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1-13 素人質問で恐縮ですが

 考古学者ミス・ベリルは、助手の機械人形の男の娘ヒューゴと共に古代遺跡の調査に向かう。しかし、前人未踏と思われたその遺跡には、残忍な罠が仕掛けられていた。

 盗掘家と蔑んで憚らないトレジャー・ハンターの仕業に違いないと、ベリルは怒りが込み上げてくる。


 彼女にとっては、当時の人々の暮らし振りを伺い知れる遺跡そのものが宝だった。食事は? 衣服は? 宗教は? 芸術は? また、そこではどんな歴史が紡がれていたのか?

 それだけに金銭的価値の高い財宝や、魔法遺物を簒奪し、貴重な遺跡を破壊して憚らない彼らを彼女は憎んでいた。盗掘家が幅を利かせる原因を作っている蒐集家もまた、大切な研究対象を破壊する「敵」だった。


 スチーム・パンク世界を舞台に、人類の宝である遺跡を守るため、時に遺跡で、時に学会で、ベリルは今日も戦う。


「素人質問で恐縮ですが」


 彼女の宣戦布告のゴングが学会会場に鳴り響く。

 魔法科学学会、魔法遺物分科会の定例会。


「素人質問で恐縮ですが」


 ミス・ベリル・ルブランシュの一言で、詰めかけた二百人の聴衆に痺れるような緊張が走る。

 この枕詞が素人から発せられることはない。大抵は、その道のプロが使う。至って謙虚な気持ちから出る言葉なのだが、それが時に発表者に対する宣戦布告となる。

「これからお前を完膚なきまでに叩きのめすが、覚悟はいいか?」と。


 ベリルにしても、何も相手を叩きのめしてやろうなどと考えてはいなかった。ふと、好奇心から質問してみただけだ。少なくともこの時点では。

 彼女は魔法科学こそ専門ではないものの、考古学の第一人者。フィールドワークを得意とし、その知識は自然科学、技術、歴史、芸術、言語、そして魔法まで、広さも深さも相当なもの。

 ベージュのブラウスに、金属の飾りボタンがあしらわれた紳士物の革ジャケットを重ね、指だし手袋とパンツを着用している。モデルのような長身も相まって、可愛らしさと格好良さが同居する。会場でも一際目立つ存在だった。


「どうぞ」


 発表者の声がドーム状の高い天井に反響する。ここがかつて劇場だった名残りだ。天井や壁には神話の名場面が描かれ、柱や手すり、階段など、あらゆる場所に神話世界の動物を象った華美な装飾が施されている。舞台を半円形に囲む階段部には、それらとは不釣り合いで無骨な机と椅子が並んでいる。


 不幸なことに若い発表者は常套句を知らなかったし、彼女と面識がなかった。「ルブランシュ教授」の名は知っていたが、名前の印象だけで老紳士と思いこんでいた。まさか質問者がその人だとは思いもしない。彼女の言葉を文字通りに受け止め、続く質問を笑みを浮かべて待っていた。数分後には死人となって降壇することになるとも知らずに。


「先ほど、ジェローム朝時代の地層から採掘した神器と仰いましたが。年代測定はどのように? 地質年代測定? 放射年代測定? それとも、残留魔素測定ですか?」


 男はこの質問に違和感を感じるべきだった。


(わたくし)、魔法遺物が専門でして。考古学の方はちょっと……ははは。ですが、蝶と百合が絡み合った特徴的な装飾模様から明らかですね」


 相手を素人と信じて疑いもしない男は「パピリヨン模様」という専門用語を避けて、そう答えた。


「あら。でしたら考古学ⅠとⅡは履修済のはず」


 そう言うと、ベリルはくるりと後ろを振り返り、交差する視線の中から教え子の姿を探した。


「リジュさん」


 名前を呼ばれた教え子は、見るからに聡明そうな黒縁眼鏡の女の子だった。その場で起立すると、ベリルの意図を正確に把握し、講義のように答え始めた。


「はい。『パピリヨン模様』はジェローム朝の特徴です。しかし、その三百年前のスリブデン王朝の遺跡からも同様の模様の鏡が出土しています。ゼルバン地方の寺院跡からも」

「よろしい」

「ありがとうございます」


 教え子がほっと緊張を解きながら席に着くのを見届けてから、もう一度壇上に相対する。


「ちなみに彼女も魔法遺物専攻ですよ」


 この芝居がかった指摘に発表者はうろたえた。発表資料を無駄に捲り、汗を拭く。

 ベリルもこんな意地悪な問い詰め方をするつもりはなかった。だが、考古学を(ないがし)ろにされては黙っていられない。


 ――あーあ。断定はできないけど、台座の研出蒔絵(とぎだしまきえ)にも言及したら納得してあげたのに。


 スリブデン王朝の頃はまだ蒔絵の技法は確立されていない。ゼルバン地方には漆は自生しない。そして、研出蒔絵(とぎだしまきえ)の技法が多く用いられたのは、ジェローム朝後期ローラン地方。

 

 ――これではっきりした。こいつは「敵」だ。


 昨年、ローラン地方の遺跡で、大規模な盗掘事件が発生している。貴重な研究対象が壊滅的な被害を受けたことに、ベリルは憤慨していた。

 金銭的価値の高い財宝や、魔法遺物を簒奪し、貴重な遺跡を破壊して(はばか)らないトレジャー・ハンターを彼女は憎んでいた。この発表者が自ら盗掘したわけではないだろう。しかし、盗掘家同様、彼らが幅を利かせる原因を作っている蒐集家もまた、大切な研究対象を破壊する敵だった。


 ベリルはその後も落ち着いた口調で分類法、鑑定法の不備を指摘した。敵と認定したからには容赦しない。


「……分類の前提として年代特定は必須です。にも関わらず再三、不要と仰る。しなかったのではなく、出来なかったのではないですか? あなたはいったい、それをどこの()()()()()()()のですか?」


 追い詰められた男は、傷ついたプライドを守りたい一心で口汚い言葉を吐いた。


「な、何が悪い! お前にそんな風に言われる筋合いはない。この……!」


 続く下品な言葉は記録に値しない。彼女は愛する考古学を愚弄されたことで、既に激怒していた。


「自ら採掘したなどと虚言を並べず、入手経路を明らかにすべきでした。虚偽に(まみ)れたあなたの発表は玩具を自慢する子供の稚戯(ちぎ)にも劣る。コレクター風情が一端(いっぱし)の研究者を気取るな!」


 男は唇を噛み、肩を震わせ下を向いた。そんな姿を哀れに感じる者も居たが、彼女に反論してまで擁護しようとする者は居なかった。


   ※   ※   ※


 半年後。飛行船と汽車を乗り継ぎ、さらに蒸気自動車と徒歩。三日に及ぶ行程を経て、ベリルと助手のヒューゴは、やっとの事で遺跡に辿り着いた。現地の人以外には知られていない、名もない遺跡だ。


 コンパスで方位を、太陽で緯度経度を割り出す。地図から顔を上げたベリルが大きく頷いた。ミドルボブの銀髪。ターコイズブルーの瞳。薄く紅を置いた唇。その全てに溌剌とした笑みを浮かべて言った。


「間違いない」

「やっと着きましたねー。おめでとうございます!」

「ベースキャンプを設営しましょう」

「はい!」


 ヒューゴは自分の背丈の倍ほどもある荷物を静かに降ろす。両肩の排気口からシュシュッと蒸気を吹き、歯車の噛みあう音がギギギッと響く。濡れ羽色の長い髪に青緑色の目が可愛らしく、一見人間の女の子のようだが、ヒューゴは男の子の機械人形だ。


 翌朝、綿密な記録を作りながら、少しずつ遺跡に侵入開始。岩盤をくり抜いて作られた巨大な穴居の集合体。風化と崩落により、深奥部までの道のりは険しい。遺跡の全貌をマッピングするとなると、大掛かりな学術調査隊を組織しなければならない。今回はその予備調査。学会や大学、博物館から、人員や費用を引き出すための銀板写真撮影、サンプル回収が主な目的だった。


「ねぇ、ししょー。本当にこんなところにお宝さん、あるんですか? 竜の棲むダンジョンとか、古いお城とかじゃなくて?」


 ベリルは新米助手にも分かりやすいよう、噛み砕いて講義し始めた。


「なにも金ピカの財宝だけがお宝ってわけじゃないのよ。ここは記録にもない前史時代の遺跡なの。ここで人々がどんな暮らしをしていたか。食事は? 衣服は? 宗教は? 文化は? 芸術は? また、ここではどんな歴史が紡がれていたのか。そうしたことを伺い知れるもの全てがお宝なのよ」


 声にこそ出さないが、ヒューゴの顏が「ほぇぇぇ」と言っている。


 洞窟の中は広い空間と狭い通路が交互に折り重なっている。プライベートスペースがそのまま隣接する住居と繋がっていたりもした。


「なんだか空気が淀んでて薄気味悪いんですけどぉ」

「なんで機械人形のあんたがびびってんのよ。それより、灯り!」


 ヒューゴの額では文字通りの「ヘッドライト」が光っている。


「ちゃんと照らしてますよぉ。でも、真っ暗でよく見えな……」


 光から逃げるように闇がさざ波を立てて後退するが、光の輪は暗闇を映すばかりで、その奥は見通せない。

 ベリルはハッとした。この現象には心当たりがあった。ぞわりと背筋に冷たいものが走り、慌ててヒューゴを制止する。


 しかし、間に合わなかった。突き出していたヒューゴの両手に、タールのように真っ黒で、うねうねと動く流動体がまとわりついた。


「ひぇぇ。なんですかこれ。ぞわぞわします! ししょー取ってください!」


 ヒューゴは泣きださんばかりだった。


「ブラックアクラシス! 粘菌兵器がなんで……」

「ど、ど、ど、どうしましょう?」

「近づけないで。肺に入ったら危険なの」

「あ、じゃあボクは平気ですか?」

「動かなくなるわよ。あんたの錆落とすのどんだけ大変だったと思ってんのよ!」

「ふぇぇぇ。どうしたら?」

「日光で焼くのが一番。荷物は置いて。戻るわよ!」


 自然界に存在する粘菌の移動速度は一時間に一センチ。しかし、ブラックアクラシスは人の手で魔改造された碌でもない代物で、その移動速度は一分間に一センチ。陽光の差す遺跡の入り口に戻るには二時間はかかる。

 ブラックアクラシスはヒューゴの内部へ侵食し、歯車が滑り始めていた。


「ししょー駄目っぽいです。ボクを置いてってください……役立たずなポンコツでごめんなさい」


 ポンコツ。何度注意しても、ヒューゴは自分のことを卑下する癖がある。恐らく前のオーナーが、そうやってヒューゴを叱りつけていたのだろう。ベリルはそれがとても嫌だった。

 だが、今はそれを(とが)める余裕もない。


「あぁっ! もう!」


 そう言うと、ベリルはマスクを口元に引き上げゴーグルを装着した。そうしてブラックアクラシスが身体に(まと)わりつくのを厭わずヒューゴに肩を貸すと、残りの行程を急ぎ、遺跡の入り口を目指すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] スチームパンク、とても好きな世界観でした! ただその背景には説明描写が多く、序盤で敬遠されてしまうことも多いかと思います。詰め込まれた知識の数々、遺跡に対する専門的なお話は、目が滑ることもあ…
[良い点] 読ませていただき有難うございました!! スチームパンク!! ムジカピッコリーノの世界!! どこかセピア調で、蒸気仕掛けの機械がそこかしこにあるあの世界観!! そして学会という見せ場で、ヒ…
[良い点] 魔法と科学が共存する世界! 魔法古代遺跡の調査と研究! 面白くならないわけないですね♪ タイトルの「素人質問で恐縮ですが」が宣戦布告のキメゼリフ♪ このセリフって「その道のプロが使う至…
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