プラゴル第三章 ゴースト、入浴後に 鼻ほじっ
プラゴル第三章
1
センタール王国北方を東西に長く延びるグウェン山脈。
その標高の高い山々を超えた先にはエルフの治めるノルス神聖国とその西方、北方民族とドワーフ達が住むウィスティン共和国がある。
その山脈の向こうにある二つの国家は過去の数多魔王との戦争の際、つねに王国の心強い同盟国として厳しい戦を共に戦い抜いた盟友であった。今現在でも交易など互いの繁栄の為の交流を盛んに行っているのであった。
その為グウェン山脈を超える峠道は今もその三か国と交易を含め大勢の人々が行き交う重要な幹線路である。
その街道にある宿場町は大勢の人々でいつも賑わっている。
青い晴天が眩しい午前。人間やエルフ、ドワーフなど多くの人々が行き交う街道で一人の老年のドワーフの商人が暖かい今の季節でも雪を讃える風光明媚なグウェンの山嶺を見上げ眺めていた。
「はぁ〜」
そして彼は深いため息をつく。
眺める先の山々の麓はかつて有名な避暑地であり、王族や貴族の子息子女の大勢が通う王立ハイステルタス学園があった。
しかし今この街道からも見る事が出来た絢爛優美な学園の白亜の校舎の数々はその一帯を覆う謎の深い霧に覆われ見る事はおろか近づく事さえ出来ない。
また学園を中心にした避暑地一帯は、昼なお暗く冷たい冷気を帯びた深い霧に覆われレイスやゴーストなどの死霊やゾンビなどのアンデッドなどが徘徊する危険地帯となっている。
遥か山裾を覆う冷たい霧を眺めながら老年のドワーフは再度ため息をつき呟く。
「かつて伝説のドワーフの名工達によって建てられた壮観な学び舎がここからも見る事が出来たと言うのに……。今は見る事は愚か近づく事すら出きんとは…。なんとも口惜しいの〜」
そして彼は目尻に浮かんだ涙をそっと拭ったその時、眺める先の景色に僅かな異変に気付く。
「なんだ?今日のあの霧は?こんな晴天の日に山から霧が降りてくるなんて珍しいな」
そう呟いて彼は再度山裾を覆う濃い霧を注視する。
みれば山嶺から冷たく不気味な濃い霧が麓にあるこちらの宿場街に向かってゆっくりと静かに音も無く広がり降りてくる。
そして老ドワーフが戸惑い辺りを見回している間にその霧は瞬く間に宿場町周辺すべてを覆い尽くした。
そして宿場町の街道は先ほどまでの賑わいから一転、みなが戸惑い沈黙と静寂が支配する。
「何だか奇妙な霧だな〜」
視界が3メートルも無い濃い霧の中、誰かが不安そうに呟く。
それに対してまた別の方向から緊張し警戒した人の声が聞こえる。
「しずかに!何か遠くから変な音がする。なんだか人か何かのうめき声の様な…声が聞こえる」
深い霧の中、皆がうめき声の聞こえる方角に注意を向ける。
「向こうは確か墓地がある方角だが。まさか墓地に埋葬された死体が墓場から出てきた訳じゃ……」
しばらくの間、無言で墓地の方角の灰色の濃い霧の中を眺めていると、幾つもの黒い影が浮かび上がりそれがこちら側にゆっくりと向かって来るのだった。
「おいおいっ!そのまさかだよ!」
「みろ!あれはゾンビの集団だ!死霊の学園から湧き出る霧で死体がゾンビになったんだ!」
「みんなっ!ここから逃げろ!死霊だ死霊の霧だー!」
その日を境に賑わいのあった宿場町と街道は生者のいない死の場所となったのだった。
2
後日街道に死霊の霧の発生の報せが急報され、センタール王国では緊急の対策会議が開かれた。しかしその円卓会議では重く暗い空気が参加者全員を包んでいた。
「王立ハイステルタス学園。かつては王国のエリートを教育育成し王国の将来を担う若者達が集う大陸きっての知の集積の学園。それが10年前突如現れた謎の死の女王によって死霊共が跋扈する死の学園となってしまった。大勢の若き学徒を巻き込んで…。だがそこは完全に封鎖されたはず、それなのに何故、今更…」
頭を抱えた王国の重臣が呟く。その呟きに呼応する様に王国の物流担当官が答える。
「あの死の学園の麓を走る街道は北方のノルス神聖国とウィスティン共和国を繋ぐ数少ない交易路の要衝。それが寸断されたとなれば今後の同盟国との連携に大きな支障が出るでしょう。これでは強力な魔王軍との戦争に大きな痛手となりましょう」
「それは皆解っているのだ。解っていて今までもその対策の為多大な犠牲を払ってきたのだ。あの街道は我々王国の経済にとっても重要な生命線なのだから。
だから今まで何度も名だたる冒険者達を死の学園に送り込みその元凶を滅ぼすべく対応してきたのだ」
鎧を纏った王国の治安担当間が眉間に皺を寄せながら話す
「しかし……それら全て失敗続き。結果、あの街道の近くにある死霊の女王が巣食う学園に至る街道は閉鎖。また非常時に向かう為の洞窟の入り口も強力な封印魔法で封印するしか無かった」
「その通り。あの死霊の学園に行き、生きて帰った者は居なかった。だから最後の対策として、その場所に続く街道も洞窟も封印したのだ」
その話題に王女の腹心である宰相が問いただす。
「だが、その封印によって死霊の霧、死霊の女王の呪いの拡散は防がれていたのでは?今回の霧の発生はその封印が魔王軍の手先か何者かの手によって破られた可能性は?」
「それは無いと思います。宰相殿。あの死霊の女王の力は生者の全て例えそれが魔王軍の魔物であってもその呪いによって死に至らしめ、女王の下僕にしてしまう程強力で恐ろしい物です。
それを防ぐ唯一の手段である聖なる力の加護は彼らには扱えないはず」
「では、なぜ?」
皆がその疑問に対して答えが出せず沈黙した所で、この会議にも参加していて大魔法使いの老人が答えた。
「おそらくは復活し、更にその魔力と邪気を強めた魔王の力に共鳴したのじゃろう。この大陸を覆い始めた暗い影の様にな」
その答えに対して同じ様にこの会議に参加していた騎士団長が問いただす。
「だとしても今、その対策に手を拱いている場合では無いのでは?もし魔王軍が北方の同盟国に侵攻したら、援軍を送るにしてもあの山脈を大きく迂回するしかない。
そうなった場合数週間で送れる援軍が、数ヶ月を要する事になる。
そしてその逆もしかり、そうなれば圧倒的魔王軍の軍勢に我々人間の国々はなす術無く壊滅するでしょう」
「だとすれば、なおさら死霊の女王討伐隊を編成し早急に死霊の女王討伐に向かいましょう」
「それは不可能じゃよ。街道徘徊するゾンビはともかく、夜に現れる浮遊霊ゴーストやレイス、デュラハンや、リッチ、などなど死霊達には光や聖属性の魔法。もしくは最低中位レベル魔法の武器などが無ければ傷一つ付けられんのじゃ。ましてや魔法の防具が無ければ相手の攻撃を防ぐ事が出来んしの。
たとえ精強な万にも及ぶ数の軍隊を向かわせた所で1日も持たずに全滅は必須じゃ」
「ならば選りすぐられた冒険者でそれを打開すると言うのは?」
「それは先ほど申し上げた通り、すでに派遣して数多く失敗しています。
その中には異世界から召還された戦士も含まれます……」
「打つ手無しなのか……」
その言葉を最後にして、円卓を沈黙が支配する。
しかし、その沈黙を破る様に老宰相が言葉を発する。
「こうなれば今我々に残された手段はあの豚……いやあの勇者殿に頼るしか無いのか……」
「しっしかし、宰相殿。かの者は魔王と対決する為の我々の切り札。この世界を救う為に召還された予言されし者。もしあの豚……いやあの勇者殿にもしもの事が有ったら……」
騎士団長はそう発言すると言葉に詰まる。それと同時に目を閉じ押し黙る宰相。するとその隣に座る頭髪の薄い肥えた貴族の官僚が発言する。
「いや、だからこそあの男の出番では無いのかね?本当にあの豚……いやあの勇者を名乗る者が誠に魔王を討ち滅ぼす程の力を持つ真の勇者ならばこの程度の困難など易々と片付けるはずだ。
それが出来ないのであればやはりあの勇者はまがい物。それこそ、この世界の命運を託せるはずも無い」
その発言に老宰相は首を縦に振る。
「うむ。確かに……。すでに二度も偶然、いや奇跡と呼べる勝利を呼び寄せはしたが、本当に世界を託す力があるのか見極める必要があるかもしれん」
この発言に呼応する様に円卓の皆が首を縦に振った後、騎士団長が呟く。
「また、我々には取れる手段はそれしか残っていません」
「王女様いかが致しましょう」
それまで沈黙を守り、全てを聞き熟孝していた王女は静かにその目を開き決意する。
「わかりました。確かに非常に危険で恐ろしい任務になるかもしれませんが、かの勇者様に協力を依頼するしか有りませんね。
ただ、本当に危険な任務、冒険となるでしょう。だからこそ我々も惜しみない協力と出来るだけの報酬や報償を約束しなければなりません。よろしいですね」
その決断に皆首を立て降る。
しかし王女の表情はいまだ暗く沈痛な面持ちだった。その彼女は絞り出す様に言葉を続ける。
「それに……。皆様もご存知とは思いますが、かつてのハイステルタス学園には生前、私の兄上様も通っていた学園です。不幸にも死の女王が起こした災害に巻き込まれ行方知らずとなりましたが……。
ですから、なおさら…この呪いを解決して頂ける方であるならば、私から直接お願いをしなければならないと思います。なので勇者様をこちらの会議室まで御呼びして頂けますか…」
そこには彼女の悲痛な決意の表情が現れていた。
3
「やだ。お断り申し上げる」
王女からの依頼で王女の側近の近衛の騎士と宰相の側近が勇者の部屋をノックし、中年男が顔を見せたと思ったら、即座にその返答。
あまりの非礼な態度に顔を引き攣らせながらも何とか冷静さを保ち言葉を続ける使者。
「あの勇者殿、まだ何一つ用件を伝えてないのですが?我々は王国の円卓議会からの依頼で勇者様に円卓のある大広間まで至急お越しいただきたいとのことでありまして……」
「あ〜、円卓会議からって、夜中に王女様の寝室にお呼びならば喜んで駆けつけるで有りますが。こんな真っ昼間に円卓っていうか会議室?そんなとこに呼ばれてどうせ面倒くさい用事をいいつけるつもりでしょ。
でふゅっ そんなのお見通しwww。草はえるww」
「ねっ寝室……なんたる無礼な!」
騎士は声にもならない小さな声で呟きながら震える手で腰に帯びた剣の柄に手をかける。
それを隣で見ていた宰相の側近が慌てて間に入り先ほどの失礼な言葉を無視して言葉を返す。
「ゆっ、勇者殿、詳しい話は円卓に来て頂いて頂くとして、この度の依頼は王女様ご自身で勇者殿に依頼したいとのことです。それゆえそれなりの報酬も王女様自らがお約束するとの事です。
こんな栄誉な機会は滅多に無い事ですのでぜひ、一度円卓に赴きその願いを聞いては頂けませんでしょうか?」
それを聞いたプラゴル勇者はその細い瞳を更に細くし値踏みする様な顔で使いの二人を舐め回す様に見たのだった。
(王女様からのお願いって、これまた例の異世界ものアルアルのヒロインの子づくりお願いチャンス到来でつか?
激レア演出で高確ゾーン突入フラグ。金文字でデカデカと激熱!!てな感じでドドーンとね。あっでも今時はそれでもスカるからね。やっぱピカらないと。
王女のオッパイがピカってレインボーってか?)
「よし解り申した。王女様のたっての願いと有れば行くしかござらんか。
緊急ミッション!!王女様の願いを聞け!!信頼度星五つ!」
4
意気揚々とプラゴル勇者は円卓の有る会議室の扉の前に立つ。
扉の向こうではこの国を支える重鎮達が激しい議論を交わしており、その声が扉を超えて聞こえていた。
「失礼します!勇者様をお連れいたしました」
そう言うと近衛の騎士が恭しく扉を開け、プラゴル勇者が部屋に入る。すると中の議論は突如止み円卓は暗く重い沈黙に包まれた。
(おやおや、王女ちゃんのたってのお願いを叶える為にこんなむさ苦しい場所に来てやったのに何この空気。
嫉妬か?自分達の不甲斐なさを棚に上げて醜い妬みつらみでつか?
やだやだみっともないね〜イイ年こいて
我輩は王女ちゃんの願いを叶えて好感度マックス。ラブラブなイベントフラグ全回収でつから、しかし〜)
そう言った妄想でニヤついているプラゴル勇者に円卓の奥向かい側に座っていた王女が立ち上がり、軽い会釈と供に言葉をかける
「よくぞいらしてくださいました勇者様。この度は他でもない。あなた様にしか、出来ないであろうこの国難をお救い願いたいのです」
そう言った王女は努めて平静を装った表情をしていた。
「しかしこの任務、依頼はとても危険の伴う物。異世界より来て、わずかな間にすでに二つの大きな戦功を上げた勇者様でもそれは変わりません。
故に今回その任務の報酬として私から王領の一部とそれに金銭を含む財産。またこのセンタール王国の爵位をご用意したいと考えております」
その王女の発言に円卓議会の面々から小さな動揺の声が漏れ出す。
それもそのはず。幾ら危険な任務とはいえ、王国の権力の基盤である王女の所領や財産の一部を譲るなど前代未聞だからである。
ましてや異世界から召還された勇者とはいえ、どこぞの馬の骨とも解らんオッサンに貴族の特権である爵位をを賜るなど聞いた事が無い。
たまらず一部の臣下のものが王女に諫言を述べようとするのを王女は静かにその手を振り押さえる。
「勿論、私の王領も財産もその全てはこの王国の臣民の為にあるもの。またこの王国も決して豊かな国とは言えません。ですので、あまり多くは出せません。ただそれでもこの国難、救国に見合うだけの物は出したいと考えております。どうかぜひこの王国を、世界をお救いください勇者様」
この国難、この世界を救いたいと言う固い意思をにじませた王女の姿勢にもはや誰も反論する者は居なかった。只一人をのぞいては
「やだ。お断り申し上げる」
あまりの唐突な否定発言に戸惑う王女。
「なっ…なぜ?どうしてでしょうか?何かまだご不満でも…」
この言葉に続く様に隣に座る老宰相が会話に参加する。
「無礼と知りつつも言わせて頂きたい。これほどの報酬でも足りないとは、勇者殿いささか強欲がすぎるのでは?」
「いやいや、我輩そんな報酬とか興味ないでありますよ」
この発言に僅かだが皆の勇者に対する評価が上がる。
「ほう、財や地位ではなく、自らの信条や信念によって動くと?
そうで無いとしたらその信条とは一体?」
「そうです。だとしたらいかにしてこの王国の危機を救ってくださるのですか?」
王女は再度、目の前の勇者にその願いを口にするが、それを聞いた中年男は少しダル気に答えた。
「いや、そうじゃなくて〜。やりたく無いでござるよ。これがまた。なにしろメンドクサイじゃん」
「や、やりたく無い……。メンドクサイ……」
この瞬間円卓の空気は一気に悪くなる。だがそんな空気もプラゴル勇者は一切気にせず話を続ける。
「あ、そうだ。どうせ勇者の剣とか鎧とかが必要だとか言うんでしょ。それ返すから」
「異世界より召還された勇者にしか身に纏う事しか出来ない、伝説の救世の装備を返すと……。あなた様はこの世界をお救いする気は無いと言う事ですか」
唐突に話の展開が代わるも、何とか冷静に努める会議の参加者達。
「いや、ちょっとまって。大体どうして無関係な我輩がこの世界を救わねばならんか、その理由が解らん」
「理由…。神から与えられた運命、使命を拒否すると。ましては無関係とは」
「神様から与えられた使命とかテラワロス。だいたい国のため世界の為、正義や平和の為だとか弱き者を守ってくださいだとか、我輩捕まえて、いうことでつか?
そんな事言ったら我輩なんてこれまで生きてきて何一良い事無い人生。おかげでずーと負けっぱなし。この年まで童貞で超可哀想。
むしろこんな弱者な我輩の人生を救って頂きたい。例えばちょっとエッチで天然なオンニャの子達と迷える中年男性にバラ色のハーレム生活を送らせてくれるとかさ。
もう、祈りたいね。神様に救ってくださいと。
君たちが言っている事はそれと同じだよね。そうだよね。
それにさ誰でも彼でも異世界から来た勇者がほいほいと世界を救ってくれるなんてそんなテンプレ展開、我輩に期待しないでくれる。十代の血気盛んな年頃じゃないんだからさ、社会人、もとい良い大人ほどそんなに甘く無いんだよね」
成人してからほとんどヒキコモリなのにこういう時だけ自分の事を社会人だとか大人だとかのたまう中年男性。
「ということなので、こんなヤバい世界、元々我輩には無関係。もうさ、元居た世界に帰らせて。我輩は帰ってやらなければならない事が山ほどアルのよ」
「この世界の危機を差し置いてやらなければならない事とは一体」
「え〜言っても解らんと思うけど例えば積みゲーをやるとか貯まったアニメの録画を見るとか、ソシャゲーのデイリーをこなすとか、そりゃもう忙しくってさ。
ああ〜懐かしき我輩の充実した毎日」
引きこもってオタ趣味全開の生活を充実した生活と言うあたり、この中年の価値観は歪んでいた。いやもしかしたらこれは今現在の日本の成人男性のありふれた価値観なのかも知れない。
それはともかくドヤ顔でインドアな趣向を捲し立てた挙げ句、ふんぞり返るプラゴル勇者。一方円卓議会の面々はその言っている事の内容は理解出来ないが、とにかくくだらない事だけは十分に理解出来た。
「この世界の危機に娯楽が優先とは、やはりこやつは見た目の通り世界を救う器には遠く及ばん」
会議参加者の一人が机の上で拳を握りしめ俯き震えながら声を絞り出す。
一人を除いた参加者全員に緊張が走ったその時
「皆さんお静かに!」
その王女の一言によって円卓は静まり返る。
「皆さん。勇者様の仰る通り。未熟な私達は本来この世界とは無関係である勇者様に勝手に希望を託そうとしているのは事実です。
それを差し置いて、我々が勇者様を非難するのは間違っていると思います。
また私の提案した恩賞も異なる世界より来た彼には価値がないのも頷けます。
勇者様の仰ったツミゲーとかアニメとか?ソシャゲ?の何たるかの方が遥かにすばらしく、その世界に取って価値ある物なのでしょう」
王女様。人が良すぎて大きな勘違い。
オタ趣味の内容や意味が解らないとはいえ、元の世界でもそれに価値を見いだすのは一部の特殊な価値観を持つ人間だけ。大半の人間は王女の恩賞の方が良いに決まっている。
「ですが、勇者様がその身を危険に晒すと言うのならば、同じ様に私もこの身体を持ってこの身を危険に晒すべきなのです」
その発言と王女の固く握られた拳は王女自らも武装しその危機に立ち向かうと言う意思の現れ。それを感じた臣下達はその決意に驚きと共に彼女の誇りの高さを認識した。しかし…。
「王女様自身が御出陣なさると?王女様それはいかに王女様の決断だとしても承諾で来ません。
この国のいや、大陸全土の希望の柱であるあなた様が何か有ってはこの世界の存亡に係わります」
老宰相が王女の身を案じる為、彼女を諌める発言をするとそこにいた臣下の皆が首を縦に振る。しかし、またもや空気の読めない勇者がにこやかに吠える。
「良いよね〜それ。うんっ。良い!」
「何っ!?」それを聞いた臣下の皆が固まる。
「王女様の身体が報償。うんっ僕やります!ドラゴンだろうが悪魔だろうが、ぶっ飛ばしにいってきまつ」
『はぁっ!?』
「いえ、私も勇者様と供にこの危険な冒険の任務に同行……って!?行ってくれるのですか!勇者様?」(でも…あれ?その前に……えっぇえ、私の身体!?がどうとか…言っていた様な…。何かの聞き間違い?)
話の展開に付いて行けない王女は目の前のプラゴル勇者を再度見る。
するとプラゴル勇者は意気揚々と吠えるのだった。
「帰ってきたら堪能させて頂きましょう!!王女様の
“オッパイを!!”
“思う存分!!”」
そう言いながら異世界より召還された勇者はその両掌で何かを持ち上げる様な仕草。続いて何かを鷲掴みにして揉みしだく仕草。おまけに両手の人差し指と親指でそれぞれ輪を作ると空中の何かをコリコリとつまむ様な仕草を満足げに繰り返した。
その瞬間円卓を包む空気が一気に冷たくなり、皆怒りで肩を震わせた。
「きっ貴様は、なっ、何オッ!」
「いや、せっかくだからオッパイを……」
「黙れ!無礼者!」
同時にストレスが頂点に達し頭を抱え卒倒する騎士団長。それを慌てて支えるお付きの近衛騎士。
一方大魔法使いの老人はボソボソと「一人だけそんなのぬけがけズルい…」とか言ってる
後方で控えていた屈強な身体の近衛騎士が声を上げる。
「王女様こんな下賤なやからの言う事など取り合ってはいけません。何を要求するのかと思えば王女様のオッパイを…。失礼、その御胸を触らせろなどと言語道断!いくら、異世界からの勇者といえど、無礼極まり無い。王女様、お許しが有れば今すぐ、この者の首を跳ねてみせましょう」
こんな空気を一切気にせずニチャ〜とした笑みで眼前にある妄想の豊胸を揉みしだく勇者。
その態度が彼らの怒りに火に油を注ぎ円卓会議は一瞬即発の状況になる。
5
しばらくの間の後、王女はプラゴル勇者の要求した内容の意味が解ったのか瞬く間に顔色が悪くなり両手で顔を覆う。しかしその後全身を覆う嫌悪感を振り切り一言、言い放つ。
「皆様お静かに!」
気を取り直した王女はかつて無い厳しい表情となり、その通った声で一括、ざわつく面々を沈黙させる。
「私達はここで言い争いをしている場合では無いはずです。今必要なのはいかにその犠牲を少なくし、この国難を乗り切るかどうかなのでは無いでしょうか?
私のこの身体の一部が男性諸氏、もしくは勇者様に取ってどんな価値がアルか解りませんが、それを報償とする事によって勇者様がこの国難を救って頂けるのであれば私はそれをいといません」
「王女様……そこまでのお覚悟を……」
そう呟きながら尊敬の眼差しで王女を見つめる家臣達。中にはうっすら涙を浮かべる者までいる。
プラゴル勇者の男性にそのたわわに実ったそれを差し出すか否かで散々揉めた後、涙を流すこの会議は色々おかしくなっている事に誰一人気付いていなかった。
しかしその原因となった勇者は卑猥なジェスチャーを辞め、険しい表情になると声を上げる。
「だがしかし!そんな事で我輩は納得しない!
よくあるのよ、会う前は散々都合の良い事言って、高い飯を奢らされたり、色々高いもん買わされたり、金だけ全部我輩持ちで手も繋いでくれないのにいっぱいの荷物だけ持たされてあちこち連れ回されんの。
あげくに、さて夜も更けてこれからってなったら、今夜はあの日だからそんな気分じゃないとか、
今はお母さんが病気がちだから今日は早く帰らなきゃだとか、
ペットの猫ちゃんが妊娠してて、今夜が出産予定日だとか、でも後で生まれた子猫の写真送るとか、いらねーよ!
そんな感じで約束反故にしやがんの。いやね、我輩みたいな百戦錬磨になるともう口約束なんて信じないのよ」
全敗デートの経験を百戦錬磨の経験と言う中年男性。スゴいポジティブシンキング。
「貴様この期に及んで王女様の覚悟の発言を愚弄する気か!」
そういきり立つ家臣に王女は静かだが厳しい視線を向ける。その無言の威圧に家臣はそれ以上言葉を発しなかった。
「たしかに、口約束だけであなた様に命の危険の有る冒険を任せるのも無理な話…。良いでしょう…。少しお待ちください」
そう言うと王女は側使いの侍女に何かしらを言いつけた。
王女の命を受けた侍女は急ぎ会議室から退出し、しばらくすると豪勢に装飾されたたてが10センチ横が30センチ程の木箱を恭しく持ってきたのだった。
それを受け取った王女は静かに円卓の机上に置きその蓋を開け綺麗に巻かれた羊皮紙を取り出した。
それを見た家臣達は驚愕する
「もしや…それは、王国同士の同盟または最重要な王家の勅令にのみに使われる、古代魔法を纏った契約の書」
「はい。これを用いればいかなる契約も履行されます。たとえそれがどんな無理難題でも。そしてそれは双方命に変えても守らなければなりません」
王女は真剣なまなざしでその書面に自らの名前をサインして勇者にそれを渡した。
「勇者様のお名前とご要望を空欄の場所に自由にお書きください。あなた様が役目を果たしたならば、その契約書の魔法の力の拘束力により、望みの目的は達せられるでしょう」
それを聞いたプラゴル勇者は今だ半信半疑だった。しかし彼の邪な欲望がすぐにその疑念を払拭し、嬉々として自らの名前に続き望むべき要望を書き記したのだった。
【王女ちゃんのオッパイを好きなだけ◯◯したり××したりチョメチョメしたりしたいです。しかも生で】
もはや良い大人が書く内容ではないが、王女のオッパイを揉みしだけるというだけでその命を天秤にかけたプラゴル勇者。
元の世界の性風俗産業が日本だけで5.6兆円、世界全体で1860億ドル(26兆5600億円)なのも頷ける光景だ。
そして満足げにその契約書を渡そうとした時、円卓出席者の一人が声を上げた。
「いくら勇者といえど、ただの一人で冒険に出ても、それすなわち只の無謀。みすみす死にに行く様なモノじゃ!」
そう言ったのはこの中年引きこもりの駄目人間を勇者として召還した張本人。あの大魔法使いだった。
(何このボケ老人。今はそれどころじゃ無いんだよ。今更余計な口を挟まないでくれる)そう心の中で性欲をたぎらせながら苛つく中年男。
しかしこの大魔法使いも若かりし頃は勇者と供に冒険にでてかつての魔王を滅ぼした英雄の一人である。それ故にその言葉の重みは違った。
宰相は深く頷き話し出す。
「確かにそれも一理ある。かつてこの世界を救った勇者達も皆、仲間を連れ、供に協力し合って数々の強敵を討ち滅ぼし世界を救ってきたのだから」
その言葉に皆が頷き、臣下の一人が提案する。
「では早速、勇者と供に冒険をする候補を人選しなければなりませんね」
この後すぐに話の流れで皆の視線が騎士団長に集まる。この騎士団長、今やそのストレスで顔色が最悪だがその武勇たるや、ミッドランド随一と名高い騎士の一人である。だがその高名な騎士は途端に白目を剥き気を失ってしまう。
慌てて、周りが倒れた騎士を介護し、急遽彼を会議室から連れ出した。
その混乱のさなか大魔法使いは静かに席を立ちあがり、ゆっくりと勇者に近づくと耳打ち際に小さな声でボソボソと話しかける。
「あの…ボソボソ。わしも…ボソボソ。いいじゃろ…ボソ…少し…らい…ボソ…減るもんじゃ…ボソ…し」
老人の話を聞いた中年はため息と共に上から目線で思う。
(このジジイ何言ってんの。こんなの勇者、主人公ポジションの我輩の特権だろ。あげくに目に涙浮かべながら冥土の土産にどうか、後生じゃとか言ってるし。死ねよ!今すぐ死ねよ!)
そんな事が頭をよぎるが、ふと、(何かパーティ組まないと出かけられなそうだし。そもそもこの世界こと何も知らない我輩一人じゃ無理じゃね?
しょうがね〜な〜少しは妥協したるか)
てな感じで中年ながらの打算が働き、これまた周りに聞こえない様に小声で伝える。
「しょ〜がね〜な〜ちょっとだけだよ。一応言っとくけど我輩の後ね」
などと袋とじ巻頭グラビアを見る順番を決める中学生みたいな事を言うのだった。
それを聞いた大魔法使いはその目を輝かせながら高らかに宣言する。
「ワシもその冒険に行こうじゃないか!この王国の平和の為に!」
先ほどの小声で話していた内容を知らない者達は感嘆と供に声を上げた
「おおっ!救国の経験のある大魔導士が今一度その重い腰を上げるとは、
まさに奇跡、流石今だ、生ける希代の英雄と呼ばれるだけはある」
と煽てながらも内心では皆、いつまでも居座っている老害なら痛くもかゆくも無いと思っていた。
そして一息つき、
「と、なると後は仲間を守る盾役と回復役……」
そう誰かが呟くと皆その視線を有らぬ方向へ向ける。まぁつまりの所、年甲斐も無く性欲おう盛な魔法使い以外誰も係わりたく無いのである。
気まずい空気と沈黙がその場を包んだそんな時、会議室の扉の向こうが何やら騒がしくなる。
それに対して不快を露にした宰相が声を上げた。
「何事だ!今重要な会議中だぞ!」
その声に扉の向こうの騒がしさが収まったと思ったら、扉が少し開き扉
を警護する衛兵が困った様に顔を出した。
「失礼します。先ほど突然勇者様の関係者を名乗る者が一言申し上げたいと来ておりまして。何度もお断りをしたのですが……」
それを聞いた宰相は疲れからか深いため息をついた。
「なんだ?何か妙案でもあるのか……まぁ良い。この際だ、わずかの間であれば入室を許可しよう」
そう言われて会議室に入ってきたのは勇者に仕えるあの若き従騎士と今同盟国の国賓としてこの国に居るオークの姫巫女だった。
従騎士は入室早々深く頭を下げる。
「突然申し訳ございません。自分は勇者様に仕える従騎士のショタインと申します。そしてこちらの方は……」
続いたオークの姫巫女も頭を下げた。
「私、オーク辺境国よりこの国に外交使節の一人として滞在しております姫巫女のイウマァ アエイドゥルと申します」
「で、君とオーク辺境国の国賓である姫巫女殿が突然この場に来た理由は何で有ろうかな?」
「はい。先ほど医務室に運ばれる途中の騎士団長から聞きました。勇者様が危険な冒険に出かけると。それを聞いたら居ても立ってもいられなくて……。
ぜひっ!僕を勇者様のお供に加えて下さい。お願いします!
今だ見習いですが僕も騎士の端くれ、冒険者パーティの前衛として皆の盾役としてこの命に変えてお守りする事が出来ると思います。だから是非!」
それを聞いて驚いたのは誰であろう若き従騎士の主人であるプラゴル勇者だった。
(何、言ってんのこいつ。おぬし、我輩より華奢でちっこいのに盾役とか無理だろ〜マジで。一時流行ったラノベ主人公じゃないんだからさ、細い腕で鉄の塊みたいな大剣振り回したり、ガリガリ細身なのに鋼鉄みたいな耐久力の肉体とか、この世界無いやろ。有ったら我輩もイケメン青少年に転生しとるわ!)
若き従騎士が志願の理由を述べ終えると続けて姫巫女のオークが発言した。
「私イウマァはオークの国で癒し手として姫巫女をやっておりました。その為、回復治癒魔法等を一通り使えます。後、私は今現在婚活中でして、良いお嫁さんになる為に花嫁修業の一環として家事全般をこなせます。ですので、冒険の間の食事とか勇者様の身の回りのお世話も一通り出来ると思います。
なんでしたらその……夜の……お世話……も♡」
と、最後の方は何故か照れながらモジモジと発言した姫巫女のオーク。
それを聞いた新しく誕生するであろう冒険者チームの中年リーダーは思う。
(婚活?花嫁修業?いや冒険してる場合じゃ無いでしょ〜マジで。
後何!?我輩の身の回りの世話?夜の世話って言ってた?何か違う危険な冒険になりそうなんですけど。
てか、我輩を見る目が怖い。すっごく物欲しそう……)
結果プラゴル勇者は苛立った。
(何このパーティ、余命わずかなエロジジイに、何もできそうもないクソガキ坊ちゃんに、婚期を逃して焦ってる元アイドルのオークとか何かの罰ゲームかよ。
こんな糞ゲーあったら速攻中古ショップに売りに行くよ我輩。
それともあれか?我輩はもしかして無課金者扱いか。いやちょっと待てよと、今時は無課金者でも新規には豪勢にサービスしとるやろ。もしリセマラしてこんなんしか出なかったら、迷わず削除するわ!)
などと思いが巡った後に辺りを見回すと、会議参加者が皆満面の作り笑顔で全員立ち上がっていた。
『決まったな!』
(えぇっ何が決まったの?)
「この世界を救う新たな勇者と仲間達の冒険の物語が今始まるのだ!」
そう高らかに声を上げた宰相を含め誰もプラゴル勇者とは目を合わさず、ギャンブルや株の投資で大金を擦って、もぬけの殻になった人物の様な状態で視線を宙に泳がせていた。




