1-03 みんな死ぬので平和です
ダンジョンにて、
落とし穴に落ちて串刺しになった。牛の魔族に真っ二つに叩き割られた。毒矢が刺さって全身の穴という穴から血が吹き出した。竜の炎で灰燼になった。人の呪いで体が捩じ切れた。食糧が手に入れられずに空腹の末倒れた。蛇の魔族に丸呑みにされた。森人の弓矢が脳天を貫いた。睡眠ガスが吹き出して来た。背後から気付いたら剣が腹を突き破っていた。狼の魔族に全身を切り裂かれた。人の剣技に首を落とされた。土人の大槌に盾ごと体を砕かれた。遠距離から一方的に矢の雨を浴びせられた。水人の槍術に胸を貫かれた。雷に全身を貫かれた。底なし沼に沈められた。人型の魔族に首をへし折られた。鷲の魔族に空へと連れ去られてから落とされた。
ダンジョンを誰かが踏破した。外に出れば生き返った皆が等しく祝福した。和気藹々と人族も魔族も何もかもが肩を組んで今日の死に様を笑い合う。明日もまた皆ダンジョンに入っていく。そして死ぬ。
複雑に入り組んだダンジョンを人が歩んでいく。
踏破者として指定されたのは数ヶ月振りだった。
斬撃を彼方まで飛ばす刀と魔法と呪いを跳ね返す盾を装備している。また万病も欠損すらもたちどころに治す薬も複数携えている。どれもダンジョンの外では手に入らず、売れば遊んで暮らせる代物ばかりを手に入れて、この道中は順風満帆である。
感覚的に、半分を過ぎた頃。踏破出来ればその頃には夜になっているだろう。
「……おっと」
視覚的に巧妙に隠された罠も見抜いて跨いだその先に。
ぷつっ。
「あっ」
二重に仕掛けられた罠。気付いた時には脇腹に矢が突き刺さっていた。
「……ごぼっ!!」
……毒矢。口から血が溢れ出して来て、体が崩れ落ちる。それでも辛うじて薬を手に取り、飲み干した。
「あ、うう、はぁ、はぁ……。こんにゃろ!」
毒矢を引き抜き、投げ捨てる。脇腹に空いた穴もその時点で治っていた。
「くそ……薬、残り一つか……」
顔を持ち上げると、目の前から魔族達が早速臭いを嗅ぎつけて来ていた。
「やべ……」
後ろに一歩下がりながら対応策を練ろうとすると。
どん、と何かに当たって。
「……あ、こんにちは」
「お疲れ! 勇者様!」
音なく這い寄って来ていた、デカい蛇の魔族に何をする間もなく締め上げられた。
*
竜が久々にダンジョンに潜れば、妨害者としてダンジョンの中盤に配置された。
妨害者としては、いつもは最深部に配置されて、踏破者が基本やって来る事もなく退屈に時を過ごすばかりなのだが、こうして踏破者がやって来易い場所に配置されたのが嬉しいかと言われればそれも違う。
二足で歩きながら何者も灰燼と化す炎を吐き、体術と魔術の両方も高精度にこなす竜は、それでも一歩一歩慎重に動く。
すると先の曲がり角から、唐突に二足で歩く牛の魔族が現れた。
踏破者としてのその牛の魔族は気配を消すマントを羽織っており、姿を表すまで微塵も気付けなかったのだ。
「魔王様っ!?」
「ぅおらアアっ!!」
中途半端な距離。瞬時に竜は牛の魔族に襲い掛かるも、爪が届く前に牛の魔族は予め構えていた魔術書を発動させた。
「…………」
「じゃ、そういう事で」
瞬時に全身が固まり、指の一つも動かせなくなった竜に対し、牛の魔族はそくささと逃げていく。
……またこれだよ。
強大な力を持つ故に、惜しみなくアイテムを使われて放置される。
牛の魔族が踏破に失敗し、皆が等しくダンジョンの外に放り出されるまで、竜は虚しく固められたままだった。
*
ダンジョン。
それは、脈絡なく一定の地帯に新たな法則を追加してしまう自然現象の結果を示す。
誰も訪れた事のない秘境から、街並みのど真ん中にまで。ダンジョンが出来る理由は未だ微塵も解明されていないが、ダンジョンで以下はどこでも共通している事だけは分かっている。
・入ると踏破者と妨害者に分けられる。踏破者はダンジョンの奥にまで辿り着ければ手に入れた全てを持ち帰る事が出来る。妨害者には踏破者を殺害せしめた場合、踏破者の持っている物を一つだけ持ち帰る事が出来る。それぞれの役割を逸脱する行為は不可能。
・体が粉微塵になろうとも、ダンジョンに入る前の状態を再現されて放り出される。
・ダンジョンの中にある物は、未だ何一つとしてダンジョン外で再現が出来ていない。
「要するに、ノーリスクのギャンブルが出来るって訳だ」
夜の酒場にて、牛の魔族はそう結論付けた。
「聞いていいか?」
「死ぬ痛みはそのまんまだぞ。俺なんて今日は全身穴だらけになって死んじまった。
それと、死ぬ前の俺と死んだ後に放り出された俺が一緒かなんて、知らん! そんな事悩んでたら一攫千金なんて出来ねえな!」
「今日は生きたまま丸呑みされたんだ。……あの生臭くて生温かくて全方位から絶え間なく揉まれながら全身が生きたまま溶かされていく感覚……今思い出しても勃起しちゃうね」
遠くから魔族と一緒に酒を飲んでいる人間が、妙に透き通る声で気持ち悪い事を言っている。
ドン引く声が続くが、その中で勇者様とかいう声が聞こえて来たのは冗談だろうか?
「……いや、それは知ってる。別に聞きたい事があってな。
もし、この俺が踏破者になったとして、俺の能力やらを使って有利に事を進められるのか?」
「残念ながら全員平等なんだよな! あんたみたいに強い能力を持つ魔族が踏破者になったら、妨害者も相応に色々渡されるからな。
そうだなー。ほら、マスターは見ての通り竜だろ? 口から何でも吐けるし、魔法も何でもこなす魔王様だ。そんなマスターが踏破者になったらヤベえの何の。
人にはゴギャッ、ぶちゅぅ、っていうような呪いを掛けられる魔導書やらが配られるし、俺みたいな筋肉バカにはドガンッ! ってレベルの大弓が配られたとかな。
まあ要するに、だ。誰が踏破者になろうとも、かなーりギリギリな条件でしか踏破出来ないように仕組まれてるんだ、ダンジョンってのは」
「その魔王様は踏破出来たのか?」
竜が直接返した。
「十回以上踏破者になって、一度だけな。その甲斐あってこんな道楽みてえな店も営めてる訳だが」
助かってるよー、と各所から声が上がる。
「……やめておく」
「そりゃー残念だ」
素質としては竜に負けず劣らずの力を持つはずのその魔族は、酒場の盛り上がりとは裏腹に冷めた顔をしながら、最後にこの酒場の全員を微塵も理解出来ないような目で見回した。
「死弄者ってのは本当にイカれてるんだな……」
……ダンジョンに挑む者達は、日課の如く毎日死んでいく。毒に蝕まれ、焼かれて、痺れて、切り刻まれ、串刺しになり、時に生きたまま食われたり、呪いによって生きながらに体の内部から腐り果て。
死ぬ直前までの記憶がどこまでも鮮明に残っているのにも関わらず、それを食事や排泄と等しく扱い、ダンジョンから出ればどれだけ種族が違おうとも、殺した相手とすらも肩を組んで笑い話にしてしまう。
その強大な魔族が出ていくと同時に、蛇の魔族が入ってくる。蛇には普通ないはずの二本の腕を生やす、人を丸呑みに出来る大きさのその魔族は、店に入ると同時に。
「今夜は俺の奢りだー!!」
今日の踏破者を丸呑みにして手に入れた大金を店の中にぶちまける。
その丸呑みにされたその勇者様は光悦した顔をして。
「俺の前の体、まだあの胃袋の中で溶かされてるのかな……」
マスターの竜も蔑んだ目をしていた。
*
深夜、荒れ果てた店の中。
竜が両腕と尻尾を使って、酔い潰れた様々な客をぽいぽいと外へと出していく。
国や地域によっては人族と魔族は未だいがみ合いを続けているが、ダンジョンの周辺は例外だ。
死弄者という蔑称が流布してはいるが、これ程までに人族と魔族との共存が出来ている場所が他にあるだろうか?
こうして数多の種族をごちゃ混ぜにして地面に放っておいても、朝になったら死体が出来上がっているという可能性は微塵もない事は、この街で長く生きて来た竜自身が一番知っている。
勇者はまだピンピンとしながら酒を嗜んでいる。
「それはそれとして悔しいなー」
竜が聞く。
「タヌキ。お前何度目だ?」
「四度目。今度こそ行けると思ってたんだけど、一つのミスで胃の中ですよ。気持ち良かったけど」
「……俺も竜の力を授かれるとかで良く食われるんだよな」
「毎回食われて終わるのはつまんねえな」
気持ち悪い発言はどれも無視して竜は返す。
「……それでも四度目にして半分以上踏破するのは凄いな。生粋の死弄者だよ、お前は」
「そういうカブラは五回目で踏破したんだろ? 次で踏破しなきゃなー」
カブラと呼ばれた竜、本物の魔王が勇者の空になったグラスに酒を注ぐ。勇者タヌキはそれをぐいと飲んでから言った。
「ま、また明日からか。何か手伝う?」
「あいつら、明日また来るだろうから備えておいてくれ」
「あー、はいはい」
……人族と魔族は相入れない。
同等の知性がある。思いやりもある。相入れられる理由があろうとも、軽く体を振り回しただけで人族を弾き飛ばせたり、生身一つで大空から炎を吐いたり出来る存在に恐怖を抱くなという方が無理である。
また力に溺れて人族を襲う魔族は今でも数多に居るし、人族が魔族を素材とばかり見做して一方的に虐殺した例もこの世界には数え切れない程にある。
世界は今でも血を血で洗っている。魔族も人族も自分達を導き、そしてもう片方をこの世から滅してくれる存在を今も尚求め続けている。
しかし、そのような素質を持つ者達は決まってダンジョンに吸い寄せられていた。
平和ならここにあるじゃないかと、何も関係なく笑える場所は既にあるのだと。
今日も今日とて、魔王と勇者、カブラとタヌキはそんな死弄者を異端と見做して平和を脅かす不届きもの達を出迎える。
先日にやって来たその魔族が、精鋭を連れて再びやって来ていた。目的はやはり……。
「魔王様。どんな手を使っても来て貰います。……隣の人間は?」
「被虐趣味の勇者」
「蛇に丸呑みされる程度の奴が勇者な訳」
「あ、勇者の力はダンジョンでは使えないだけなんだ。すまん」
「……は? それでは貴様、本当に本物の」
その次の瞬間、自らの頭が地に落ちた音を聞いた。
「それじゃ、今日も平和を守りますかね」
目に見えない速さで筆頭魔族の首を落とした勇者に続き、魔王が先鋒の臓物を抉り抜く。
「魔王様……何故……」
「言っても分かんねえよ」
今日も無事、平和は保たれる。
……しかし、それを世界が許す事は未来永劫ないのである。