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「これでええって、お前、なんで振られる設定なん? 練習っていうんなら普通成功したときのじゃろ」

 咲良が俺に差し出した紙は俺が咲良に渡したもの。つまり返してくれたことになる。

「ええんじゃって」

「いや、まちごうとるじゃろ。本気で練習したいんなら俺じゃのうて女子に言えばええのに」

 そう。練習。今のは練習だ。告白の。

「律儀に俺の名前入れて台本書かんでも、女子の名前の方がリアリティあるじゃろて」

 咲良は首を傾げた。

 咲良さくらかなめ、一年生、二年生、今の三年生と同じクラスな縁のある奴。一学年七クラスある公立学校で珍しいと思う。親友というほどではないが、何かにつけ気さくに話すことができるいい関係だ。

 俺が書いた台本を咲良に渡して、告白の練習台になってもらったのだ。

 昨晩書き上げた台本。演劇部ではない、役者志望でもない、脚本家でも演出家になりたいわけでもない俺が書いた台本は俺のためのもの。好きな子への告白。ラブレターじゃない。台本、段どりだ。呼び出して、本人を目の前にして何を言うか。向こうのセリフにどう行動をとるか。お芝居の台本のように細かく書いていく。

 なんて。

 小説家や脚本家のように、壮大で感動的な物語を華麗に書いたわけじゃない。要するにテンパってみっともない姿を見せないためのシミュレーション。ノープランではちゃんと喋ることができない気がするから。支離滅裂なとんでもないことを口にしそうだから。

 平凡でどこにでもいる高校生。そんなことはわかってる。見ての通り、俺の告白が世界を救うだとか革命を起こすだとか、何かが動き始めるだとか、そんなことは一ミリもない。世界は何も変わらない。太陽が昇って沈むだけ。

 敢えて言えば、俺というちっぽけな個人の心の安寧。この台本はそんな意味を持つ。

「まあそりゃ、相手してくれるお前の名前の方がセリフにリアリティがあるけえ」

「そんなもんかのう。しかもなんで告白が成功した練習じゃないん?」

 俺が書きあげた台本は相手に告白を受け入れてもらえない時のもの。練習に付き合わされた咲良はつまらなかっただろうか。

「振られるってわかっとるけえ」

「は? なんでよ。言ってみにゃわからんじゃろ」

「わかっとるんだって」

 咲良はそう言ってくれるが。

「お前とりあえず成功バージョンも書けよ。次も練習相手になってやるけえ」

 何を言い出すんだ。

「何で書かんといけんのよ」

「本来は成功を目指すんが練習ってもんじゃろ」

 正論ではあるが。

「バカ、成功シナリオってことは……」

 さすがに言葉が詰まってしまった。

「なに? なんやのん?」

「成功した暁って、キ、キスじゃ、ね?」

 だろうが! 告白が成功って、そういうことだろ。そういう流れになるだろ! 俺ならそうシミュレーションするわ。

「んなの、フリでええじゃろ。告白の相手は俺じゃねえんだし」

 …………。

「え? 秋山? お前なに黙っとん?」

 黙るしかないだろ。

 これ以上、何も言えない。

「秋山?」

 急に黙り込んだ俺はおかしいよな、咲良から見れば絶対。

「だから振られるのわかっとるって、」

 突っ込まれるとは思ってなかった。

「え?」

 練習って言って、いいよって言ってくれたから。

「お前、あれ、練習って……」

 練習だ、永久に来ない本番の。

 いや、練習という名の本番。咲良に気付かれないように。俺が一人でケリをつけられるように。

 受け入れてもらえないから、俺の考えたお前が言うだろうセリフでお前の口から俺を振ってほしくて。 

 それでよかったのに。

 言えないのは仕方ない。でもそれならこの気持ちをちゃんと捨てなければならなかった。

「秋山、やっぱりお前、成功バージョンを書け」

「咲良?」

 おい、今までの流れ全スルーか?

「ちゃんと書け。俺はちゃんとその通りにやるけえ」

 それがどういうことかわかってるのか?

「フリじゃなくて、ちゃんとやる」

 咲良は俺から台本を取り上げるとぐしゃぐしゃに丸めて、自分の制服のポケットに突っ込んだ。

「お前の本気、全部受け止めちゃる。魂入れて書いてこい」

 そして一歩近づくと俺をぎゅっと抱きしめた。

 え、ちょ。

「俺の本気見せるけえ、逃げんなよ?」

 耳元でそう囁き、再び立ち去った。

 それってどういうことだよ、咲良……。



お読みいただきありがとうございました

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