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プラゴル二章 おまけ  オークと人間達の食文化事情。

 

 1

 センタール王国王宮にある宰相の執務室。オークの大進軍から一ヶ月程経った午後。大きな窓からは昼下がりの暖かい光が差し込んでいる。綺麗に磨かれたダークブラウンの木目の床。そして灰色の落ち着いた色の壁。古い名工による家具の上に歴史ある調度品の数々が並べられ、また大きな本棚には世界的に貴重な学術書や歴史書、魔法書など数多くが納められている。

 その様な部屋の様子を見ただけでこの部屋の主は真面目で几帳面な性格が伝わって来る様な部屋だった。

 その執務室で老齢で頭髪薄く白髪、体格は少しぽっちゃりな王国宰相はオーク辺境国との同盟と協力関係に関する雑多な業務に追われていた。


 彼マジルテ・アトゥマイトゥアイは宰相で王女の政策決定運営の右腕である。

 また政治において王女を補佐。また相談役でもある。

 彼は貧しい地方の貴族出身ながらもその才能と勤勉な働きによってここまで出世上り詰めた。しかし真面目過ぎるが故、多少融通が利かない所があると評判でもあるが悪い噂はほとんど無い。


 そんな彼は多忙の中山の様な書類に目を通し、一息ついた所で報告の為入室した彼の秘書官に声をかけた。


「ところで今回の報告書には王都の住み出したオーク諸氏の食事の問題が上がってないがどうなっているのかね?私の方には解決したという話は上がっていないが。何か良い解決策でもあったのかね?」


「ええ……それが〜」

 その質問に部屋に立つ秘書官は少し暗い表情になって、僅かに額に手を当てた。

「どうした?何か言い辛いことでもあるのか?まぁ確かに、彼らオークの食文化と我々の食文化はだいぶ違うと聞いている。人間の食事が合わなくて多少の不平は出るだろう。それは仕方ない事だ」


「そうなんですよね…」


「だがしかし、その不満を放置しておく訳にもいくまい。君も知っての通り、

今や我々センタール王国とオーク辺境国は同盟関係にある。

それに後に訪れる魔王との決戦にも彼らは欠かせない戦力だ。

軍事だけでは無く、経済的にも文化的にも増々交流を深めて互いに繁栄していかなければならない。

だからなおさら彼らの趣向に合わせた食事を提供するのもこの街の役目だと思うがな……」


「いや……それがですね……。解決したと言いますか…何と言いますか…」


「ほう、それは良い事だ。だがその言い方、何かまだ問題でも」?


「その〜我々人間にもその新しい食事のメニューは好評だと聞いています。まぁ、あれは一部の方々にもと言う事ですが……」


「一部の方?ふむ、確かオークの好む食事は庶民の食事に近いと聞いたが、

それでもだいぶ違うという話だが。その新しい食事は人間にも好評とは意外だな。なんなら私も一度視察に……」

 そこまで宰相が言いかけた所、慌てて秘書官がその後の言葉を遮った。

「お辞めください!あの様な場所…。いえ、その〜宰相様の様な方が行って食事をする場所では有りませんので…」


 その諫言に対して老宰相は顎に手をあて眉間に皺を寄せた。


「何かな君?君は身分とか階級とかそう言った古い価値観や思想の持ち主だったかな?もし、そうならそう言った考えは捨てたまえ。今や我々は魔王を相手に種族、身分問わず団結してこの危機を脱しなければならない。

それに私も今はこう言った立場に居るが両親は下級貴族の生まれだ。

その後立身出世してそれなりの地位に就いたがな。

私自身、古くからの友人知人は平民出身者も多い。まぁそう言う環境で育てられたおかげで広い知見ができて今が有ると思っている」


「はっはい……考えを改めます」


「うむ、良い事だ。そうだ!お忍びで、まぁ私人として行くのはどうだろうか?

今時の市民と変わらない服装で。なんなら多少の変装をして行けば周りに無用な気遣いをさせる事無く視察がてらの食事が出来るだろう」


「あっはい……それなら問題ないかと……」


「ところでその問題を解決した者はどんな人物だ?

さぞかし知己にとんだ人物なのだろう」


「いえっ…それが…」

 そう言いよどんだ秘書官は懐から取り出したハンカチで額浮き出た汗を拭う。


「ん?何か言い辛い事でも?」


「いやそう言う訳じゃなくて、その〜新しい食事メニューを開発してこの問題を解決したのはあの勇者なんです」


「はっ?ゆ、ゆ、ゆ、勇者!?」


「はい…」


「あの糞勇…じゃなくて、あの勇者がこの問題を解決したのか!」

 そこまでの会話で宰相の顔は不快を表す渋面へと変わり大声を発したのだった。




 2

 執務室でのやり取りがあった数日後の良く晴れた天気の正午頃。

 帽子を深く被り付け髭を蓄えたみすぼらしい服装をして変装した宰相が王都の街角にある新しく開店して間もない食堂に姿を見せる。

「ここが噂の食堂。うむ。では早速、どんな物か試してみるか」

 居抜きの店舗に新しく開店したその食堂はお世辞にも人気店とは思えない質素な店構えをしていた。そんな店を一望した後、老人は迷い無く入り口の扉に手をかけた。その時。


「おいっオッサン何やってんだよ。みんな並んでんだよ!」

 突如背後から低い声で唸るが聞こえる。

 振り向くと見せの入り口の横に立つ厳つい男性が扉に手をかけたみすぼらしい老人を睨みつけている。

 声をかけられた厳つい男の背後をふと見れば彼を先頭にして路地にそって長い行列が出来ていた。

 すぐに状況を理解した老人は平身低頭、頭を下げる。

「いや〜すみません。なにぶんここは初めてなモノで勝手が分からなくて」


 そう言うが厳つい男性の態度は変わらない。

「そんな事は良いんだよ!この店で食いたければこの列の後ろに並べや!クソジジイっ」


 もはやその声は威嚇の声に変わっていた。


 そこまで言われた老人は確認の為、男の後ろの列を観察し少したじろぐ。

 何故ならば列に並んでいた人々の数多くの冷く、非難に満ちた視線に晒されたからであった。


 食事に来ているはずなのに、この殺伐とした空気に戸惑う宰相。

 すごすごと身を縮めながら長い列の最後尾に向かう。

 そのさなか列に並ぶ人々の様子をうかがうと街の平民達に限らず、屈強なオーク戦士やエルフ他、若い男女の冒険者、この王国の騎士達までが居たのだった。

 その多くがトボトボと歩く老人を無視するか迷惑そうに睨み付けて来る。

 特にその中に居る深くフードを被り、顔はよく見えないが地味で、質素な服装をした若い街娘などはあからさまに侮蔑の態度を向けてきていた。


 老人がこの社会的地位に就いてから向けられる事の無い態度。その態度を受けて老人は一人思う。

(何たる無礼な者達なのだろう。いくら自分がお忍びで変装をしてこの場にいるとはいえ酷い連中だ)

 そう思った瞬間。先ほど侮蔑の視線を向けられた若い街娘にどこか見覚えが有る様な既視感をおぼえる。


(もしやあのお姿は王女様!)


 それもそのはず、その後ろ姿は彼がいつも側に使える王女その者だからだった。そしてすぐに確信に変わる。周りは誰も気付いていないが、長年献身をもって使えてきた身にとって間違えるはずは無かったからだった。


(さすがは王女様。こんな野蛮な所でもお忍びで王国民の視察に来られるとは。ワタクシ感涙の極みです。

しかし幾ら私が変装をして解らないとはいえ、王女様まで私にあんな冷たい視線を投げつけるとは。少し残念。……いや、それは私の奢り。王女様の何事にも真剣な姿勢。学ばなければなりませんね。うむうむ。

わたくし王女様の一挙種一等全てこの目に焼き付け増すぞ!)

 長い列の最後尾で老人は一人空を見上げ、うっすら涙を浮かべ空を見上げる。

そして思う。

(しかしこの行列の長さ……庶民の食事とはいえさぞかし美味しい料理が提供されるに違い有りませんね。期待して待ちましょう)


 そしてかれこれ並んで待つ事、約2時間ようやく店の中に入る事が出来たのだった。




 3

 期待が膨らむ中、これほどの行列に並んでまで食べる食事。さぞやこの食堂の店内の中は賑やかで豪勢な物なのだろうと思っていたが、狭苦しい店内の大半は調理場。それを囲む様にカウンターに囲まれた席が20程。殺伐とした店内はひたすらに調理を続ける店主らしきオークと定員達。

 また狭いカウンターの席で遮二無二料理をかき込む様に食べ続ける客達で一種異様な雰囲気を漂わせているその様子にたじろぐ王国宰相。しかし気を取り直し辺りを伺う。


 そして最初目に止まったのは入店した客を案内する給仕係ではなく。入り口側に鎮座している人の背丈程の箱だった。

 店に入った他の客は皆その箱にお金をいれ、その箱に並んだボタンを押して出てきたカードを手に取り着席していく。


(これは一体なんであろう? うむ。魔法じかけのからくり箱?

ん?何か書いてある……普通、大盛り etc……

う〜ン何か食材の呪文の様な物が色々書いてあるが。メニューはどこなのかな?

王女様は迷わずお金をいれて出てきたカードを手に取って着席していたが…)

 そんな感じで箱の前でしばしそんな事で悩んでいると、彼の後ろに並んでいた人物が小声で話しかけてきた。

「おいっ!爺さん早くしろよ!」

「いやいや申し訳有りません。なにぶん初めてなモノで勝手がわからず。ところでメニューはどこに?」

「はぁ?いい加減にしろよ、そこに書いてあるだろ。さっさと決めろよ!何か解らなかったら、金入れて一番上にある左端のボタンを押しときゃいいだよ!

使えねーな。これだから“素人”は」

 

 そんな会話のやり取りに王国の政に長らく携わって着た宰相も困惑。

(食事をするだけなのに“素人”とは一体? もしかしてこの食堂ではベテランもしくはプロなどと言う階級が存在するのだろうか?

確かに王国の上流階級の食事にはテーブルマナーなど格式や仕来りなどがある食事の作法などはあるが…。)

 などと色々な事が頭を巡るがもは自分の後ろに並ぶ人々の苛立ちをひしひしと感じるので、言われた通りのことをしてチケットを手にして指示された席に着いた。

 その後周りの人と同じ様に魔法の箱から出たカードをカウンターの上に置くと助手らしき人物がそれを確認して、ガタイの良いオークの店主に伝える。

 なるほどこれで注文が完了なんだと一息つく。


 老体に鞭打って長い行列による待ち時間を耐え抜き。ようやくの着席。その苦労に見合うだけのどんなすばらしい料理が出てくるのかと、流石の彼でさえいやがおうにも期待が膨らむ。

 しばらくすると調理をする店主が他の客に ニンニク入れますか?と客に対して注文を取り始める。

 するとそれを聞かれた客は次々と

ヤサイニンニクカラメ、 ニンニクアブラカラメ、ヤサイマシマシなどと

 呪文の様な意味不明な言葉を口にし始めた

 それを聞いた店主はどんぶりの中の料理に何かを乗せ料理を出していく。

 王女も同じ様に聞かれるとゼンブマシマシなどと言ってる。

 戸惑う老人。そんな周りの状況を呆然とながめているとついには老人にニンニクいれますか?と声がかかる。

 慌てふためく老人。辺りをキョロキョロと挙動不審な行動で見渡すと皆がその老人にさも迷惑そうな視線を向けている。王女様も同様に。

 そんな中、咄嗟に出た言葉が

 「そこの女性と同じで」と王女を指差しオークの店主に伝える。

 それを聞いたオークの店主は不満げに舌打をすると、どんぶりの料理に山の様にトッピングを行い老人の目の前に差し出したのだった。


 何たる失礼な接客態度と内心憤慨する王国宰相。


 だがさらにその後提供された食事を見てこの王国の宰相は驚愕する。


(な、なんだこれは……か、家畜のエサなのか。いや、これは何かの間違いに違いない。こんな物、オークはともかく人の食べ物ではない)


 そう思いながら辺りを見回すと皆すぐさまその家畜のエサの様な食べ物を一心不乱にがっつきながら食べ始めているのが目に入る。

 王女もその一人。しかしさすがは王女。お忍びの姿とはいえ食べ方は上品である。しかしいつもより速い。通常の三倍いや五倍か?

 さすがにこの光景にはこの老人もどん引き。


 そんな中、老人には無愛想だったオークの店主が笑顔で食事中の王女に話しかける。


「相変わらず良い食いっぷりだねお嬢さん。これチャーシューオマケだよ」

 オークの店主はそう言うと王女のドンブリに無造作に分厚いチャーシューを乗せる。

 それを見た王女は頬を赤らめ少し恥ずかしそうにそしてとても嬉しそうにありがとうと礼を言う。


 その一部始終を見た老人はもはや唖然言葉も出ない。

(この山盛りの食事にあの分厚い肉の塊……まだ食べられると言うのですか王女様……。いや、その前に相変わらずって、今回が初めてではない!?もはや常連!?)

 とそんな事が脳裏を駆け巡る。

 しばらくしてその様子、王女を思わずガン見していた老人にむかってオークの店主が振り向くと

「おいっそこの爺さん!何ジロジロ見てんだ!黙ってとっとと、喰えや!

他の客に迷惑だろうが!」と恫喝。


 さしもの老人も

 何たる無礼な!とさすがにその態度にこの老人もその変装を解き自らの正体を明かそうかと脳裏によぎる。

 しかし別の場所から視線を感じる。その視線の在処は王女であり彼女は老人に向けさも迷惑そうな表情をしていたのだった。それには少し心がへこむ老人。


 ふと、王女もお忍びで来ているはずここで自身の正体を明かしまたら、この女性、つまり王女も身バレてしまっては大変に迷惑になってしまう。と言う事が思い浮かびその行動を諦めたのだった。


 そして考えを改め目の前に鎮座した家畜のエサの様な代物に手を付け食べ始める。


 気持ちを切り替えて目の前に出された山の様な残飯……いや料理に手を付け始める老人。

 最初の一口はその見た目とは裏腹に意外な美味しさに驚く。

(なんと!これは意外。なるほど王女様もこのお店の常連に——そう考えたくは無いが——なるのも納得)と思ったが、いかせん老人の胃袋に突然大量のハイカロリーをぶち込んだ事によって胃腸が驚愕。

 その後もひたすら食べ続けるが見る見るうちに満腹中枢が刺激され、半分も食べきらないうちに限界に達してしまう。それでも食べ続けようと努力はするがその時にはもはや料理の味などどうでもよくなって、いや解らなくなってしまっていた。

(何たる苦行。食事とはこれほど辛いものなのか)と、そんな思いが頭を駆け巡る。

 (これが庶民に人気の料理?いや例外として王女様も気に入っているみたいだが、おそらくそれは王女の国民への気遣いなのだろう)

などと考えているうちにその箸はついに止まってしまう。


 その頃になると老人と一緒位に席に就き食べ始めた他の客は早々にあの大量の料理を食べ終え、次々と席を立ち店を後にする。

 王女様などはあの山盛りの料理を食べきるどころかスープまで飲み干し、意気揚々と席を立つ。その様子をちらりと見た老人は立ち去る王女と一瞬目が合う。その王女は半ば残された老人のドンブリを見て、勝ち誇った表情の後に蔑む様な表情で一瞥すると、店主に向きを変え満面の笑みでごちそうさまでしたと言って店を出たのであった。


 もはや気分は最悪度マックス。恐怖の魔王が復活したと言うあの報せより落ち込んだ。

 その後全てに最悪な状況で食事がのどを通らなくなった老人はゆっくり箸を置き食事を残して席を立ち帰ろうとする。それに対して険しい顔をしたオークの店主が声を掛ける。

「残すんじゃねーよ!」


「はい?いやすみませんもうお腹が一杯で」


「そんなの知らねーよ。無料サービスだからと言って全マシマシにしといて、そんなに残してじゃねーよ!食べ物に失礼じゃねーか!」


 そのあまりの威圧感に圧倒され老人は再度席に着き食事と言う拷問と向き合った。そして思う。(このお店の店主と従業員そしてお客は何故に皆こんな攻撃的なのだろうかと……)




 4

 そんな中、空いた席に次々と新たな客が席についていく。終わりの無き絶望の中、この現況の発端となった人物が隣に着席した。


 するとその人物にオークの店主がにこやかに声を掛ける


「お義兄さん!いらっしゃい。いや〜今日も来てくれるなんて、うれしいじゃないですか〜」

 にこやかにオークの店主が声をかけた人物はあの忌まわしき勇者だった。その勇者はさしも当然の様に上から目線で店主に答える。


「忙しそうで何より。うんうん。ところで今まで気になっていたでござるが、大将はなぜに我輩をお義兄さんって呼びまする?」


「そりゃ〜ね〜あっしの……将来のお義兄になる方ですから。前もって」

 何故か少し照れだすオークの店主。

「なにそれどう言う意味?よくよく思い出してみると大将だけでなく他のオークの男性諸君みんなが、我輩をお義兄様呼ばわり何だが。

何かそう呼ばれると若干背筋に悪寒が走るでござるが気のせいか……」


「あっお義兄さん、もし今度姫巫女さんの妹さんに合う事があったらよろしく伝えといてください。

ぜひうちの店に来てくださいと。あっしが腕によりをかけて最高のジーローウをだしますよ」


 そう言ってオークの店主はにこやかに麺をザルに放り込み茹でていく。


 その後すぐにプラゴル勇者の隣に座った若き従騎士がその目を輝かせて言う。

「勇者様は本当にすごいです。王国の危機を救っただけでなく、こんな大人気になる食堂までプロデュースするなんて」


「本当にそうだ。大将のに教えて頂いたこのジーローウラーメン。大勢のオーク達にも大人気でしてね。近々オーク辺境諸国に二号店を出店する事になりましたよ。

前まではあっしはしがない戦士だったが今はラーメン職人として毎日が充実してますよ。今は更にいい味をめざして研究の日々です」


 それを聞いたプラゴル勇者はまんざらでもない様子。


 なにをかくそう万年引きこもりのプラゴル勇者がジロウの作り方を知っていたのはそれがネットで騒がれていたからである。それは彼を数少ない外出に駆り出し、その為の口実の一つとなった。

 そして独身中年男に取って天国の様なその場所は、長い引きこもり生活で鈍った五感を多いに刺激し、結果プラゴル勇者はそれにハマったあげく、有り余る時間でオタクの特徴である、ハマった物を調べ尽くすと言う行動を起こさせた。

 それからネットや本や動画サイトで作り方や歴史や諸処の雑学を独学で無駄知識として蓄えていったのである。

 しかしその蓄えた無駄知識を社会的に有効活用するわけでもなく、またそれを学んだからジーローウなるモノを作るという訳では無い。


 引きこもりの中年男がその知識でやった事と言えば、せいぜいジーローウの感想をネット媒体にいそいそと上から目線、知ったかぶりで書き込むくらい。

返しが効いてるとか油が絶妙に乳化していて舌触りが良いとか、あの店のジーローウは自家製麺に腰がありながらもざらつきがありそのざらつきがスープに良く絡むとか評論を拗らせ自己満足に浸るのである。

 仕舞には(あれ?今日は味がぶれてるな!? おっとっ!そうだ。今日は大将、月一度に巡る赤いあの日かな?それならしょうがないよね)

などと店主の体調管理、生理周期まで考えて評論する始末。店主男性なのに……。


 そんな引きこもりのプラゴル勇者が異世界で、オークや人間その他ファンタジー世界の異種族間の食事問題を解決するとは、日本のラーメン業界もビックリ。


 そんな過去は露知らず、たいした苦労も努力もしていないのに上から目線で態度がでかい中年男性に従騎士は尊敬の眼差しで眺める。


「最初はスゴく大盛りで食べきるのもやっとで、僕には向かない食事かなとおもったんですけど、何日か日が経つと何故かまた来たくなると言う……。

何かもう中毒ですよ。

それでいて成人男性に必要な栄養素、塩分、油分、脂肪分、炭水化物、コレステロールをたった一杯で必要以上に満たす、完全栄養食。

まさに奇跡の食事ですね!」


(これが奇跡の食事!?完全栄養食!?そんな馬鹿な!?)心の中でそう思う常識人であるこの王国の宰相。あなたは間違っていない。

 食べきれない為に半ば残された成人男性向け完全栄養食を前に帰る事も出来ない老人を余所にして、勇者達の弾む会話は続く。


「いや〜我輩はただジーローウラーメンが食いたくなっただけなんだけどね」


「スゴい戦士でありながらスゴい料理やそれを創る知識を持ってるなんて、勇者様はあちらの世界ではどんな生活をしていたんですか?」


「えっそんな事聞きたいの?」


「はいっぜひ!これからの騎士としての生き方の手本にしたいと思います」


「あっそう。まぁそんなに参考にならないと思うけど。何しろ誰でも出来る事ではないからね」


「そっそんなにですか?そ…それでもお願いします」


 そんな二人の会話を食べながら盗み聞きしていた老人宰相も思わず箸が止まる。

(もしやこの場所でこやつ、いや異世界から召還されたと言う最強の勇者の強さの秘訣が聞けるとは!

これは僥倖。この苦しい食事もまんざら無駄にはならないではないか!)


「それは部屋に篭ってほとんど外にでない事。ちなみにそれを人は引きこもりと言う」


「部屋から出無い!?ひきこもり!?それで戦士としての強さとかこんな料理の技術や知識を身に付けたのですか……

外に出ないでひたすら修練なのですか。それはさぞかし辛く厳しそうですね」


「いや、どっちかというと精神的にヤバい。つらいというか暇?何にもする事が無いからね。修行と言うか基本食うか出すか、寝てるだけだけど……

 後はゲームとネットでエロ探索。それと掲示板で情弱を馬鹿にしたり、炎上煽って楽しんだりとかいろいろ。とかそんな事言ってもこの世界にはネットなんて無いから解らないだろうけど、ようはストレス発散かな。

 気がついたら日が暮れていて、気がついたら深夜になってて、気がついたら朝になってて一日が終わってると言う感じ」


「「はっ?」」

 まさかの告白に騎士も王国宰相も呆気にとられ、はもる様に思わず声を上げてしまう。


「ちなみに我輩。一切料理は出来ないから。むしろ食う専門。食った後は寝る専門」


「「はっ?」」


「食べるか出すかか寝てるだけ……後はストレス発散……」

 40代中年の赤裸々な過去の私生活の告白内容に対して、若き従騎士はうつむき無言になる。

 一方宰相は呆然として口の周りから溢れこぼれ出た麺もそのまま動く事が出来ない。

(普段食うか出すか、寝てるだけ。この世界を救う最強の勇者が…そんなはずは無い。もしこれが人類の最後の希望だとしたら、もう我々にあの魔王に打ち勝つすべは無い。もう…終わりだ…)

 そう絶望に包まれた彼の口内は豚骨スープとニンニクの刺激臭に包まれていた……。

 しかし僅かな沈黙の後、頭を上げた若き従騎士がその目を輝かせ、この世界の最後の希望の中年に向き直り叫ぶ。

「すっ、スゴいですよ!何も努力もしないでむしろ食べて寝てるだけで勇者になれるなんて!才能の塊、天才ですか?!」


「えへっ、そうかな〜、ワシの時代キターって感じ?」

 意味不明な内容で誉められた中年は年甲斐も無くちょっと照れてそう言った。


 そんな二人の様子を見た宰相は青ざめ、そして平静を失う。

(この若き見習い騎士は何を言っているのだ!?誰がどう見ても聞いてもこの男は只の駄目人間ではないか!

そもそもよく考えたらこれから魔王と戦わなくてはならない勇者がラーメン屋を作ってる場合じゃないだろう)

 もしその口内に延びきった大量の麺が占拠していなければ叫んでいたに違いない。



 5

 そんな絶望真っただ中の老人をよそにオーク店主が出来たラーメンをニンニクのコールと供にお客に提供し始める。そのとたん勇者と従騎士は急に会話を中断。ニンニクコールによって盛りつけられ、目の前に山盛りラーメンが置かれると一心不乱、無言で食べ始める。

その後僅かな時間で完食すると“ごちそうさまでした”と店主に声がけすると供に食後の余韻を楽しむ事無く席を立ち、すぐさま店を退出するのであった。まるでそれが完璧なマナーであるかの様に……。


 そして時がすぎ昼間の営業時間が終りに近づいた頃。暗澹たる思いの中、何とかラーメンの大半をその老体の体内に無理矢理詰め込んだ老人は静かに席を立った。

 言葉は発しない。彼にそんな余裕は微塵も残っていない。

(無駄に喋ったら吐くかも知れない……)そんな事が脳裏に浮かぶ。

 意識が朦朧とする状態の弱い足取りで出口へと向かう老人。その表情は疲れきっていたが、暗く淀んだ心の奥底で狂気の如く叫び声を上げていた。

(あああっの!糞勇者が異世界から持ち込んだ野蛮で下品で低俗で粗野で楽しい食事を拷問に変えるこんな店、誰が何と言おうと二度と来るものか!)と。


 だが、そんな彼の心の奥底からほんの僅かな希望の灯火が湧いて来る。

 それは先ほどの王女が嬉しそうにラーメンとチャーシュウを食べる光景だった。

(でも、また今度、王女様と二人、一緒にお忍びでここに来るのも悪く無いかもしれない……。そうだ……時間のいとまが取れた時に誘ってみましょう)

 などと少し邪な願望がよぎるのだった。こんな老人でもこの王国を統べる一国の宰相である。

たとえ誰であろうとも、今しがたまで徹底的な理不尽に打ちひしがれていたこの老人を誰が責められるだろうか……。


 そんなほんの小さな未来の希望にすがりつきながら店の出入り口に手をかけたその時、カウンター越しでオークの店主から声が掛けられた。


「じいさん、わりぃが、今日が最後で出禁な。もう二度とウチの店に来んなよ!」

 僅かに残った希望が打ち砕かれた瞬間である。







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