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整えられた帰路

 これ以上、店主を巻き込んでも可哀想ね。

あの人は、あの場所で生きていくしかないタイプだ。

余計なことを背負わせる必要はない。


でも――

海老バーガーが食べられたのは、正直ラッキーだった。


あれ?

あたし専用のはずなのに、

なんであんなに検査が厳重なの?


顔パスくらいにしておいてよね。

長い付き合いじゃない。


まぁ、いいわ。

次に行ったときは、どうなってるかしら。


……たぶん、

悪いようにはされないでしょう。


ファストフード店に入るのは厳しい。

検査だの、武器だの、スキャンだのがある。

でも――

出るのは簡単。

ただ、出るだけ。


ガスマスクを忘れないように、

そのくらいの気遣いは欲しいわね。


外に出た瞬間、

空気の重さが、肺の奥に戻ってくる。


追うのをやめた。

逃げたわけじゃない。

これ以上、前に進んでも意味がない――

そう判断しただけだ。


だから一旦、事務所に戻ることにする。


バイクにまたがり、エンジンをかける。

低い振動が、頭の中の余計な考えを一度、外に追い出してくれる。


店を離れた直後は、いつも通りの街だった。

ネオンは死にかけ、

看板は半分だけ点き、

路地には用途不明のゴミ袋が転がっている。


……はずだった。


信号を二つ越えたあたりで、

ふと、違和感に気づく。


音が、少ない。


エンジン音が妙に澄んで聞こえる。

クラクションも、怒鳴り声も、

どこか薄い。


街灯の位置が、

前より少しだけ“正しい”。


傾いていたはずの標識が、

なぜか真っ直ぐ立っている。

誰も直す気配なんてなかったはずなのに。


路肩に放置されていた廃車が、

消えている。


消えた、というより――

無かったことにされている。


あたしはスロットルを緩める。

速度を落とし、

視線だけで街をなぞる。


汚れはある。

荒れてもいる。

でも、どれも「必要最低限」だ。


余分な歪みだけが、

綺麗に削られている。


……なるほどね。


追われている感覚はない。

狙われている気配もない。


ただ、

あたしの進行方向に合わせて、

街が“整えられている”。


置いていかれたんじゃない。

先回りされた。


ビルの影が見えてくる。

あたしの事務所が入っている、あの建物だ。


手前でバイクを停める。

いつもより、少し離れた場所。

癖みたいなものだ。


すぐには中に入らない。

まずは、外から見る。


建物の周囲を、ぐるりと一周する。


……綺麗だ。


いや、正確に言うと、

綺麗すぎる。


出かける前、路地の端に散らばっていた

ビール瓶の破片がない。

割れ方まで覚えていたのに、

欠片ひとつ残っていない。


エントランス前の階段。

油なのか、血なのか、

正体不明の気味の悪いシミがあった場所。


――消えている。


洗った跡もない。

削った跡もない。

最初から、存在しなかったみたいに。


視線を上げると、

ビルの一部に保護布がかけられているのが見えた。

壁面のひび割れ補修。

簡易的だけど、手慣れている。


中では、

作業員が動いている……ように見える。


見える、だけだ。


工具の音がしない。

人の話し声もしない。

呼吸の気配すら、感じない。


人型はある。

動作もある。


でも――

生きている息吹が、どこにもない。


背中に、薄く寒気が走る。


「……何これ」


思わず、声に出た。


答えは、もう出ていた。


さっき対峙していた眷属。

殺気も感情もなく、

世界を掃除するみたいに手を入れる存在。


――同じだ。


これは工事じゃない。

清掃でもない。


整備だ。


壊れた場所を直し、

不要な痕跡を消し、

あるべき形に戻す。


誰のためか。

何のためか。


視線が、

自分の事務所の窓に戻る。


……なるほど。


ここはもう、

ただの探偵事務所じゃない。


何かが、

戻ってくるために整えられた場所。


連中は追ってこない。

襲ってもこない。


ただ先回りして、

居場所を用意する。


それが一番、

厄介だ。


あたしは深く息を吸い、

もう一度だけ、建物全体を見上げた。


さて。

ここから先は――

中に入るかどうか、だ。


選ぶのは、

まだ、あたしのはずだからね。

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