二十三話 セントエルフ
ゼーローゼはトルソーを一瞥して鼻を膨らませる。
「セントエルフトルソーは瞳の色の薄さで価値が変わるんだが…彼女、“アレキサンドライト”は見ての通り薄い金と銀の瞳を持つ非常に美しい個体でね。10年分のバカンスを棒に振ったよ」
残念そうな様子とは裏腹に声は弾む気持ちを抑えられていない。
「これが…伝説のセントエルフ…と…?本物の…?」
たてのりの口から自然と言葉が溢れた。
他は何も言葉を発しないが、皆が同じ思いを抱えている。
伝説は存在しないからこそ伝説なのだ。御伽話の種族がいることを俄かには信じられなかった。
「おや?“本物”を見るのは初めてなのかね?」
皺の寄った目尻が片方吊り上がり、にやりと笑ってアレキサンドライトの方を見る。
人形は少しだけ眉を顰めて嫌そうに睫毛を伏せた。
「トウカ君…君は、どうだね」
ゼーローゼの呼びかけにアルアスルは思わず隣に座っていたトウカの方に振り返った。
そこにいたのは、透き通るペリドットの瞳を大きく見開いた、初雪のように白い肌、陶人形のように美しい面立ちのエルフだ。
まるで、トルソーと同じような。
「トウカ、ちゃん…まさか…」
「アル!」
たてのりがアルアスルの言葉を制した。少しの余韻を残して室内は静まり返る。
ゼーローゼが鼻を鳴らし、立ち上がってトウカの方へ近付くと変わらずにやついた顔でその端正な面立ちを睨め回した。
「トウカ君…あぁ近くで見れば見るほど、見紛うてしまうよ…その真っ白な肌、透き通る髪と宝石のような瞳…まさに“伝説そのもの”」
その場にいるたてのりを除いた全員の視線がトウカに集まる。
たてのりはゼーローゼを睨みつけていた。
「一度、エルフ王族に謁見したこともあるのだが、はて…君ほど色の白く美しいお方はあらせられたかな…?」
「おい…何が言いたいねん……」
痺れを切らしたタスクの唸るような声にゼーローゼは面白くなさそうに睨みをきかせる。
「…その、トウカとやら…セントエルフである可能性が高い。手足のあるセントエルフは絶滅したと思っていたが、本物であるならその手足は国の貴重な資源だ。諸君らが所持していて良い代物ではない」
「な…なんやと!トウカちゃんはただのエルフや!」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったアルアスルが素早く否定する。
ゼーローゼは食事の際に飛んできた小蝿ほども気にかけずに自分の席に戻ると深くパイプを吹かした。
「魅了のバフを…使っていたね?魔装なしのあの正装で」
トウカがハッとした顔でゼーローゼの顔を見る。
ゼーローゼはいやらしい顔で笑うだけだ。
「うちにも優秀な魔導士がいるのでね…さぁ、取引だ。この部屋の全てを渡してもそのセントエルフには及ぶまい。何が欲しい?ここにないものでも構わん。富か?名声か?全て与えよう。何ならそれと交換できる?」
捲し立てるゼーローゼに怒りで震える莉音が立ち上がる。
「そ、そんなこと、できるわけ…!」
思い切り叫んだ莉音の声を、バチバチという不快な乾燥した音と点滅する光が遮った。
刹那的な出来事にアルアスルでさえも反応が遅れる。
気がつけばトウカは地面に伏し、首に雷の鉾を突きつけられていた。
ゼーローゼの反対側の扉から数人の黒装束の者たちがいつの間にか入ってきていた。




