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管理室

 エントランス手前は、

例のごとく国境警備並みのはず……だった。


検査。

武器。

スキャン。

呼吸のリズムまで測られる、

あの嫌になる一連の手続き。


――それが、ない。


あるのは、

拍子抜けするほど簡単な、

クリーン作業のみ。


光が一度、身体をなぞる。

それだけだ。


警告音もない。

拒否もない。

確認の声すらない。


……通す気、満々じゃない。


あたしは何も言わず、

そのままエントランスを抜けた。


管理室の前に立った瞬間、

違和感はもう始まっていた。


中にいる人間が、違う。


……いや。

正確に言うなら、

見えている部分が違う。


今まで、この管理室で見たことがあるのは、

タトゥーだらけの左腕だけだった。

文字とも模様ともつかない線が、

肌の上を這っている腕。


顔を見た記憶はない。

声を聞いた覚えも、ほとんどない。


それが今日は――

やけに、肌が綺麗だ。


傷もない。

色もない。

“意味”が、何も刻まれていない腕が、

カウンターの内側から覗いている。


あたしは、

気づいていないふりをすることにした。


「なんか、改修工事が始まったみたいね」


管理室の中、

見えている左手が、

親指と人差し指で丸を作る。


「あら、それで正しいの?」


今度は、

親指が立つ。


言葉はない。

でも、否定もしない。


「そんで……

今までの管理人は?」


左手が、

ゆっくりとエントランスのモニターを指差した。


画面が切り替わる。


ソファーに座る男。

両手に美女を抱えている。

酒と光と、わかりやすい享楽。


左腕には、

見覚えのあるタトゥー。


「……これが、貴方たちのやり方ね」


排除しない。

消さない。

ただ、配置を変える。


そのまま、

モニターにCMが流れ始めた。


高級住宅の広告。

プール付きの豪邸。

磨かれすぎた床と、

無駄に広い空間。


〈今なら、たったの500クレジット〉


あたしは鼻で笑う。


「500クレジットじゃ、

その辺の屋台でラーメン一杯、

食べられやしない値段よ」


価値の基準が、

完全にズレている。


「こんなもの、誰が買うの?」


少し間を置いて、


「これ、誰向けに放送してるの?」


左手が、

あたしを指差す。


「……でしょうね」


これは広告じゃない。

提案だ。


視線を外し、

エントランスの方を見る。


――郵便ボックス。


以前は、

誰が住んでいるのかもよくわからないまま、

郵便物だけが溜まっていた。

チラシと請求書と、

宛先不明の何か。


それが、

すっかり綺麗になっている。


空っぽだ。


そして、

部屋番号に気づく。


並んでいる数字が、

すべて――

000。


「……全員、追い出したの?」


管理室の腕が、

親指を立てる。


肯定。


……他の人達も、

存在はしていたわけね。


挨拶を交わしたことはない。

立ち話をした覚えもない。

顔すら、まともに見た事がない。


それでも、

確かに“誰か”は住んでいた。


番号だけが残り、

人は消えた。


――いや。

消えたんじゃない。


配置換え、か。


「あなた、

何を管理する気?」


左手が、

軽く手を振る。


違う、と。


「……あたしを監視する気?」


今度は、

大きく、はっきりと

否定するように手を振る。


監視でもない。

支配でもない。


「私の部屋に入った?」


左手が、

軽く手のひらを振る。


否定。


「入ってないのね。

確認はするけど――

侵入した形跡があったら、

どうなるかわかる?」


左手が、

カウンターを

トントン、と二回叩く。


理解している、という合図。


「わかってるなら、いいけど」


あたしは、それ以上踏み込まない。

管理室を背にして、歩き出す。


人は変わる。

住人も消える。

番号も意味を失う。


それでも、

管理だけは続く。


そして今、

この建物で

“管理できない存在”は――


どうやら、

あたし一人らしい。


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