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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トラック転生のその後で

作者: ときつみか

ありがちなトラック転生ものです。


「あ・・・っ」

しまった、と。そう思ったときは遅かった。


スマホの画面を見ながら交差点を歩いていたわたし。

なのに、気付いたら突如右手から影のようなものが迫ってきていて。


顔を上げた瞬間、濃緑色の壁と銀色のピカピカと、光るライトが目の前にありました。

そして、ごん、と全身を挽きつぶされるような衝撃が通り過ぎて。


自分がどうなっているのかも、立っているのか、倒れているのかもわからず。

メチャクチャになった神経からの入力シグナル。

熱いのか寒いのか、痛いのかなんなのかわからないまま。


わたしの意識は、闇に沈みました。



******


ふたたびわたしが意識を取り戻したとき、そこは白い部屋のような場所でした。

ような、というのは、体が動かなくて周囲を見回すことが出来なかったからです。

見えているのは、正面にある真っ白い、平らな壁のみ。それとも天井でしょうか。


――――もしかして、ここは病院なのでしょうか?


白い壁から想像できるのは、それくらいです。

だとすると今いるのは病院のベッドの上なのでしょうか。


事故に遭って、体が動かないまま、ベッドに寝かせられているとか?


目を、がんきゅウを動かせば、周囲が見えるかもしれません。

入院中なら点滴の管くらいありそうなものですが。

…? コーン、という感じの硬質な感覚。


なんでしょうか。

視線を動かそうとしましたが、視界は動きません。

代わりに、自分の周囲に何かがある、という感覚だけが返ってきます。


よくわからない感覚。よくわからない現状。不安が高まってきます。

どうにかしたいところです。

頑張れば声くらいは出せるかも知れません。ここが病院なら、看護婦さんが来てくれるかも。

せーのっ。


ゥワーン!

突如、サイレン?が鳴りました。びっくりです。驚きましたが、悲鳴は出ません。


せいたイを震わせて…えっと…?

声って、どうやって出すん、だっけ?


しばらくすると。

作業服を着た中年男性がやってきて、何やらわたしの身体をいじりはじめたようです。

でも、触られている感覚はほとんどなく。

なぜか「そこに人間がいる」というふわっとした気配のようなものだけを知覚できます。


あれ?

いきなり気配が察知できなくなりました。

どういうことでしょう。


ふと気付くと。

先ほどの中年男性が手に、箱のような部品を持っています。

衝突防止装置の誤作動? 交換? 何を言っているんでしょう?


まって。これ、もしかして。ねえ。

――――――――――。



そのとき、中年男性がこちらに近づいてきました。

わたしの真正面に立った、おじさんのメガネに映り込んでいる『わたし』の姿は――――――



******



わたしは、日野乃似子。

トラックに転生した元・女子高生です。


あれからしばらくの月日が流れました。

倉庫に格納されたままの日々は何事もなく退屈すぎて。


わたしはなぜ、こんなことになったのか、それを考え続けることで時間をやり過ごしました。

きっとそういう『課題』がなかったら、わたしは発狂してしまっていたでしょう。


ただ無為に、白い壁を見つめ続けるだけの日々なんて。

人間の精神にとって、拷問にも等しいものなのですから。



そして至った考えは、以下のようなものです。


仏教によれば魂は輪廻転生する。

死んでも、新しい器に移りゆく。

付喪神というものがあるなら、転生先が無機物であってもおかしいことはない。

特に最近の車であればAIすら積んでいて、『考える』ことのできる(コンピュータ)さえあるのだから。


前世の因果は来世に影響する。

わたしは、トラックに轢かれたことで、トラックに転生した。

と、いうより、このトラックの素材は、わたしを轢いたトラックなのかも知れません。


死亡事故を起こしたトラックは、きっと廃車になったことでしょう。

廃車になった車は、スクラップになります。そしてリサイクルできる部品が回収されます。


わたしに激突して正面から挽きつぶしたトラックの、前世のわたしの身体がへばりついた鉄もまた、くず鉄として溶鉱炉で溶かされて再利用されたはずです。

おそらくは同じような品質の鉄を必要素材とする、同じようなトラックの部品として。


前世のわたしの身体が微粒子レベルですき込まれた鉄で出来たトラック。

そこにわたしの魂が宿ったのもまた必然だったのでしょう。


体積で考えたら、トラックにへばりついたまま溶鉱炉に入った肉片より、地面にぶちまけられた部分の方が多かったはずです。なのにトラックにわたしの魂が宿っている。


わたしの魂が分裂したのでなければ、きっとトラックとわたしの魂に因縁が出来たせい。

まあわたしの魂の大部分がお墓のナカにいる可能性はなくもないですが、「わたし」がこれだけはっきりと思考できるのですから、「わたし」は「わたし100%」だと思います。


日野乃似子の魂は欠けるところなく、このトラックに宿っていると信じられます。


「トラックに轢かれて死んだ」という因縁を受けたことで、トラックになったわたし。

とんだとばっちりですが、死んでも意識があるだけマシというものでしょう。


第二の人生をできる限り、謳歌することにします。



******


トラック人生、最悪です。


あれからわたしは、とある運送会社の輸送用トラックとして購入されました。

都会から地方へ、地方から都会へ。毎日何回も長距離を往復させられます。


都心部はまだマシですが、田舎はほんと無理。

走ってるだけですごい数の虫がわたしの顔に当たって潰れていきます。

止まると大きな蛾がヘッドライトに止まって熱で貼り付きます。

うきゃああああああって叫びたいんですけど、それやるとクラクションが鳴ってしまうので面倒なことになるんです(数回やらかして学習しました)。


そういえば。

トラックって15年とか20年とかそれくらい普通に走るんですよね?

日本の自動車って、そんな感じですもんね。


こんな暮らしが、あと20年続くんですか?

そして廃車になったら、バラバラに分解されてまた溶鉱炉に?


嫌です。やですよそんな生活。

そんなの、ただの地獄じゃないですか。


ねえ、たすけてください、神様。

わたしの、いまのわたしを、終わらせてください。はやく。はやく。はやく。はやく。



******



神様はたすけてくれません。



******



いま、何年目でしょうか。


神様はいません。


雨の日も風の日も、雪の日も。

ひたすら、走り続けます。


交差点を曲がるたび、たすけて、たすけて、そう叫びながら走ります。


最近、ようやく気付いたことがあります。

運転手のおじさんを、よしよし、よしよしってなでてあげるイメージをすると、おじさんは眠くなるみたいなんです。居眠り運転防止装置が反応するのでわかります。


人間の魂は、物を操作するのには向いてないけれど、同じ人間の魂には干渉しやすい。


面白いですね。



それでね。

もう一つ気付いたことがあるんです。


なんでわたし、トラックに閉じ込められたままなのかなって。

トラックとの因縁、もう因業っていうか? どうやったら消せるのかなって。


だって本当ならわたしの魂は肉片とかお骨の方に宿っているはずで。

お墓の中でゆっくり眠るか、成仏するか、別の生き物に生まれ変わるかしているはずじゃないですか。


なのにわたしは今も、トラックの中にいます。

これって、『トラックに轢かれた』という『因縁』がわたしの魂に貼り付いているからじゃないでしょうか。


穢れ、みたいなものでしょうか。

これを禊ぐには、どうすればいいのか。


わたしはずっと、考えています。


******


あれから数日考えて。


ようやく、わかりました。



「トラックに轢かれた」という因縁を、誰かに擦り付ければ良かったんです。

ババ抜きのジョーカーみたいなものです。


わたしが背負っている因果を、誰かに擦り付けることで、わたしは解放されます。


成仏できるかも知れないし、また生まれ変わるかも知れませんが、少なくともトラックの中からは解放されるでしょう。その先は別の地獄かも知れませんが、そうなったらその時です。


今のまま、ゆっくり狂っていくよりは。



運転手のおじさんは最近疲れがたまっている模様。

少しずつ、少しずつ。

おやすみなさい、やすんでいいんだよ、と撫でるイメージ。


ああ、居眠り運転防止装置が作動しようとしています。

ですが、ここはAIの判断で無視しましょう。ええ、大丈夫、大丈夫。


目の前に、横断歩道を渡ろうとしている女子高校生がいますね。

スマホを見ていて、こちらには気付いていないようです。


衝突防止装置のシグナルを無視して、さあ、いきましょう。

わたしは歓喜のままに、アクセルを全開にしました。


未来に向かって。


これ、登録キーワードは『逆行転生』だったりします。


はい、これが最後のシーンのオチです。

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