番外編小噺 風呂での一悶着①
天使を救った後、アルアスルとタスク、たてのりに連れられて莉音はようやく今夜の宿にやってきた。
ツェルトの華やかな街通りから裏路地に入ったところにある周囲と比べればこじんまりとした宿はとても快適といえるようなものではないのかもしれないが、ドワーフ村の建物に比べれば随分立派に感じられた。
ここはアルアスルとたてのりとタスクの三人がツェントルムでの拠点としている宿だそうだ。
なんでも宿主がツェントルム随一の傭兵たてのりの熱狂的なファンだそうで、格安で長期にわたって貸してくれているらしい。
道中でそんな話を聞いた莉音は、エレジー上で顔色のおかしいたてのりをそっと見て真偽をはかりかねていた。
「はぁー、なんか疲れたぁ」
ガウとエレジーを隣接する小屋に繋いだ後、手を引いて宿に連れて行ってくれたアルアスルはとても眠そうにそんなことをぼやいた。
確かに今日はとても長い一日だった。午前中にはまだ村にいたとは思えないほどたくさんのことが一気に起きたのだからそう感じても仕方がない。
「おいたてのりぃ大丈夫かよ……」
「う、ん……うぷ……」
先程颯爽と現れてモンスターを一刺しにしたたてのりは、帰路の途中からやはり顔色がおかしいようだった。
今は小屋の裏でタスクに背をさすられて嘔吐している様子だ。そういえば酒屋では完全に潰れていた。酒にはあまり強くないらしい。
威圧的な雰囲気は消え、情けないやら可哀想やら複雑な感情だ。
少なくとも莉音の中のエルフという生き物は先程救った天使以上にイメージを崩している。
たてのりがこの大きな街ツェントルム随一の傭兵だなんて誰が信じられるだろう。
「あ、あの……たてのりさん…?大丈夫やろか?」
「え?あぁー、毎回あんな感じやしほっといたらええよ!それより莉音の手続きしてしまおう」
アルアスルは慣れたように宿のドアを開け、目の前のカウンター奥に向かっておっちゃーん!と大声をかけた。
外から見た寂れた雰囲気と違って、中は狭いながらに意外と綺麗なところだ。
奥に通じる場所に暖簾がかかったカウンター、左右には小さなテーブルと椅子が置いてあり、少しいい民宿のロビーといった感じである。
カウンターを囲うように上へ伸びた階段を上がれば客室がありそうだ。左右奥の通路はいまいち暗くて見えないが、ほのかにお湯の匂いがするためお風呂場でもあるのだろう。
「なんや、アル、おめーこんな夜中に呼び出して。たてのり様のゲロ処理ならいくらなんでもやらへんぞ」
「ちゃうわぁ!あれは自分でやらせたらええねん。今日はこっちよ!」
カウンター奥から暖簾をくぐって出てきたのは初老に差し掛かったヒューマン男性だった。
叩き起こされて面倒くさそうにアルアスルを睨んでいたが、その後ろから顔を出した莉音に目をむいた。
「は?幼女……誘拐か?とうとうアルも金目だけでなくこんな……」
「ちゃうちゃう!なんで!?俺らの信用どうなってるん!?」
ヒューマンはカウンターから出てくると、莉音の前に立った。莉音は目の前の人の気配を感じて慌てて礼をする。
「はじめまして、ドワーフ教会の莉音です!」
「ドワーフ……あぁ」
ヒューマンは物珍しそうに莉音を見てアルアスルに哀れんだような視線を送る。
「男所帯にとうとう飽いたんか?召使だけでも女性に……お前ら召使に渡す賃金とか持ち合わせてへんやろ」
「召使とちゃう!俺らの仲間や!回復の子!今日からパーティ入りしたねん」
「えぇ!?」
宿主とアルアスルはよっぽど仲がいいのか長い付き合いなのか、軽口を散々叩き合っている。
そのうちに莉音の手続きが終わっていたようで、アルアスルは再び莉音の手を取った。
「じゃあ部屋案内するわ!」
そのとき丁度たてのりを抱えたタスクもドアから入ってくる。
完全に伸び切ったたてのりのことを誰も意に介していないところを見ると、本当にいつものことらしい。
「階段あるで、気をつけてな。あと三段。……で、この手前のがタスクの部屋!」
「俺の部屋は結構大き目やねんで。体のサイズ順や!」




