第六話 酔っ払い
今日の全てのパフォーマンスが終わったようで、色とりどりの光は存在を消し一気に俗な酒場の気配が周りを満たした。
タスクは舞台の裏に姿を消すトウカを追いかけそうになった莉音を抱き上げて席につかせる。
「あては天使様に讃美歌とお祈りを捧げなあかん!」
「あかんあかん。天使様は忙しいねんで。ご飯とか食べなあかんし」
「て、天使様もご飯食べやぁるんか…?」
莉音を説得してなんとか酒を持たせる。アルアスルの隣の席に座らせてみたがテーブルに届かず、莉音は結局タスクの膝の上に乗り直した。
「じゃあ莉音ちゃんのパーティ入りを祝って、かんぱーい!」
すでに何杯か飲んでいたアルアスルが幾分か上擦った声で音頭をとる。
タスクが頼んでいた瓶の中身をすっかり飲んでしまって新しくグラスを人数分頼んでいたようだ。
タスクは乾杯を勢いよく復唱して一気に飲み干し、たてのりはアルアスルの横で面倒くさそうに少しだけグラスを上げた。
「みんなのパーティでの役割を知らへんなぁ、教えてえや」
愛用しているマグカップの数倍以上大きいヒューマン用のジョッキグラスを両手で抱えて莉音がふと思い出したように尋ねた。
「そういやタスクしか言ってへんかったなぁ!」
自分で連れてきたくせに放ったらかしなアルアスルは豪快に笑うと酒で火照った顔で何度か頷いた。
「俺は実は盗賊や。…盗賊って仕事かな?まー金稼ぐんが仕事って感じやな。あんまり戦闘向きじゃないねん。面倒臭いし…なんやその納得したわって顔は…」
「まぁそんな顔もしたくなんだろ、似合ってるぜ」
アルアスルの隣で最初は面倒くさそうにしていたたてのりの様子が数杯目からおかしい。
先程までの絶対零度の視線は消え失せて人懐っこく笑ってアルアスルの尻尾に頬擦りするばかりだ。
タスクもアルアスルも全く気にしていないようだが莉音はエルフに笑いかけられたことなどないため戸惑って視線を逸らす。
「俺は戦士だ。攻撃力は保証する」
「防御力はペラペラガバガバやぁん?」
「うるせー!」
タスクの揶揄いにも嬉しそうに反発する。
完全に酔っ払っておかしくなっている様子だが莉音はなるべく見ないようにしていた。
「い、いつもこの3人でつるんでるん?他の人は?」
代わりにタスクを見上げて気になっていたことを聞く。ドワーフの村を通っていく輝かしいパーティは何十人もの戦闘員とその倍の数の回復役、バフデバフを連れて意気揚々と練り歩いていた。
強い敵を倒すためにはやはり数が必要なのだ。
「他?俺らだけやけど」
「前のええとこの嬢ちゃんは逃げたしなぁ~」
タスクとアルアスルは遠い目をする。
「…………3人で、パーティ?」
「そう」
「自バフの盗賊と、武器職人と、戦士だけで?」
「そうなんよ」
「…男ばかりで?」
「それは余計やろ!」
莉音は絶句した。回復と他バフのいないたった3人のパーティが存在するなど絵本の中でもありえない。
アルアスルは今飲んでいた酒を手放して寝潰れたたてのりのグラスを奪うと一気に飲み干して机に転がした。
「ほんまはもうちょい…それこそバフとか欲しいんやけどさ。俺の仲間はみんな商人やし、タスクは亜種やから同族との絡みはないし…たてのりはこんなんやから」
確かに猫人族はほとんどが商人であるためそれ以外の職業についているというのはとんでもなく珍しいことだ。
ドワーフの亜種はサイズ的に村に居られるのは幼少期の頃までで、たてのりの癖のある性格ではせっかく来た仲間も加入にならないかもしれない。
莉音が知らないだけでエルフは全員こういうものなのかもしれないが。
そう考えると、メンバーが3人しかいないのも納得がいく。
「やから莉音ちゃん来てくれてよかったわ。ほんまに。あとは少なくともバフかなぁ。そしたら本格的な戦闘もできるやろうし、小銭稼いで暮らすことも無くなりそうなんやけど…」
バフをかけられる職業といえば吟遊詩人や楽師、あとは踊り子くらいのものである。回復と同様に数が少なく大概が王家の専属部隊や有名なパーティに所属してしまっている。
そのあたりでホイホイと掴まるような職業ではない。
「天使様ならきっとすごいバフやデバフをかけやぁるんやろうなぁ…!」
莉音はうっとりと照明の消えた舞台に想いを馳せる。
天使はそこに二度と輝く姿を見せることはなく、そのうちに店は閉店の準備を始めた。