびただしい量の血で染まっていた。既に運びだされたその血の主は動脈を切られたのか、壁へ派手に血がしぶいた状態であり、また未だ固まりきらぬ血が床に溜まりを作っていた。血飛沫は既に黒ずみ、床に溜まっている分も固まっていないものの赤と言うよりは黒に近くなっていたため、恐らくは出来上がってからしばらく経っているのだろうとは推測された。そして、目を引きつけんばかりに血が飛び散っている割には、家具や生活用品に関しては破損や飛散がほぼなかった。何かの拍子に落ちて割れたのであろう花瓶の欠片と、床に突き立っている調理用ナイフ。家の奥から入り口へ向けて全ては広がっているように見えた。ただし足跡に準ずるものはない。

「……ここで二人死んだか」

 入り口付近に立ち、視線を周囲へ走らせてから、エルデストが言葉少なに呟いた。先に来ていた隊員の報告を聞き終わった副官がそれに反応する。

「最悪、三人になります。両親と、子どもと。でももしかしたら、子どもは生きているかもしれません。まだ見つかっていませんから……」

 つまり、2つの遺体が両親であることは確認された、と。そのやり取りを耳に入れながら、セオは何も踏みつけてしまわないように慎重に足を運び、家の奥へと歩く。濃い血と死の臭いの中、開け放たれていた扉をくぐり入った部屋には、かけられていた布が床に落ちている寝台が一つと、ぬいぐるみや稚拙な腕で描かれた絵だとかが並んだ棚、それに机と椅子があった。棚の内容や机と椅子の大きさを見るに、どうやら子供の寝室のようだった。血痕はこの部屋から外へ広がり、床を見れば部屋の外のものとは違う石のようなものの破片が散らばっている。

 窓は一つ。今は閉まっているが、こっちが逃走経路なら何か痕跡が残っているだろうかと、彼はそちらに歩いていこうとし、途中に落ちていた破片の近くで足を止めた。何か引っかかるものを感じ、床に落ちている石の破片らしきものを拾い上げようとした指の動きが途中で固まる。身を屈めたことでちゃんと視界に入った、深い海の色に似た青い石。この色彩を自分は何処かで見なかっただろうか。

 ごく最近に見たはずだ。そう、昨日送り届けた迷子の少女のお守りがそうではなかったか? 半ば反射的に精霊に呼びかけるための呪文を呟き、石に宿っていたはずの精霊の状態を確かめる。ただ石が砕かれたとしても、大抵は宿る精霊が分かたれて弱まりはするものの消えることはそうない、だが、この破片からは精霊の気配がすっかり吹き払われていた。こうなるのは、混沌使いの魔術か、精霊使いに反対の属性の精霊をぶつけられた時。脳裏に、昨夜井戸で触れた混沌の気配がよぎる。

「ウィーラー隊長」

 石の欠片を拾い上げ、エルデストに対し、感情を抑えた声で呼びかける。家の入り口で部下に指示を出していた彼は、耳ざとくその呼びかけに反応し、指示を中断すると歩み寄ってきた。

「どうした。何か見つけたか」

「ええ……この石、なんですが。本当は精霊が宿ってるはずなんですけれど、跡形もなく消されてるんです」

 甲冑を着込んでいるようには見えない、ごく自然な動作で血溜まりを踏まぬように歩いてきた相手に、拾った欠片を手のひらに乗せて見せる。エルデストは、欠片自体には触れないが目をわずかに細めてじっと視線を向けて、いくらか考え込んだようだった。

「すまないが、俺は魔法にそう明るくない。何となくはわかるが、念の為説明を聞いても構わないか?」

 ややあってから顔を見て問われたことにセオは頷いて、口を開いた。

「普通、精霊が宿ったものは、ただ壊されたとしても何も宿らない状態に戻ることはないんです。余程細かく……石が砂になるくらい砕かれない限りは。そうでなく精霊の存在を消してしまうには、魔術師の扱う強い混沌に晒されるか、宿るものと逆の属性で同格以上のものを精霊使いによってぶつけられるか、どちらかが必要になります」

「……つまり、下手人はそのどちらかと?」

「はい、一人であるなら。隊付の術師、どちらかは知りませんが、その方に聞けば同じような結論にたどり着くかと」

「ふむ。連れてくるべきだったな、別件の調べに出ていなければ。……しかし、そうとすれば、その護符は役に立ったということか。本来の役割ではないにせよ」

 そこまで言って、エルデストは一度口を閉ざした。セオの手のひらの上にいまだ乗っていた石の欠片を指先で拾い上げ、もう一度見やる。そのどこまでも凪いだ紫の目に浮かぶ感情は、セオには窺い知れぬものだった。

「お前は、どちらだと思う」

 ある程度の見通しがついたことで早く動き出したくなり、それに伴って居心地の悪さを感じ始めた時、不意にエルデストが言葉を発する。

「……精霊使いか混沌使いか、であれば混沌使いと。根拠は今日報告したことと、精霊使いにしては周囲に精霊の気配が薄いこと。更に言えば、こんな殺しをやってまで人を攫う理由がないこと、ですよ」

 虚をつかれた形になって一瞬固まったセオは、一つ息をついてから質問に答えた。こういうことがよくあってリズムを崩されがちなので、エルデストと話し続けるのは実の所彼にとって苦手の一つなのであった。理由はそれだけではなかったが。そこまで考えたところで、無意識に服の上から胸元の護符に触っている事に気づいて、急な動きにならないよう彼はそっと手を下ろす。この癖は直さなければならないと常々考えているが、その意志が実った試しはまだなかった。

「確かに、生贄が必要なほどの荒霊は、周囲に確認されていないな。……成る程、鵜呑みにはできんが、参考にさせてもらう」

 石の欠片をベルトにつけた物入れから出した白いハンカチのようなもので包み、しまい込みながらエルデストは言った。光の加減で色の変わる光沢を持つその布は、虹蚕の繭から紡がれる糸で作ったもので、繁殖力の弱さから少量しか作ることが出来ないが、魔法的な影響を遮断する性質のあるものである。恐らく、証拠保全用の支給品なのだろう。

 それを見ながら、セオは男の横を通り抜けて部屋の外へ出る。その背中に、短いがはっきりとした声がかかった。

「行くのか、セオドラ」

「ええ、幾つか調べ物ができましたから。……それと、今はセオドールですよ、エルデスト・ウィーラー。依頼人とはいえ、精霊使いの名前を何度も間違えるのは感心しません」

 無表情に見送るエルデストへ一度振り返り、彼は薄い笑みと共に依頼人のところに力を入れ言って、行動に戻るべく足音を立てずに入り口をすり抜け、その場から立ち去った。

 彼が機嫌をそこねた猫のようにするりといなくなった後、ふむ、とエルデストは一声漏らし、少し考えてから部下たちへの指示に戻るべく自身も入り口へ歩き始める。

「依頼人、か。年頃というのは難しいものだな……」

 途中で呟いた、寂しげな調子のその言葉を聞くものは、その場には誰もいなかった。

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