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【アップ✨】2026年2月22日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります☕️

初めまして、天川裕司です。

ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。

また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。

どうぞよろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


【アメーバブログ】

https://blog.ameba.jp/ucs/top.do


【男山教会ホームページ】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【YouTube】(星のカケラ)

https://www.youtube.com/@%E6%98%9F%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%B1%E3%83%A9-v5x/videos


【ノート】

https://note.com/unique_panda3782



【YouTubeドラマにつきまして】

無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、

お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。

基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。

創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪

出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬

でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、

どうぞよろしくお願いします(^^♪



【本日のメッセージ】

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=1_GDV2gttMg


聖書


『エペソ人への手紙』(第四章一〜一六節)

『詩篇』(第一三二篇八〜一八節)


讃美歌〜♫


讃美歌158番

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=O2E_yaXQXt0&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yR77yV77yY55Wq


讃美歌537番

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=NaVcgxFaAe0&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yV77yT77yX55Wq



2026年2月22日 礼拝説教 聖書箇所


わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、 キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。

エフェソの信徒への手紙4章13節


祭司らには、救いを衣としてまとわせる。わたしの慈しみに生きる人は喜びの叫びを高くあげる であろう。

詩編132編16節


はじめに

今日、定期会員総会日。主の贖いの恵みを覚え主への感謝と献身を共に新たにしたい。

「そこで、主に結ばれて囚人となっているわたし」と、使徒パウロは、自身が、キリストに捕 らわれる者であることを改めて伝え(3 章1節)、主の「招き」、召し(召命)に「ふさわしく歩」 むように勧める。そこで求められることは、「一切高ぶることなく(全く謙遜で)、柔和で、寛容 の心を持」つこと。「愛をもって互いに忍耐し、平和のきずなで結ばれて、霊の一致を保つように 努め」ること。主の召し出された群れ(エクレシア)である教会の一致は、作り出し、生み出すも のというよりも「保つ」もの。なぜなら、「(キリストをかしらとしていただく)体は一つ、霊は 一つ」。「あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じ」。「主は一人、 信仰は一つ、洗礼は一つ」「すべてのものの父である神は唯一であって、すべてのものの上にあ り、すべてのものを通して働き、すべてのものの内におられる」お方。主イエスは御自身、「この 囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞 き分ける。」」(ヨハネ10章16節)云々と約束される(1章10節)。異邦人とユダヤ人の別なく、 また、先の者と後の者の別なく、十字架のもとに、一つの群れとなる日。それが、キリストの再び 来られる日に明らかになる。今日の教会の一致は、主の約束に適う召命と信仰と従順に導かれる。

「しかし(さらに、今や)、わたしたち一人一人に、キリストの賜物のはかりに従って、恵み が与えられています」と、展開する。先に「こうして、いろいろの働きをする神の知恵は、今や教 会によって、天上の支配や権威に知られるようになったのですが、これは、神がわたしたちの主キ リスト・イエスによって実現された永遠の計画に沿うもの」(3章10,11節)と明らかにされたとお り、教会の一致と賜物は、神とキリストにおける「天のあらゆる霊的な祝福」(1章3節)の満たし であり、また、それは「永遠の計画」の具現。その中心的御業は、イエス・キリストの十字架と復 活(1章7節、2章6節、13~16節)、そして、昇天・着座(1章20~23節)。「高い所に昇るとき、 捕らわれ人を連れて行き、人々に賜物を分け与えられた」(詩編68編19節)。「事実、あなたがた は恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物で す。行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないため」「わたしたちは神に造ら れたもの」「しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおい て造られたから」「わたしたちは、その善い業を行って歩む」(2章9,10節)。じつに、「『昇っ た』というのですから、低い所、地上に降りておられたのではない」か。「この降りて来られた方 が、すべてのものを満たすために、もろもろの天によりも更に高く昇られた」。

「そして、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされ た」。「こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、 ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間 になり、キリストの満ちあふれる豊かになるまで成長する」云々。「風のように変わりやすい教 え」とは、人の過ちや無理解も含む。絶えず「愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭に向 かって成長して」いくとき、「キリストにより、体全体は、あらゆる節々が補い合うことによって しっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分が分に応じて働いて体を成長させ、自ら 愛によって造り上げられてゆく」。

おわりに

「あなたに仕える祭司らは正義を衣としてまとい あなたの慈しみに生きる人々は喜び の叫びをあげる」。今日、真実の神礼拝とキリスト賛美は、教会の一致と成長を告白を証しする。



(Mynote)


二〇二六年二月二二日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を感謝する。

(子供メッセージ)

『スコットランド教会新カテキズム』

「主なる神様は、誰の為にご自身の律法を与えて下さいましたか。」

「ご自身の民、イスラエルの人々の為です。」

イスラエルの人々は当時、エジプトの地で奴隷として働かせて居た。そのイスラエルの人々を、神様は使徒モーセを遣わし、その奴隷の地より導き出した。しかしその導きの旅は苦難を擁し、途中で人々はもう一度エジプトに帰りたいと願ったり、十戒が与えられる時には、自分達で自分達の安心の拠り所にする為の偶像を造ったりし、神様から、またモーセから離れる事もあった。これは現代の全ての人の人生の縮図の様でもある。試練はあるが、その試練は必ず信仰に依り乗り越えられる。神様は人々の間、人々の上にイエス様を遣わし、救い主とされた上、最後まで、人間の罪の淵から全ての人が救い出されるのを待って居る。

(公同礼拝)

『エペソ人への手紙』(第四章一〜一六節)

『詩篇』(第一三二篇八〜一八節)

「しかし、キリストから賜る賜物のはかりに従って、私達一人一人に、恵みが与えられて居る。(『エペソ人への手紙』第四章七節)

この「賜物」を、人はよく「才能」に置き換える。その才能は確かに神様から与えられた賜物の一つである。しかし他にもその人の全てを包む凡ゆる恵みがある。自然の事にあり、その人の内側を支えるものであり、詰りその人の出るとる迄(その人の存在が誕生してこの世から天に召される迄)を信仰に依って守られる事、その人を支える全てである。人は良いものだけを恵みと捉えがちだが、人の尺度から越えた一見不幸な事でも、その人の信仰の成長に必要であれば恵みにある。

「からだは一つ、御霊みたまも一つである。あなた方が召されたのは、一つの望みを目指して召されたのと同様である。しゅは一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。全てのものの上に在り、全てのものを貫き、全てのものの内に居ます。全てのものの父なる神は一つである。」(『エペソ人への手紙』第四章四〜六節)

この世で神様は一つである。唯一であり、他の神は無い。唯一、キリストの教えが一つであり、他の教えは無い。他の教えは人が作り出したものにあり、或いは悪魔が人を通して、その内から産んだものにある。日本には八百万の神がある。何にでも神を見ようとする。だから夫々の神に対して夫々の人の考え・思惑・感覚が先行し、都合を見た勝手を唱え、それらしく自分と他人に教え聞かせ、その気になって、その気にさせて居る。それで安心を得ようとする。しかし信仰は一つであり、バプテスマは一つであり、神様は唯一である。この点をごちゃ混ぜにして、その思考を踏まえるから、土台から生まれた全てのものが曖昧になる。邪教(人の作り出した宗教)による教えを信じ込む事で土台を作った場合、その教えと土台は必ず崩れる。この世のせいをその邪教の教えにより貫き通した様に見えても、せいを越えた所で崩れる。信仰の心と目を以て、この点に気付かねば成らない。

「こうして、私達はもはや子供ではないので、騙し惑わす策略により、人々の悪巧みによって起こる様々な教えの風に吹き回されたり、弄ばれたりする事が無く、愛にあって真理を語り、凡ゆる点に於いて成長し、かしらなるキリストに達するのである。」(『エペソ人への手紙』第四章一四〜一五節)

この様に成らねばならないのである。この成長は信仰に依り成り、神様が全ての人に与えて愛と恵みの内に成る。人の間のみの力では、必ず成らないのである。

だから我々人間は、キリストに希望を持つ事が出来る。キリストは全ての人にとって真実で、唯一の愛であり救いである為、このキリストに依る信仰に生かされる事により、永遠の救いに与るのである。これは人知を越えており、信仰に依らねば、神様、イエス様に依らねば成らない。

教会は、人間が主の場所ではない。唯一、最初から最後まで、イエス・キリスト、神様が主の場所である。イエス様は、罪の無い「人」として十字架に付けられ、他の全ての罪人の為に(全ての罪人がその罪から贖われて救われる為に)、死にて陰府よみに下り、三日目に死人(罪)の内より甦り、天に上り、全能の父なる神様の右に座し給えり。この事に依り、他の全ての罪人もイエス様と同様に罪の淵から救われ、天に上る(召され還る)契機が与えられた事が確約された。だから全ての罪人である人間は、信仰に生かされ、イエス様の跡を付いて歩き、神様から、即ち信仰から外れては成らないのである。

男山教会はもうすぐ伝道所になるが、名前が何に変わろうとも、神様とイエス様が中心であり、主である教会に変わらない。人々の救いがそこに在るのである。これは他のどの宗教によるものでなく、その他の宗教(惑い)から派生した教えでもなく、唯一誠のキリストの教えに依る救いである。神様とその人との一対一の関係、この「人」を兄弟姉妹としても良いその関係に、人の惑わしによる格差も曖昧も嘘も無い。在るのはキリストに依る誠の救いそれだけである。


【日本キリスト改革派 男山教会】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】

https://www.rcj.gr.jp/



Table Caffe〜


榎本保郎牧師 ミニ説教18 「人と異なることをもあえて」

https://www.youtube.com/watch?v=ryDjUYzHBTU


「ここに、私がおります。私を遣わしてください!」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=EiF67kwlqPE


中川牧師とめぐる旅:【パンと魚の奇跡教会】

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=Zdse8AUIZiY


ユメノ記

https://www.youtube.com/@星のカケラ-v5x/videos

(お暇な時にぜひどうぞ)

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬

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