干渉
馴染みのファストフード店だった。
入店ゲートは、相変わらず入国管理並みに厳しい。
スキャン、除菌、識別、再確認。
無駄に丁寧で、無駄に疑り深い。
それをすべて通過して、ようやく店内に足を踏み入れる。
そこにいた店主は、いつもより少しだけ気が抜けた顔をしていた。
ファストフード店らしい、愛想のいい動き。
だが、その仕草の端々に、どこからか圧をかけられている匂いが滲んでいる。
怯えた目。
「厄介事は御免だ」という言葉を、まだ口に出していないのに、顔が先に喋っている。
――何があったのか。
聞かないわけにはいかなさそうだ。
「何があったのか……話すことはできる?」
そう切り出すと、店主は一瞬だけ視線を逸らした。
「そんな事したら、何が起きるかわかんねぇよ」
即答だった。
言葉に迷いはないが、声がわずかに震えている。
なるほど。
聞いていい範囲を、慎重に探る必要があるらしい。
「別にね、海老バーガーのレシピが欲しいわけじゃないの。あたしがファストフード店を開きたいわけでもないし」
「え、えび……海老バーガー作るからさ。さっさと食って、出て行ってくれ」
あからさまな拒絶。
しかも、いつもなら冗談混じりで言う台詞を、本気で吐いている。
「あれれ? さっきまで歓迎ムードだったのに、急に冷たいわね。それに、いつもそんなこと言わないじゃないの」
「そちらこそ、そんな事言わないでくださいよ。うちだって、平凡に、平穏に暮らしたいだけなんですから。面倒事は、TVショーだけで十分ですよ」
――ああ、これは相当だ。
「はぁーん……もしかして、奇妙なやつらでも来たんじゃないの? 図星?」
店主は、苦い顔で笑った。
「奇妙なんてもんじゃなかった。生きてるのかどうかすら、わからねぇ」
「でもさ、ちゃんとクリーン判定は通ってきたんでしょ? なら、武器も検査されてるはず。身の危険は少ないんじゃない?」
「武器の類の危険なら、防犯システムもそれなりに揃ってる。でなきゃ、こんな場所で店なんてやってられねぇよ。ただでさえ、訳のわからねぇ連中が相手の商売なのに」
「でしょう? なら、どうしたの。何が来たの?」
店主は一度、唇を噛みしめてから言った。
「……人間かどうかわからない、奇妙なものだ」
「なに? 冬眠しそびれた“グリズリー”が山を下りてきた?」
「まだ、そっちのほうがいい。少なくとも未知の生物じゃないからな」
「へぇ……それより危険度が高いってこと?」
「いや、危険度はわからねぇ。ただ……あのな。センサーに反応しないんだ」
「え? あの、面倒くさい入店ゲートに?」
「ああ。勝手に、開いた」
「勝手に? まさか。昔の自動ドアじゃあるまいし」
「出て行った後もな、室内の空調システムに一切異常がない」
店主は、カウンター奥のモニターをこちらに向けた。
「ほら、見てみろ。あんたが来ただけでも、このくらいは反応する」
円グラフと数値が、十二から二十の間を忙しなく行き来している。
「でもな、あいつらが来る前は、四から九さ。いい感じで落ち着いてた。いつもの数値だ」
「それじゃ、まるであたしが汚れ物みたいじゃない」
「外にあるもんは、みんな汚いのさ。いろいろと」
「……まぁ、知ってるけどね」
その言い草、間違ってはいない。
巨大企業が牛耳るこの街では、巨大な工場が無数に稼働している。
製造と同時に、汚染も吐き出す。
回収業者と名乗る怪しい企業が、免許を盾にそれを回収する。
再利用できるものは再利用。
できないものは……「責任をもって処理」される、建前だ。
現実は、なあなあ。
無秩序に積まれた廃棄物は、酸性雨と混ざり、色とりどりの汁を垂れ流す。
行き先は、川か、土か、それとも人の体の中か。
安全な場所を探すほうが、難しい。
だから甲殻類は重金属まみれになり、
海老バーガーは、メニューから姿を消していく。
「……でもな、違うんだよ。今回、来た連中は」
「“いらっしゃった”ってことは、よほど裕福なお客様? チップ、たくさんもらえた?」
「チップどころじゃねぇ。前払いでな。あんたの食事は、全部無料だ。海老バーガーなら、毎日食っても数年分はある」
「それだけ儲けたなら、バカンスにでも行ってきたら?」
「できねぇんだ。必ず店を開けておくって契約だから」
「……そんな契約、できるの?」
「その代わり、他の客は入れるなってさ。このことは……あんたは渦中の本人だから言うけど、他人には言えねぇ。契約だからな」
「待って。契約、ね」
あたしは軽く手を上げた。
「ちょっと黙ってて。あたしの案件に、この店は必要なの。もしこの店を潰したら、あの海老、全部海に放り投げるわよ。ヘドロの奥に沈んで、次の人類に発掘されるまで、あなたの主はヘドロの棺桶に入りっぱなし。……わかったら、返事して」
店の電気が、三回、点滅した。
「……わかったみたいね。これで、あなたは安全。勝手に店を休まなければ、だけど」
「え……何を、したんですか?」
「うーん。契約の更新、かしら。彼らにとっては大した内容でもないし、快く飲んでくれたみたいよ」
「……それなら、いいんだけどな」
だが、あたしはわかっている。
ここにも眷属がいる。
監視どころじゃない。
センサー網が張り巡らされ、心拍の乱れさえデータとして送られているかもしれない。
まぁ、心拍を取られたくらいで怒ったりはしない。
ただし――
「ねぇ、あたしのスリーサイズくらいは、秘密にしといてよね。レディなんだからさ」
店主は、苦笑いしか返せなかった。




