2.王家の災いとなる王女
『銀流星』はテオドールのグリフォンの名だ。魂の友は肉体を失ったが、銀流星の魂は今だテオドールの心の中にいる。その存在をはっきりと感じるのに、もうテオドールの声は銀流星に届かない。
冷たくなりながら、ただひたすらに銀流星の嘆く声が聞こえてくる。
「テオドール、私を谷に還しておくれ」と……
「テオドールよ私は獣騎士団を連れてここを去る」
主君である第一王子アレックスは、王都を奪還し、奪われた王位をとりもどすためバルテル国に帰る。
ここがどこなのか、銀流星を失ってからどれくらい時が経ったのか、何もかもがぼんやりとして思考が定まらない。されどアレックスが自分を置いて行ってしまうことだけは分かった。
獣騎士団を率いるアレックスの守りは、何時いかなる時も自分の役目だった。
一緒に行かなくては、でもどうやって?
「アレックス様、私はどうしたらいいのですか? どうかご命令を」
「おまえはもう獣騎士ではないのだテオドール。だからお前は自由だ」
上から見下ろすアレックスの顔がよく見えない。
自由? 何を言っているんだアレックス。
8歳でグリフォンの谷に行ってから、ずっと一緒だった。主君であり誰よりも守るべき存在であり……
彼が王子であることは忘れるほどに、グリフォン谷の麓の寄宿舎で時に喧嘩をし、喜びを分かち合って一緒に育ってきた、家族であり親友。アレックスと離れるということが、どういうことなのか飲み込めない。
グリフォンの獣騎士になるために、ずっと一緒に育ってきた騎士仲間の全てと、自分は断ち切られるのか?
銀流星もいない、家族のような騎士仲間もいない、そしてアレックスの隣にいられない。
「テオ、もう私はおまえに命令しない。けれど私とマルコスを救ってくれた恩に報いたい。おまえに願いがあるのなら何でも叶えよう。言ってくれ」
「グリフォンの谷に連れていってくれ、銀流星を天に還す」
「ああ、そう答えることを私は知っていた。約束しよう、私が第二王子を打ち破り王位を取り戻した時、テオをグリフォンの谷に連れて行く。だが今のおまえでは谷に行けない」
「どうしてだアレックス」
「だっておまえは、食べることもせず、眠ることもせず、ただ死に向かっている。もはや立ち上がることもできないほどに。だからテオドール、おまえに私の最も大切なものを託そう。それを両腕に抱いて私のもとに歩いてこい。その時、銀流星の魂と共に、おまえを谷に連れて行ってやる」
テオドールは自分が横たわったままなのだとやっと気づいた。主君の前で何という姿だろう。起き上がろうとしたが、体に力は入らず頭を少し持ち上げただけで眩暈がした。
「私の息子であるマルコスと、妹の王女ミレナをお前に託す。二人を守り、私の元に連れてこい」
「王女? あなたの妹君は死んだのではないのか?」
「そうだ、殺された王女だ。あの子が6歳の時、我が父はミレナを国の災いとして殺すと決めた。母はそれに抗ってミレナを神殿に隠した」
「母は夫である国王から、ミレナの隠し場所を言わねば彼女のグリフォンを殺すと脅された。母はグリフォンを失う恐怖に耐えきれず自ら命を絶った。だからミレナが神殿にいることは、私一人が抱える秘密だった、だが……」
それきりアレックスはしばらく何も言わなかった。何とか力をふりしぼりテオドールは体を起こした。
「私はミレナを守れなった。神殿に彼女を隠せなくなったとき、私はミレナを牢獄の塔に閉じ込めた。そうして私は……私はミレナをエカテリナに渡した」
エカテリナ……第二王子の母。
アレックスの母である正妃亡き後、新たな正妃となり第二王子を次期国王とすべく、アレックスを王位から蹴落とそうとした女。
そして……銀流星を殺した第二王子派の首謀者だ。
「私には力がなく、ミレナを殺したい父から彼女を守る術はなかった。だからエカテリナに与えることでなんとかミレナの命を繋いだのだ、それと引き換えに、ミレナはエカテリナに虐げられ洗脳されてしまった」
アレックスの声は悲しみに染まっている。彼と何でも分かち合っていると信じていた、だが違ったのだ。彼は一人秘密をかかえ苦しんできたのだ。
「ミレナは王家の災いとなる。父は死ぬまでその考えを変えなかった。だからミレナを殺すべきだと。けれど私はミレナを信じたいのだ……しかし……信じきれない自分もいる。父が正しいのではないかと迷う気持ちもあるのだ」
アレックスが何を言っているのか、ぼんやりとした頭には意味あるものとして入ってこない。
願いは谷に一刻もはやく行って、銀流星の魂を安らかにしたいそれだけだ。
「あるがままのミレナを見て欲しい。私に再会した時、テオドールよ教えてくれ。ミレナを災いとして殺すべきか否かを。おまえがやはりミレナを災いと呼ぶならば、その時は覚悟を決め、私はあの子を殺そう」
『偽装夫婦で親子三人旅』からタイトルを変更しました。