1-18 ダンジョン住まいのドラゴンと配信者な腹黒獣医さん
【この作品にはあらすじはありません】
『マンションに住むのは魔物だけ。人間は立ち入ることができても、住むことならず──』
ある日突然、世界各地に不思議な建物が現れた。
それは日本や中国、アメリカといった、多くの国に現れた。建物といってもコンクリートのビル群とかじゃない。土でできた、大きな建物だ。
ただ、雨が降れば崩れるだろうと思われていたそれらは、俺たち人類の予想を裏切っていく。雨だろうと台風だろうと、崩れることはなかったのだ。
そんな不思議な現象は建物だけには留まらず、人間にすら変化をもたらした。
軍の兵士たちはもちろん、何の変哲もない主婦にすら現れる。物をを浮かせる超能力、水を出すことから、植物を成長させることまで。サラリーマンだって例外じゃない。空を飛んだり、一瞬で別の場所に移動したり……
もう超能力だろ!? って思えるような力が、ある日突然使えるようになったんだ。
どう使うのかわからないようなものもあるらしいけど……二十歳を越えた者なら、誰でも能力を得ることができていた。
「──まあ俺も、その一人なんだけどな」
俺は獣医である。だけど得た能力は【ダンジョン配信でわかる魔物の健康状態】というものだった。
スマホを使って、土の建物──ダンジョンと呼ばれている──の中にいる魔物たちの健康を確認することができるというもの。
これが病院でも使えたらどんなに楽か。ちきしょう。
「あー……これは、喉に骨が刺さってるな」
スマホをタップし、目の前のものを映した。そこには、画面に入りきらないほどにめちゃくちゃ大きな身体をしたトカゲがいる。非常に気持ち悪……友だちになりたくな……いや。とってもかっこいいトカゲだ。
左右の額には大きな角があり、口元にはすごく長い髭がついていた。細く鋭い目つきが印象的ではあるが、表情はまあ、怖いの一言につきるだろう。
全身は黒く、背中や尻尾には鱗がついている。その背中には二枚の大きな翼があり、少し動かしただけで突風が吹くほどだ。
トカゲのような、蛇っぽい見た目だけど、体はあり得ないほどに大きい。天井を突き破るかもしれないというハラハラ感があるほどに巨大で、何もかもが規格外だった。
そんなトカゲっぽいこいつに向かって、俺はスマホを翳す。するとスマホの画面が青く光った。
「おとなしくしててくださいね。喉、調べますから」
苦しそうにしているトカゲっぽいこいつにスマホを近づければ、全体の骨がしっかりと映る。尻尾の先にまで骨があり、恐竜のようだ。しかしこの骨、売ったら金になるんじゃね?
俺はひっそりとにやついた。
「うーん。これは、配信アイテム使った方がいいな。という事で、リスナーの皆さん。どれ使うべきだと思います?」
スマホ画面を見る。そこには、たくさんの文字が右から左へと流れていた。
【えー? 無難にピンセットとか?】
【そんなので取れるのこれ?】
【あ、だったらムイキャスのお茶機能使えば?】
お? まさかのムイキャスが出てくるとは。
ちなみに今俺が使っているのは、YouTuberと呼ばれる配信場所だ。
俺たち人間はこの建物……ダンジョンと呼ばれているここに来て、こうやって配信をしている。ダンジョンに入った全ての人間がというわけではないが、俺みたいに戦闘向きの能力を得られなかった者が、よくやっていた。
戦闘向きの能力を得た者は世界各地にあるダンジョンに赴き、そこにいる魔物と呼ばれる生き物たちを倒す。そこで得た物を課金して生活費を作っていく。
それがダンジョンの中で行う、基本だった。
だけど俺みたいに非戦闘能力保持者は、こうやってYouTuberなどの中を配信するしかない。突然、命だって危なくなる。だけど上手くやりくりすれば、俺みたいに魔物と交流できるようになるって寸法だ。
「……リスナーさんたちが、ムイキャスの方がいいアイテムある! みたいな事言ってたんで、ちょっと切り替えますね」
『……ほ、骨が喉にぃーー!』
大きなトカゲは見た目を裏切らない、図太い声で言ってきた。うるさいやつだな。冒険者にこいつの骨、売りつけてやろうか。
『そういう事は心の中で言って! この人、マジで怖い! それより早く取ってよぉ~!』
俺はイラつきを押さえ、ムイキャスへと切り替える。
ムイキャスを開けば、そこにはコインをはじめとした、箱や花束などが横に並んでいた。本来これは投げ銭と呼ばれる道具である。視聴者が配信者へとプレゼントすることにより、一部がポイントととして加算される仕組みだ。
ただこれは本来の使い方をするなら。という話だ。
この場所では外で行った配信で手に入れたアイテムは課金用ではなく、ダンジョン専用として使うことができる。
『……つ、つまりは、どういう事?』
よろよろと。青い顔色で尋ねてきた。
俺は大きなトカゲを見ることなく、淡々と説明をする。
「理屈とか、どうして~的な事は、俺にもわかりませんね。でもこのダンジョンって呼ばれてる建物の中は、配信関連アイテムが本当の道具として使えるようです」
『そうなの? だったら我輩も……』
「いや、あんたは使えねーから」
『ガーン』
「それよりほら。ちゃんと座ってください」
『いいなあー! マジで!? それ、めっちゃかっけぇーー! 使いたいなあ』
目の前にいる大きなトカゲが俺のスマホを見ながら笑っている。その場でスキップしてるせいか、軽く地震みたいなのが起きてるよ。
落ち着いてと言えば、大きなトカゲはふんすと鼻息荒くした。
というか、喉に刺さった骨はいいのかよ。元気だな、おい。
『なあなあ。これ、映ってんの? 我輩、映ってんの?』
「映ってますよ、ほら」
画面をトカゲに見せてやる。するとこいつは嬉しいそうに尻尾を振り、頬を赤くした。
いやでもあんた……
「鼻穴しか映ってないですけど?」
『……え? ま、マジ?』
「マジで」
あ、大きなトカゲが固まった。そりゃそうだろ。
スマホはあんたからすれば、指の爪先で摘まめるぐらい小さいんだぞ。そんなのが顔出したとしても、鼻の穴だけで埋まる。
そう説明してやれば、この大きなトカゲは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
『……うがぁ! こっぱずかしかぁ! 鼻毛出てたら大変たい!』
「いや、何語だよ。ってか、どこで覚えたんだよそんなの」
スマホでこいつを撮ってやれば、ピースだのをしている。しまいにはモデルみたいなポーズまでして、かなりノリノリだ。
それがいけないというわけじゃない。ないけど……
最強の力を持つ生物だって自覚はあるのか。それが心配だった。それとなくそのことを聞いてみても、のらりくらりと交わされるばかり。
いや別に、こいつがどうなのろうと知ったことじゃないけどさ。それにしたって、馬鹿……違うな。アホ。これもしっくりこない。天然……いや、全然かわいいとすら思えない。むしろイラつく。
「……どうでもいいですけど、アイテム使いますよ?」
喜び続ける大きなトカゲを無視し、ムイキャスのお茶をタップした。すると、お茶がスマホ画面から飛び出してくる。
俺は慌ててそれを受け止め、中身をのぞいた。
どこにである湯飲みの中に入っているのは紫色の水、のようなものである。ときどきボコッなんて音がするし、ネバネバした液体のような物まで入っていた。匂いはしないものの、とてもではないが好んで飲もう! なんて考えはおきない。
「…………うっ! これ、本当に飲めるの?」
『……うっへぇー。わ、我輩、これ無理。あ、ほら! 喉治ったし。もう飲まなくても……』
その瞬間、大きなトカゲは自分の喉を押さえて『痛い痛い!』と叫ぶ。
「そう簡単に治ったら獣医なんていらないですよ?」
ほら早く口開けなさいと、大きなトカゲこ前に置いた。トカゲは必死に嫌々って首を振っている。
「リスナーの皆さんの気持ちもこめられてるんだから。ほら、早くしなさい」
『う、ううーー! 死んだら恨んでやる!』
文句言いつつ、一気に水のような何かを飲んだ。しばらくすると大きなトカゲは動かなくなり、その場に倒れてしまう。見れば泡を吹いて、軽い痙攣を起こしていた。
「…………」
俺は無言で大きなトカゲに合掌する。するとスマホ画面にリスナーたちからの言葉が、たくさん流れてきた。
【やっべえー。この獣医、容赦ねー】
【ドラゴン、死んだ?】
【君の事は忘れないよドラゴン君】
などと、言いたい放題である。
俺はため息をつき、スマホで大きなトカゲ……ドラゴンを映した。
「貴重な実験体を失ってしまった」
『この獣医、鬼じゃん!』
復活したドラゴンが俺に向かって文句垂れる。その大きな指で俺からスマホをもぎ取り、ざまぁみろと胸を張っていた。しかし……
『うん? あれ? これ、何?』
ねえねえと、俺の肩を軽くつつく。そしてスマホ画面を見せてきた。
そこにはコインの隣に見たことのない、【進化】と書かれた、白いドラゴンのアイテムが置かれている。それに触れたとき、スマホの画面から長くてふさふさな尻尾が生えてきた。





