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プラゴル勇者二章  胸の谷間滑らか

 プラゴル勇者二章 

 1

 キングパーレス城の王宮にある王女の寝室。その寝室のベッドでセンタール王国の王女オルフェ・パイルデケェは静かに眠っていた。

 謁見の間の事故により怪我をして意識を失った王女はその後、僧侶達の懸命な治療により怪我は回復。しかしその後も意識が戻らず三日三晩眠り続けたのだった。

 その3日後の朝、寝室の窓から朝の光が王女を照らし、長い眠りから彼女は目を覚ます。

「うっ……う〜ん」

 王女は静かに目蓋を開けるとゆっくりと身体を起こした。そして静かに辺りを見回すと、側に控えていた侍女に声を掛ける。

「おはよう……。私はどうしてここで寝ているのかしら……。確か私は勇者を謁見の部屋で待っていたはず…。でも記憶がそこから突然途切れて……」


 その問いに侍女は恭しく頭を下げるとゆっくりと答えた。

「おはようございます。王女様。お体の具合はいかがですか?ところで、ご質問の件ですが……。あの……王女様は謁見の間であの豚っ!…失礼。あの勇者が姫様の前で転び、互いに頭を打つお怪我をなされたのです…」

 そう言われた王女は少しうつむき、すこし悲しそうな顔で語り出す。

「そうですか……それで私は少し記憶が失われてしまったのですね。勇者様に失礼な事をしてなければ良いのですが……」

「それよりも王女様。自らのお体を心配なさってください。お眠りになっている間も何度もうなされていてとても心配でした。」

「そう言えば…とても悪い夢を何度も見ていた様な。とても…とても醜い魔物が私の顔にお……おならを……とても臭いおならを……」

 そう言いながら王女は僅かに震えながら青ざめた顔を両手で覆った。

「王女様…お気を確かに」

 侍女はそう言うと王女の背中を優しくさする。


 しかし、しばしの沈黙の後王女は少し頬を赤らめ言った。

「ところで勇者様はどんなお姿なのでしょうか?やはりたくましく凛々しい方なのでしょうか?」


「はぁー?」

 さすがの侍女もそれ以上言葉がでなかった。



 2

 一方その頃召還された木喪杉夫太郎は城の王室が住む場所から最も遠い狭く粗末な部屋で、特に用事がない限りは部屋から出無い様にと言われそこですごしていた。

「暇だ……せっかく勇者として異世界に召還されたのに何この待遇。これじゃあエッチなパイ乙の王女との出会いも台無しだよ」

 勝手にどうでも良い期待をして意味不明な出会いを期待するプラゴル勇者。

そもそも元の世界でまともに異性と喋った事も無いのに異世界で何が出来るというのか謎である。


 王女に対する非常に無礼な行為のおかげで半ば軟禁状態の中年男性。最初は英雄なのにこの待遇とはと、いささか不満を覚えたが生活に必要な物は何でも用意してくれたので、すぐにその不満は消えた。

 体よく言えば異世界に来てまで早速元のヒキコモリ生活に戻ったのであった。

 とはいえここは剣と魔法の中世に似た世界。テレビやスマホも泣ければゲームやネットも無い。

 幾ら衣食住が完備のヒキコモリ生活とはいえ何もする事が無ければそれはそれで苦痛である。

 部屋のベットで横になりながら独り言を呟くプラゴル中年。

「マジ……やる事無い……。あぁ〜でも期待していたのとは違うけど、ちょっと良かったな〜」

 そんな中、偶然の事故とはいえ異世界のうら若き王女の顔面に直撃で放屁をするという展開に思いを馳せる。(絶対、王女チャンは我輩の屁の虜になってる)

 そう妄想にふけるなか、なにを考えたのか自らの尻に手をかざすといきなり屁を放つ。

 『ブッ!』

 と同時にその手で屁を握ると自分の顔面の前で握ったそれを解放する。直後鼻の穴を大きく広げ大きく吸い込み独り言を言い出す。

「これが王女ちゃんの嗅いだ屁と同じ臭いか〜……。そう思うとちょっと興奮…。うっ!臭ぇ!ゲホっ!ゲホっ!まじで臭ぇ!オェ〜!」

 その後ひとしきり咳き込み嗚咽を上げ、落ち着くと一人感想を語った。

「さすがにこれは……。幾ら我輩の屁とはいえいくらなんでも……。でも…ちょっと癖になるかも……」

 異世界に来て早速あらたな性癖に開眼し始めるプラゴル中年の勇者であった。


 3

 世界の命運をかけて召還した勇者が新たな性癖に目覚めていた頃、王宮にある会議室の円卓には国家の首脳陣が集まり今後の事を話し合っていた。

 その議題は主に復活を遂げた最強の魔王に対抗することと召還された勇者の今後の処遇に関するものだった。

 だが皆、その二つの問題に頭を抱え議論の結論は一向に出なかった。その一つに復活した魔王はさておき、怪しい中年男の面倒など誰もみたくはなかったからだ。

 「はぁ〜」

 重い沈黙の中そこに集まった全員がため息をする。

 元の世界でも社会不適合者の中年男はこの異世界でも厄介者扱いだった。

「ところで騎士団長はこの場に居ないがどうしたのかね」

 国の宰相いわば王女の腹心が皆に尋ねる。その問いに騎士団長代理としてその会議に出席していた騎士が答える。

「騎士団長はあの謁見の間の事故の直後、口から泡を吹きながら気を失い倒れてから未だに目覚めていません。今現在もベッドの上で悪夢にうなされているのか、時折悲鳴をあげてます」

「そうか……騎士団の取り纏め役でもあり、責任感と面倒見の良い彼ならあの勇者の面倒を見てもらうには適任かと思ったが。無理そうだの」

 全員が沈黙する

「それなら一つ提案が……」

 大貴族の一人が声を上げる。

「私の知り合いの貴族のご子息にこの度、騎士の資格の得る為に田舎から従騎士としての士官を希望している者がおります。」

 そこまで言うとその大貴族に皆の注目が集まる。

「やる気と気概は有るのですが、騎士もしくは戦士としての素養に多少問題が…。それでこれから訪れるであろう戦乱を前にどの騎士も彼を従騎士として面倒を見るのを躊躇しておりまして…。しかしその青年ならば…」

 その発言に他の貴族が語り出す。

「どの騎士も弟子として、いや従騎士として彼を召し抱えるのを拒んでおるのだろう…。そんな若者をあの豚……ゴホンッ失礼、あの勇者に使えさせるのは無理が有るのでは無いかね」


「たしかに…。ですが、まだ我々の常識に捕われていない純粋な彼ならば異世界から召還された勇者の非常識……。ゴホンッ失礼、異世界の常識にもすぐに慣れ対応できるのではないのかと」


 そこまで聞いた皆が考え深げにうなずき始める。ていうか、あの勇者を押し付けられるなら誰でも良いし、めんどくさいからもうそれで良いんじゃねみたいな感じで…。

 そんな空気を察してか宰相はその意見に頭を大きく縦に振ると決断する。

「よし、それではあの勇者の身の回りの世話とお目付役は若き従騎士に任せるとしよう。それに、くれぐれも勇者を王女に近づけない様にしてくれ。後なるべく城外にも出さない様に。これ以上予想外の問題を起こされてもかなわないからな」

 

「しばらく様子を見て今後の勇者の処遇と決め、魔王に対する対抗策を考えるという事でよろしいのですね」


「そうだ。そうするしかあるまい」


 こうして一応首脳陣の会議は終了したのだった。



 4

  そのころ勇者のいる居室では

「くらえ!」 ブッ 「これでもかっ!」 ブ〜ッ!

「まいったか!」プゥ〜 「やべっ、危うく後ちょっとで中身が出そうだった」

 などと一人部屋で王女の顔に向けて屁をかける鍛錬をする中年勇者がいた。

 まさにこれも性欲のなせる技。これだから未だ王女も悪夢を繰り返し見る訳である。

 そんな時、唐突に部屋の扉をノックする音が聞こえる。

 瞬間、プラゴル勇者の心臓は驚きでビクッ!と高鳴る。なぜならかつて元の世界で一人秘め事に興じている時にかぎって彼の母親の襲来があったからだった。

 その時の気まずさと言ったら、そらもう……無様である。

 

 しかし幸いな事にここでは一応の勇者に対する礼儀があるのか、勝手に扉を開ける事は無く、プラゴル中年が許可を与えるまで扉が開く事は無い。


「は〜っまったっく誰だよ、こっちは忙しいのによ〜。飯の時間はまだ先だよね」

 過去のトラウマを思い出した事によって、瞬間冷却の様に興ざめしたプラゴル中年の勇者は乱れた身なりを整えたつもりの行動をして、ゆっくり扉を開ける。

「はいはい、誰ですか?今開けますよ」

 見るとそこには金髪碧眼で年齢は14、5歳ごろ、華奢でひ弱だが美少年の騎士が立っていた。しかも貴族出身で純真だが世間知らずという感じのオマケ付き。


 その美少年は扉の向こうの怪しい中年男性と目が合うと、勇者の従騎士となる指名を受けたことによる歓喜と希望に満ちた表情で声を上げる。

 「失礼します!初めまして勇者様!ワタクシは今日より勇者様の従騎士エクスワイアとして警護と身の回りの世話をする事になりました、今年で年齢18歳になるショタイン・ナヨティーンと申します。よろしくお願います」

 そう言いながらす実年齢より幼く見える青年騎士は深々と頭を下げた。


 しかしその姿を見たプラゴル勇者は少し驚いていた。

 なぜならここはいわば中世の様な魔法と剣の世界。ここにいる騎士と言えば皆、洋ゲーで出て来る様な髭が生えていたり、筋肉隆々の厳ついオッサンばかり。(木喪杉夫太郎は基本オッサンばかりの洋ゲーはやらない派、萎えるから。)

 ところが目の前に居るのはいかにも和ゲーのそれで体格は華奢な青年だった。しかも若干ナヨナヨしてる。

 (この城の人は自分の性的趣向を勘違いしているのではないか?我輩は至ってノーマルだよ)


 などと勝手に自分を普通などと思うと同時に、(まて、ここは普通若い女子が来て仕えるはずだろう常行)

 さすがにいくらこの異世界でも怪しい中年男性の所に若い女子を仕えさせる訳が無いのにこの思考。(ちなみにこの中年男は基本、美少女キャラしか使わない派、萌えるから)


「で、何しに来たの?君、それと我輩はそっち系のBLとかショタコンのジャンル好きじゃないけど……」

 出会って早々中年男は冷めた表情で意味不明な質問する。しかし空気の読めない青年従騎士は直立不動、笑顔で答える。


「はっはい! で、出来る範囲で勇者様の身の回りのお世話をする様に言われて参りました!」

 それを聞いた勇者はため息をつく。

「あっそう。じゃあさぁ〜暇でやる事無くてさ。なんか面白い事無い?例えばそう、ゲームとかさ…」

 そう言われた若き従騎士は少し考え込んだ。そして答える。

「トランプとかどうでしょう?」

「はぁ?何故にこの年になって、この場所で男とトランプなんかやんなきゃなんないんだよ。麻雀ゲーじゃないけど、賭けの勝負で脱衣が有る訳じゃないのにさ」

「賭けの脱衣ならやりますが……」

 少し照れながら従騎士は言う

「いや、そういうんじゃないよ!女の子の事!」

「それではチェス等どうでしょう。賭けの勝負で負けたら脱衣で」 

「だから、脱衣は関係無いんだよ!お前男だよな、マジよく考えろよ!」

 ここで勇者はさらに深いため息をついた。

「いやだからさ、男二人でこんな部屋で黙々と黙ってやるゲームなんかやったて面白く無いだろ。なんか……そう。こう、盛り上がる事が良いだろ」

 そう言われた若き従騎士はまた少し考え込んだ。そして答える。

「それでは相撲なんかどうでしょう。盛り上がります」

「なんでこんな所でお前と相撲やって盛り上がんなきゃなんないんだよ!」

 また少し照れながら従騎士は言う。

「脱衣してできますが。本格的に」

「えっ!ここでいきなり本格派を気取ってどうすんだよ!それに脱衣は関係無いんだよ」

「それではプロレスリングなんかどうでしょう。盛り上がります」

「だから脱衣は関係無いんだよ!」



 そんなこんなで初対面の青年従騎士と脱衣する、しないで一悶着揉めた後、変な意味で前向きな相手に疲れ果てプラゴル中年勇者は力無く言った。


「あーもう判ったからさ、もういいよ、ね。何かこーさ、読む物とか無い?取りあえず一人で時間がつぶせる様な物」


「それならばこの城内に王立の図書館が有ります」

「あっそう。でどんな物があるの?面白そうな物がある?」


「魔法書や実用書やその他、歴史書などそのジャンルは多岐に渡ります。

特に王女様がこの国の歴史書が好きで、良く読んでいると聞きます」


「へ〜なんで?王女が歴史書なんか読むの」


「それはまさに数多くの冒険譚。この世界を救った異世界から来た勇者英雄達の物語だからです。」

(いいね。その話題をネタに王女とお話して盛り上がれんじゃん)

 そう邪な思いを抱きながらも努めて冷静にプラゴル中年は依頼した。


「ほぅ面白そうじゃん。じゃぁそれをいくつか持って来てくれる」


「畏まりました!勇者様」


 しばらくすると青年従騎士は山の様に積まれた本を台車に積んで戻って来た。

「おいおい、これ全部そうかよ」

「これでもまだほんの一部ですが、よろしければ追加で取りに行ってきますが」

「いや、いいよ、これで。そもそも動画派なんだよね我輩。まぁ暇だからいいけどさ」


 そしていくつかの本を手に取ると横になったり何かを食べながらだったりしながら読書を始めたのだった。

 そりゃもう、必至。こう言う時に発揮される引きオタの集中力で次々と読破して行く。

 その間数時間の沈黙の時間が流れる……


 そして……。


「ふっざけるな—————————————————————————————————!!!!!」

 突然、プラゴル中年は有らぬ声で怒りの声を上げる。


 勇者の大声に狼狽する従騎士。

「とっ……突然大声を上げてどうかいたしましたか勇者様?でっ…出来れば感想等を話して頂ければ、僕すごく今後の参考になると思うんですが…」


「全然駄目! ものすごく駄目!もうこれ、バグレベル!」

「何が駄目なのでしょう……。それに…バグって?」

「我輩の異世界転生、何も無い。何も無いんだよっ!チートやお色気要素が!」

「この歴史書に出て来るヒロインみたいなオッパイ大きいケモ耳少女や、エッチな恰好の女神とか、どじっ娘の天使とか全然居ないじゃん!」


「それにさ!我輩には全然チート要素が無いんだけど!万能スキルとか!タイムループの能力とか!変身能力とか、もうねその他色々!」


「後、転生前は同じ無職ニート中年なのに俺だけ見てほら、オッサンのまま。主人公要素皆無なんだけど、どう言う訳?」


「もうね!何処にクレーム入れれば良い?あの老いぼれの魔法使いか?王女様か?それとも異世界の神様仏様天使様?そいつら何処に居るの!それかどこぞの運営にクレームか?」

 プラゴル勇者はひたすら意味不明な不満を大声で叫び、呆然とする従騎士に唾を飛ばし続ける。

 その後、急激な怒りと興奮で持久力が切れたのか、ゼェゼェと肩で息をした後、深いため息をついた。

 そしてプラゴル勇者は自分の頭頂部をさすり始める。


「あ〜あとこの頭を見てよ……。まったく復活して無い……。こんな寂しい状態じゃ異世界ハーレムライフ送れない……」

 多分問題はそこだけじゃ無いのだろうが、彼にはそこの部分が重要らしい。


「もうっいいっ、こんな世界どうなったってシラネ!寝る!ふて寝する!

こんな世界、勝手に滅んでしまえ!」

 そう言うと彼は飛び込む様にベッドに横になるとそのまま布団にくるまった。


 熱心に歴史書を読んだら突然意味不明な不満を捲し立て、更にはいじけてふて寝する勇者に戸惑う事しか出来ない従騎士。

 ましてや年齢が二周りも年上の中年に対してかけることのできる励ましの言葉も無い。


 やる事が無くなった従騎士は仕方なく部屋に有った椅子に腰掛け途方に暮れる。

 そんな中、静まり返った室内になったことで、すぐ近くの城下町で繰り広げられる若い男女の賑やかな会話が聞こえる。

 しばらくするとベッドの上でいじけていた中年男性は飛び起き喚き始めた。

「あーっもう、うるさいなー!これじゃあ眠れない!せっかくこっちが夢の中だけでも女の子達とイチャイチャしようと思ったのに邪魔するなよ!何やってんだ外のリア充達は!」

「あ、アレはですね、これから魔王との戦いを前に戦意を高める為に男女の出会いの場をもうけるイベントを王国政府の主催で開催しておりまして」

「なにそれ?戦いを前にって?死亡フラグを立てるイベント?婚活パーティ?お見合い?こっちは部屋で引きこもってオ◯ってたていうのに!声もかけて貰ってないじゃん」

「勇者様は大事な身、もしもの事が有っては困るという王国の判断だと思います、はい」

「もしもの事って、婚活パーティで何が起こるんだよ。ああ……、確かに心に深い傷を負う事がアルかも知れないが…。って、やな事思い出させんなよ!こうなったら行くぞ!婚活パーティに!これは定番異世界ハーレムライフへの前触れだ!」

「あの……勇者様。お言葉ですが、わざわざそんな事しなくても、魔王を倒し世界を救えば自然に多くの女性に好意を持たれるんじゃないですかね?」

 ここへきて、二周りも年が離れた青年に常識的なことを言われる中年勇者。しかし彼は一向に動じない。


「はっ?何言ってんの?世界を救ってハーレム生活じゃなくて、ハーレム生活のついでに世界を救うんだよ!これ常識。ちゃんと昔の勇者の歴史を勉強してる?それにさ、女の子のオッパイぷるんぷるんや、おしりプリンプリンの無い異世界ファンタジーなんて誰が見るの?」

 散々身勝手、意味不明な理由を言うとプラゴル中年男性はベットから飛び起き、いそいそと着替え始める。

「そうと決まれば、準備準備!あっ騎士君。女の子に声を掛けるのは君の役目だからね。我輩そういうのは無理だから!」

「えっ僕ですか?え〜と僕、女の子と喋るの苦手なんですけど……」

「ちっ!使えねーな、これも騎士の使命なの!少しは苦手を克服する努力をしろよ」

 更に自分を棚に上げ若者にこの発言。

「あっそれと部屋に散らかったティッシュを片付けておいて。これも騎士の使命だから」

 プラゴル中年にとって騎士の使命は女の子に声を掛ける事と使用済みティッシュを片付ける事らしい……。

 ちなみにこのティッシュは以前の異世界転生者が発案したらしく、今では王国でも日常的に使われている。その事にこのオヤジは(少しは前の転生者も役には立つな)などと考え、(この異世界でシコティッシュを創ってドヤ顔か?)とか(こんなん我輩でも考えつくわ!)などと思いを巡らしていた。


 そして身支度を終えて小奇麗になったプラゴル中年を見て従騎士が感想を言う。

「あ〜でも、普通の恰好をしていっても誰も勇者様のことを勇者だと気付かないですよね?」

「言われてみれば確かに。さすがは我が騎士。少しは良い事言うね。じゃあアレを装備して行こう」


 そう言うとプラゴル中年勇者は戦場に行く訳でもないのに例の鎧を装備した。それを見た若き従騎士は目を輝かせる。


「すごい!これがあの伝説の鎧なんですね!なんか…こう……。そう!身体を覆う面積が少ない所が自信に満ちあふれています! ……後、ちょっと見ているこっちが照れますね」

 などと露出が激しいことを自信という辺り、きわどい水着のグラビアアイドル写真集のタイトルみたいなことを言うこの従騎士も大概おかしい。

「そうか〜。まぁ腹とヘソが丸出しなのはご愛嬌ってことで」

 同じくこのオヤジもおかしい。


「ところで、そのお姿だと目立ち過ぎというか、すぐに大勢の女性に勇者だと知られてしまいますね」

「言われてみれば確かに。さすがは我が騎士。またまた良い事言うね。これじゃあ婚活会場で他の雑魚の男どもの嫉妬が……さてどうしたものか?」

「あっそうだ!僕の部屋に全身を覆うマントがあるんです。ちょっと僕にはサイズが大きすぎて使えなかったのですが。勇者様にはピッタリだと思います」

「おお〜良いアイディア。早速それを持って来てくれる?」

「かしこまりました」


 その後プラゴル中年はそのマントを装着、従騎士が見守る中、颯爽とマントを翻した。その姿を見た従騎士は又その目を輝かせて感想を言う。

「かっ、かっこいい〜。まさに英雄の登場といった感じです。さすが勇者様」

「ふっふ〜。だろ。それでは皆の衆、出発じゃー!」

「はい!」

 こうして二人はいざ、婚活の戦場へ出陣したのだった。




 5

  王国がこれからの戦の為の準備(婚活イベント)をしている中、センタール王国から遥か南西、ロウランド地方にあるサウセン辺境諸国。

 そこはオークやリザードマン等、亜人達が治める小さな国家の集合体であり、 イルセカーイ大陸の南方に位置し気候は温暖だが乾燥していて荒野や砂漠等不毛な土地が多くを占める地域である。

 何故亜人達がそんな貧しい地域に住む様になったかと言えば、過去の魔王と勇者の戦争の結果、魔王側に付いて敗戦したからであった。

 だからこそ多くの亜人達は新たな魔王の復活を心待ちに望んでいたのである。

 そしてその辺境諸国にオークを中心とした亜人族の国家があった。

 そのオークと言う亜人族。背丈は人間と同じ位。しかしその体つきは人の1.5倍はあるかと言う怪力の戦士たちの種族である。またその雄の肌は灰色でその顔は厳つき険しく口からは猪の様に下あごから二本の牙が出ている。

 その好戦的で凶暴な彼らはまさに魔王軍の中核をなす存在であった。


 そのオークの国にも最強と噂される魔王復活の報せが届く。

 期せずしてその後、オークの国に魔王軍の幹部である暗黒騎士が国家の視察に訪れたのであった。



 早速オークの辺境諸国の中心都市にある城塞砦にその国の政治を司るオーク部族の長達が集まり暗黒騎士を出迎える。

 しかし、出迎えを受けた暗黒騎士の予想とは裏腹にオークの部族長達の士気は異常な程低かった。

 その様子を見た魔王軍の幹部の暗黒騎士は苛立たしげに怒鳴った。

「一体どうしたというんだ!かつて魔王様と共に戦場で先陣に立ち、その残忍さと凶暴であれほど人間達を恐れさせたオーク達は何処に消えたのだ!」


 その怒りの発言に対して一人の年老いた部族長が怯えながら説明しだす。

 年老いた部族長が話すには今、適齢期のオーク雄雌の晩婚化が進み、少子高齢化の状態だと。そしてかつて勇猛を馳せた成人の雄オーク達は戦意を失い今は草食系と呼ばれているということだった。

「晩婚化?少子高齢化?オークは本来子沢山な種族のはずそれがどうして?もしやオークの雌に問題が?」

 暗黒騎士はそう言うとオークの雌の特徴を思い浮かべるのだった。

 オークの雌も雄と違わず体つきは人間よりも逞しい。しかし外見的違いはオークの雌はその肌の色が人間に近く身体も筋肉質ではなくふくよかな印象を受ける感じである。また髪の毛も伸ばしており、長さも人間の女性と変わらない感じで様々。その他特徴的なのは下あごから生える牙がないことである。


 少しの間暗黒騎士は思案していると疲れた様子のオークの部族長の一人が語る。

「いえ、オークの雌に問題があると言う訳では無いのです。むしろ根本的な原因が不明で、対処の仕様がないと言うのが問題でして……」


「なんていうことだ…。先代の魔王様があの忌々しい勇者に敗れてから、このような事態が進んでいたとは…」

 そう言いながら魔王軍幹部の暗黒騎士は頭を抱える。しかし黒い兜の隙間からのぞくその目は怒りに燃えていた。

 その様子に震えながらも他の部族の長が語り出す。

「しっ…しかし我々としても只手を拱いている訳ではありません!」

「と言うと?」

「我々オークを救うという神託の予言によって選ばれた姫巫女がオークの大神殿で戦意向上の為の大祈祷大会を行っておるのです!」


 その説明を聞いた暗黒騎士はしばし沈黙し考えた後、鋭い目つきで言う。

「ほう……。詳しく聞こうではないか」



6

 時刻は夕方の17時ごろ。オーク辺境国の中心都市にある大神殿には大勢のオークの雄達が長い行列をつくりその開演を今か今かと待っていた。

 その雄達の熱気は凄まじく姫巫女イウマァ・アエイドゥルの大祈祷会を前に何時間も並んでいるにも係わらず期待と興奮で盛り上がっている。


 その長い列に並ぶオークの雄達の中にいる三人の中年雄オークも姫巫女の大祈祷大会の開演を前に普段より会話が弾んでいた。


「今日、後数時間でこれから姫巫女様の尊いお姿が拝めると思うとわしは感激でござるよ」

 頭に鉢巻き、上半身には“姫巫女様命“と書かれたハッピを着たオーク雄がいう。

 それに対して何故かこんな場所で背広を着たオーク雄が答える。

「ホントにな、何か緊張して来た。俺なんか嬉しくて昨日全然眠れなかった」

「それワシもっw。ところでお主は何故背広?」

「そりゃもちろん、姫巫女様と会う為に一番いい恰好をして来たに決まってるじゃん。俺はこれ以外良い服もってないから」

 5万人も集まる会場で姫巫女は彼の服装に気がつくか疑問だが友人オークはそれに突っ込みをいれず、むしろ頷いていた。


「良いな二人ともお気に入りの服装で、俺なんかこんな恰好だぜ」

 そう言ったのは一人場違いな作業着を着たオークだった。

「それ今日見た時思った。この特別な日にお主は何故その服?」

それに対して作業着オークが悲しそうにうつむきながら言う。

「今日土曜日だろ、こんな日に一人で出かけられないもん。だから嫁には仕事に行って来るって言って家を出たからこの恰好……」

 そう言いながら肩を落とす作業着オークに二人のオークが背中を軽く叩きながら「元気出せよ〜」とか言ってる。


「ところでお主、あの雌とどうなったの?あの紹介所で知り合った雌」

 鉢巻きオークが背広のオークに尋ねる。

「あれね、知り合った後に結構金つかってさ、やっと婚約する話になったけど破談になったよ」

「えっどうして?」

「いやさ、相手がね、結婚するんなら年収800万ゼニー無ければ駄目だとか言いやがってさ。いや無理だよって。今だって俺はオーク軍の中でもペーペーなのにさ、この所大きな戦争なんか無いから出世する機会も無いし」

「それでどうしたの?」

「魔王様が復活して、近々人間達の国に侵略するからその時、手柄立てて出世

するから待ってねといった」

「それで待ってくれるの?」

「いや駄目」

「なんで」

「その前に生命保険に入ってって言われた。彼女の受け取りで」

「あ〜あの何代か前の異世界から来た人間の勇者がやり始めたやつだろ」

「そう、それで俺は生命保険入るけどなんで?って聞いたの。そしたら何て言ったと思う?あなたはこの世界で言うとモブの雑魚キャラ、つまりやられ役だから、相手の勇者の軍にコテンパンにされて死じゃうからだって」

「うわ〜ひでっ」


「だろ、だから俺にはもう姫巫女ちゃんしかいない」


 そう言いながら目にうっすら涙を浮かべ背広のオークは上を向いた。しばらくして向き直ると作業着オークに話しかける。

「ところでお前は奥さんとはどうなのよ?例の親の紹介で見合い結婚した奥さん」

「う〜ん、実話さ、俺の親父とお袋が早く子供を作れ、孫の顔をみせろってうるさくて。だけど俺達オークの雄に暇なんか無いじゃん。たまにある休日なんか疲れきって寝てるもん」

「あっ今流行のセックスレス夫婦ってやつww」

「そう。もう冷めきってる。だけどしょうがない土下座して頼んだのよ」

「えっ!じゃー子供できるの?」

「無理」

「なんで?」

「雑誌読んでた……」

「?……最中に?」

「そう。だけど、それでもまだまし」

「まだましってww」

「終った後に言われた……。あなたとやるのって、まるでB級映画みたいって」

「なにそれ、どう言う意味?」

「一度も盛り上がる事無く、気がついていたら終ってた、って。後、無性に眠くなるって」

「……ひでっ」

「だろう。もうトラウマ。アレから立たない……」



「だから、俺にももう姫巫女ちゃんしかいない」



「お主ら二人とも姫巫女様がいるのに他の雌に浮気するから酷い目に遭うんだよ。わしは自分の純潔を姫巫女ちゃんに捧げるつもりだから」

 鉢巻きオークが胸を張って言う。


「たしかに、お前は良いよ。だから恋愛だけはするなよ」

「本当にそう。お前が正解。だから結婚だけはするなよ」


「いいよなー独身雌無しは気楽で悩みが無くて羨ましいよ」

「そうか?」

「だって金を自分の好きな事に使い放題じゃん」

「そうそう。姫巫女ちゃんの限定アイテムだっていつも大人買い。正直羨ましい」

「それにさ、お前、イベントで高額お捻り、投げ銭、投げまくってたろ。アレだけやれば絶対、名前覚えられてるだろ。いいな〜」

「えっと〜なんだっけ?投資で稼いるんだっけ。この前、もっと大儲けしたら、金の力で姫巫女ちゃんゲットしてやるとか言ってたろ。そう言う夢って独身雌無ししか出来ないから、マジ羨望」


 二人のオークに散々誉められた鉢巻きオークはその最後のセリフを聞くと突然顔を暗くし落ち込んだ。

「ああ…それ、もう無理。てゆうか、もう金無い。むしろマイナス……」

「ええっどうして?あんなに羽振りよかったじゃん。投資の勝利の方程式が見つかったとか言って」

 それを聞くと鉢巻きオークは遠くを眺めながらつぶやく。

「この間、ゴブリンの大軍が勇者を召還する塔に進軍して戦争したろ……」

「ああ…あったね」

「あれ、ワシはゴブリン軍に全ツッパ、全額、オマケに高レバ投資……」

「ええ……アレって……あの後ゴブリン大暴落したじゃん」


 それを聞くと鉢巻きオークは怒りの表情で身体を振るわせながら叫ぶ

「だってよ!普通どう考えたって、ゴブリン軍圧勝だろ!1万対500だぜ!仮に勇者が召還されたって、そこまでのチートなんか有る訳無いじゃん! 糞!糞!糞!  あの後何日も食事も出来なし眠れないし、で最悪だった。マジ死ね糞勇者!」


「だからもう俺にももう姫巫女ちゃんしかいない。ていうかそれでなんとか生きてる」


「あちゃ〜。ま〜あんまり後に引きずるなよ。今日は忘れて姫巫女様の大祈祷楽しもうぜ」


「ああ、そうだな、お主らも独身雌無しに戻っても投資だけはするなよ」


 その後、話した事で過去の痛みが幾らか和らいだのか、鉢巻きオークは懐のポケットから小さな紙切れを取り出した。

「だけど、そんなワシでもまだ希望は有るんだ……」

 そう言うと鉢巻きオークは取り出した紙切れを二人に見せる。

「なにそれ?」

「残った有り金絞り出して買ったんだ。裏ルートでっww。姫巫女ちゃんの住所と連絡先」

「お前っ、ちょ、ヤバっ!それストーカーの一歩手前!」

「大丈夫だよ、ワシは遠くで眺めるだけだからさ。ストーカーにはならないよ。でさっ、この間勇気を出して姫巫女ちゃんのお家を見学に行って来たの。いや、よかったな〜ピンクの可愛い豪華な邸宅ww」


 少し顔を赤らめながら思いに耽る鉢巻きオークに対して、少し沈んだ表情の背広のオークがいう。

「あ〜それ、同姓同名の80を超えた独身占いバーさんの家だよ。しかもずいぶん好きモンらしい。あの年になっても現役お盛んだとか…」

「えっマジ、別の意味でヤバいじゃん」

「なんだか何人か馬鹿な童貞オークが勝手に家をたずねて喰われたとかなんとか……しかも逃げ出せず数日間…」

「うわぁ〜ww」

「童貞捨てた初体験がそれだぜ、もう再起不能。何人は頭の中が遠い世界に。後何人かはそのままどこか遠くへ旅立ったとか何とか……」

「自業自得とはいえ悲惨だな」

 会話の中で驚く作業着オークと二人の会話を聞くうちに呆然とする鉢巻きオーク。


「ちくしょー!こんな紙切れに俺は幾ら使ったと思ってんだー!現金つくる為に大切に保管してた姫巫女ちゃんの限定アイテムを幾つも売ったのに!」

 そう怒りの声を上げながら鉢巻きオークは持っていた紙切れをバラバラに引き裂いて宙に投げ捨てた。


 ぱらぱらと舞散る紙切れを見ながら、ふと冷静になった作業着オークが背広オークに尋ねる。

「ところでなんでそれ、お前が知ってんだ?」

 その言葉に我に帰った鉢巻きオークも同調する様に問いただす。

「そうだ!どうして裏ルートでしか知られていないという情報を……お主が?」

「まさか、お前も買ったんじゃないのか裏ルートで」


「実はお主も家の見学に行って…、もしかして家に入って無いよなってっ!お主っ!そのバーさんとやったのか!?」


 そう言われた背広のオークはあからさまに動揺し出す。

「ちょっちょっちょと—————!マッ、まじで変な言いがかりはやめっ、やめろよ——————!!! オッ俺は知り合いの親戚の会社の先輩上司の後輩の友達から聞いただけだよっ!」


「なにそれ誰よ?意味不明!」

「もうっ何を勘ぐっているんだよ!あ———もうぅっやな事思い出して来た!お前達のせいだからな!人がせっかく忘れ……」

 そのまま頭を抱えうずくまる背広のオーク。

 作業着オークと鉢巻きオークはその震える肩に優しくそっと手を置き言った。


「大丈夫だよ。後少しで俺達は姫巫女ちゃんと会えるんだ。そしたらこの嫌な現実も嫌な思い出も全部癒して忘れさせてくれるさ」

 そう言われた背広のオークは目に涙をいっぱい溜めて顔を上げた

「ああそうだ……そうだよな……姫巫女様、俺には俺達には姫巫女様しかいない。それが全てなんだ」

 その言葉に他の二人のオークも貰い泣き。


 そして三人は涙を流しながら目の前にある神殿に向け叫ぶ。



『俺達の希望はマジで姫巫女様だけ!姫巫女様マジサイコー!!!』


 そんな純粋なオークの雄達の熱い期待と想いをうけ、姫巫女の大祈祷大会が開演するのだった。



 7

 空が暗くなり夜空の星が輝き出す午後7時ごろ、巨大なオークの神殿は5万を超えるオークの雄達の喧騒と熱気でむせ返るようだった。そんな彼らの視線は神殿の最奥部の巨大な祭壇とステージに注がれている。そんな中一瞬だけ全ての照明が落とされ全てが闇に包まれる。

 そして突然、《ダダンッ!》辺り一面を揺らす重低音が鳴り響くと同時に中央祭壇に幾つもある狼煙に灯が灯される。それが魔法の反射によって中央祭壇がスポットライトに照らされた様に明るく輝く。

『おおおおっ——————————————————————!!!!』

 待ってましたとばかりに観衆のオークの雄達の大きな歓声が響き神殿を揺るがす。

「さぁ!みんな!はっじまるよー!」

 その歓声を一身に浴びながら中央祭壇の奥からきらびやかな衣装を纏った雌オークの姫巫女イウマァ・アエイドゥルが現れる。

 それと同時に音楽の伴奏が鳴り響き、その音楽に合わせる様にオークの姫巫女は魔法の拡声器マイクを手に取ると歌い始めたのだった。


突然〜あらわれた♪ 恋の予感♡ 愛しのあいつ、血の海沈めろ♪ 

初めてのキッス♡は ニンニクラードが五臓六腑で大爆発! 

駄目よダメダメ! イヤヨイヤヨも  スケベ好き

浮気した あいつは 血の海に沈めろ 重り付けチェケラッチョ、チェケラッチョ~♪


 盛り上がる観衆。大勢のオークの雄達は日頃の鬱憤を晴らす様に歌に合わせて叫び踊り感涙する。その間休まず姫巫女は歌い続け、約二時間程の戦意向上の祈祷は瞬く間に終ったのだった。


「みんな今日も来てくれてありがとー!」

 姫巫女が公演の終了、感謝の言葉を大声で投げかける。

『おっ—————————————————————!!!!』

 その返答にオーク雄達の絶叫。

「またみんなに会えるのを楽しみに待ってるからー!本当にありがとー!」

『ありがと———————!姫巫女様—−−−−!』


 こうして今日も大勢の雄のオーク達に夢と希望を与えた大祈祷大会は大盛況の中幕を下ろしたのだった。


 その後、まだ熱気が残る神殿内で大勢のオークの雄達は

「マジ姫巫女チャン尊い。いや本当に尊い」とか

「今日も姫巫女ちゃん最高に可愛かった」とか

「今夜は興奮してゼって—眠れねー。だから姫巫女ちゃんをオカズにして一発抜いて寝る」とか顔を紅潮させながら口々にその感想を語り合う。

 そして神殿を後にした彼らはそれぞれの過酷で憂鬱な日常に帰って行くのだった。


 8

 そんな一部始終を観客席の上段にある特別観覧席で見守る一人の姿が有った。

 そう、魔王軍幹部の暗黒騎士である。その後ろには先ほどの部族長会議にいた年老いたオークの部族長も居る。


「なるほど、あの占い師のオークババァの予言した通りになりそうだな……」

 腕組みをして兜で見えないその顎をさすりながら暗黒騎士は静かに言った。しかしその言葉の波長には自信と確信が聞き取れた。

「暗黒騎士殿それは一体どう言った予言占いなのでしょうか?」

 唐突な予言と言う言葉に疑問を持った老オークの部族長が尋ねる。それに対して暗黒騎士は後ろを振り返ると、その冷たい眼差しで老オークに目線を走らせ言い放つ。

「あの姫巫女が起点となって、未だかつて無い大勢の多くのオークの雄が怒りに狂い、大挙して人間の国に進軍押し寄せる……。その戦乱はその後オークの国の運命を大きく変えるという」

「まさか!あの草食系となったオークの雄達が!!」

 その驚きに老オークは愕然とし固まる。

「そのまさかが始まるのだよ。長老……。これは面白くなりそうだろ。うむ。この私に一計がある。あの姫巫女にはその計画に乗って動いてもらおう」

「ははっ直ちに姫巫女に通達いたします」

 

 その会話の後、すでに観衆がほぼいない暗くなった会場を見ながら暗黒騎士は一人つぶやく。

「人間ども……真に怒り狂ったオークの本当の恐ろしさを知るがいい……」



 9

 二時間に渡る公演で汗だくになった姫巫女オーク。その汗を吸って身体にまとわりつく衣装をパタパタとはたきながら奥の控え室に帰って行く。

ハァハァと息を切らせながら汗だくの姿は刺さる人には刺さるかも知れない。

まぁ、オークの雌だけど……。


 控え室に戻ると部屋の扉を閉めた瞬間、緊張が解けた姫巫女は部屋に据え付けてあるベンチシートの椅子に倒れ込んだ。


 しばらくすると扉をノックする音が聞こえる。

「はい。どうぞ開いてますよ」

 疲れきった状態でも何とか返事をする姫巫女。すると静かに扉が開きそこには良く冷えた水差しとグラスを乗せたトレーをもった幼い雌オーク(名前をミルラァ・アエイドゥルと言う)が入って来た。その雌の子は姫巫女より体格は一回り小さい感じで、年の頃も14、5歳と言った感じである。

「オネーチャンお疲れ様。ハイこれ冷たい水。のどに良い薬草も少し入ってるから飲んで」

 姫巫女を姉と呼ぶ幼き雌オークは姉の傍らに立つとそっとグラスを渡した。

「いつもありがとうミルちゃん。ホント助かるわ」

 姫巫女はそう言いながら半身を起こしながらグラスを受け取り一気に飲み干す。それを見た妹のミルは静かに微笑む。

「いいの、私はオネーチャンが大勢のオークの人達を勇気づけているだけで嬉しいの」

「ミルも癒しの姫巫女としての才能があるんだから私と同じ様にやってみれば良いのに。協力するわよ」

「私……人前に出るのが苦手だから。それに普段の生活でも他人と接するの苦手だし……」

「そうよね、ミルは大の引っ込み思案で人見知りだもんね」

「しょうがないわ、無理する事無いわよ。こういう事は私の仕事で使命。大勢のオークの信徒の為ですもの」


「ところで、オネーチャン。どこか痛い所とか疲れている所とか無い?

私のヒールの魔法で癒して。後これ癒しの魔力と治癒の薬が込められた湿布をつくって来たの」

「ありがとう、こういうのホント助かるわ。実はもう、体中痛くって」

「場所は何処?」

「まず腰、後、膝とふくらはぎ、肩も異様にこってるし、のどはガラガラ。

背中とかもやばい」


「……オネーチャンそれもう、全身でしょ」


「うん……」

「もう、オネーチャンたら」


 そんな会話をしながら妹は甲斐甲斐しく患部に湿布を貼って行く。そうしていくうちに湿布だらけの姫巫女になって行く。

 そんな姫巫女見ながら妹は(何かこうして見るとオネーチャンも年相応……もうちょっと上の年齢……。でも、やっぱり……あんな多くのオークの雄の人達の憧れになり続けるのは本当に大変なんだな〜)などと考えていた。

そして思わず独り言で

「憧れか……」とつぶやく。

「どうしたの?ミルちゃん?憧れって?」

「ご、ごめんなさいオネーチャン。つい独り言が出ちゃった。」

「実ね、私もオネーチャンみたいに綺麗になりたくてこのごろお化粧の練習をしているの。だけど中々上手くいかなくって」

「ミルはまだ若いからそんなにお化粧の時間をかけてないでしょ?」

「うん、そうなの、お出かけする前にちょっとだけって感じ」

「そうよね。でも大人の雌になったら出かける前に化粧の時間は最低4時間は必要ね」

「よ、四時間!……。そんなに時間をかけるんだ……」

「そうよ、綺麗になる為に大人の雌は手間と時間を惜しまないの。まったく雄オークは雌オークのこういった日々の綺麗になる為の苦労が何も判ってないんだから!」

「ところでミルはどんな化粧品をつかってるの?」

 そう言われた妹オークは少し照れながら小さなバッグからティーン向けの低価格な口紅とファンデーションとアイブローを取り出して並べた。

 それを見た姫巫女は納得した様に笑顔で答える。

「あぁっ、一般の市販で売られている化粧品ね。まぁでもミル位の年頃ならこれで良いじゃないかしら。ちょっと羨ましいけど、あなたはまだ十代だし」

「う〜ん。そうなのかな〜?オネーチャンはどんなの使っているの?」

 「私はね……」そう言いなが姫巫女は自信ありげに化粧台の下から取っ手の付いた大きな箱を取り出した。そしてそれを開けると台の上に次々と化粧品を並べていく。


「え〜とっ……洗顔料、化粧水ローション、乳液、クレンジングオイル、美容液 クリーム 

 フィットベース ファンデーション フェイスパウダー アイブロウ アイシャドー アイライナー ヴューラー マスカラ

アイライン ルージュ リップスティック グロス チーク

それにネイルとその道具に色々な色のカラコンとあとフェイスリフトテープにウィッグにマスクに香水に……」

「お化粧品だけでこんなにあるんだ……」

 机に並べられた色々な種類の化粧品に妹のオークは戸惑う。


「それに身体の中から綺麗にするのも基本だから栄養と体調管理も大事なの。それにね、まだ妹ちゃんは気にした事無いだろうけど、大人の雌オークの肌は敏感。外の環境は大敵だらけ。紫外線や乾燥ですぐにシミやそばかす、肌荒れが起こる物なの。私も野外イベントとかでどうしてもそうなっちゃうわ。

 だから栄養剤でビタミンB ビタミンC ビタミンE、ポリフェノール コラーゲン ミネラルetc……。 あと美容向けのドリンクとカフェインとエナジードリンク、栄養ドリンクに……。

日焼け止めと制汗スプレーに睡眠薬と喉薬、頭痛薬にお通じ不良の時の整腸剤に下剤、生理痛用の鎮痛剤…。


まぁ〜こんなものかしら…。これを使えばすぐにでも十代雌オーク、いえ、別人にだって生まれ変われるんだから!」

 机に並べられたあまりの数の化粧品や美容用品いに若干引き攣る妹のオーク。

 その少女のオークに満面の笑みでウィンクをして親指を立てる姫巫女オーク。    それに対して妹は少し俯き小声で答えた。

「すごいね……。オネーチャン。綺麗になるって本当に大変なんだね。私やっぱりオネーチャンみたいにみんなの希望の姫巫女なんか出来る自信ないや……。後、私、恋とか恋愛とかまったく経験した事ないし……。」


「そうね〜。綺麗な雌になるのも綺麗を維持するのも大変だもんね。こんなに雌達は日頃努力してることを雄のオーク達は解ろうともしない!それにオークの雄って自分達の外見は棚に上げて、雌の外見しか見ない馬鹿ばっかりだから。雌の内面なんか全然見ないのよね」

 呆れ顔でそう語る姫巫女。だがすぐに明るい表情になると落ち込む妹の肩に手を乗せ語りかける。

「でも、心配しなくても大丈夫!わたしも姫巫女と言う立場上恋愛なんて全然経験無いけど気にしてないわ!」


 そう言うと姫巫女は一冊の本を取り出した。その本の題名はこうである。

【幸せを目指す雌必見!駄目な雄オークの見極めの法則】

「これを読めば恋愛未経験のミルもばっちりよ!」

「へぇ〜でっどんな事が書いてあるの?オネーチャン。駄目な雄オークって?」


「駄目な雄の特徴はね、マザコンな雄、ギャンブル好きな雄、酒乱な雄、タバコを吸う雄、浮気性な雄、優柔不断な雄、雄尊雌卑(男尊女卑)な雄、短気な雄、マイナス思考な雄、メンヘラな雄、趣味優先の雄、金遣いの荒い雄、ケチな雄、無職な雄、低収入な雄、夢想家な雄、貯金が無い雄、大借金がある雄、計画性が無い雄、長男な雄、末っ子の雄、家事しない出来ない雄、不摂生な雄、不細工な雄、低身長な雄、メタボの雄、親と同居の雄、幼稚な雄、地方出身な雄、ダサイ雄、オタクな雄、性欲が無い雄、性欲がありすぎる雄、潔癖性な雄、不潔な雄、気が利かない雄、寝ない雄、寝すぎる雄、呼吸をする雄、心臓が動いてる雄、生きている雄、まだあるけど、まぁこんな所かしら。この内、一つでも当てはまったら駄目!」

「へぇ〜……」

(すごい数…というか、雄のオークの人を全否定してる?)

「この本の著者の婚活のカリスマ雌オークは5年で10回も結婚と離婚を経験しているの。さすがわ、数多くの経験をしているだけ有って説得力があるわ!」


「……」(えっそう言う解釈!?……)


「でも、雄の人の悪い所ばかり見てたら、結婚なんか出来ないんじゃ……」

「たしかに、でもねミル、今の雌は結婚して家庭に入るのが雌の幸せという物じゃないわ。結婚しても働いている雌オークも沢山居る。結婚したけどその後、離婚してシングルマザーとして子育てと仕事を両立している雌オークも沢山居る。それに結婚という選択肢を取らずあえて独身を選択した雌オークの人も沢山居る時代なの」

 その後、姫巫女オークはまた一冊の本を取り出した。その本の題名にはこう書いてある。

【独身雌オークが迎える幸せで楽しい老後生活】

「これを読めば妹ちゃんも将来の老後の不安何て吹き飛ぶわ」

「へぇ〜でっ、どんな事が書いてあるの?オネーチャン。楽しい老後って何か老後の趣味を楽しむとか?」

「違うわ、ミルちゃん。何時の時代も雄のオーク達は日々の生活のストレスや将来の不安、持って行き場の無い欲情に苦しんでいるの。童貞雄オークなんて特にそう。雄オーク達は常に母親の様な愛情に飢えているからね。だから熟女の魅力でそれを解放、癒して上げるのよ」

「そうするとどうなるの」

「癒されたことは雄オーク達の記憶に永遠に刻まれるの。まさに幸せのお裾分けって感じね」

「へぇ〜スゴい人もいるんだね。オネーチャン」

「この本の著者のカリスマ老雌オークの人は占い師でピンク豪邸に住んでいるの。その家には今も彼女より遥かに年下の雄オークがひっきりなしに訪れるらしいわ。そこで新たな世界の扉を開くらしいの。すごいわよね、尊敬しちゃう」


 そんなたわいもない姉妹の会話の最中に突然部族会議から姫巫女に報せが届く。


「ご休憩中の中失礼します!姫巫女様に部族会議から緊急のお知らせが届いています。今すぐご確認を」

 姫巫女はその知らせを受け、取り中身を確認すると、突然真剣な表情になった。

「どうしたのオネーチャン。一体どんな知らせ?」

 そのあまりの唐突な変化に妹も不安な表情になる。

「私、少し出かけて来る。魔王軍幹部の暗黒騎士様から緊急の呼び出しなの」

 そう言うと姫巫女はすぐに身支度を整え控え室を後にしたのだった。

 その様子を見守りながら姫巫女を見送った妹はたとえようもない不安がこみ上げてくるのを感じたのだった。


 10

 急ぎ部族会議が行われていた砦に姫巫女が着き、最上階にある会議の間に入ると奥の上座の席に暗黒騎士が座っていた。

 暗黒騎士は姫巫女の姿を確認すると威厳のある声で語りかける。

「良く来たな姫巫女イウマァ・アエイドゥルよ。お前の活躍は聞いている。オーク戦士の士気向上の為に良く貢献している様だな」

 言葉の内容は讃える言葉だがその声色は冷たく鋭い刃の様だった。

「はい。お褒めの言葉、ありがとうございます」

 姫巫女はすぐさま平伏し頭を下げた。

「うむ。だが現状、オークの部族が抱える問題を解決するには至って無い様だな」

「申し訳ありません。私の力がまだ及ばない事が多くて……」

「いや、いくらお前の様なカリスマがある巫女とはいえこの少子高齢化、雄達の草食化と戦意の低下はどうにもならない。しかし魔王様が復活した今、大きな戦が始まるだろう。その為にこのまま手をこまねいている場合では無い」-

 そう言うと暗黒騎士は懐に手を入れ、そこから一つの首飾りを取り出した。

「お前にこれをやろう。これは他人からの注目を受けない認識されない首飾りだ。これを付ければ人間の世界に紛れ込んでも誰もお前がオークであると認識される事は無い」

 その首輪を受け取った姫巫女は暗黒騎士に質問する。

「これをどうして私に?」

「お前はこれを付けて人間の国、センタール王国に向かうのだ。そこでは今戦に向けて士気向上の為、男と女の出会いの場、婚活パーティなる物を開いているらしい。そこに行って人間の恋愛という物がどう言う物なのか調べてくるのだ」

「それはつまり、人間の恋愛の情事を諜報活動してこいという事ですか?」

「そうだ。理解が早くて助かる。それを調べ上げお前の今後の活動に活かすのだ。そうすれば晩婚少子化問題は解決し、おまけに戦意向上につながる」

 そう言った暗黒騎士の予想と結果に姫巫女は少し疑問に感じる。

「お言葉ですが戦と恋愛、それはどう言った関係があるのでしょうか?失礼ながら私にはまったく真逆の様な気がしますが」

 そう言った姫巫女の疑問に暗黒騎士は首を縦に振った。

「お前の疑問はもっともだ。オークの姫巫女よ。やはりお前も人間、特に勇者の歴史は知らない様だな」

「それは一体どのような歴史なのでしょう?」

「かつての歴史で歴代の魔王様を倒して来た勇者はその身の回りに常に異性、つまり人間やエルフや獣人等の女を複数人はべらしていたのだよ。それをハーレム展開というらしいがな…」

 その言葉に姫巫女は絶句した。(何て言う事なの、人間の勇者はスケコマシだったの!)

 そして驚き沈黙する姫巫女に暗黒騎士は立ち上がりその右手得を前に突き出し告げる。

「行け!オークの姫巫女イウマァ・アエイドゥルよ!人間、いや勇者の勝利の秘密を暴き出しそれを使いこのオーク族の問題を解決し、そして戦の勝利へと導くのだ!」

 オークの姫巫女は立ち上がると拳を高く上げ答える

「はい!この一命に変えても必ずや成し遂げてみせます!スケコマシの勇者に死を!」


 こうしてオーク族の再興と戦の勝利に為に姫巫女は欲望渦巻く婚活の戦場へと向かうのだった。




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