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1-07 全員ゴリ強(つよ)になっちまえ!~悲恋ゲー悪役令嬢の、ヒーロー&ヒロイン育成記~

「悲恋エンドなんか、拳でねじ伏せてやる! ハッピーエンドがないなら作ればいい!」


 全ルートが悲恋エンドという泣きゲー世界の悪役令嬢、エトワールに転生した少女、乃愛。ゲームでは見られなかった、ヒーローたちとヒロインのハッピーエンドを実現するべく、皆を鍛えることを決意する。なぜならどのエンドでも、ヒロインかヒーローたちの誰かが死ぬからだ。


 誰も死なない未来のためには皆で強くなるしかない。重要キャラクターに転生した強みを生かし、ヒロインやヒーローたちをガンガン育成していく。幼少期からあちこち引っかき回した結果、希望とはやや違う方向に進んでいるとは気付きもせずに。


 これは、悲恋エンドに拳と魔法で抗おうとする少女の、ちょっぴり空回り気味な奮闘記。

 どうしてこうなった。


「エトワール。美しく強く、そして聡明な君を、僕の妻に……この国の王妃に迎えたい。僕と改めて婚約してほしい」


 真剣な光を宿した藤紫色の瞳が、まっすぐ私に向けられている。強い声も表情も、冗談を言っている風ではない。この国の第一王子、シリウス殿下の熱っぽい視線に耐えかねて、私は顔の前で扇を広げた。引きつった笑顔と冷や汗を隠すために。


「シリウス殿下との婚約は、子供の頃に破棄いたしました。殿下には、もっとふさわしい方が見つかりますよ」


「君以上の女性など見つかるものか。エトワール、君が好きだ」


 どうしてこうなった?


 悪役令嬢である私とシリウス殿下の婚約は、無事ゲームが始まる前に解消できたと安心していたのに、なんで? ゲームの強制力でも働いてる?


「お気持ちはありがたいのですけれど、王族の婚約が殿下のお気持ち一つで成るものではないでしょう? 陛下や父が何とおっしゃられるか……」


「問題ない。既に国王陛下とアストル公爵から、再婚約の許可はいただいている」


 なんだって!? 聞いてない、聞いてないよお父様!


 一歩後ずさってシリウス殿下との距離を広げたけれど、殿下は大きく一歩前に出てきて、逆に距離を詰められてしまった。ぐっと唇を強く閉じてから、悪役令嬢らしく冷たく断ろうと扇を下げる。でも、シリウス殿下が口を開くほうが早かった。


「わかっている。君に伴侶として認めてもらうには、強さを示すしかないのだと!」


「何て?」


 驚きのあまり表情をどこかにやってしまった私の前で、決意を目に宿した殿下が手を強く握りしめている。


「エトワール、君に勝負を申し込む! 僕が勝ったら、僕を君の婚約者として認めてほしい!」


「ねえ何て??」


 その熱血展開、何? 育て方を間違ったかな?? 目の前の現実を受け入れられなかった私は、遠い昔に思いを馳せた。



   ◆  ◇  ◆



 私が前世の記憶を思い出したのは五歳のときだった。


 十歳までは立入禁止と言われていた書庫に忍び込み、何かに導かれるように本を開いた瞬間、日本で過ごした記憶が頭に流れ込んできたのだ。そして自分がゲームの世界に転生したのだと、なぜだか確信させられた。


「よりにもよって、あのゲーム!? しかも悪役じゃん!」


 私の転生先は、全ルートが悲恋という乙女ゲーム『魔法学園・スターフォレスト』。ハッピーエンドルートはない。どのルートでも、攻略対象五人のうち誰かもしくはヒロインが死ぬ。


 今の私はエトワール・アストル。ルート次第では、悪魔にこの身を乗っ取られてヒロインと攻略対象を引き裂くこともある。仲をではなく、物理的に。


「確かエトワールは、十歳のときに悪魔に種を植え付けられるんだよね。それでゲームでは悪魔の力が根を張っていてもうどうにもできなくて……あっ」


 今の私は五歳。まだどうにかなるんじゃない? 少なくとも何もせずに怯えて待つのは嫌だ。それに私は、どうしても見たくなってしまった――ゲームでは全スチルを回収するまでやりこんでも見つけられなかった、ヒロインと攻略対象のハッピーエンドを。


 そのためには、皆でなればいい――どんなルートでも悪魔なんかに負けない『ゴリラより強い奴(ゴリつよ)』に!



   ◆  ◇  ◆



 二年経ち、七歳になった。毎年七歳になる子息令嬢を集めて行われるガーデンパーティの日、私は馬車が会場に着くなり走った。


「お嬢様、お待ちください!」


 背後から使用人が焦った声を上げても振り返らず、芝生の上を固い靴で走る。


 ゲームが始まる前にヒロインや攻略対象に会える貴重なチャンスだ。今日を逃すわけにはいかない。最優先は、どのルートでも(かなめ)になる彼女。


 ヒロインは――スピカはどこ!?


 走り回ってようやく、ピンクゴールドの髪を持つ少女が見つかった。急いで彼女の前まで行き、切れた息を整えることもせず、私は彼女に人差し指を突きつける。


「スピカ・ウィルゴー! あなた、私のお友達になりなさいっ!」


 スピカはきょとんとした表情を私に向けてくる。そばの丸いテーブルを囲んでいた大人も子供も、揃って同じような顔で私を見ていた。まあ、外野はどうでもいい。


 オロオロと周囲を見回し始めたスピカに、一人の男性が近付いてきた。彼はスピカの隣に並ぶと、私に向かってきれいなお辞儀をする。


「我が娘のお知り合いでしたら、ご挨拶をさせていただけますか? お初にお目にかかります、エルガファル・ウィルゴーです」


 七歳の子供相手に、ずいぶん丁寧に接してくれる。私も片足を一歩引いて、完璧なお辞儀を返した。


「挨拶が遅れて申し訳ございません。エトワール・アストルでございます」


 周囲の大人たちから、ほうと感嘆の息がもれる。当然だ。私のお辞儀も言葉遣いも、七歳とは思えないほど完璧なはずだから!


 私が子供らしからぬ言動をしていても、うちでは誰も疑問に思わない。攻略対象でもある兄がめちゃくちゃ優秀だったし、両親も教育熱心だったので、『アストル家の教育の賜物』と解釈されている。周囲のヒソヒソ声から察するに、お父様は吹聴もしているらしい。


「あっ、わたしはスピカ・ウィルゴーです、いや、えっと、ございます」


 慌てた様子でスピカも私に向かってお辞儀を返してくる。少したどたどしいけれど、まあ、七歳の子供なんて普通はこんなもんよね。


「あの、それで、お友だちというのは……?」


 スピカが不思議そうな顔でこてんと首を傾げる。可愛い。さすがヒロイン、一発でメロメロになりそうだ――私が。ニヤけそうになる口を、広げた扇で慌てて隠した。


「同年代の子息令嬢のことは把握しているの。私、あなたが気に入ったわ。お友達になりましょう」


「ええっ、でも、わたしなんか……」


 胸に手を当てて自信なさげにうつむいたスピカに、ウィルゴー卿が気づかわしげな視線を向けている。もう自信を失っているの? まだ七歳なのに? ゲーム序盤の彼女の様子を思い出し、ゆるんでいた口元がへの字に曲がった。


 スピカは、この世界では地位が低く見られる()()を持っている。ゲームでも彼女の特性はクラスメイト達から嘲笑されていたし、自信なさげにしているのもわからないでもない。


「知ってるわ。魔力に色がないんでしょう?」


 この世界では通常、生まれつき得意な属性が決まっていて、それを『色』と呼んでいる。炎なら赤、水なら青、風は緑、土はオレンジ、雷は紫。王族貴族の子供たちは生まれた時に色を確認することになっている。得意な属性があらかじめ分かっていれば、それに合わせた教育ができるから。ちなみに私は緑だ。


 でもスピカの魔力には生まれつき色がない。プレイヤーが好きな属性に育てられるというゲームシステム上の理由だと思うけれど、とにかくない。色がないということは『得意がない』ということで、実際ゲーム序盤では落ちこぼれ気味だったし、周囲からバカにされるシーンもあった。


 でもゲームの静止画像(スチル)をフルコンプするために、私は彼女を色んな方向に育てた。だから知っている。『色がない=どの属性も使えない』ではないってこと。


「色がないことを引け目に感じる必要はないわ。だって属性が決まっていないということは、どの属性にも可能性があるということでしょ? もし誰かに色がないことを馬鹿にされたなら、全属性を極めて見返しておやりなさい」


 パシッと音を立てて扇を閉じると、スピカが顔を上げた。私に向けられる目にはさっきよりも光が強く宿っているような気がする。それに満足した私は、彼女に向かって右手を差し出した。


「私、才ある貴女とお友達になりたいの」


「は……はいっ!」


 まぶしい笑顔を広げたスピカが、私に握手を返してくれる。顔を見合わせて笑った私たちを、ウィルゴー卿が目を細めて見つめていた。


「さっ、友情が芽生えたところで、早速特訓の相談がしたいのだけど」


「とっくん?」


「ええ!」


 色がない彼女は全属性を使いこなせる可能性があるけれど、楽に、ではない。どの属性も育てるのに根気がいる。ゲームの時間を待っていては間に合わない。今からみっちり鍛えなければ。目指せ、ハッピーエンド!


「私の家に遊びに来られる日は、最短でいつかしら!?」


 握手していた手を両手で包み、一歩前に出る。パーティに来ている攻略対象たちにも会わなきゃいけないけれど、最低限、スピカと次に会う日程の調整だけはしておかなくちゃ。


「えっと……」


 困り顔になった彼女がウィルゴー卿を見上げる。私が彼を見上げたのと、背後から怒鳴り声が聞こえたのはほぼ同時だった。


「エトワール! まず陛下と殿下にご挨拶するから待てと言っておいただろう。何をしとるかッ」


「お父様!?」


 ちっ、もう見つかった! お父様の馬車が遅れていたから、あと一人くらい攻略対象を探そうと思っていたのに。


「アストル卿、ご無沙汰しています」


 ウィルゴー卿がお父様に向かってお辞儀をする。大人同士の話をしているうちに逃げよう。そっと横にずれたけれど、大きな手に二の腕をがっしり捕まえられてしまった。


「申し訳ない、ウィルゴー卿。挨拶は後ほど。エトワール、まずは陛下と殿下にご挨拶だ」


 お父様に引きずられるようにしてその場をあとにする。


 陛下と殿下への挨拶はもっと後がよかった。だって私の計画を実行すれば、陛下の機嫌を損ねてお父様の雷が落ちてくることはわかりきっているのだから。

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[良い点] 面白いです! ヒロインをまずゴリゴリに鍛えて育てるっていうのが楽しそう。続きが気になる作品ですね!
[良い点] 面白いーーー!! ゴリ強、まさに最強な予感!! 麗しい(感じの)第一王子シリウス殿下の求愛が「強さを示す」って! (本当にゴリに近い)原始時代の求婚ですか~~笑!! 全ルート悲恋の乙…
[良い点] まさか拳で解決しようとは。 勢いが良くてパワーを感じました。
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