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太陽の向こう側  作者: しのはらかぐや
第1章 結成
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第二話 盗まれたのは


一年中山を掘る音や虫の鳴き声が響くドワーフ村とは売って変わってセントラルシティであるツェントルムの街はひどく騒がしく活気に溢れていた。

比較的ヒューマンの割合が多いがやエルフが楽しそうに交流し、ドワーフも少ないながら働いてはいるようだった。


「あっ、すみません、このあたりで下ろしてください」


ツェントルムの港まで来た莉音(りおん)は潮の匂いに馬車を止め、初めての土地に足をつける。

建物や通る人は皆見上げるほど大きくどれもが輝いて見えた。


「うわぁやっぱり規模がちゃうんやなぁ…」


ドワーフが物の交換をする交易以外で村から出るというのは亜種を除きごく稀なことである。

ドワーフには職業の選択という概念はほぼなく、必要最低限の店以外は皆が鉱山で石を掘り、鉄を打って物を作り、農作物や家畜を育て、生活を整えたり交易に使ったりして暮らしている。

つい上ばかりを見上げていた莉音は背の高いエルフに蹴飛ばされて大きく倒れた。


「あいたぁ…すみません」


「何だ?汚らしいドワーフごときが…道を塞ぐな」


人形のように美しい顔立ちに目が痛くなるほど輝く装飾をつけた本物のエルフを見たのはこれが初めてだ。

ドワーフの寝物語ではいつも悪役として描かれる力ある種族エルフは、その高貴さゆえか泥仕事を主にし、背の低く手足の短いドワーフを嫌って激しい差別をするというのはどうも本当のことらしい。

莉音は逆光で一層霞むエルフに謝罪を重ねて立ち上がった。

世界中にいる種族の中でもドワーフは奴隷身分だと幼い子からよく知っている。これくらい慣れたものだ。


「道を尋ねるなら猫さんがええてシスターが言うてたなぁ」


莉音は近くの露店で果物を売っていた猫人族(びょうじんぞく)にこの街のことを尋ねた。

猫人は人口のほとんどが商人で、戦いや争いを好まず自由気ままな種族だ。そのせいかドワーフにも優しく、差別なくどの種族とも友好関係を築いているという。


「あんた、聖女か?目はどうした?それでこの街はちょっと…」


様々な情報をくれた猫人は心配そうに莉音を覗き込んだ。

孤児の多い聖女という立場で目も(くら)く、ドワーフとあっては大きな街では最高のカモになりかねない。

莉音は優しく微笑むと一礼してその場を後にした。


「うーん、まずは乗り物が必要か。なんて広さなんやろ」


猫人はこの街で暮らしていくにも他の地域に行くにもとにかく足がないことには始まらないと教えた。

馬車でも移動できるが、時間がかかる上に毎回使用するなら高額になるということだ。確かにこの街を行き交う人々は多くが不思議な生き物を従え乗っている。

それらが購入できるのはツェントルムの街の外れの方だった。

普段歩くことのないレンガでできた地面に美しく色付けされた建物、自分よりも頭二つ分は大きい人ばかりの中をヘトヘトになりながら壁沿いにゆっくりと歩いていく。

街の人は何でも店で購入する様子で、パンだけを売る店や加工された宝石だけを売る店まで細かくあってとにかく建物の量が多かった。

とんでもない賑やかな中心部から少し離れ、ひとつ大きな橋を渡ったところからは少しずつ木々も増え、そのうちのどかな牧場が現れる。

この牧場でペットや乗り物を売っているらしい。

牧場の中心には大きなホール状の建物があり、中をそっと覗くと外からはわからない活気に満ちていた。


「世にも珍しい馬の桃色だ!さぁ買った買ったぁ!」


「金貨1000でもらおう。毛並みを見せてくれ」


「透き通る美しいロバはどうだ!?見た目よし、仕事ももちろんできますよ!そこの旦那!」


色とりどりの毛並み、様々な大きさの生き物、見知った動物からよもや生きているのかもわからないモノまで広いホールいっぱいにペットが並べられていた。

買い手であろう人々は真剣な面持ちで眺めたり優しい顔で触れ合ったりしている。

莉音は活気や熱気だけを感じてよろめいた。視覚的に選ぶことはできない。この中を一人で歩いて一人で選ぶなど到底不可能だと感じた莉音はホール入り口に佇んでいた案内人に声をかけることにした。


案内人は皆目立つ色の腕章をつけている.色を頼りに莉音は一番近くにいた猫人の袖を引いた。


「あのー、すみません。わたくし、目が弱くって。一緒に選んでいただけませんか」


「えっ!?あ、あー…はい…」


妙に歯切れの悪い猫人は少し困っている様子だったが、前に立って案内してくれた。

目の前をふわふわとした尻尾が緩やかに行ったり来たりを繰り返す。


「この子は?」


「あ~えぇっと。ベルクククス、山奥に住む狐の一種です」


「狐!随分かいらしなぁ」


ホールにいる動物は何百と種類があり、ひとつひとつを目を凝らして一日で見て回るのは難しそうだった。

案内人をいつまでも捕まえておくのも忍びない。莉音は案内人を見上げて首を傾げた。


「あの、ドワーフにおすすめの生き物はいませんか?」


「え~っと、小さいという意味で?」


「そう、ですね…足が速いとありがたいんですが…」


案内人は辺りを見回してなるべく小さい生き物を探しているようだった。

そのうち手を引かれて連れていかれたのはどれだけじっくりと見ても見たこともない生物の前だ。


「この…生き物は?」


「ガウッ!」


「えっと…あの…えーっと…そう、ガウ。ガウという…生き物です」


確かにガウガウと鳴いている。ドワーフに向けたものかはわからないが背はちょうど案内人くらいの高さしかない乗り物にしては小型の生物だ。

二足歩行に特化したウサギのようにも見えるが手は小さく、耳もロバくらいしかない短さだ。全身をもふもふとした毛で覆われ黒い鼻が中心で動いている。


「ガウは足が速いですか?」


「まぁ…はい。多分…」


案内人は新しく配属されたばかりなのかあまり生物に詳しくはないようだ。

しかし、ガウは莉音に擦り寄ってもふもふの毛を存分に使い甘えている。随分人懐っこい生物のようだ。

妙に愛着が湧いた莉音はこれ以上探すのも疲れたという理由もあってガウを引き取ることに決めた。


「この子にします。何で引き換えられますか?」


「……引き換え?」


「えぇ。宝石ですか?珍しい陶器なども持ってきましたが…」


「いや、あの、金貨170ですけど…」


案内人はガウの下に置いてある札を莉音に見せた。確かに金貨170と書かれている。


「金貨って金塊のことですか?170…は重さですか…?すぐに加工しますが」


「金塊!?もしかしてあんた、貨幣制度知らへんのか!?」


ツェントルムの街ではもちろん貨幣での売買が成立する。金貨、銀貨、銅貨の種類がある貨幣を利用するのだ。

しかし、自分が生活に使うものは自分で作ることが基本のドワーフ村では物々交換が主流である。

莉音は特に教会からも出たことがなく、貨幣制度を知らないばかりか持ち合わせてもいなかった。


「か…カヘイ?すみません、そういったものは持っておらず…」


「はぁ…」


案内人は困ったように頭を掻く。そしてしばらく考える素振りを見せると今度は妙に周囲を気にして見回し、しゃがみ込んで莉音と目線を合わせて小声で囁く。


「あんた、シスターやろ?回復はできる?クエストは?」


ようやく見えた案内人の顔は思いの外整っていてあまり商人らしい風貌ではない。

金のよく輝く星屑の瞳が薄い橙かかった前髪の隙間からやけに印象的に覗いていた。


「え…?えっと、目がこれなのでクエストや戦いなどは…回復はできますが…」


「ならいいわ。貸しにしとくでな」


案内人は急にいやらしく笑うと莉音をいきなり担ぎ上げ、鞍すらつけていないガウに乗せた。


「えっ?何?うわぁ!」


「しっかりつかまっときいや、聖女さん!」


案内人はガウの体を持って手を高く上げる。


白兎天(はくとてん)!」


声高に叫んだ瞬間、案内人の足元が軋んだ音を立て床が割れて砕け散った。

異変に気付いた他の商人たちが慌てて駆け寄ってくる。


「盗賊アルだ!!」


「捕まえろ、逃すな!」


口々に叫ぶ商人でホール内は怒号と悲鳴でパニックになった。

そんな様子を嘲笑って案内人は高い天井までガウを莉音ごと抱えて跳び上がる。凄まじい重力が一気に体に押し寄せ、続いて天井を突き破る衝撃が立て続けに襲ってきて莉音とガウは目を白黒させた。


「ヒュ~ウ~!」


案内人は重力など感じていないかのように慣れた様子でふわりと外に降り立ち、ガウを隣にそっと下ろした。

まだすぐ近くで叫ぶ声が聞こえる。


「おい、ガウ走れ!」


「ガウッ、ガウッ!」


「はぁ?ガウやない!?えぇから走れ!」


いきなりの跳躍や浮遊感に思考が停止してしまいただガウに掴まることしかできない莉音をよそに案内人とガウは何やら言い争っている。

しかし、いよいよ追っ手の声が大きくなりガウは渋々走り出した。


「あれ!?ガウくん!あの人は!?」


瞬間的に遠かった案内人を心配して莉音は後ろを振り返る。

一体何が起こったのかはわからないが、とにかく彼が悪人だということだけが判明している。あのままその場に置いておけば捕まってしまうだろう。ろくな説明もなくそれは困る。

しかし、心配された当の本人は平気そうな顔で隣を並走していた。


「どこ見とんねん」


「あれぇ!?」


もはや何が何だかわからない。


「なーんやお前、遅いなぁ!」


「ガウ!ガウッ!」


人とは思えない速さで走りながら謎の生物と口論する案内人だったはずの男を見て、莉音はとりあえず考えるのをやめた。

都会には様々な人がいるものだと結論だけを出した。

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