1-11 今度こそ救うのだ、我らが英雄を
グロッサグロス帝国とヴァルドベルク北方連合国。それぞれに人知を越えた力を持つ者達が居た。歯車で構成された翼を持つオリヴィエ。光の届かない漆黒の翼を持つアンジェリカ。
二人は敵同士。しかし幾度も戦闘を繰り返しながら、その異常な力のせいでこれまで孤独だった二人は惹かれ合っていく。やがて互いに愛し合うまでに。決して叶わない恋だと知りながら、二人は必死に運命に抗おうとする。
そして二人だけの、とある計画を実行する。しかしそれは、誰もが考え得る限り最悪の結末だった。
時空を超え、二人は再び出会う事になる。知らず知らずのうちに、かつて体験したシナリオの世界へと干渉していき……
これは最悪の結末を変え、神へと刃を突き立てるための物語。
何も諦めたくない。この世界も、世界に住まう人々も。
誰一人として、運命に殺される事は許さない。
『私は貴方を心から愛しています。誓います、必ず貴方の心臓を止めると』
『はい、私も誓います。貴方と共にゆくためならば、私も必ず貴方を……殺します』
グロッサグロス帝国とヴァルドベルク北方連合国、双方の戦の行方はたった二人の男女に左右された。たった二人、その二人の戦いだけで世界が滅ぶ。雄大な山々の一つを剣の一振りで消し飛ばしたのは、その女の持つ漆黒の剣。
そこはヴァルドベルク側の大平原。双方の軍勢のにらみ合いは、いつしか二人の戦いを見守る観衆と化していた。
「アンジェリカ! 好きだ! 永遠に俺の傍にいてくれ!」
背に銀色の歯車で構成された翼を広げ、大空を舞うグロッサグロス帝国の男。手には長剣。戦場には似つかわしくない言葉を叫びながら、同じく黒い翼を纏い、空を舞う女性へと突撃する。
「それが戦場で言う台詞ですか! オリヴィエ!」
女性も、まるで彗星のように突進。男の剣を黒い長剣で受け止め、そのまま鍔迫り合いになりながら互いの顔を確認。それだけで空気が、大地が揺れる。双方ともに互いを殺そうとしていた。当たり前だ、これは戦争なのだから。
「この時を、どれだけ夢見た事か……っ」
その男、オリヴィエは本気で愛していた。目の前の敵であるアンジェリカを。また、アンジェリカもオリヴィエに対して同じ思いを抱いていた。
二人は生まれつき英雄。特別な力を神から授かったと特別視されてきた。だからこそ孤独だった。自分達と同等の力を持つ者など周囲に存在するわけも無く、誰にも共感されない存在。ただ英雄という単位としか見られてこなかった。
だが二人は出会った。戦場で、全力で幾度もぶつかり合った。互いに惹かれ合うのは必然。憎むべき戦場の敵同士なのに、戦いながら理解しあった。理解しあって、互いに愛情を戦意に変換させてぶつかり合う。
そしてその終わりは近かった。二人はこれまで激しい戦闘を数えきれない程に重ねている。駆け引きなど互いに無駄だと言うように、何度も剣戟をぶつけ合う。
オリヴィエは思う。この時が永遠に続けばいいと。永遠に戦っていたい。単純に楽しかった。これは戦争だというのに、不謹慎にもオリヴィエはアンジェリカとの戦いが楽しくて仕方ない。
それはアンジェリカも同じ事。自分も相手も限界が近い。力を極限にまで絞りだすような戦い。この命が尽きるまで。どうかあと一瞬、あと一瞬と願い続ける。
しかし現実は残酷だった。一瞬の隙を付き、オリヴィエはアンジェリカの胸へと長剣を突き刺し、そのまま地へと共に落ちる。アンジェリカの肩を掴みながら長剣を引き抜き、そのまま躊躇いなく、とどめを刺すつもりだった。
そこでアンジェリカは最後の力を振り絞り、オリヴィエへと抱き着いた。死に際、最後の最後に願望を果たしたと満面の笑みで。
「つかまえた……やっと……」
一瞬、オリヴィエはここで初めて油断した。相手は瀕死の状態、自分も力を使い果たして大空を翔る力は既に残されていないが、それはアンジェリカも同じ。だからこそ、伏兵の存在に気が付かなかった。
アンジェリカに抱き着かれ、そのまま一瞬呆然とするオリヴィエの背へと、第三者が剣を突きたてた。アンジェリカごと、オリヴィエの心臓を刺し貫いた。
その第三者は、アンジェリカの弟だった。オリヴィエは一瞬だけその弟の顔を横目で確認する。しかし背後から不意打ちされたというのに、オリヴィエは優しい笑顔だけを向けた。その笑顔を見たアンジェリカの弟は、オリヴィエの唇が薄く動いたのを目にする。声にならない声。聞こえる筈もない声が、彼には確かに聞こえた。
『ありがとう』
そのままオリヴィエは、アンジェリカに覆いかぶさりながら絶命する。すでに事切れたアンジェリカの手を握り締めながら。
戦う事を強制された神への復讐か、それともただの嫌味か。二人は笑顔でその生涯を閉じた。
※
今世紀最大の猛暑。それは毎年聞いている、と高遠大地は殺人的な日光を背に浴びながら、海でひと泳ぎして浜辺へと戻って来た。本日は高校のクラスメイト立案の元、男女数人の仲良しグループで海に遊びに来ている。しかしその中に、浮いている女子が一人。
漆原涼。高校でも有名な高値の花。スマホが普及したこのご時世に、下駄箱へと未だにラブレターが投函される稀な存在。何故なら彼女は誰ともSNSのIDやメールアドレスを公表していない。それは男子のみならず、女子すらも。やむを得ない場合は捨てアカという徹底ぶり。
大地はそんな浮いた女子を、本日海へと誘った。理由は気になるから。
「漆原、泳がないのか?」
そんな彼女は、現在水着の上にパーカーを羽織り、サングラスに麦わら帽子、さらにはパラソルの下から一歩も出ないという、紫外線とクラスメイトに対して鉄壁の防御陣を敷いていた。しかしそれを易々と破ってくる大地へと、サングラス越しに半分睨みつけながら相対する。
「私、皆の荷物見てるから。大地君は思う存分楽しんでくればいいわ。今日私を誘ったのだって、荷物番をさせるためでしょ?」
「おいおい……」
大地はそんな性格の悪い事を誰がするか、と溜息を吐きながらクーラーボックスの中から缶ジュースを。そのまま、涼の首筋へと軽く当てた。
「ひゃ……っ!」
「水分補給してるか?」
突然の不意打ち。大地はキレられる……と思うが、意外にも
「ありがと……」
涼はサングラスを外し、素直にジュースを受け取る。その意外な対応に、大地は感動のあまり口を滑らせてしまう。
「漆原って可愛いな」
涼は猛暑の中、一瞬凍り付く。そして次の瞬間には、頬を太陽のように赤らめながら大地へと抗議した。
「なっ! 私はただ、当然の礼儀を示したまでで!」
「うむ、エラいぞ」
大地は涼の隣へとスポーツドリンクを開けながら座り込んだ。そのまま砂浜で楽しそうに遊ぶクラスメイトを眺める。その隣で、缶ジュースのプルタブと格闘する涼が。大地は手を伸ばし、そのプルタブを開けつつ
「今日誘ったの迷惑だったか?」
「……嬉しいわ。でも私、こういうの慣れてないから。空気壊してたらごめんなさい」
今度は大地が凍り付く。そして同時に己の思い込みを殴り倒したい気分だった。漆原は寡黙なだけで、自分達よりも遥かに他人を気遣っている。
「いや、俺もごめん。お前の事、勝手にクールな一匹狼だと思ってた」
「間違ってないわ。私は狼よりコーギーの方が好みだけど」
「そうか、俺は猫派……」
「大地君! 助けて!」
と、その時、浜辺で遊んでいたクラスメイトの女子の叫び声が。どうやら男子生徒の誰かが溺れたらしい。その叫び声に即座に反応したのは涼。続けて大地も缶ジュースを放って走りだした。浜辺に居る筈の男子生徒が一人足りない。
涼は迷う事なく、パーカーと麦わら帽子を捨てて海へと。
「待て漆原! お前ら! 人呼んで来い!」
大地も涼を追って海へと入った。ゴーグルをつけ泳ぎ、沖まで。すると人が、もがきながら沈んでいるのが見えた。そこに向かう涼の姿も。大地も潜り急行し、もがく男子生徒を二人で引き上げる。暴れる男子生徒を両側から抱き抱えるようにして、海面へと。
「おい、暴れんな! 落ち着け!」
そこにクラスメイトが呼んだであろう、ライフセーバーがモーターボートで駆けつけ、男子生徒を救出する。しかし大地は青ざめた。一緒に男子生徒を助けた筈の涼の姿が無い。
「……まさか」
ライフセーバーの制止する声も無視して、大地は再び海の中へ潜った。すると海底で微動だにしない涼の姿が。大地はその腕を掴み、引き上げようとする。だが動かない。何かが引っかかっていると、涼の足を見た大地は絶句した。
青白い、人間の手が海底から涼の足を掴んでいた。パニックになる大地。必死に青白い手を蹴り飛ばし、離させようとするが、二本目の腕が出てきて今度は大地も掴まれてしまう。
「んな……っ!」
そのまま二人は引きずり込まれた。海の底へと。まるで流砂の中に引き込まれるように。
※
目が覚めた時、そこは青い広大な空間の洞窟。大地は海底にこんな所があるのか、と疑問に思うがそれどころではない。涼がぐったりと、まるで死んでしまったかのように微動だにせぬまま倒れている。
「漆原! おい、漆原!」
呼吸を確認する大地。薄いが息をしている。しかしこのままでは不味い。何せ寒い、寒すぎる。青い光を放つ壁の中の何かのおかげで、暗くはない。だがこのままでは凍え死ぬのは時間の問題。
「漆原……文句ならあとでいくらでも聞くからな」
大地は涼を抱きしめながら辺りを見渡した。すると中央の辺りに焚火の痕が。涼を抱き上げ、そこへと向かう。運がいいことに、まだ火種は残っているようだ。大地は必死に火種へと息を吹きかけつつ、辺りに散らばっている木片を集め火を起こした。しかしすぐに燃え尽きてしまうだろう。
「我ながらアウトドアの才能があるかもしれん。まってろ漆原、すぐに戻るからな」
青い洞窟の空間の中、木片や燃える物を探し出す大地。洞窟の中は意外にも枯れ木や、紙屑が散らばっていた。しかし紙屑の中に、何やら文字のような物が。
「本のきれっぱしか? まあどうでもいいや……」
その辺りに落ちている物を片っ端からあつめ、腕一杯に抱えて再び焚火の元へ。それらを火に放り込んでいると、大地の耳に……足音のような物が聞こえてきた。
残酷な神の歯車が、再び動き出そうとしている。
今度こそ救うのだ、我らが英雄を。