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Owner Of Spell  作者: 鴨音 浅葱
水晶の剣
3/3

-3

中心街がとても小さく見える程のところまで来た。

薄灰色にうずくまっている街を流れる明るい水色の線は、ちょうどその中心辺りで一回集まり、そこから更にこちらへ向けて伸びている。

「結構歩いたよー。 ねえ、まだなの?」

薄く明るい緑の野を走る線は、傾斜の出てきた丘のふもとを登り始めている三人の足元を通り越して更に伸びている。

「もう少し。 あの建物の中に変換機があるんだとよ」

その線はそのまま彼の指す指の方、まだ小さく見えるが、この先の丘の上に建っているであろう真っ白な建物の中へと続いていた。

出かける間際、聞くとは思わなかった彼女の声が冷たい声がまだ消えない中、クジーアはふと自分の後ろを歩くヴァシアに目線をやる。

案の定、彼女は街を出てきたときと殆ど変わる事無くこの坂を登っている。

たまに少しだけ辺りを見渡したりする他は、ずっと足元を走り続けている魔力のこもっているだろう線に視線を落としたままだ。

そんなことは無いのかもしれないが、ミュークトの家で見たときよりもほんの少しだけ柔らかくなったような表情が気になる。

何かがあったのだろう。

あったとすればあの時、転送紙によってアイへとんで来た時に見た、あの少女の影が関係しているのかもしれない。

それは仮に、彼女も同じものを、あるいはそれ以上のものを見ていたとするならばの話ではあるが。

だとしたら、果たして何があったのだろう。

登るだけの単純な作業をするにはもってこいの題材に頭を悩ませながら、彼はその影を思い返してみた。

青い影がまだはっきりと、目蓋の奥で揺らいで見える。

「あー! 何でこんなに遠くに建てたのかなー! すっげー面倒だと思うんだけど」

嫌になってしまったのだろう、二人の後をとぼとぼと歩くミュークトが零す。

はじめは意気揚々と中心街を出て行った少年だったのだが、すぐに薄い緑一色の景色に飽きはじめ、だんだんと子供のように渋々登っているというアピールまでしはじめた。

「それは……施工主の趣味だよ」

「なるほどねー」

クジーアが適当なことを返しても指摘する気力も無いらしい。

それ以前に聞いているのかも分からないような、ぐずった相槌が返ってくる。

「もう見えてんだからすぐ着くって。 もうちょっと頑張れよ」

「十分頑張ってるよー」

幼い子供を励ますかのような言葉をかければ、幼い子供のような答えが返ってくる。

とは言ったものの体力に自信のあるクジーアも、意外ときつい緩やかに長い坂にミュークトのように弱音を吐きたくなってくるようだった。

少しずつ辛くなっていくようで、息を吸っても吸ってはいないような、それか害のあるものを取り込んでいるような息苦しさを覚えている。

最近運動不足だったからかもしれないなと思いながら、知っているはずの本当の理由を胸の奥底へと沈める。

でもそれが理由だとしても、少しおかしい気がしていた。

あまりにも急激ではないだろうか。

クジーアは考えを巡らせ、密かに無理をしながら、何でもないように先頭を登り続ける。

「大丈夫か?」

不意にそう声をかけられて彼は驚く。

何故なら、それはまるで今考えていた事を見透かされたような気がしたから。

そしてそれが、予想していた少年の声ではなかったから。

「大丈夫だぜ、こんくらいよ。 何ともねえって」

振り返って、彼女と合った目を訳も無く逸らし、そっけなく返す。

すると彼女はまた先程と同じように、足元の線に視線を戻して、黙々と坂を登るだけになる。

心臓が変な鼓動を刻む。

頭の中で整理していたものが散らかされる。

少年がああ言ったなら何とも思うことは無かっただろう。

ただ、そう言ったのは彼女なのだ。

今まで殆ど語らず、目も合わせず、他人に興味を殆ど示さない虚ろな彼女が言ったことに何かを感じるのは当たり前の事。

そしてそれが、ちょうどあの瞬間だった事。

俺は心でも読まれているのだろうか。

散らかされたものを一つずつ拾いながら、クジーアは冷えた海風に悴んだ手を握ろうとしてみる。

不自然に動かない指先に、寒さ以外の理由を隠せなくなってきているような気がした。


* * * 


丘の頂上まで辿り着くと、そこには真っ白なレンガで造られた庭園と、真っ白な宮殿のような建物が聳えていた。

「すごい所だね……。 人住めちゃうよね」

「住めちゃうよな」

かつての町並みもこのように真っ白だったのだろう。

きっと特別な力が働いて白さを保っているであろう庭園の真ん中を、水色の線を辿る様にして進んで扉の前へ着く。

重厚な一枚の白い岩から出来ていると見える扉には、中央に繊細な魔方陣が刻まれており、その更に中心には水を象徴する紋章である二つの十字描かれていた。

「じゃ、入るか」

クジーアがそう呟いて言うと、後ろに居たミュークトを扉の前へ持ってくる。

「え?」

何がどうして、とよく分からない状況に少年は彼のほうを振り返る。

「扉開けてくれよ」

「どうやって?」

「普通に、手で」

扉を押し開ける動作をするクジーア。

それに答えて、首を傾げながらも同じようにしてみせるミュークト。

どうやら特別力がいる訳ではないらしい。

「こう?」

魔方陣の上に手を置いて押し開けようと力を入れようとした時。

中心に描かれた水の紋章が水色に光り、何の力も無しにひとりでに開きだした。

「何か起きたあー!」

ミュークトははじめ何かやってはいけない事をしてしまったのではないかと少々取り乱していたようだったが、扉が開いていくのに気づいて安心したよう。

微かに床と擦れるような音がして、その分の白い粉を巻き上げながら開いていく扉に、少年は感嘆の声をあげた。

「自動ドア……」

自分で言ってみて、何だか近未来的な響きだったとまた噛締めている様子。

その中で白い煙が徐々に落ち着いていくと、扉の向こうの薄暗い空間へと続いて光る水色の線が辺りを照らすように輝きを増す。

「行くぞ」

クジーアがそう告げて先に中へと一人で入っていく。

その後をミュークトが小走りで追いつこうと中へ入っていくと、また少年は驚いた声をあげた。

「うわあ!」

「何だよ」

彼は振り返り、彼女が少しはなれたままの距離から少年を見ると、その身体全体が小さな星を散りばめたかのように、所々が輝いていた。

「なんか俺光ってるよ! うおっ! 眩しっ!」

自らが発する光に驚いているのか楽しんでいるのか、はしゃぐ様子を見ながら彼は言う。

「お前の体内魔力が活性化してるんだよ」

「何で活性化してんの?」

光と戯れながら少年は返す。

もう驚いている様子は無く、完全に楽しんでいるよう。

「多分、空気中に水の魔力が溢れだしてるからじゃねえの?」

少し苦い顔を見せ、それを手で隠して答える彼の思考を遮るように、彼女が呟く。

「先に行かなくていいのか?」

感情の乏しい顔ながらも、疑問と提案を投げかけた表情に二人は驚いた。

「そうだね、先行かないと!」

少年は少しだけ驚いて彼女に答えた。

微かに柔らかさを得た表情に気づいていないのか気にさえしていないのか、特に引っかかるという思いも無いらしい。

ただ彼は、どうしてか引っかかるものを感じていた。

先程かけられた言葉から来るものなのか、もっと別の何かなのか。

よくは分からないが、心の中で暗雲が渦を巻きはじめるのだけは分かった。

「……ああ」

クジーアは思い振り切るようにして言葉を零し、率先して歩き出した。

二人が付いて来る音を確認して速度を少し上げる。

線に沿いその光りを頼りながら真っ直ぐ進むと、長い間閉ざされてきただろう空間の臭いが鼻を掠める。

奥まで距離はそれほど無く、普通の部屋と大して変わらない奥行きを歩いた後、暗闇に慣れてきた目がその前に何かがあるのを捉えた。

「何かあるよ」

少年はそれを見て報告をする。

「知ってる」

「……これは何ですか?」

からかわれたような返事に少々悔しい気持ちを覚えつつ、彼に目の前のものの名称を改めて尋ねる。

「これが、水力変換機の本体」

外壁や庭園と同じ白のレンガで組まれたような、クジーアの腰ほどの高さまである暖炉のような形状の本体。

その本体へと伸びる足元からの線は、一旦その手前で複雑な魔方陣を組んだ後また一つの線に戻り、中央に取り付けられた円盤のようなものの中心へと吸い込まれている。

「へえ……」

そうなのか、とミュークトが零している中、クジーアは円盤を自分のマントの裾でふきはじめた。

どうやら白い砂を被っていたらしく、そこからは銀色に光る円盤と、それに描かれた五角形のような図形の角一つ一つに見覚えのある紋章が刻まれていた。

「ってか、リル姉ちゃんの家で見せたろ」

円盤を拭き切り、マントについた白い粉をはたきながら彼は言う。

「あ、そうだったね……」

今の今までさっぱり忘れていたのだろう。

さっき思い出したという表情で、少年は申し訳なさそうに答えた。

「で、何をするかまでは忘れてないだろうな」

クジーアが皮肉と心配を混ぜた言葉をかける。

「忘れてないよ! 変換機の、調子を見るんでしょ!」

からかわれたことに対してミュークトが少し声を大きくすると、呼応するかのように体中の光が強く瞬く。

「ああ、そうだな。 じゃあ、頼むぜ」

思いのほか眩しい光に目を細めながら、彼はまた変換機の円盤に触れ、左右に回すようにして動かし、一気に手前に引き抜いた。

すると円盤の差し込まれていた場所から水が勢いよく溢れ出し、白い床を濡らして渡った。

「うわあ! びしゃびしゃ!」

ミュークトは驚いて後ずさりしながら声をあげ、そのたびに身体の星が応えて煌く。

こうしてみると、魔力の高い人間の身体というのは不思議なものだな、とでも思っているのか、彼女は水を気にする事無く、むしろ少年の騒いでいる様が気になっているようだ。

「靴濡れたくらいで騒ぐなよ、全く」

お前は女子か、などと彼は続けようとしたが、本当の女子はそうでもないらしいのでそっと言うのを止めた。

それから取り外した円盤を床に置くために屈むと、急激に息苦しくなるような気がした。

アイに来た時と同じように頭を抑えて、必死に振り切ってまた立ち上がる。

「違うよ! ズボンのひらひらが!」

「それはお前が悪い」

何とか今までどおりに返そうと、気を強く持つために、ため息のようにみせて深呼吸をする。

しかし思っていたとおりだ。

吸い込んでいる気がしない。

「……クー、調子を見るっていったってさ、どうしたらいいの?」

少しぐずっているような子供の表情を見せながら、ミュークトは水の上を慎重に歩いて水の湧き出ている場所へと近づく。

足を踏み出す度に、少年の耳に心地よい音が届く。

水の種族であるからそう感じるのだろう。

少年には彼の姿は見えていない。

「行けば分かるって言われたんだろ?」

「でも、分かんないよ」

ミュークト変換機の前でしゃがみ込み、水のあふれ出てくる所をただ見つめている。

元々考えるのは苦手なのだから、そうなるのも無理は無い。

「なんかやってみたらいいんじゃないか?」

平然を装い壁にもたれかかる彼は辺りを覗う。

ごく自然に少年へと視線をやると、変換機を様々な角度から眺めたり、触ったり、試している。

それからそっと彼女の方を見てみると、同じように少年の姿を見ていた。

クジーアは少し安心する。

気づかれてはいない。

やはり先程の言葉は、ただの偶然で、気まぐれだったのだ。

「やっぱり水なのかな?」

一通り本体を眺めたり、触ったりした後、ミュークトはそう呟いた。

見た限りでは何の変哲も無い、何処にでもあるような水なのだが、これにこそ問題があるのかもしれないと、恐る恐る手を伸ばす。

「えいっ!」

気合を入れ、思い切って一気に手を入れてみる。

一瞬冷たさが手から身体に抜けていくが、流れは見た目より優しく、触れているのかどうかあまり感覚が無いような不思議な水。

「……あれ?」

確かに普通の水とは違うとは思った。

しかし、魔力的なものは殆ど感じない。

何も無いと思い、ミュークトが手を引こうとした瞬間。

急に空気全体が水色を帯びた粒子となって光り出し、次々と水の中へと驚くべき速さで飛び込んで来た。

まるで見た目には流星が落ちてくるような煌びやかさがあったが、落下点に選ばれた少年はそれどころではない。

「ええええ! 何これ!」

驚いたままその光景を見つめるしか出来ずに動けないでいた。

どうやら粒子に質量は無いらしく、痛みも無いらしい。

恐ろしいものというよりも、むしろ温かいような、心地よいものなのかも知れない。

焦りや驚きの中でも、少しだけ、ほんの少しだけ、楽しいと思える心が残っているような気がする。

辺りの光と同じように、呼応して光る少年の身体の星も、先程よりも一層増して輝きだす。

「止めろ!」

薄水色の光一色で埋め尽くされた遠くの景色から、にわかに声が聞こえた。

焦っている叫び。

耳を突く音に、これは危険なのだと悟った少年だったが、どうしてか身体に思うように力が入らない。

先程までの余裕は全くなくなり、叫び以上に焦りを感じ、訳も分からなくなっている少年は動く事が出来ない。

まるで力が、手から水へと流れていくような感覚が走る。

光の中、次に聞こえたのは、何かが崩れるような落ちるような、鈍く重い水の音だった。

「えっ!? 何が起きてるの!?」

騒がしい魔力の光の向こうで何かが起きている。

でも今の少年の目では、それが何なのか捉える事が出来ない。

不安を更に煽られるような音と色に息が止まりそうになる。

目の前の白が、頭の中まで入り込んでくる。

「止めろ!」

二度目の叫び声を聞きながらも恐怖と何かに力を奪われ続ける少年はもう動けなかった。

ふと目の前で、何か黒い影が動いたような気がする。

その瞬間少年は背中から水の張った床へと倒れこみ、自然と手も水から離れ、光は急激に消滅した。

冷たい背中と暖かな胸に、不安と安心を感じながらゆっくりと目を開ける。

「……えっ」

そこには、思っていたのとは違う、青い影が落ちていた。

「ヴァシア……」

ミュークトに覆いかぶさるようにして倒れていたのは彼女だった。

こんな事をするような彼女ではないと思っていた。

あの声も叫んでいたから、誰なのかはっきりしていなかったが、きっと彼が発していたのだと思っていた。

でも、こうなったのだ。

「どうして……」

動揺したまま言葉を零すミュークトへと数粒の光が吸い寄せられ、それと同時に身体から抜けていった力が戻ってくる。

少年は何度か手を握ったりしてそれを確かめてみる。

問題は無いようだと確認して、ヴァシアを起こそうと肩へ触れると、彼女がゆっくりと顔を上げる。

「死ぬぞ」

短く呟かれた言葉が、その赤い目を通して刺さるように聞こえる。

表情が虚ろであるから、それがどのような意味合いを孕んでいるのか分からなかった。

ただその言葉が重く残るだけ。

「うん……ごめん……」

少年が俯き目を逸らすと、彼女はひとりでに立ち上がる。

この言葉を打ち消す答えが無いということは、そういうことなのだろう。

今までのように首を傾げる素振りも無く、背を向けて辺りを見渡す。

少年はそれを噛締めながら立ち上がり、彼女の後姿を見つめ、その先にうずくまる紫の影にはっとした。

「クー!」

先程までそこに寄りかかっていた彼は、床へと倒れ込んでいた。

「どうしたの!? ねえ!」

彼女の横をすり抜けて彼の元へと駆け寄る。

呼吸もままならないような苦しい顔。

何かしなければ。

ミュークトは熱を測ろうとクジーアの額に手を当てる。

すると急に小さな稲妻がその手を襲ってきた。

「うわあ!」

少年は思わず手を引く。

少しだけの焦げた臭いが鼻を刺し、手の甲に僅かながら痛みを覚える。

静電気や天候の雷とは違う、魔力の閃光に驚いていると、後ろから彼女が言う。

「触るな」

感情も読み取れない平坦な音程が、短く心を刺す。

痛みに耐え切れず、何か一言返す事も出来ず、ただゆっくりと手を完全に引ききると、少年の横に彼女は並び、彼に触れて続ける。

その手へと伸びる稲妻は、何故か無い。

「俺が、運ぶ」

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