1-20 セ〇ールでござーる? ~ハリウッドスターの異世界無双チャンネル~
女神と魔神が余興のために創り出した盤上の世界アルコニア。
そこでは生物すべてが役者であり、一つ一つの行いが動画として楽しまれ神力の付与という形で評価される。
ある時、世界の片隅で事件が起きた。
魔法学院の生徒たちを乗せた飛空艇が、魔境と呼ばれる大地に不時着したのだ。
大型魔獣の闊歩する魔境から帰還した人間はかつて一人もおらず、生存は絶望的と思われた。
だが奇跡は起こった。
生徒の一人サラが召喚術で呼び出したのは、まさかのセガー……セーガル。
合気道をベースにしたアクションが人気の俳優だ。
彼からすれば大型魔獣もテロリストの罠も、生存者によるバトルロワイアルだって朝飯前。
ハリウッドスターの大活躍に、神々の記す掲示板は大盛り上がりだ。
神力を得て更なる強さを手に入れたセーガルは子供たちを救えるか? 契約期間内に地球に戻れるか?
ハリウッド風異世界配信チャンネルの、始まり始まり――
場所はアメリカ、ラスベガス。
レッドカーペットの両脇を無数の観客が埋め尽くしている。
拍手と歓声、そしてカメラのフラッシュの洪水の中に、私はたたずんでいた。
名はライク・セーガル。ハリウッドスターだ。
移民の子として艱難辛苦を舐めるも、出世作となった『静寂の戦艦』が興行収入一億五千万ドルを突破。
三十五歳にして、今や不動の地位を確保している。
――セーガルさん、アカデミー主演男優賞受賞のコメントをお願いします!
――次の作品のご予定は……っと君誰!?
マイクを構える報道陣の下をかいくぐるようにして、小さな女の子がひょこりと顔を覗かせた。
「あたしフィーネ! ねえタイバック! サインちょうだい!」
元気いっぱいに『静寂』シリーズの役名を呼ぶと、笑顔で色紙を差し出してくる。
身長百九十を超す私に届かせようと、ぴょんぴょん必死に跳ねている。
――ちょっと君! ダメだよ勝手に入っちゃ!
――警備! 何してんだ!
警備員そしてマネージャーが慌ててフィーネを阻止しようとするが、私は構わず色紙を受け取りサインをしたためた。
「ありがとうフィーネ。君は僕の映画が好き?」
「うん! 強くてカッコいいから大好き! 次はいつ出るの!?」
「そこは約束があって言えないんだがね。近いうちに、ということだけは保証しよう」
「ホント!? 約束だよ!?」
フィーネはサイン色紙を胸に抱えると、太陽のように眩しい笑みを見せた。
「パパとママとグランパとグランマとロニとミカも連れて絶対観に行くから!」
「おっと、これは責任重大だな」
俳優にとって、ファンの笑顔は命の源だ。
フィーネを失望させないような作品を作らねばなと身を引き締めた、次の瞬間――
「……むっ!?」
周囲で突風が渦を巻いた。
かと思うと、青白い光が地面を走り何かの図形を描いた――これは六芒星!?
「――テロか!?」
爆弾の類だろうか。
有名になるにつれ様々な嫌がらせを受ける機会が増えだが、まさかここまでとは……!
「逃げろ!」
とっさの判断でフィーネの体を掴むと、マネージャーに投げ渡した。
続いて自分自身も六芒星の外へ――だが、それは叶わなかった。
光は輝度を増し私を呑み込み、そして――
〇 〇 〇
気がつくと、円形の部屋にいた。
天井も床も石灰岩で出来た、天然の洞窟のようだった。
「一体何が……?」
ペタペタと体に触れてみるが、痛みや肉体の欠損は無い。
意識を失っている間にラスベガス近傍のカールズバッド洞窟にでも運ばれたか?
誘拐して、身代金でも奪うつもりか?
「……む? 誰だ?」
悩む私を覗き込む、複数の視線を感じた。
振り向くと、視線の主は子供だった。
年の頃なら十六、七か。それが十人。
上は紺地のブレザー姿、下は男子がズボンで女子はスカート。
杖や剣のようなものを構えている様子を見るに、学生たちが劇の練習でもしていたのだろうか。
杖の先端に灯った光が洞窟内に明かりをもたらしているが、そういった形の玩具なのか。
「なんだこのおっさん?」
「この状況で人間を召喚するとかマジかよ」
「おいどうなってんだサラ!」
私を見た生徒たちは一瞬戸惑い、それはすぐに失望に変わり――やがて怒りへと変化した。
怒りの矛先にいたのは赤毛のツインテールの少女だ。
サラと呼ばれた少女はぺたんと地べたに尻餅をついたまま身を震わせ、この事態に誰より驚き、怯えている様子だ。
「召喚術はおまえの唯一の得意分野だろうが! なのに人間なんか召喚してどうすんだよ! はあーつっかえねえ!」
金髪のツンツンヘアの不良じみた男子が激昂したように壁を叩くと、その取り巻きと思しき連中が同調した。
口々にサラを罵り、唾を吐いた。
「やめろ。サラは皆のためを思って……っ」
水色の髪の少女がサラを庇うべく立ち向かったが、皆は構わずサラを責め続け、失望と怒りを叫び続けた。
「待ちたまえ。状況はわからんが、多数で女の子をイジメるのはよくない」
私も仲裁に入ろうとしたが、誰も取り合ってはくれない。
「もういい! おまえらなんか追放だ! おら皆行こうぜ!」
金髪ツンツンヘアの男子に続き、皆はぞろぞろと部屋を出て行く。
最後に残されたのは私、サラと呼ばれた少女。そしてサラを庇った少女の三人だけだった。
「ありがとね、パティマ」
友人が庇ってくれたことが嬉しかったのだろう、サラはホッと表情を緩めると、少女――パティマへの感謝を口にした。
お尻をはたいて立ち上がると、すぐに私に向き直って笑って見せた。
「っと、ごめんね放置して。急に呼び出されてびっくりしたでしょ? あたしはサラ。あんたの召喚主よ」
〇 〇 〇
「……なるほど、君たちはリディア王国魔法学院の生徒で、魔法使いの卵であると」
「そうそう。そんでもって王都の大サバトに参加する途中で飛空艇がエンジントラブルに遭って魔境……魔物たちの国に墜落しちゃって……」
「皆、ホウキで飛んで脱出した。サラはホウキが苦手なので、わたしが一緒に連れて飛んだ」
「うう……その節はありがとだったよパティマぁ~」
パティマに抱き着いて感謝の意を伝えるサラと、私を見てドヤ顔を浮かべるパティマ。
ふたりの仲がいいのはけっこうだが、しかし困ったな。
まさか地球ですらない異世界に呼び出されるとは……。
「そうか、これが『ナロー系』というやつか」
「……何それ?」
「マネージャーが言っていたんだ。近頃日本で流行っている物語の系統であると。なんの変哲もない主人公が突然異世界に召喚され、覇道を突き進むのが喜ばれているのだと」
「ええと……別に覇道を突き進む必要はなくて、せめて近くの街まで行くのに協力してくれればと思ってるんだけど。でもあんたってただの俳優なんだよねえ~」
「ちょっと待て」
口の前に人差し指を立て、サラのお喋りを止める。
部屋の外。二人の杖の先端に灯った光によってわずかに薄められた闇の奥から、複数の足音が近づいて来る。
「……ゼクタたちが戻って来たのかな?」
「いや、違うな」
あの生徒たちが今さら戻って来るとは思えない。
足音も十や二十では聞かない大人数だし、金属系の装具がカチャカチャとぶつかるような音も聞こえて来る。
しかも――
「なんだこの臭いは……?」
雨上がりの犬の臭いを数倍に煮詰めたようなのが鼻先をくすぐる。
思わず顔をしかめた瞬間、「アオオオーン!」という遠吠えが洞窟内に木霊した。
「この声は……コボルド!?」
怯えたようにサラが叫ぶ。
「コボルドとは?」
「二足歩行する犬よ。森のドワーフって呼ばれるぐらい手先が器用で、その上……」
「多産だから数が多い」
パティマが捕捉をした瞬間、コボルドが部屋に侵入して来た。
身長は百六十~百七十ほどだろうか。
犬頭人身で、金属製の胸当てや腰当て、剣や槍で身を固めている。
ざっと見える範囲で数は十。足音の数からすると、部屋の外にはこの倍はいるだろう。
「下がっていたまえ」
部屋の広さと地形を確認しながら、二人に部屋の隅へと下がるよう指示する。
「ちょっと何するつもり!? ただの俳優がコボルドに勝てるつもりなの!?」
「素人が勝てる相手じゃない。やめた方がいい」
焦りを含んだ声音で二人が言うが。
「だが、唯一の逃げ道は塞がれている。相手は武装しているし、数もこちらの十倍以上だ。見たところ君たちは戦闘のプロではなさそうだし、ならば私が活路を切り開くしかない」
「あんただってプロじゃないじゃん!」
「いいや違う。私はプロだ」
油断なくコボルドを見据えたまま、私は告げた。
「プロの俳優、かつハリウッドスターだ。手に届かぬ星にすら例えられる、全世界のファンたちの憧れの的なんだ。必然、役柄に成りきるのは得意中の得意でね……」
泰然と構える私を不思議に思ったのだろう、先頭のコボルドたちが疑問の声を上げる。
「なんだこいつ!? どうして逃げないんだワン!?」
「ええい、とにかくやっちまうんだワーン!」
ユーモラスな語尾だな、と思った瞬間――正面の敵が片手斧を振りかぶった。
「――ふん!」
私は左に避けざま、片手斧を持った敵の手首を取った。
そのままぶんと腕を回すと、頭から地面に投げ落とした。
「コックにして元軍人――タイバックの得意技、合気道の入り身投げだ」
後頭部をまともに地面に打ち付けたコボルドは泡を噴いて気絶。
まさかの出来事だったのだろう、同胞たちの間に動揺が広がった。
「一体何が起こったんだワン!?」
「魔法……武術!? わけがわかんないワン!?」
武装してはいるが、一人の重さは百キロにも満たない。
訓練を積んでいる様子もなく、戦略がある気配もない。
あとは意外と気が弱い。
ならば勝ち目は十二分。
わたしはニヤリと口元を緩ませた。
「脱出+アクションバトルものか。得意なジャンルだ」
半歩、左足を前に出した。
右足を後ろに引いて半身になった。
手を太ももの前に下ろすと、重心をわずかに落とした。
「子供たちを無事家に帰し、一方で契約期限までにスタジオに戻る。なかなかに厳しいタスクだが……」
フィーネとの約束を胸に抱きながら、私はコボルドたちに対した。
前にした手をくいくいと動かし、挑発した。
「いいだろう、ハリウッドスターの本領発揮と行こうじゃないか」