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プラゴル二章3


 1

「はぁ、はぁ、もうっ駄目。心臓が破裂しそう。げふっ」

 二周りも年下の相棒を見殺しにして、婚活の戦場から逃げ出したプラゴル勇者。普段運動のウの字もしてない中年引きニートは少し走っただけですでに肉体の限界を迎えていた。

「はぁ、はぁ、息が苦しい。もしかして、いっ異世界は空気が薄いのかな?それなら、はぁ〜。しょうがないか」

 明らかに違うのに何でも他人や環境のせい。駄目人間あるある。

 その後プラゴル勇者は通りを真っ直ぐ逃げるのを辞め、裏路地を曲がり人気の無い場所へと向かい、建物と建物の間の暗く小さな隙間へと逃げ込んだのだった。そしてその場所でぐったりと崩れる様に座り込む。

「もう駄目だ。動けない。こんなんだったらモンスター討伐の方がましかも知れない」

 こうしてまったく根拠のない独り言を言いながら休んでいると、奥の暗がりから何か動く気配を感じる。

「あの〜そこのお方、随分と苦しそうですが,お体は大丈夫ですか?」

 その声の方向を見るとそこには若い女性が着る服と同じ様な服装をした雌のオークが居たのだった。

「えっオーク!?オークって魔王軍の手先!?何でここに?あっすみません。僕は只の通りすがりの一般人なんで許してください。降参します」

 そう言いながらプラゴル勇者はすぐに土下座した。

 先ほどのモンスター討伐の勢いはどこへやら。というかこの時点で勇者降伏のため人間側は敗北が決定した。

「えっ!?あの〜、私がオークだってわかるんですか?」

 するとなぜかオークの雌は戸惑いながら土下座の勇者に尋ねる。

「わかるもなにも、見たまんまそのまんまオークですよね。我輩何か失礼な事を言いましたか?ところで命だけはお助けを…」

 そう言いながらプラゴル勇者は更に頭を地面にこすりつける様に平伏した。

「あっいや、この首飾りを付けていれば人間や他の種族に私がオークだと気付かれないはずなんですけど……。他の人間の人には大丈夫だったのに……。でも、まぁいいですよね、そんなこと」

 オークの雌は何か独り言の様につぶやくと何故かほっと安心した様に言った。そして土下座中のプラゴル勇者に言う。

「はじめまして。私イウマァ・アエイドゥルと言います。オークの国で皆に勇気と希望を与える姫巫女をして居る者です。今の私は人間の人達と戦いに来たのでは無いんです。だから安心してください」

「なんだ、それならそうと早く言ってくれる。勘違いしちゃったよ。ホント迷惑」

 勝手に勘違いしてこの言い草。おまけに態度も突然でかくなる。

「あっそうそう、もう我輩は帰るんで、そなたがここに何しに来たかは知らぬがあまり他人に迷惑はかけぬ様に。それじゃー」

 散々他人に迷惑かけといてこのセリフ。おまけに興味が無い事にはとことん素っ気ない。

「ちょっと待ってください。私困っている事がありまして」

 そう言うとオークの姫巫女は背中を向け立ち去ろうとしたプラゴル勇者の腕を掴んだ。

「えっ何?早速、我輩に迷惑かけてる。頼み事なら他の人にあたって。我輩は忙しいから」

 あからさまに迷惑そうな顔をするプラゴル勇者。そんな態度をされてもオークの姫巫女はめげる事無く掴んだ腕を放さない。

「お願いです私を助けてください。今日私の使命にオークのみんなの未来がかかっているのです。どうかお話だけでも聞いてください」

「なになに!話を聞くだけって新手のキャッチセールスですか?我輩は何も出来ませんぞ」

「とにかくお話だけでも」

 オークの姫巫女は頭を下げながら語りかけるだけだが、腕だけは放さない。その為プラゴル勇者はオークの姫巫女の話を嫌々ながら聞く事になった。


 2

「少子高齢化ね。へ〜オークも大変なんだね〜。まぁ—アレじゃない。あまり悩まない方が良いと思うよ。それと我輩には人間世界の恋の情事は解らないし答えようが無いよ。なぜなら我輩はこうみえて童貞だから!」

 ほぼ話を聞いていないけど出来る当たり障りの無い感想。後、誰がどう見てもこの中年のオヤジは童貞だから最後のセリフはいらないし、自慢げに言うことでは無い。

「そんな事は良いんです。わ、わたしもあの〜オークの雄の人と付き合った事ないので」

 そんな事を少し照れながら言う姫巫女オーク。しかしそれを見てもちっとも何にも感情的に湧いて来ない。相手がオークの雌だけに。

「それよりもこの街で行われている婚活と言うイベントを一緒に見て回ってもらえれば……。私、人間の世界の常識とか色々わからない事が多いので。どうかお願いします」

 見るからにテンションだだ下がりでやる気の無いプラゴル勇者にも丁寧にお願いする姫巫女オーク。しかしそもそも、頼む相手を間違っている。

「なるほど、良く解ったでござる。しかし我輩は帰って一人で火急的すみやかに、いたさなければならない事がありまして。何せ久しぶりに生の女の子とおしゃべりの様な事をしましてですね。あっ、そなたは違うでござるよ、幾ら拙者でもオークの雌をオカズにわって! 痛いっ痛いっ!腕が折れる!何すんだよ!この糞オークッ!」

 プラゴル勇者が断りのセリフを吐く前に姫巫女オークは手に掴んだ男の腕をくの字に曲げる。それに対して大声で罵声を浴びせるプラゴル勇者。興味の無い相手に対しては口が悪い言葉も平然と言う。まぁ相手はオークの雌だけど。

「お願いです!何とは言いません。少しの間一緒に居てくれるだけで良いんです!」

 姫巫女オークも口調は丁寧で優しいがオヤジの腕を力づくで、ねじ曲げ拒否権を与えない。

「わかった!わかった!一緒にいきますよ!てゆーか、いい加減痛ぇーよこの糞オーク。嫌、間違い。オーク様。だから腕を放して、お願いだから!特に右腕は大事なの!」


 そんな感じで姫巫女オークの婚活見学に付き合う事になった童貞勇者。嫌々ながらも先ほどまでいた婚活会場に向かう。そしてそろそろ会場に着く頃合いに唐突に姫巫女オークが喋り出した。

「あーなんかもうすぐ多くの雄雌、あぁ人間だと男女ですか。その男女の恋が生まれる場所に行くとなるとワクワクしますね」

「ああ、そう?何か男女の恋が生まれるというより、権謀術数、ドロドロとした陰謀と欲望渦巻く恐ろしい魔境の様な場所だけど」

「ところで?……あの〜突然で申し訳ないんですが…」

「はいはい、何でしょう?何でも聞きますから我輩の腕を掴まないでね」

「私、今スゴくお腹が減っちゃて。正直、人の恋の情事を見学するどころじゃ無いんですけど」

「あ〜そう。腹が減っては戦ができぬとかいうやつね。てゆうかそれ早く言えよ」

 結局本来の目的は後回しで二人は近くの食堂で食事をすることに。幸いオークの世界の食事と人間世界の食事はたいした違いは無い様で、姫巫女オークは目についためぼしいメニューを次から次へと注文すると、あっという間に全てを平らげた。

 そりゃもう喰う。ひたすらに喰う。さすがのプラゴル勇者も引くくらいに。そして良く喋る。食べながら喋る。オークの雄は乙女心がわかってないとか、デリカシーが無いとか、そのくせむっつりスケベでキモイとか8割がた愚痴ばかり。それを黙って聞くプラゴル勇者はまるで自分の事を言われている様に感じざるを得ない。

 おまけに口の中いっぱいに物を入れたまま喋るモノだから食べ粕がプラゴル勇者の顔面に向かって飛んで来る。

 気がつけばプラゴル勇者の顔は食べ粕だらけ。

「わかった!わかったから口に物を含んだまま喋るのを辞めて!」

 プラゴル勇者の悲痛の叫び

「あ、すみません。つい興奮しちゃって。ところであなたは何か食べないのですか?今日は私のおごりです」

「ああ、きょ、今日はいいや……」

 普段は食欲と性欲そして睡眠欲しかない元引きニートも姫巫女オークのあまりの食べっぷりにすっかり、その全ての欲が吹っ飛んだ。

 出て来た大量の料理を僅かな時間で全て喰い尽くした後、姫巫女オークは満足したのか少しおとなしくなった。

 その後ちょっと頬を赤く染めながら恥ずかしそうに言った。

「あの〜私。お花を摘みに行ってきます」

 そう言って彼女は席を立ちトイレに向かった。

 そんな様子をみて、(なんだ、幾らオークといっても雌は雌。人間の女性と同じく恥じ荒いがあるもんなんだな)などとプラゴル勇者は思う。

 そしてしばらくするとトイレのある奥の方からドッカーンと建物を大きく揺らす様な音が響く。食堂に居る全員が(なんだ!?何が起きたんだと?)辺りをキョロキョロと見回す。と同時にプラゴル勇者は背筋に悪寒がはしる。

 その後食堂が平静を取り戻した後、スッキリした顔をした姫巫女オークが現れた。

「お待たせしてごめんなさい。じゃあ早速ここを出て向かいましょう。あっお会計は私が出しますので、御心配なく」

 そう言われたプラゴル勇者は(そりゃ当たり前だろ、お前しか食ってないんだから。それに我輩はお前の彼氏でも友人でもなんでもないのに何故金を出さなきゃならん?)

 と思ったが怒らすと怖そうなので声に出しては言えなかった。

 そして二人が会計を済ませ食堂を出ようとした時、奥の方から食堂の従業員らしい人物の声が聞こえる

「誰だ!うちのトイレにとんでもなくデカイ物をいたした奴は?デカすぎて流れないじゃないか!」

 そんな声が聞こえたが二人は何食わぬ顔で食堂を後にしたのだった。


 そして婚活会場の広場に着いた二人。そこはとある勇者がもたらした混乱も納まり若い男女の賑やかな交流で盛り上がっていた。

「わぁ、人がいっぱいですね。ところで何だか良い匂いがするんですが、何でしょう?」

 広場の周辺はそれを囲む様に屋台やオープンカフェやビアガーデンなど多彩な飲食店が並んでいた。

「ああ、あれね。何て言うの、飲み食いしながらの方が会話の間が持つだろ、それに酒がはいれば、酔ってテンション上げて誤魔化せるし、そんな感じじゃね」

「なるほど!そう言う事なんですね。勉強になります!では早速どんな物なのか頂いてみましょう」

「えっ!君さっき食べたよね?」

「大丈夫です。こう言うのは別腹なんです!」

(いや、どんな腹の構造していたらそんなに食えるんだよ。もう別腹とかの次元じゃなくてブラックホールだろ)

 そう言って姫巫女は男女の恋の情事そっちのけで食べ歩きを始めたのだった。


 そりゃもうひたすらに食う。そして飲む。あげくの果てに

「何かお酒が入ると何でも美味しく感じますね。それにアルコールに酔ってるからか、全然お腹が満腹にならない」

 それに付き添うプラゴル勇者は歩きすぎて(普段の彼の生活からすれば)足がもうガタガタ。悲鳴を上げていた。

「もう、ちょっと休もう。今日は朝から散々だ」

「あっごめんなさい!つい人間世界の恋愛のハウツー研究に夢中になちゃって」

 姫巫女オークは照れながら言う。だがその態度もプラゴル勇者には腹立たしかった。そして心の中で思う。(何が研究だよ!お前食ってただけだろ!)

 その後ようやく広場に設置してあるベンチに腰を下ろす二人。


 腰を下ろしたベンチで息も絶え絶えなプラゴル勇者に対して、姫巫女オークは上半身の服をたくし上げ食い過ぎで膨れたお腹を出して右手で擦りながらこう言う。

「見てください。食べ過ぎてこんなにお腹が膨れちゃいました。何か…お腹の中に赤ちゃんが居るみたい♡」

 そう言って笑顔でハニカム姫巫女オークに対して、プラゴル勇者のは例えようも(なぜだか背筋が凍る)無い寒気と恐怖が背中に走る。


「そ、そんなことよりもさ、お腹が一杯になったことだし、そろそろ人間の恋愛の研究をした方が良いんじゃないかな?」

 何とも言い表せない雰囲気を変えようとプラゴル勇者は乗り気ではないが姫巫女オークに本来の目的を即す。

「ああ、それはもう良いんです。私分かったんです」

「えっ、何が?」

「恋をするという事がです!」



「えっそうなの?よっ、良かったじゃん!じゃあ君は故郷に帰れるね。それじゃ我輩も帰るから。それじゃぁ!」

 そう言いながら立ち上がり帰ろうとするプラゴル勇者を姫巫女オークが引き止める。そして顔を真っ赤にして叫ぶ。



「私、人間のあなたの事が好きになっちゃたみたいなんです!」





 3

 オーク辺境国の中心部にある大神殿は大勢のオークの雄の熱気でむせ返っていた。なぜなら国中に姫巫女からの緊急発表会があると報せがはいったからだった。

 五万を遥かに超えるオークの雄達。その彼らが注視する中央ステージの壇上をスポットライトが照らすとそこには只一人魔王軍幹部四天王の暗黒騎士が立っていた

 再び姫巫女に会えると期待していた雄達の群衆に僅かだが動揺が走る。

だがその動揺を打ち消す様に暗黒騎士はその背に背負う大剣を抜き高く掲げるそれと同時に大声を張り上げた。

「勇猛勇敢なオークの戦士諸君よく集まった!今日は他でもないお前達の希望であり生き甲斐でもある姫巫女の重大な知らせで集まってもらったのだ。しかし、残念ながら姫巫女はここには居ない。嫌今この国にはいないのだ!」


 その事を聞いた雄オークの群衆は戸惑い静まり返る。

 本来ならこの時点で飢えた雄オーク達のブーイングが起こるはずだが、壇上に立つ暗黒騎士は魔王軍幹部。それゆえ皆苛立つ気持ちを押し殺していた。

 その様子を一瞥し暗黒騎士はさらに演説を続ける。

「だがオークの雄達よ!心配する事は無い……」

 そう言うと暗黒騎士はその懐から以前姫巫女に渡したネックレスと同じ物を取り出した。

 これはだだのネックレスではない。これを身に付けている者の居場所を特定し映し出す物だ。そして今これと同じ物を姫巫女が身に付けている。


 そう言った暗黒騎士はステージの端に待機していたスタッフに合図を送る。

 するとステージ壇上奥と神殿の観客席の左右の壁に巨大な白い幕が降ろされた。それを確認した暗黒騎士は満足そうに頷き叫ぶ。


「さぁ見せてやろう我が秘術の魔法を!」


「いでよっ!そして現せいかなるプライベートも大衆の前にさらけ出す恐怖の魔術!

シュウカン、ブンシャウ!プライデー!パパラッチォー!」

 瞬間、大きな呪文の声と共に巨大な白い垂れ幕に姫巫女が映し出される。


 それはまさに彼らの姫巫女オークと中年勇者が婚活会場で食事を(食っているのは姫巫女だけだが)している所だった。

 一瞬の姫巫女を見た事での驚きと歓声。しかしそれは戸惑いに変わった。

 その戸惑いは暗黒騎士もだった。なぜなら姫巫女が一緒に居るのはこともあろうか、この間ゴブリンの大軍を一人で壊滅させた勇者だからだった。

 しかし暗黒騎士はすぐに冷静さを取り戻し逆に薄ら笑いを浮かべる。

(偶然とは言えまさに天命。さすが勇者といった所か。)


 その後、静まり返るオークの雄の群衆を満足そうに見回した。


「ふふっお前らが動揺するのも無理は無い。現実は常に残酷だ。今でもお前達が思い憧れている姫巫女はあのお前達の宿敵である人間の勇者と奴らが開催している婚活パーティなる場所で、仲睦まじく逢い引きをし、食事を楽しんでいるのだからな…」


 暗黒騎士の残酷な宣告によって会場は未だかつて経験したこの無い様な暗い雰囲気が支配する。


 その様子を無視して暗黒騎士は演説を続ける。

「かつて異世界より召還された魔王様に仇なす勇者は常に身の回りに数多くの異性の同行者をはべらしていたという。

 それこそ女といえば何でも。人間族に飽き足らずエルフや猫耳を持った獣人族。はたまた天使や女神まで……見境無く」


「しかも今度召還された人間共の手先はオークの雌、事もあろうかお前達の姫巫女までその性欲の魔の手を伸ばしたのだ!」

『ぎゃああああああああああっっ———————!!!!!!!!!』

それを聞いたオーク達は絶叫と怒号、悲鳴を上げる。中には取り乱し泣き叫ぶ者も居る。


「そこまでだ!軟弱者ども!」

 暗黒騎士は誰もが戦慄を覚える様な怒鳴り声をあげ、同時にその大剣を地面に突き刺すとそれを合図にステージ前面と会場の出口に大量の武器が運び込まれた。

「虐げられたオークの雄達よ!怒れ!今こそ戦の時だ!その武器を手に取り人間共とその勇者に復讐の血の雨を降らせるのだ!怒りと憎しみで奴らの色欲の世界を蹂躙するのだ!」


『うおぉぉぉぉぉぉ—————————————————!クソ勇者を殺せ—————!八つ裂きにしろ——————————————!』

 その声と共にオークの群衆は大声を上げ、その目は怒りに燃える真っ赤な炎となった。

 そして怒りに我を忘れ狂戦士と化したオーク達は怒濤の如く目につく全てを破壊しながら勇者の居るセンタール王国首都パラゼイム向け怒濤の大進軍を開始したのだった。




 4

 狂気に狩られたオークの大進軍が開始された頃、婚活会場でいきなり愛の告白を受けたプラゴル勇者は全身に言い知れぬ悪寒を感じていた。

「はぁ?いくらなんでもこんな短い間とこの状況でお主が我輩を好きになるとか、ありえんて!」

(チョロイン! いや、超チョロイン!?こんなに簡単に早くフラグがたったらゲームにならんだろ! オークの雌だけど……)


「あのあの、勝手に盛り上がってる所悪いんだけど、会って半日も経ってないし、我輩の名前も聞いてないのに告白されてもさ、何が何だかさっぱり。ていうか我輩何かしましたか?一体我輩の何処をどうやって好きになったのやら……」


 そのプラゴル勇者の問いにオークの姫巫女は恥ずかしそうに身体をくねらせモジモジしながら答える。

「何が好きになったて、そりゃもう全部です!」


「全部って、スゴい高評価。もしかしてオークは人間とは評価の基準が違ったり?」

 それに対して姫巫女の目は恋する乙女のそれで目をうっすら潤ませ頬を僅かに紅く染めながら言う。

「人間の恋の基準はわかりませんが、例えば……そう!仕事ができなそうというか、職に就いてもすぐ辞めそう。将来性がまったく無い感じ。

身体を動かさないというか、動けない。一日中部屋にこもって寝てばかりの様な筋肉が少なくて贅肉だらけのだらしない身体。清潔感を通り越して全てを諦めたその薄くなった頭髪。ねじ曲がった性格をそのまま表した様な不細工な顔

あとギャンブルしそうというか、いつも大金負けて愚痴ってそう。それでいて金払いはケチケチで金銭感覚色々おかしい感じ。

外ではコミュ症、怯えて無口なのに家の中では内弁慶で怒鳴り散らしている感じ。その〜弱い者には強く、強い者には弱い、その卑屈で卑怯な感じのそんな全てです」


「へ〜そうなんだ。それが我輩を好きになった所なんだ。うん、大体合ってるかな、その評価。って、お前我輩を馬鹿にしてるだろ!大体そんな理由で他人を好きになるのかよ!」


 それに対して姫巫女は静かに頭を横に振る。

「私、わかっちゃたんです。恋は頭でする者じゃなくて、こことここでするもんなんだって」

 そう言いながら姫巫女は右手を胸に当て、何故か左手で下腹部を撫で始める。

それを見て得体の知れない恐怖を感じるプラゴル勇者。


 その後姫巫女は頬を赤らめ恥ずかしそうにもだえながら言う。

「やっぱり雌って駄目な雄に弱いんですね。何て言うんですかね。良く言うダメンズウォーカーみたいな。それにダーリンの名前なんかどうでも良いです」

「えっ名前がどうでもイイとか意味解らん。あっちなみに我輩の名前は木喪杉 夫太郎と申しますが……」

「キ・モ・ス・ギ……なんか、ダーリンの名前も気持ち悪過ぎてカッコイイ……キモちゃん♡」


「いやいや、気持ち悪過ぎてカッコイイとかも意味解らん。あと、キモちゃんて。その呼び方キモイから辞めて。それに駄目な雄に弱いとか、そんな理由じゃ幸せな生活送れんて!よく考えてみて」

 この期に及んでその人生で最もまともな事を言うプラゴル勇者。


「幸せな生活……。そうそれなんです。雌に取っての幸せ。それは真の愛に出会う事。それに……ダーリンの前だと素の自分ありのままの自分で居られる」

 それを聞いたプラゴル勇者は思う

(我輩を捕まえて真の愛ってなによ。その前に素の自分ありのままっていや、少しは自重しろよ。いやマジで……。オークの雌でもさ……)


「いや、我輩はお主が考えているよりもっと駄目だよ。なんていうの?こう……。そうっ生活力ゼロだから。生活に必要な稼ぎを稼げる自信まったく無い」

 さらにここへきてかつて無い程冷静で正確な自己分析を手に入れたプラゴル勇者。その分析を聞いても姫巫女は意に介さず首を横に振った。


「そこは大丈夫です。私が養うし欲しい物だったら何でも買ってあげられる。仕事もしなくて良いし、家事も全て私がやるからあなたは只居てくれるだけで」

(なにこれ、もしかして超優良物件!?オークの雌だけど……)

 

「えっそれマジでいってる?我輩本当に何も出来ないし、一緒になって家庭に入ったら真面目の真人間に変わるとかまったく期待出来ないよ」

 そう言って戸惑うプラゴル勇者に姫巫女は照れながら言う

「その代わり夜は寝かさないわよ♡」

(デッドオアアライブ、生か死か!オークの雌だけに……)

「子供は最低20人以上つくりましょう」

(死ぬ確実に死ぬ 干涸びて精も根も尽き果てる。オークの雌に殺される)


(いやいや、異世界に来てオークの雌の無尽蔵な性欲に殺されるってどんな転生物語だよ。その前に我が愚息がここへ来て大活躍、無双するのか!?って実戦経験ゼロだよ我が愚息。確かに模擬戦だけは百戦錬磨だけど……。というか、すでに戦意喪失状態なんですけど。

 だめだ!頭が混乱して思考が意味の分からん方向に。とにかくここは穏便にお断りを入れて我が愚息の貞操を守らなければ。超絶マニア向けの同人誌になってしまう!その前にそんな同人誌あったけ?)


 とまぁ僅かの時間で妄言が駆け巡る。その間に全身を覆う恐怖から僅かながらの勇気を取り戻し、恐る恐るありったけの低姿勢でプラゴル勇者は声を出す。


「ほらっあの〜もっと冷静になって考えて。やっぱりそうっ一時の気の迷いというのもあるし。昭和の時代の週刊少年漫画のラブコメじゃないけど、出会ってすぐ好きだの何だの告白したら、物語り終わっちゃうよ。そうなったら後はパンチラとかパイチラとか唐突の下着や水着回とかちょっとエッチなお色気ファンサで繋ぐしか無い。連載終っちゃうから」

 だけど結局何が言いたいのかわからない。これぞオタクのおっさんあるある。


 そう言われた雌オークは恋するオークの乙女の表情からしだいに憤怒の表情に変わり、両肩が怒りで震え出す。


「冷静になれって?なんじゃワレ、ワシの頭が逝っとると言っとんのか!このクソジジイっ!ブチ殺されテーのかっあ〜?」

 そう言いながら勇者の胸ぐらを掴み持ち上げ、ブンブンと力一杯揺さぶる。

「ごっごめん…なさい。ゆる…ちて…息が、出来っ…ない。し、死ぬ…」

 プラゴル勇者絶体絶命の危機。最強、恐怖の魔王から世界を救う為に異世界に召還された勇者。その勇者は早速、痴情のもつれでその命を失おうとしていた。



 4

「勇者様!そこにいらしたのですか!」

 そんな時、何処からとも無くプラゴル中年男性を勇者と呼ぶ声が聞こえる。  プラゴル勇者は何とか声の方に視線を送るとそこには少し前にはぐれた(見放した)若き従騎士が居たのだった。

 その若き従騎士は腕組みをしながらボソボソと独り言を言いながら近づいて来る。

「いや〜大変でしたよ。婚活イベントの運営の人に変な誤解をされちゃって。君みたいな少年はここに居ちゃいけないって。ここは成人指定R−18だから。って?勇者様のお側に居るふくよかな女性は一体……」

 そこまで言った従騎士は立ち止まると、パチンッと両手で鳴らし何か気がついた様に言う。

「さすがは勇者様。もうお目当ての、いや…生涯を共にする運命の伴侶を見つけたのですね!」

 そう言われた姫巫女は掴んだ胸ぐらを放し、頬に両手を当てもだえながら恥ずかしそうに言う。

「やだ、この若い騎士ちゃん。運命の伴侶だなんてお上手ね。私達まだ出会ったばっかり」(この時プラゴル勇者は首を縦に振る)

「それに付き合い始めたばっかり」(プラゴル勇者は必至に首を横に振る)

「このお腹に宿った新たな命について話していただけよ」(全身で否定リアクション)

「えっまさか!嘘っ!一体どうやってこの短時間で?!そこまでいっちゃうととは!流石は勇者様!恋も無双ですね。すごすぎます!」

 そりゃもう、目をキラキラさせて驚く若き従騎士。(色々常識感覚おかしい。)

 しかしその従騎士のおかげでなんとか一命を取り留めたプラゴル勇者。彼はゆっくりと立ち上がると、従騎士の肩に手を置いて言う。

「今からお前に最速の恋のハウツーとはどんなモノか見せてやろう。ハァハァ」

「えっ早速ここで?こんな公衆の面前で……!?」

 その目は尊敬の眼差し。

「もうっ♡ダーリンったら、スゴく大胆っ♡」

 この雌は雌でまんざらでもない感じ。まさに恋は盲目の暴走列車。

 その後、僅かな沈黙。しかしプラゴル勇者は力一杯従騎士を姫巫女に向けて突き飛ばしたのだった。その隙をついて逃げ出すプラゴル勇者。

「さらばだっ!!」

 プラゴル勇者の勇者はそう叫びその場から遁走したのだった。



「おいっ!クソジジィッ!何処いくつもりじゃい!まてやこらぁ!」

 姫巫女は怒鳴り声を上げると目の前を塞ぐ従騎士をまるでゴミの様に蹴り飛ばす。

「ぎゃふんっ!」恋の修羅場に巻き込まれた若き騎士は声にならない声を発しって口から泡を吹いてそのまま意識を失った。

 背後で聞こえる従騎士の断末魔の叫び声を完全無視し、只ひたすら逃げるプラゴル勇者。

「やばっ!このクソオークっステバグッてる」

 咄嗟の本能で自らの身体能力では逃げ切れないと悟り、恋を探す男女で賑わう婚活会場の群衆に紛れ込もうと突撃する。

 しかし大勢の男女の輪に近づいたとたん「きゃ————!さっきの変質者———!」

と叫び声を上げられる。

「おっなんだ!なんだ!」女性達の悲鳴を聞いた男性達数人がここぞとばかり女性達に良い所を見せようといきり立ち、プラゴル勇者の前に立ちはだかる。

「貴様はさっきの変質者!まだこんな所でうろついていたのか!」

「いや、我輩はストーカーに追われてまして……決して怪しい者では」

「なにいってんだ!ストーカーも変質者もお前だろ!」

 あっという間に屈強な男共の集団に取り囲まれ、勇者絶体絶命の大ピンチ。

 その時背後から大声が聞こえる。

「あたいのダーリンに何やってんだこらッ!クソガキ共!」

 恐ろしい程の速度で近づいて来る、怒りに震えた鬼の形相の姫巫女オーク。(当然プラゴル勇者の勇者以外他の人間には少し体格の良い女性にしか見えない。怒り狂っているけど)

 そして近づいたと同時にたちまち姫巫女オークと屈強な男共が大乱闘。男女の新しい出会いと愛を育む婚活会場はたちまち飛び散る鮮血で血の海に染まるのだった。

 当のプラゴル勇者は誰にも殴られていないし勇者の鎧のおかげで怪我一つしていないのにあっさり気絶。ついでに鎧の下に履いている白いブリーフを少し黄色く染めていた。そう、この勇者も例外ではなく年を取るにつれ尿道が若干緩いのだった。


 たった一人のふくよかな女性に木っ端みじんにやられる男性諸氏。それを見ていた女性陣は地面に倒れ伏した男性陣を励まし癒すどころか急激に冷めて行き、冷たい言葉を吐き捨てる。

「弱っ、ダサっ」

「なんだよぉ〜お前達の為に戦ったのに〜その言い草はよ〜」

 半分泣きべそをかきながら抗議する男性陣。

「やだっ!頼んでも居ないのに勝手にいきり立って、向かって行ったのはあんた達でしょ。それにまだ彼女でもないのにお前呼ばわり辞めて、男尊女卑なんて時代じゃない」

「ところであの女の人スゴい!一人で一騎当千、次から次へと男共をバッタバッタと!やっぱ女はあーじゃなくっちゃね!」

 そう指摘された姫巫女オークは会場関係者の警護の男性達と乱闘していた。

 それを羨望の眼差しで見る女性陣。涙をたたえ怯える男性陣。こうして婚活パーティはあらぬ方向へと盛り上がって行くのだった。





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