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3.親子旅のはじまり

「おっきい犬こわいよー」

 怖がるマルコスをなだめて、何とか魔獣ブラックドッグが引く大公家の馬車に乗り込んだ。


 いよいよ兄が待つバトラン国へ向けての旅が始まる。テオドールが大きな荷物を背負い、ミレナは肩から掛けた大きなカバンを持つ。マルコスも小さな鞄を背負っていた。


 大人でも1カ月以上かかる陸路の旅である、4歳の子が一緒となればもっとかかるだろう。ミレナは少しでもマルコスが楽しく思ってくれるよう、彼をおやつ係にした。

「マルコスのリュックにみんなのおやつが入っているからよろしくね」


 青い大きな目をくりくりさせて、マルコスはぷっくりとした頬でにんまりした。

「だいじょーぶ! ビスケットあるよ。僕に1個で、とーさんに1個で、ミレナに1個あるからね」


 マルコスには父であるアレックスからテオドールを「とーさん」という名前で呼びなさいと約束させられ、それをちゃんと守っている。彼は4歳なのにとても聞き分けがよい男の子だ。


 森の奥にある大公家の別荘から一番近い集落までかなり距離がある。旅の始まりは魔獣の馬車だった。

 

 この世には4つの魔法が存在する。その一つの力が『統制(とうせい)』テオドールがもっている力だ。


 『統制』の力を持つ者は、魔獣を使役することができる。この馬車を引く魔獣ブラックドッグを御者は統制の力によって従わせているのだ。統制の力の強さによって、使役できる魔獣は異なる。聖獣グリフォンを使役できるテオドールは最も上級の力をもっている。


 ミレナはテオドールを眺める。堀の深い顔立ちは黙っていると怒ったように見える。お風呂に入れたときはぼんやりしていたけれど、意識があるときはしっかり受け答えする。挨拶すれば返してくれるし、質問すれば丁寧に答えてくれる。


 しかし彼からはあまり話しかけてこない。獣騎士をしていた人であるので、細身ながらとても筋肉のある体躯で背が高い。上下黒い服のせいもあって黙っていると雰囲気が怖い。


 魔獣の馬車は驚くほどの速さで、3人を町の手前まで運んでくれた。ここからは徒歩である。目立つ大公家の馬車に乗り続けることはできない、敵である第二王子派に見つからないように、ミレナ達は庶民として旅をするのだ。


 町へと続く街道の両側には畑が続いている。馬車を見送って3人は歩き出した。


 それにしてもテオドールは背が高い。ミレナの頭のてっぺんよりも彼の肩の方が高い、マルコスにいたっては彼の足の長さだ、彼のお尻の高さがマルコスの頭の位置である、マルコスも「はわわ」と見上げている。


 3人が歩き始めてすぐに問題が起きた。

「テオ速いです、マルコスは大人の速さで歩けないからもっとゆっくり歩いてください」


 テオドールが振り返ると、まるで荷物を運ぶかのように「では俺が担ごう」とマルコスに手をのばした。


 ばっとマルコスがミレナの後ろに隠れた。明らかにマルコスはテオを怖がっている。とーさんと呼んでいたので平気なのかと思ったが、マルコスはかなり頑張っていたようだ、さすがにこの大男におんぶされるのは怖いみたいだ。


 テオドールは手を引っ込めてから、無表情でミレナをじっと見てくる。何か言いたいのかなと待ったが何も言わない。もしかして彼は困っているのだろうか?


「マルコスがうんてんしゅさんで汽車ポッポで歩こう!」

 すぐご機嫌になって、元気に歩き出した彼の後ろについてミレナは「ぽっぽー」と声をかけて一緒に汽車になった。


「この速さではいつ町に着けるかわからない」

 後ろからテオドールの困惑した声が聞こえた。


「4歳なのでゆっくりしか歩けないの。それから遅くとも3時には宿に入って休ませたいな。今日はきっと疲れてお昼のあと寝ちゃうかも」


「3時…」と呟いてから彼はため息をついた。「そうか……では町に着いたらすぐに宿を探そう」


 ゆっくりと歩いていくと両側がブドウの果樹園になった。甘い香りがするなとミレナがうっとりその香りを楽しんでいると、すごい速さでテオドールが前に出ると二人を止めた。


「あ! クマさんだー。赤ちゃんもいるかわいい」

 マルコスの嬉しそうな声に、ブドウを取ろうと立っている大きな黒い獣がこちらを向いた。


 え? クマだ本物だ。初めて見た! 


 かなり遠くにいたはずの母熊は恐ろしい速度でこちらに駆けてくる。血走った眼と、獰猛な口から唸り声がもれる。ビリビリするほどに本能が告げる。これ殺される!


 マルコスもすぐに可愛いぬいぐるみのクマさんではないことを理解した。ひきつった顔でミレナにしがみつく。

 しかしテオドールは慌てる風もなく、彼の腰に下げている細い(くさり)のような金属の紐を外した。何重かに巻かれたそれを伸ばして垂らすと、先にはマルコスの拳よりも小さな鉄の6角柱がついていた。


 テオドールがそれを彼の頭の上で、ヒュンヒュンと回したかと思うと、先端の6角柱がバシュッと鋭い音をたててクマの額に打ち込まれた。

 気づいた時には、目前に迫った熊が倒れていた。


「クマさん死んじゃった」

 目の前に横たわる母熊に、後から駆けてきた2匹の小熊が心配そうに鼻を押し付けた。


 マルコスの悲し気な声に「死んでない、寝かせただけだ」と言いながら、テオドールは鎖をまた何重かに巻いて腰のベルトに付けた。


 マルコスがじーっとテオドールを見ている。ほっぺたが赤くなって、口がきゅっと結ばれて、肩がプルプル震えている。そして爆発するように叫んだ。


「すごい、すごい、しゅごーい! それぐるぐるして、びしってして、くまさんねんねしちゃった! とーさんつよい、かっこいい!」

「うん、すごいかっこいい。マルコスとーさんかっこいいねえ!」


 二人でしばらく踊るようにすごい、すごいと騒いだが、テオドールは無表情で立っている。ミレナはハッと気が付いた。ここだ、今ならいける!


「マルコス、かっこいいとーさんにおんぶしてもらおうか?」


 もちろんマルコスはめちゃくちゃ喜んで「うん!」と大きく返事をした。

「おんぶは荷物を背負っているからできないな。だからこっちだ」


 テオドールはしゃがむとマルコスに乗れと促した。

「うっわー。高い! ミレナとっても高いよー」

 肩車されたマルコスが興奮して叫んだ。長身のテオドールのさらに上にいるマルコスはびっくりするくらい高いところにいた。


「マルコスいいな、次私もして欲しい!」

「じゅんばんだよミレナ、ぼくが一番だよ」


 ミレナは本気で肩車して欲しくて順番を待ったが、残念ながらどんなに頼んでも彼は眉根を寄せるだけで、返事もしてくれなかった。


                 ◇◇◇   ◇◇◇


 大公家で持たせてもらったお弁当を食べると、マルコスはすぐに眠くなってしまった。テオドールが背負う大きなリュックが背もたれになるので、肩車されながらマルコスは寝ている。


 テオドールはマルコスが落ちないように足を持つと、スタスタ歩く。ミレナは付いていくのに必死だった、でも急いだお陰で町に思ったより早くたどり着くことができた。


 テオドールはすぐに宿を見つけて部屋を用意すると、マルコスをベッドに降ろして寝かせた。


「マルコスは毎日昼をたべると寝てしまうのか?」

 可愛い顔で眠るマルコスをじっと見つめながらテオドールが聞いた。


「マルコスはもうお昼寝しなくてもよくなったけれど、今日みたいに特別に疲れた日は寝ちゃうかな」


「そうか……彼はまだ幼い、大人のように動くのは無理なのだな。俺は子供のことはよく分からない。あなたは王女なのに子供に詳しいのだな」


 テオドールに王女と言われても自分が王女である実感がミレナには無い。


「私が育った神殿には、常駐の『伝波(でんぱ)』の呼びの女性がいたのです。その人にお子さんが二人いて、何年も一緒だったの。ちょうどマルコスぐらいの年齢だったから、それで慣れてるのかな」


 『伝波』という魔法があり、通信の役目をする。『呼び』と『飛び』があり、『呼び』が作った魔法陣に向かって『飛び』は移動することができる。


「あなたは神殿にいたとアレックスが言っていた。『伝波』が常駐するとは、それは大きな由緒ある神殿だったのだな」


 ミレナは神殿での生活を思い出す。山の上の大岩に掘られた神殿で、岩の上に登ってあたりを見渡すと、ぐるりと山脈に囲まれて見渡すかぎり山しかなかった。


 グリフォンで連れてこられたから、どうやって山を降りるのかも、降りた先に集落があるのかも知らなかった。


 僧侶たちは年老いた者ばかりで、唯一の女性がその『伝波』の呼びの女性だった。ミレナにとってお姉さんのような人で、彼女の子供を世話するのが楽しかったが……


「神殿はとても古くからある由緒ある所で、昔は活気があったそうですけど……私が預けられたときには、もうご神体の力が弱まっていて、人が去った後でした。6歳から10年くらい居たのだけど、初めの頃は20人くらい暮らしてて、最後の3年はほとんど人がいなくなって…… とにかく山の中だったから巡礼に来る人も全くいなくて、だから『伝波』の女性と子供達が去ってしまった時は寂しかったな。あの子たち元気にしているかなあ」


「あなたは10年も神殿にいたのか。どんな生活をしていたのだ」

 テオドールが驚いた顔をした。


「そうですね、まず起きたらお祈りをして、お掃除をして、洗濯をして、3食の準備。あ! ニワトリを飼っていたの、だから卵が一番のごちそう。すごく楽しみだったな。それから岩山の上に登って、頂上にある小さな畑の世話をしたり、寝たきりの僧侶様のお世話をしたり、夜の灯りを点けて回ったりとか、あと経典の勉強したり……」


 話しているうちに神殿での生活が鮮やかに思い出される。忙しかったけど、爽やかな山の風がいつも吹いていて気持ちがよかった。


「ずいぶんと……忙しく働いていたのだな。自分の時間は無かったのか? 楽しみとか」


「ありましたよ、経典はたくさんあったから読み放題。それから月に1回だけ食料を運ぶ人たちが来てくれるの。お願いするとほんのたまにだけど、物語の本を持ってきてくれるの。あれは嬉しかったな」


 テオドールはマルコスが寝ているベッドの横に座り込んでいる、ミレナは彼の前に座った。


「一番の楽しみは兄様の手紙です。2カ月に1度くらい『飛び』の人が転移魔法で来てくれて手紙を届けてくれるの。私から文章の手紙を返すことは禁止されていたけれど」


 ミレナは思い出して懐かしく笑ったが、テオドールはなんだか悲しそうな顔だった。


「あなたは……王女としては育てられていないのだな」

 それはちょっと悲しい言い方で、すこし胸が痛かった。


「6歳までは王女様だったと思う、だぶん。あんまり覚えていないけど。でも……私は王女ではないの……」

 だって『悪しき者』だから……


 それきり次に何と言っていいか分からず、テオドールも聞いてこないので二人で黙った。

 マルコスがもぞもぞと起き出した、うーん、うーんと苛々した声をあげた。


「どうした、具合でも悪いのか?」

「ああ、寝起きが悪いのね、でも大丈夫」

 ミレナはマルコスの背中を撫ぜた。


「おやつ係さーん。ビスケットくださーい」

 ポヤポヤした顔でマルコスが起きた。一緒に手を洗うとすっかり目を覚まして、得意気に一人一個ずつビスケットを配ってくれた。


「ミレナもう一個ある!」

「それなら今日頑張って歩いたマルコスが食べていいよ」


 マルコスはしばらく「むむむ」と可愛い顔で考えているようだった。

「半分こする!」


「おやつを半分こできるなんてなんて偉いのマルコス!」

 ミレナが感動していると、半分こにしたビスケットを自分に1つ置き、そして手に持った半分と、ミレナとテオドールを見て固まった。これはどちらにあげるべきか迷っているのだろう。そしてこちらをちらっと向いて「ごめんね」とい顔をした。


「とーさんにあげる」

 テオドールは半分のビスケットを受け取ると「マルコスいい考えがある」と言ってそのかけらをさらに半分にした。

「半分こだ」


 テオドールがかけらをミレナに差し出した。マルコスがとても嬉しそうな顔をして「とーさんも半分こした、えらいね」と彼の頭をなでなでした。


 なんでか分からないけれど、テオドールからもらった、半分この半分のかけらが、胸をきゅっとさせた。ビスケットを口に入れると甘さが広がる。そして胸にも幸せが広がった。


「マルコスありがとう! 半分こしてくれてすごく嬉しい」

 ミレナはありがとうのぎゅーっと言ってマルコスを抱きしめた。


「テオありがとう! 半分こ嬉しい、ぎゅってしたいくらい嬉しい」


「あなたが王女らしくない理由は分かったが、だからと言って触られたくない。マルコスと一緒にするな断る」


 テオドールは黙っていると怖いけど、すごく強くてかっこよくて、おやつを半分こしてくれる人だと分かった。マルコスはすっかり彼のことが好きになったようだ。だから部屋のお風呂にミレナと入るとき、とーさんも一緒に3人で入りたいと駄々をこねた。


「断る!」


 4歳の彼にはその言い方がかっこよかったみたいで……

「マルコス歯磨きしよ」

「ことわる」


「マルコスお着換えして寝るよ」

「ことわる」


 部屋には2つのベッドがあり、当然ミレナと一緒にマルコスは寝てくれると思ったのに。

「マルコスこっちでねんねしよ」

「ことわる。とーさんといっしょ」


 テオドールはものすごく戸惑っていたけれど、ギューッとくっつくマルコスに観念して頭をぎこちなく撫でている。ちょっとうらやましいなとミレナは思った。

「ミレナ、とーさんいい匂い」


 なんですと! それは匂わねば!!

「私もそっちのベッドに行ってもいいかな?」


「いいよ!」

「断る!」

 

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