第十一話 弱小パーティ
「実はこの依頼主、街のすぐ近くの山から隣の村まで所有している貴族なのです。かなりお持ちだと思いますよ」
シリウスの説明にアルアスルは得意げだ。
テーブルに置かれたクエスト依頼の紙の端を指差して爪で叩く。
「依頼主の名前見てみい。アロイス・フォン・ゼーローゼ…」
「ゼーローゼ?」
「ゼーローゼいうたら昔から王家とも懇意にしてて有名な貴族様や。自分の土地で発生してるかもしれへんモンスターが王家直轄の城下町で暴れてるってんやから慌ててクエスト出してんちゃうか」
タスクと莉音はアルアスルの金に関する嗅覚に呆れてため息をつく。
シリウスはむしろ感心したとでもいいたげに大きく首を縦に振った。
「まさにその通りでございます。ですので随分お焦りかと…我々も先ほど申し上げた通りですし、受注するパーティも冒険者が多いのでやはりこういった厄介なクエストは捌けにくいですからね」
シリウスの笑顔にアルアスルの下卑た笑顔が被る。
抵抗することをやめた莉音と呆れ顔のタスクはアルアスルをただじっとりと見つめるだけだ。
「モンスター退治のクエスト?剣が唸るな」
唯一たてのりだけが自分の背にさした大剣に触れて嬉々とした。
「マスター、頼んだで!そういうように計らっといてくださいな!」
アルアスルの目が完全に金貨になっている。戦闘が得意でなくとも、面倒でも、大金には勝てないらしい。
「莉音ちゃんもな。初仕事やで!しっかり俺らのこと助けてや」
「……。まぁ、頑張るわ……」
ようやく解放され地に足がついた莉音は再びため息まじりにそう答えた。
「しかし、あなたたちはもしやその人数で…?」
「おう、友達おらんでな!」
今度は心配そうに見つめてくるシリウスにアルアスルは何度目かもわからない乾いた笑みを溢した。
つられたタスクも乾いた笑い声を上げる。
「もう少し、火力か…いや、たてのり様がいらっしゃるなら一点強としてせめてバッファーだけでも足さないと…」
「そうは言ってもなぁ、バッファーやデバッファーなんて…」
王族の専属部隊から引き抜いてくるわけにもいかず、まして盗んでくるなど無理な芸当すぎる。
回復すら偶然確保できただけであり、それよりも数の少ないデバッファーなどこんな弱小のパーティではお目にかかる機会すら少ないのだ。
「ならトウカさんを貸してもらえばいいだろう」
それまでひたすら剣を愛で黙りこくっていたたてのりが急に口を開き、事もなさそうに大変なことを言った。
一瞬店に沈黙がおりる。その中で唯一発された莉音の低い声だけがやけにはっきり響いた。
「は?」
お世辞にも聖女だとは思えないドスの効いた一言にたてのりは鋭い視線ではなく呆気にとられたような目で莉音を見る。
上級種族のエルフに逆らった奴隷身分は死刑だ。
ドワーフのドスの効いた声などたてのりは身に受けたことがなかった。
「あっ、いや、あ……ご、ごめんな…さ…」
皆の注目を浴びて我に返った莉音は真っ青になってタスクの後ろに隠れ縮こまる。
タスクも一瞬たてのりから莉音を庇う素振りを見せたが、処罰を与える側であるはずの男の珍しい毒抜けた間抜け面に安心して莉音に笑顔を向けた。
念の為たてのりの背後に音も気配もなく立っていたアルアスルも気を抜く。
その様子を見ていたトウカがそこで声を上げてカカと笑った。
「助けに来てくれたときも思ったけど、お嬢ちゃんは随分無謀なんだね。こんな様子じゃすぐ死んじまうよ」
話しかけられたことに気が付いた莉音は目を輝かせてトウカに近寄り膝をついて胸の前で両手を合わせ十字架を握った。
主にお話をするような姿勢である。
「はい、天使様。わたくしめは死を恐れるなと教わっております。死した後はこの魂、主の元へと飛び馳せて永劫に主のお側でお仕えする所存で…」
「ふぅん。でもお嬢ちゃんが簡単に死んじめえばこのパーティはこの先すぐお終いになるんじゃないか?」
世界中の芸術品すら恐れ慄き平伏してしまうほどに美しい顔が小さな聖女を食い入るように見つめる。
それまで雰囲気でしか見えていなかった天使の面が急に真近で輝き、そのペリドットの双眸で射抜かれた莉音は湯立って目を泳がせた。
「そ、その…」
「あたしがパーティにいたら、どう?」
囁くような声でトウカは莉音に耳打ちをする。目の代わりに耳が発達した盲の聖女はますます赤くなりしどろもどろになった。
サラサラと耳から溢れる透けた髪が頬を撫でて莉音の髪に触れる。
「は、はい、あの、それはもちろん光栄です天使様…か、必ずやわたくしめがお守り…いたし、ます…!」
その返答を聞いてトウカは満足げに頷くとシリウスに目配せをして何かの手続きをした。
一連のやり取りを完全に蚊帳の外で眺めていた男たちがそこで我に返ってトウカの一挙一動を目で追う。
「あたしも…ついて行くよ。こんなパーティじゃ心配だからね」
トウカが言い放った瞬間、タスクとアルアスルの表情がわかりやすく輝いた。
莉音は事態が飲み込めない様子で目を忙しなく瞬かせ、たてのりは特に興味もなさそうに愛でていた大剣を背負った。
シリウスは相変わらずの苦笑いを崩すことがない。
「え、ほんまに来てくれるん!?百人力やんか!」
「いや~華があってええやん~」
力を欲していたのかトウカだから良かったのかわからない素直な欲望をタスクが漏らした。
「もう夜も更けたし明日から早速始めよう」
トウカの意見に揃って頷く。誰からともなく席を立ち、シリウスに挨拶をすると宿屋に戻るために広場へ移動する。
そこではガウとエレジーが相変わらず寝息を立てて休んでいた。
「ガウくん、遅うなって悪いなぁ。もうちょっとだけ乗せてくれへんか」
「エレジー、起きろ。帰るぞ」
叩き起こされて不服そうなエレジーの後にガウが続く。
豊かな毛を鷲掴んでガウによじ登り跨った莉音は目の前で白く浮き上がる姿が白く浮き上がるエレジーにひらりと乗る様子を見た。
「え?天使様も一緒に宿へ…?」
「え?そりゃパーティだし…」
勝手に乗るなと言いたげなたてのりも流石にすくむような美女、しかも自分よりも上位の純血のエルフに文句は言えない。
たてのりもトウカの前に乗り、先に駆け出したアルアスルを追うように手綱を握ってエレジーを走らせた。
「天使様が寝る分のお金大丈夫なんかな…?」
莉音の純粋な疑問は白みかけている夜空に消え、誰も答えなかった。




