第九話 俗な天使
踊り子の脳天目掛けて振り下ろされた爪は白雪の肌をわずかに掠めて地に落ちた。
モンスターの頭には深々と刺さった規格外に大きな輝く剣。
刃は地面にまで到達しており、モンスターは呻きながらしばらく手足をばたつかせていたが流石にそれ以上動くことはできなかった。
汁を撒き散らして膨らむと爆発し、灰となって夜風に消える。
大きな剣は獲物がいなくなると音を立てて落下し、普通よりも少し大きいくらいの大剣に姿を変えた。
「叩き起こされたから何事かと思えば…こんな街中に上級モンスターだと?」
「あ~たてのん抱えてきたら肩凝ったわぁ~」
弾け飛んだ灰を浴びながらたてのりとアルアスルが姿を現す。タスクと莉音は歓声を上げて二人に駆け寄った。
その陰から少し遅れてガウが飛び出し、躓いてよろめいた莉音を受け止めて嬉しそうに顔を舐める。
「俺をガウが呼びにきてくれたんや。只事やないて言うから…道の途中で捨てられてたたてのりも拾ってきたわ。正解やったな」
「ガウ、アル、たてのり!助かったわほんま」
「ありがとう、ガウくん、アルちゃん、た、…たてのりさん」
喜ぶタスクと莉音の後ろから踊り子が気まずそうに出てくる。
アルアスルとたてのりは同時に踊り子を見つめた。
「えっと、ありがとう…なんてお礼を…」
「あっ!天使様それはあかん!」
莉音は慌てて踊り子を止め、アルアスルを牽制するように睨みつける。
対して怖くもない目に睨まれたアルアスルは肩をすくめて苦笑した。
「はは、流石にモンスター1匹倒しただけで王国随一の踊り子を仲間にできるとは思ってへんって」
「仲間?」
「俺とこの剣士、そんでそっちのでかいのと小さいのでパーティ組んでるねん」
アルアスルが答えると踊り子は驚いて目を丸くした。
冷たい夜風に踊り子の羽織とペリドットの髪がはためいてキラキラと光を散らす。
「うちも小さなパーティだけど、こんな少人数は初めて見たよ」
「うーん、俺ら友達おらんでな~」
アルアスルは乾いた笑い声を上げる。
そんなアルアスルを押し除けてたてのりは踊り子を見下ろした。
「小さなパーティ?トウカ…さんもパーティ組んでるのか?」
「あぁ、名前、知ってくれてたんだ。ありがとう」
「え?あ、いや…」
タスクとアルアスルと莉音とガウから何を馴れ馴れしく…という非難の目を向けられてたてのりは一瞬たじろぐ。
トウカは気にする素振りも気取る様子もなくそうだとあっけらかんと答えた。
「うちの店、まるまるギルドになってるんだけどさ。店長からバーテンダー、マジシャンや踊り子までみんなパーティのメンバーなんだよ。ひとつのパーティでギルドとお店を兼ねて運営してる感じかな。お客さんはお酒を飲むついでにうちで依頼を受けたり出したり、情報交換をしているよ」
トウカの想像以上に親しみやすそうな受け答えにタスクがたてのりをよくやったとでも言いたげに小突く。
たてのりは何をされたか分からずにただタスクを睨んだ。
「俺らからしたらめちゃめちゃ大きいなあと思うで」
「人数はまぁ…ここに比べたらね。パーティとはいえギルドを兼ねてるからあたしらは動き回ることもあんまりできなくて、活動としてはさっきみたいに街に迷い込んだモンスターの退治くらいなんだ」
トウカは腰の銀の鈴を撫でながら先程までモンスターがいた場所を見つめる。
モンスターは余程力のあるものでなければ灰となって消えるためほとんどの場合そこに痕跡を残すことはない。
今回のモンスターは牙くらい残してもいい強さだったが、実際には跡形もなく消えていた。
「それにしても、こんなモンスター…トウカ…ちゃんひとりでなんて。踊り子やからサポート系やろ?」
タスクが哀れんだように足の傷を見る。
傷こそ深くはなく本人がケロッとしていてあまり重症そうには見えないがそこそこ出血していた。
「普段は数人で対処してるんだけど…あたしの運が悪かったんだ。普段はこんなにでかいのは来ないんだけどね。ここ数日はこういうのが多くて…」
説明するトウカの話半分にタスクは白魚の足に浮かぶ傷が気になって仕方なく、莉音を横目で見る。
そこで莉音が目をぱちくりとさせて固まっていることに気が付いた。
「莉音…どうした?そんなアホみたいな顔して」
「て…」
「て?」
「天使様が…思いの外…その…人間的やぁ…」
先程から呼ばれている天使様というのが自分のことだとようやく気付いたトウカは高らかに笑い声を上げた。
「それはすまなかった、お嬢ちゃん。あたしは見た目こそ伝説のセントエルフだのなんだの言われちゃいるが、実際は酒場で踊り子やってるだけのちょっと白いエルフだよ」
莉音はトウカの色の白さを再度確認するように全身を見て、ようやく足の怪我に気がついた。顔面蒼白になって飛びついて治癒を施す莉音にタスクは安心してため息をつく。
「…でも、ほんまなん?天使様、めっちゃ魔法使えるし…」
しゃがみ込んで治療しながら莉音が尋ねると、トウカは一瞬目を見開いた。
そして莉音のスカートの裾の砂を代わりに払いながら笑う。
「それは…そう、ちょっと厳しく修行したらこんなのはすぐさ。エルフは長命だからね。パーティに所属してるのもあって経験値も結構あるからさ」
「へぇ、ほうかぁ」
治癒を終えた莉音は立ち上がりながら腑に落ちないように頷く。
「…まぁ、セントエルフというのは伝説上の生き物であってこんな街中にはまずいないだろう」
少し離れたところでアルアスルの尻尾の毛を整えながら話を聞いていたたてのりが呟く。
「そ、そうそう。伝説のエルフって東の大陸のドラゴン谷のさらに奥に住んでるっていうじゃん?あのあたりはモンスターでも何でもみーんな強いらしいし、街に出る前に食い殺されちゃうって」
その言葉にトウカはいささか慌てたように同意した。
そして、まだ納得がいかなさそうな莉音の頭にあやすように手を置く。
「そんなことより、助けてくれたお礼がしたいんだ。明日うちの店においでよ」
沸き立つアルアスルとタスクを横目にトウカは莉音に微笑んだ。
「傷もたくさん治してもらったし、ね」