第十六話 神々の行幸
たてのりは死んでしまったが、その場に重苦しいほどの悲しみは立ちこめていない。
要は、莉音が蘇生さえ可能であれば、莉音さえ生きていれば他は誰でもよかったのだ。
回復役の聖女が必ず蘇生を身につけているとは限らない。
蘇生は一定以上の素質と鍛錬、その上で何かを失ったものだけが可能なものであり、たてのりやアルアスルは莉音の色の薄い目に賭けていただけだ。
莉音が頷いたことでアルアスルは全身の力が全て抜けるほど安堵した。
少し遠くで一連を見ていたタスクが怒った顔で莉音に詰め寄る。
「こら、莉音!自分が死んだら絶対に誰も助けてやれへんのやぞ!俺のことなんか庇ってる場合とちゃうでほんま」
「ごめん…つい、咄嗟やったさかい…」
聖女の杖を抱いて莉音は縮こまる。
「たてのりはアルが莉音を庇ったのを見てものすごい勢いで飛んでいったよ。感謝しときな」
主の様子に狼狽えるエレジーを宥めながらトウカが笑う。
アルアスルは決まりが悪そうにトウカから目を背けた。
「ほしたら蘇生の儀をするさかい、アルくん、こっち来て」
「あたしも手伝うよ」
「ほんまぁ、ありがとう」
長い杖の先で描いた簡単な魔法陣の真ん中にたてのりを横たわらせ、その頭の上に莉音が立つ。
魔法陣の周囲を滑るように滑らかに舞い始めたのを合図に莉音は大きく息を吸った。
「What a Friend we have in God,all our sins and griefs to bear…」
いつか教会で執り行われた葬式で聴いた聖歌が静かに響く。
神へ捧げる歌に合わせて穏やかにその身を委ねる踊り子は酒場で見た妖艶さを手放し、伏せた睫毛も流す視線もただひたすらに穢れなく美しかった。
「…take it to Load in prayer…」
トウカと莉音の体が優しい温かさに包まれる。
莉音は杖を魔法陣に突き立てると瞼を閉じたまま天を仰いだ。
「主よ…我が主よ…朋を救い給え、其の御手で救い給え…」
ゆっくりと莉音の光を失った湖の水面のような瞳が姿を現わす。
その瞳には、確かに神の手が夜空から燦然と輝きながら伸ばされるのを映していた。
「…神々の行幸」
柔らかな福音がたてのりの体を覆い、天から伸びた数多の手はたてのりの魂を掬い上げた。
欠損した体は光によって修復され、失われた色は神の音でその鮮やかさを取り戻す。
祈りの姿勢をしていた莉音が肩で息をし始めた頃、光は消え、トウカは軽やかに一礼をした。
「ん…う…」
魔法陣の中心でたてのりが小さく呻いて身じろぎをする。
アルアスルとタスクが勢いよく飛びついた。
「たてのり~!!」
「え、あ、うわっ!なんだ!?」
「もうあかんかと思ったわ~!」
もみくちゃにされたたてのりはわけがわからなさそうに眉を顰めた。
「あぁ…そうか、俺死んだのか」
「そうやで、このアホ!もう次はないからな!」
アルアスルに怒られたたてのりは頭を掻く。
蘇生とて万能ではない。死後一度でも日を跨ぐとその体はもう救われない。
また、術者の力にかなり依存して負担をかけるるため蘇生ができる回数も頻度も保証はない。
術者は何かを失って蘇生の力を手に入れるためそもそも母数が少なく、その中でも数日に一度できれば十分すぎるほどだった。
「莉音、大丈夫?」
「うん…トウカが手伝ってくれて早う終わったし、いつもよりは…随分…」
言っているそばから莉音は杖を支えに頼りなく彷徨っている。
たてのりと莉音の様子、またモンスターの生捕りも失敗に終わり、今日のところは引き上げた方がいいという判断になった。
「そしたら、宿に…ん?」
収納空間から出したガウに莉音を乗せたタスクが足元に視線を落とす。




