1-22 メスガキ☆パニック! ~ クソザコナメクジ♡ワカラセ奇譚 ~
俺――久保和志は定職にも就かず、日がな一日家で遊んで暮らしてる。
「あんれ~?☆ いいお天気なのに、まーたお部屋に引きこもってるんですかあ?♡ ナメクジみたいでキモイですねえ♡」
そんな俺の部屋に、紗綾ちゃんが遊びに来る。
ゲームしてると、俺の前に座ってよりかかってきたり。マンガを読んでると、顔を近付けて一緒に読もうとしたり。
俺がドキマギしていると、決まって上から目線で、
「大人のくせに、小さい子相手に意識しちゃってんだ~? 変態♡ロリコン♡くそざあこ♡」
と、からかってくる。
でもやっぱり拒めない。
だって俺はゲームもマンガも、メスガキ紗綾ちゃんも大好きだから!
メスガキによって様変わりした世界で、紗綾ちゃんの夢を叶えたい。
だから俺は、いつかなりたいって思うんだ。
君だけの、離解者に。
東京は、最高気温三十六度を超える猛暑日。
灼熱地獄であろう事は、ブラインドカーテンの隙間から漏れる強烈な光で察しがつく。こんな日は家に引きこもり、ゲーム三昧に限る!
今ハマってる格闘ゲームは販売開始から日が浅く、平日昼間のオンライン対戦も数秒でマッチングされる。
名も知らぬツワモノニートと死闘を繰り広げ、俺もだいぶ強くなったなと思っていたら――。
ピンポーン、ガチャ。
「ひゃ~☆ 中、すっずしぃ~!」
家主の返事も許可もなく、当然のように部屋に上がる女児一人。
「うわっ、やっぱゲームしてる~。ゲーオタニート、キモッ☆」
「挨拶代わりに罵倒すんの、やめてもらっていいですか?」
少女は冷凍庫の扉を開けると、アイスキャンディーを口に咥え、ベッドに座る俺の元にやってきた。
「バニラ飽きた。チョコミント買ってきて♡ クソザコニート♡」
「罵倒ついでに、パシらないでもらってもいいですか!?」
この子の名前は紗綾ちゃん。自分では十歳と言ってるけど、本当のところは分からない。
とはいえ茶髪ツインテ低身長、白タンクトップに桃黒シャツ。デニムのホットパンツから伸びる焼けた足は、まごうことなき小学生女子なわけで。
「カズくんって、格ゲー好きなの?」
「格ゲーってか、ストファイだな! 初めてハマったゲームで、コンボもキャンセル技も指が覚えてるっつーか、DNAレベル? 特に今回の最新タイトルは評判良くて、どのキャラも極めればしっかり勝てる神バランス調整! 純粋にバトルの駆け引きが楽しめるし、技もフレーム単位で――」
「早口キモーイ☆ 熱弁奮って室温上げんな、キモオタニート♡」
そう言うと、紗綾ちゃんはシャツを脱いでタンクトップ姿になった。
胡坐の俺に背中を向けると、「さーや☆あたーっく」と叫んでぶつかってくる。
咄嗟に片手を離し受け止めた俺は、対戦相手の強パンチをモロに食らってしまう。慌ててコントローラを持ち直すも、自キャラはコンボの餌食になっていた。
いや、それよりも。
今の俺の恰好は……胡坐の股間に座る紗綾ちゃんを、後ろから抱き締めているわけでっ!?
「いっけー☆ よっけろー! ぶっころせー♡」
交互にパンチを繰り出して、応援してくれる紗綾ちゃん。
そのたびに、小さなお尻が股間にぎゅいんぎゅいんツイストして、とてもじゃないが集中できない!
腰で支える確かな重み、じたばた動く小麦の細足、うなじに浮かぶ小さな汗玉。
見下ろすタンクトップの隙間から、見えそで見えない胸の影まで!
日向のかほり漂う少女の全てが、俺の理性にハドーケン!
『ユー、ルーズ』
ゲームでもリアルでも、一方的な負け試合。
座ったままの紗綾ちゃんは、俺をジト目で見上げてくる。
「あーあ、負けちゃった。くっそ♡ ざっこ♡ クソザコナメクジ♡」
「しょうがないだろ。こんなんでゲームに集中できるわけ……」
「こんなん?」
しまった! と思った時にはもう遅い。
座り心地の悪さに気付いた紗綾ちゃんは、立ち上がると、背中越しに俺の短パンを見下ろした。
不自然なシワを見つけると口角を上げ、嘲笑混じりの言葉を吐きつける。
「あれあれ~? 大人のくせに小学生にコーフンしちゃったんですか~♡ これだからヨワチンドーテーは~♡」
白いアイスキャンディーの先端を、真っ赤な舌先でチロチロ舐めながら、顔を近付けてくる紗綾ちゃん。
俺は俯いて視線を逸らすけど……胸チラタンクトップと極小ホットパンツが視界に入り、俺のアイスキャンディーが、ますますチョコモナカジャンボしてしまう!
その時、頭の上にポンと小さな手が置かれた。
「仕方ない子でちゅね~、カズくんは☆ 定職にも就いてない、ロリコンオジサンでちゅもんね~?♡ ゲームでKOされたら、さーやちゃんにOKしてもらえるかもって思ったんでちゅか~あ?♡」
「べっ……別にロリコンじゃねーし! 働いてねーわけでもねーし!」
すると紗綾ちゃんはくるっと背を向け、両手で後頭部を支えた。
つるつるの腋を惜しげもなく曝け出し、ちょっとだけ拗ねて見せる。
「やっぱりカズくんも……大人の女の人がいいの?」
「いいも何も……」
「だって、ロリコンじゃないって言ったじゃん! それってさーやの事、好きじゃないって事じゃん!」
「ええっ? 確かに俺はロリコンじゃないけど……紗綾ちゃんの事は大好きだよ」
「……っ!?」
真っ赤な顔で振り返った紗綾ちゃんは、胡坐の膝を両手で押して、ぐいっと俺に詰め寄ってくる。
「もういっかい言って。ちゃんと、さーやの目を見て言って!」
俺は右手を掲げると、お返しとばかりにふわふわの茶髪を撫でた。
「紗綾ちゃんはメスガキだけど、手のかかる妹みたいで俺は大好きだよ。よしよし……ってぎゃははは!」
紗綾ちゃんはいきなり、俺の脇腹をくすぐった。たまらず仰向けにひっくり返ると、更にマウント取って追撃してくる。
格ゲーで鍛えたガードテクも、リアルでは全くの役立たず。首、腋、脇腹の三点攻めじゃ、ガードしきれるわけがない!
「あは♡ 大人なのにくすぐりに弱いなんて、ガキはどっちでちゅか~?♡」
「いひっ、やめて! 腹筋苦し……腋は、マジダメっ、ギャハハハ!」
「こんなビンカン♡ザコワキだから、いつまで経ってもさーやの事、離解らんないんだよおお?♡♡♡」
「わかった! わかったからやめて! 変な性癖開花しちゃう~!」
その時、突然玄関の扉が開いた。
「大変だ和志! 真司がメスガキに襲われて……って和志まで!?」
ベッドでじゃれ合う俺達を見て、田淵のオッサンが膝から崩れ落ちた。
* * *
「つまり真司は、渋谷のドンキホーテに連れ去られたって事か。これだからイケメンは……気を付けろって言ったのに」
紗綾ちゃんの格ゲープレイに目を奪われつつ、俺は田淵さんから詳しい話を聞いていた。
「渋谷はエリア・メスガキだ。免疫のない俺達が乗り込んでいっても、無事に帰ってこれる保証はねえ」
「徒党を組んだメスガキの煽りは、精神崩壊を起こしかねないからな……こいつは仕事の依頼って事でいいんだよな?」
「もちろんだ。だから頼む!」
禿頭を下げる田淵さん。聞き耳を立ててた紗綾ちゃんが、ぽつりと呟いた。
「さーや、いかなーい」
「んなっ!?」
「ハゲは性欲強いんだから、自分で助けに行けばいいじゃん。あ、雑魚モブだからそんな勇気もないか☆」
「ああん!? メスガキが偉そうな口利きやがって。元はと言えばお前らのせいで……」
立ち上がって紗綾ちゃんを威嚇する田淵さん。俺はその前に立ちはだかった。
「あんた、真司を助けたいのか? 紗綾ちゃんをワカラセたいのか? どっちなんだ」
「うっ……すまん和志。メスガキの煽りを聞くと、どうしても抑えられなくてな」
田淵さんは禿頭に手を添え軽く振った。そう、これは彼が悪いわけじゃない。
紗綾ちゃんが発している微弱なメスガキ波が、田淵さんの脳を刺激して、ワカラセ衝動を誘発しているだけだ。
分かってはいても……生意気少女のしゅんとした顔を見るのは、胸が痛い。
「行こうよ、紗綾ちゃん」
「ヤダ」
「この前、メイド服着たがってたじゃん。ドンキのコスプレコーナーにたくさんあるんだって」
「えマジ? じゃあ行く。メイド服着て、カズくんのクソザコメンタル♡崩壊させてやる♡」
高速で機嫌を直した紗綾ちゃんは、シャツを羽織ると俺の腕にしがみついた。
三人でアパートを出ると、田淵さんが神妙な顔を向けてくる。
「俺も仲間に声かけて、ドンキの外で待機してようか?」
「いや、今の渋谷は行くだけで危険だ。ここは俺達に任せてくれ」
「そうだぞデクノボー☆ いい年こいてイキってねーで、マスかいて寝てろよハゲざあこ♡」
紗綾ちゃんのメスガキ煽りに、今度は歯を食いしばって耐える田淵さん。
「分かったよ……頼んだぞ。メスガキと、離解者」
「ああ、任せろ」
「ねーねー、クソザコ☆カズくんはどんなメイド服がいい? 普通にロング? やっぱミニスカ? バニーガールもありかも~♡」
腕にひっついて離れない紗綾ちゃんと一緒に、俺は駅に向かった。
渋谷のメスガキを、離解せに。
* * *
二十年前、突如現れた新型メスガキウィルスによって、人類は存亡の危機にあった。
六歳から十四歳の女児のみ感染する未知のウィルスは、解離性メスガキ症候群を発症させ、女児の成年男性に対する行動様式を軽視、嘲笑、罵倒――つまりはメスガキ化してしまう。
一度感染すると成長はストップし、一生メスガキよくてロリババア。今では妙齢の女性はすっかりいなくなってしまった。
両性は分断され、メスガキ達は繁華街を占拠。男達はオフィス街で仕事するのみとなった。
人類は、家族と赤子を同時に失う事になってしまったのだ。
そんな中、稀に男性の中に『離解者』と呼ばれる、メスガキ耐性が強い人物が現れるようになった。
彼らは一時的に解離性メスガキ症候群を屈服――メスガキを離解せる事ができる。
メスガキにとっても『離解者』は種の存続に必要なため、主にイケメンを誘拐し、メスガキ懺悔室で罵倒療法による覚醒を促す。しかしほとんどの離解者候補は耐えきれず、メス堕ちしてしまうという。
早く救出しなければ、真司が壊れてしまう。
俺と紗綾ちゃんは、煽りの女子が根城とするメスガキの殿堂――渋谷のドンキに足を踏み入れた。