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4.子供で大人で美しいもの

 ここはとても寒い。


 体が中心から凍っていく。暗闇の中に銀流星の体が横たわっている。こんな場所におまえを置いていきたくない、ああでも俺にはどうにもできないんだ。

 だから側にいる。このまま一緒に凍って……


 なんだろう、腕の下が温かい。じんわりと……


 テオドールが目を開けると、そこは昨晩から泊っている宿屋の部屋だった。

 壁にもたれ掛かって座っていた。


 頭がぼんやりする。

 陽が落ちて部屋は薄暗い、どうしてなんだ誰もいない……


 右の腕の下でもぞもぞ動く物がある。はっと意識がもどった。これはマルコスだ、右側にくっついて寝ている。そして……

 

 亜麻色の髪に自分の頬が触れている、柔らかく滑らかで心地良い……おさげ髪のミレナの頭が胸にくっついている。


 ちょっと待て、これはどういう状況なんだ。


 両脇に二人を抱えている。慌てて、左腕を外すと、ミレナが眠そうな目を開けた。


「あのねぇテオ。とってもいい匂い」

 ぽやーっとした顔でつぶやくと、脇に顔をうずめてすーっと息を吸い込んでくる。


 え? 俺の体の匂いをかいで……ちょっ、何を!

「おい、離れろ」

 あまりのことに、体を引いて避けると反対側のマルコスがひっくり返りそうになり慌てて支えた。


「おなかすいた」

 マルコスが手で目を擦りながらくっつくのをやめてくれない。


「おまえ達はいったい何をしているんだ」


 ミレナがようやく体を離すと、顔を覗き込んできて「ああよかった、起きた」とふんわりと優しく微笑んだ。

「とーさんの胸を、あったかい、あったかいしてあげたよ」

「そうなの、マルコスと一緒にテオを温めてたら、寝ちゃってた。大変もうこんな時間、晩ご飯たべないと」


「いつから俺は動かなくなった」

 テオドールは痛む頭をこすりながら記憶をたどるが、よく思い出せなかった。


「ええと……お昼のちょっと前くらいかな」

 ミレナの返事に驚いてよく聞くと、二人は自分を起こそうとして歌をうたったり、くすぐったり、色々してから、くっついて温めてくれたようだ。そのためにおやつ以外食べていないと言った。


 いつもなら晩飯も食べている頃だ、それなのに昼も食べていないなんて。強い怒りが湧き上がって「なんで俺を放っておかないんだ」と彼女にぶつけそうになったが、飲み込んだ。


 この怒りは彼女に対してではない、自分に対しての不甲斐なさだ。

 二人を守る護衛の自分が、突然動かなくなってどうする。


 マルコスを支えながらゆっくりと立ち上がった。魔石ランプの灯りを点けると足元に小さなぬいぐるみが落ちていた。何時間もくっついているのは大変だったろうに、ぬいぐるみと遊びながら側にいてくれたのだと分かった。


 二人の優しさを感じるほどに、自分への落胆が大きかった。

 旅を始めて10日ほどが過ぎた、4歳の子供を連れた旅は少しずつしか進めない。それなのに、今日は自分のせいで外にさえ出ずに終わってしまった。


「宿の食堂に行って、簡単に食べられるものをもらってくるね。テオ、その間にマルコスをお風呂にいれてくれるかな?」


 テオドールは「晩ご飯は俺が買ってくるから、二人は風呂に入っておけ」と伝えて部屋を出た。食堂に向かいながら、どんどん意識がはっきりしてくる。そうして「風呂はやはり俺が入れれば良かった」と後悔した。


 ミレナの髪の感触が頬に残っていた。思わずため息がでる。

 彼女は17歳の年頃の娘だというのに、まるでマルコスと同い年のように振る舞ってくる。


 油断していると頭の匂いを嗅ごうとしてくる。他にもマルコスを撫でれば、「私も!」抱っこすれば「私も!」挙句に一緒のベッドで寝たいという。彼女に女としての恥じらいは無いのだろうか。


 神殿で老人に囲まれて育ったと話していた。アレックスの話では15歳からは塔に閉じ込めれれていたという。それから考えれば常識外れなところがあるのは仕方がないが……


 俺が23歳の男だと分かっていないのだ。しかたがない、彼女の心はまだ子供なのだと割り切ろう。


 食堂からサンドイッチをつくってもらい持ち帰ってみると、予想していた通り、二人は風呂の中で盛大にシャボン玉遊びをしているようだった。いつもの陽気なはしゃぐ声が浴室から聞こえてくる。


 この世界にある4つの魔法『統制(とうせい)』『伝波(でんぱ)』『治癒』そして最も魔術者が多いのが『熱石(ねっせき)


 『熱石』は魔石に熱を溜めることができる。熱石師の力が強い程、高温で長期間続く石を作ることができる。どの村や町にも熱石をつくる作業場があり、毎日色んな場所に届けられ人々の生活の熱源になっている。


 だから熱湯や熱風、高温の水蒸気など『熱石』があることで生活はとても便利だ。水さえ豊富なら、お湯は使い放題である、ミレナとマルコスは宿屋の部屋に付いている風呂に入るのが大好きだ。


「マルコス、ミレナ、シャボン玉遊びは終わりにしろ!」

 ほぼ毎日これを言ってる気がする。言っても聞かないからこの頃は自分がマルコスを風呂に入れていた。

「テーオー」

 ミレナの呼ぶ声が聞こえたので、浴室の扉の前まで行って「なんだ?」と声をかけた。


「お風呂が泡だらけになったから、私は綺麗にしてから出ます。マルコスはお腹が空いてもう駄目なの、先に出るから受け取って、体を乾かしてあげて」


「分かった」

 お互いにあまり考えていなかった。浴室の扉が開いて、マルコスの後ろにミレナが立って、彼を外に出そうとした。


 彼女の裸体に目が釘づけになって固まった。


「マルコスちゃんと髪を乾かしてね」

 言って顔を上げたミレナと目が合った。彼女の目がみるみる大きくなっていく。口がゆっくり開いて……


「わー!!!」


 ミレナが体を抱くようにして胸を隠すと、すごい勢いでしゃがみこんだ。

 固まる体をなんとか動かして、浴室の扉を閉めた。


 脱衣所で、熱石の温風が出る装置を使ってマルコスの体と髪を乾かしてやっていると、マルコスが「ミレナがわーって言ったね。どうしたのかな」と見上げてくる。


「びっくりしたんだな」

 自分も驚いた。彼女にも恥じらいがあるようだ、良かった。

 心は子供みたいであるが……体は女なんだな。


 子供の時からグリフォンの騎士になるための訓練に明け暮れて、獣騎士になってからも女性と付き合った経験は無い。


 濡れた長い亜麻色の髪、胸の膨らみ、くびれた腰、白い肢体。 

 そしてヘイゼルの瞳が戸惑いに大きくなって、俺を見つめて……


 あんなにも美しいものがこの世にあるのか……

 

 今までは普通に男として女性に興味があったけれども、銀流星を失ってからは欲がすべて抜け落ちて欲情は感じない。だから純粋に、清らかで美しく尊いものだと思った。


              ◇◇◇   ◇◇◇


 いつもより遅い晩ご飯を食べた。ブドウの果実水を、マルコスは喜んだのでたくさん与えてしまった。ミレナはそんなにあげない方がいいと止めたのだが、気が付いたらかなり飲んだ後だった。


 夜中に、どうしてミレナが止めたのか理由が分かった。

「マルコス、泣かないでいいのよ。お着換えしようね」


 寝ていた二人が急に起き出して着替えるので、どうしたのかと聞くとマルコスがおねしょをしたのだとミレナが耳元でこっそり教えてきた。


「おねしょ」

 言ったとたんにマルコスがわんわん泣いた。「ごめんなさい」としきりに謝る。


「大丈夫だよマルコス。おねしょの国の王子様が一緒にあそぼってきただけだよ。謝らなくていいからね」


 ミレナは泣くマルコスを上手にあやす。母のような姿を見る度に、幼子の心を守るその強さと優しさが(まぶ)しくて自分よりもずっと大人に感じる。


 子供の様に無邪気で、それでいて母のように大人で、美しい体で……

 そして…… 王家の災い?


 ミレナを見つめていると、何故なのか彼女は近づいて来る。そして何の疑問も感じていない様子で、マルコスといっしょにこちらのベッドに入ってきた。


「なんでこっちに来る?」

「え? だってあっちのベッドは濡れてるから」


 そうかもしれないが、あなたはそれでいいのか? さっき見せた恥じらいはどこへ行ったのだ。

 諦めて、マルコスを真ん中にして3人で眠ることにした。


 まだ少しぐずぐず泣いているマルコスの頭を撫でてやると胸にくっついてくる。腕枕をしてやると、伸ばした手の先に、ミレナの髪が触れた。


 手を離さなければと思うのに、突然強い眠気に襲われた。


 銀流星を失ってから、まともに眠ったことがない。眠ろうとすると、あっという間に心は魂の暗がりに引き込まれる。あすこにいる間は意識を失うけれど眠ってはいない、心も体も凍えて疲弊する。


 ずっと眠れずにいる、極限まで疲れたときに、短い時間気絶するように眠るだけだった。


 何故だろう? ミレナの頭に触れていると安心する。やっと眠ることができる気がした。

「テオ」


 うとうとまどろむ向こうでミレナの声がする。

「テオの手は、なんだか安心する」


 なんで俺の気持ちが分かるのか……不思議だなと思ったが、あまりに眠くて(まぶた)を開けられない。

 手を動かして、彼女の頭を撫でた。

 温かいマルコスの体も、柔らかなミレナの髪もなんて心地良いんだろう。

 

 そのまま眠りに落ちた。

 

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