1-06 異世界転生して悪役令嬢になったけど、元人格がワガママ過ぎて破滅回避できません‼︎
事故で死に、主人公の愛は妹が好んでいたweb小説の世界に転生してしまう。転生先は悪役令嬢アイリーン・ライセットという銀髪の美少女だった。
妹から聞いた情報では、悪役令嬢には破滅が待っていて、それを回避するべく奔走するのがお決まりだというのだが……。
なぜかその体には、元人格である本当のアイリーンがいた。
しかもアイリーンは極度のワガママ。破滅回避どころかやりたいようにやると言い出す始末。
愛とアイリーンはうまく共存できるのか。そして破滅を回避できるのかーー。
私は鏡をじっと見つめていた。
そこに映るのは、波打つ銀髪に真紅の瞳の美少女。歳はまだ十歳程度に見える。
顔立ちは整い過ぎているほど整っていて美術品のようだ。
「これが、私…?」
呟くと、自分のものとは思えない声が出た。
それを聞きながら私は確信した。
これは噂に聞いていたあれだ。異世界転生というやつだ、と。
● ● ●
私は普通の女子高生だった。
友達に部活に勉強に。ありふれた青春を過ごす日本人。ちなみに顔はそこそこ可愛かったが、ここまでの美人じゃなかった。
それならなぜ銀髪に赤い瞳の美少女などになっているのか。理由は私にもよくわからないが考えられる原因は一つだけ。高校からの帰り道、車と車の衝突事故に巻き込まれた。車に押し潰されでもしてそのまま死んでしまったに違いない。
そして神の温情かはたまた奇跡が起きたとでもいうのか、全く別の人間になってしまったというわけである。
私はそういう物語をあまり読まなかったが、中学生の妹がネット小説を好んでいて、よくそういう話を聞かせられていた。
悪役令嬢転生。それと今の状況はピッタリ一致する。
(確か…そう、悪役令嬢は乙女ゲームに出てくるワガママで意地悪な女の子で、最後は王子に婚約破棄されるっていう設定よね。それを回避するために奮闘するみたいな話だったような)
混乱する頭で必死に思い出す。
だが、詳しくは知らないのでそれ以上の情報はわからなかった。
(しまった…。妹に紹介してもらったネット小説、少しは読んでおくんだった。もしかしたらその中のどれかに私が転生したこの世界の話もあったかも知れないのに)
しかし後悔しても仕方がない。
とにかく転生してしまったものは仕方ない。記憶の中を探ってもこの体に関する記憶はないので、まず転生先のこの体が一体誰なのかから情報収集をしていかないと…。
などと考えていた、その時だった。
「さっきから黙って聞いてたのだけれど、もう我慢ならないわ‼︎」
口が勝手に動いた。
「何よあんた、他人の体に勝手に入ってきて!」
心臓が飛び出すかと思った。
先ほど聞いたばかりの美声がこちらに容赦なく怒鳴ってきたのだから当然だった。自分が死んで生まれ変わったということだけでも手一杯なのに、次から次へと何なのだ。
軽くパニックになりかけるが深呼吸で心を落ち着かせ、問いかける。
「あ、あなたは誰…?」
どうにか声を絞り出すと、鏡に映る美少女の顔つきが怒りを帯びた。
「わたくしのことも知らないの? わたくしは栄えあるライセット公爵家の娘、アイリーン・ライセット様よ!」
アイリーン・ライセット。
この体の持ち主の名前はわかったが、私はそれどころではなかった。
ネット小説好きの妹に、異世界転生は二種類あるらしいと聞いたことがある。
一つは「前世を思い出した」と言って行動を改めるパターン。そしてもう一つは憑依のような形で成り変わるパターン。
話を聞いた時は大して興味もなかったので、深く考えたことはなかったけれど。
後者の場合、憑依する前の人格はどうなる。消滅するなら話は簡単だが、もしそうでなければ…?
「何をぶつぶつ言ってんのよ。あんたこそ何者なのかさっさと言えばどうなの?」
また私の口——いや、アイリーンの口が動いて、彼女が叫ぶ。
仕方ない。私は一旦考え事をやめて答えた。
「私の名前は瀬戸愛。愛って呼んでください」
相手の威圧感に気圧されて思わず敬語になった。アイリーンの方が圧倒的に歳下なのに。
「ふぅん。アイねぇ。わたくしの名前を借りたのね?」
「そういうわけじゃ…」
確かに言われてみれば似ているが。
「それなら話は早いわ。そんなにわたくしが羨ましいんだったら、特別にあんたをわたくしの召使にしてあげる。もう一度命令するわよ。アイ、わたくしの体から出ていきなさい。どういうつもりか知らないけれどわたくしの体に収まろうだなんて傲慢にもほどがあるわ。ただ、わたくしは寛容だから許してあげるけれど?」
「悪いけど、私にも全くわかってないんです。高熱を出して気がついたらあなたの体にいてて。だから出方もわからないというか、多分無理じゃないかと…」
何せ私の前世の体はおそらく死んでしまっている。まだ現実味がないが転生していることを考えれば確かなことであり、故に戻れるわけがないのだ。
そう思うとなぜか涙が出てきた。
前世には、家族や友人がいた。
なのにそれを置き去りにして死んでしまい、私は今、こんなところでわけのわからない女の子とわけのわからない会話をさせられている。
どうしてこんなことに、と思い始めると、止まらなくなってしまった。
私はこれからこの世界で生きていかなければならない。ろくに状況把握もしていない状態で、泣いていても仕方がないというのに。
「ど、どうしたのよ?」
アイリーンは動揺した顔で涙を流す私を見た。
今は私が彼女で、彼女が私なので、実際は鏡を覗いているだけなのだが。
彼女は私の涙を拭い、私が泣き止むまで黙って待ってくれていた。
——これが私と悪役令嬢アイリーン・ライセットの最初の思い出。
なんとも珍奇な出会いだった。
● ● ●
さて、泣き止んだ私は、少し清々しい気持ちになっていた。
どうせ死んでしまったのだ、今さら嘆いても仕方がない。そう割り切ることにしたのだった。
まず、アイリーンに一連のことを話した。
前世の話、転生についての話。そして悪役令嬢に待っている破滅という未来も。
「アイリーン…さんは、」
「アイリーン様よ」
「アイリーン様は、王子と知り合いですか」
「王子様とはただの知り合いじゃないわ、婚約者よ! ファブリス殿下は王位継承権一位の第一王子で、本当にお顔がよろしい方なの! 本当にお顔だけは何度思い出しても惚れ惚れしてしまうわ! もっとも、性格はナヨナヨしててみっともない雑魚だけれど」
「王子に対してずいぶんな酷評…。まさかもう知り合いだったなんて。婚約するの早過ぎじゃない?」
一昔前までのお見合い結婚より酷い。子供自分から結婚相手が決められているなんて狭苦しい生き方だなと私は思った。
「おそらくこのままではアイリーン・ライセットは死んでしまう。そのために王子との婚約をさっさと解消でも何でもして離れる必要があるでしょう」
「どうして?」
「だって死にたくないじゃないですか。私も自信を持っては言えないけど、多分それで破滅は防げるはずなんです。そうしたらあなたの将来も安泰ですし、私がどうにかこの体から抜け出す方法もわかるかも知れませんから…」
子供に言い聞かせるような気持ちで私は言った。
さすがにどんなワガママお嬢様でも自分の命がかかっているとわかれば聞いてくれるだろう。彼女との折り合いの付け方を考えるのはそれからでも遅くない。
そう思っていたが。
「破滅? そんなの知らないわ!」
自信に満ちた顔でアイリーンは笑った。
「婚約破棄なんて馬鹿なこと、あるわけないじゃない。わたくしはこんなにも美しいのよ」
「でも美人は三日で飽きるって言いますよ」
「絶対に飽きさせるもんですか。ファブリス殿下の心くらい簡単に掴めるわ!
王妃になるのはわたくしよ、誰がなんと言おうと。わたくしに並び立てるほどのお顔を持っているのはファブリス殿下くらいしかいないもの!」
ファブリス王子に会ったこともなければ前世の物語などで見たこともないので、どの程度のイケメンなのかは知らないが、それにしても。
「いくらイケメンでも王子はあなたを捨てる。そしたら破滅なんですよ。だからお願い、どうか話を聞いて!」
「わたくしの召使のくせに生意気ね。召使はわたくしを信じていればいいのよ!」
まるで話にならない。
せめて、頭の中でうるさくするくらいなものなら私にも制御できた。だがアイリーンは現実にこの体を動かせるわけで、私がどう行動しようが彼女の意思一つで制止できてしまうのだ。
とんでもなく厄介なことになってきた。
こんな性格では到底王妃など務まらない。婚約破棄からの破滅まっしぐらだ。
しかし本人は王子と別れたくないという。せっかく授かった二度目の人生、彼女のワガママのせいで終わりたくない私は必死に考えた。
どういう仕組みか互いの考えは漏れ出ることがないらしい。同じ体を使っているのに、アイリーンとの意思疎通は口頭でやるしかない。
もちろんその方が助かる面は大いにあったが、そのせいで後々困りそうな気もしないでもなかったりする。
(やっぱりこれは性格をどうにかするしか…。こんな自分勝手な子供のままでは絶対ダメよね)
「あんた、どうせわたくしのことをワガママだの何だの思って、いい子にさせようとか企んでるんでしょう!」
思考は漏れないはず。なのに、速攻で何を考えていたかバレた。
鏡の中の銀髪美少女が驚きの表情になる。しかしすぐにアイリーンによって笑みに戻された。
「お父様もお母様も侍女たちもみんな淑女たれってうるさいの。でもわたくし、完璧な淑女になるだなんて御免被るわ。わたくしはわたくしのやりたいようにするんだから!」
腰に手を当てて、いかにも悪役っぽく笑う彼女は宣言する。
「悪役令嬢だろうが何だろうが知ったこっちゃないわ! 見てなさい。破滅なんていうものはこのアイリーン様が真っ向から叩き潰してやるわよ!」
私は頭を抱えたくなったのは言うまでもない。