ミーム猫②
「さて。長旅ご苦労様、お二人共。早速現地入りしてもらっちゃって悪いわね。」
15分後、荷物を置いた2人は赤城の部屋に集合した。外観の豪華さに見劣りしない、ランクの高い部屋だった。
「いえ、また呼んでいただけて光栄です。頂いた資料には目を通したのですが、一応擦り合わせしてもいいでしょうか。」
「ええ、勿論。有坂君は資料読んでくれた?」
「ちょっとだけ」
「そう。じゃあ説明するわね。といっても、あまり情報は出てないんだけど……。」
赤城はそのまま話を続けた。この旅館から山奥に車で30分程走ると、昭和末期に放棄された廃村がある。その廃村がある無人集落は心霊スポットとして全国的に有名で、肝試しに訪れる人が後を絶たない。しかし、おかしな事に、その者達は精神が錯乱してしまうのだという。それがあまりにも頻発するので、財団が目をつけたのだ。
「……おかしくなるって?こないだの先輩みたいな事?」
有坂は、先日の業務で行ったボロアパートでの橘の様子を思い浮かべる。あの時の橘は滑稽だったがなんとも恐ろしかった。人間あぁはなりたく無いものだとつくづく思った。
「忘れろ!」
「……まぁまぁ。でもあながち間違って居ないかもね。おかしくなると言っても、信憑性の高い記録が少なすぎて実を言うとよくわかっていないの。今回は聞き込みをして情報を集めないといけないわね。」
そこまで聞いて、橘がはて?と首を傾げる。
「……あの。これってエージェントの業務では?」
現地に潜入し、アノマリーを発見・捜査するのは本来フィールドエージェントの業務である。エージェントの報告によりアノマリーの存在が明らかになった段階で、他の機動部隊や博士といった他の役職の財団職員が手配されるのが基本的な流れである。
何故一端のCクラス職員にこの様な業務が回って来たのか疑問に思ったのだ。
「あら。橘さんがエージェントを目指しているって聞いたから今回は斡旋したのに。……嫌だったかしら。」
「えぇっ、そんな、赤城さんがわざわざ?……滅相もない。良いんですか。」
「いいのいいの。たまにはね。仕事は辛いことばっかりじゃ無いって知ってほしいと思って。エージェントって、ほら。色んなところにいるでしょ。配属先でこういうアタリを引けたら嬉しいじゃない。仕事のモチベーションは大事でしょ?」
確かに、今回はアタリ中の大当たりかも知れないと有坂は思った。有名な観光地で、食事も美味で景色も良い。何より名湯と名高い温泉が付いている。どんな職業であっても、このような言う場所で働くのは労働者の憧れではないだろうか。
「まぁ今回は下準備ね。本格的な調査は今回の私達の結果次第になるわ。今日はゆっくり過ごして、明日から本格的に働くわよ。早速だけど、18時から松の間で夕食だから行きましょう。蟹づくしコースよ、蟹づくし!」
「エッ!!私達もご一緒して良いんですか?」
「良いの良いの!たまには贅沢しないとやってらんないわ!」
「……やっぱり職権濫用じゃね?」
「そんなこと言うなら有坂の蟹は私が食べてやる」
「嘘!!嘘です!!!」
――打ち合わせもそこそこに、3人は豪勢な食事に舌鼓を打つのであった。
「……ええ、僕達この地域の希少な動物の調査に来たんです。今、地元の方々に聞き込みをしている最中でして。良かったら、お話聞かせて貰えませんか?」
「あぁ、ええよぉ。熱心だねぇ。」
観光地であるが故に、地元民と観光客を見分けるのは簡単では無い。野生動物の調査員になりすました有坂は、聞き込みを始めて1時間で、ようやく通りすがりの老婆に話を聞くことができたのである。
「有難うございます。……では、伺いたいんですけれども、この辺でよく見る生き物って何でしょうか。」
「鹿だね。あいつら、ブドウに悪さしよるもんで困っちょるのよ。」
「ブドウ?加工するんですか?」
「あぁ、ワインを作ってて……。」
「へぇー!お母さんもワイン作ってらっしゃるんですか。凄いですね…………」
有坂はふんふんと頷きながら、バインダーに挟んだ用紙に実際にメモを書きとった。本当に調査をしているのだと思わせる為の大事な行為である。そして、嬉しそうに喋る老婆の話をひとしきり聞いた後に、さりげなく核心の質問に迫った。
「じゃあ、ちょっとお話変わるんですけれども……山の中に、廃村があると聞いたんですが、そのあたりに何か棲みついているとか、ご存じでしょうか?」
「…………。」
「……どうされました?」
先程までの柔和な笑みを見せていた老婆は急に黙りこくって目を見開いた。あまりの豹変ぶりに、有坂は一瞬たじろぐ。
「……捨てられた」
「……どう言う意味ですか?」
「あれは良くない。あってはならん。だから廃った」
「……そのお話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「……こっちへ」
老婆は有坂の上着の端を掴み、道端の農具入れの小屋の陰に隠れるように身を潜めた。そして、小声でぼそぼそと廃村の事について話し始めた。
「昔は音子又村と呼ばれとった。明治末期までは何世帯か住んどったんだがよ、それじゃ不便だってもんで、こっちの方まで集団移住したんだ。だがよ、先祖の墓は神様はあそこに置いてかれたんだ。次第に誰も参りに行かなくなって……。だから、ここいら事故多いんだ」
「事故?」
「あそこの……ほら、兄ちゃん、見えるだろ?あの交差点な、山から続いてんだ。あそこでな、よく事故が起きんだ。他のもんは、違法な薬でもやってたんだろうって言ってるが、わたしゃあそう思わねぇ。祟られたんだ。」
「祟りだなんて……。」
「違ぇねぇ。変なことばっかり、ぶつくさぶつくさ言うんだよ。一回その現場を見たことがあるんだけどね、あれはヒトじゃねぇ。」
「……貴重なお話有難うございました。」
何となく居心地が悪くなって、有坂は話を切り上げようとした。
「兄ちゃん」
「はい?」
「山に入るのかい?」
「えぇ。調査しなくてはならないので。」
「見過ぎない方が良え。」
「???どういう……」
有坂が言葉の意味を聞こうとするも、老婆はそそくさと去ってしまった。ざわつく心が、この場所に居てはならないと警告しているようで気味が悪かった。
「……という感じ。変なバァさんだった。」
3人はそれぞれ聞き込みを終えた後、情報を共有する為にホテルに再集合した。有坂が老婆の話を2人に聞かせると、どこか合点がいったように2人も話し始める。
「私が話を伺ったお爺さんも……ちょっとおかしかったわ。ずっと目を泳がせてたもの。私が聞いた話は、山で変死体や行方不明者がたまに出るんですって……。いずれも、見つかった時には神経衰弱状態らしいわ。」
「私も、地元の小学生から似たような話を聞きました。でも、ちょっと違くて……。なんでも、例の廃村はやはり心霊スポットらしいです。稀に廃村を訪れる人がいるけれども、中には帰ってこなかった人も居て、3年経った現在も捜索中との事でした。……このような話が、また尾鰭を付けて噂を肥大化させるのでしょう。」
「って言うか、ガチの心霊スポットじゃん!どうするんすか。お化けだったら。」
「有坂君、お化けなんて信じてるの?心霊現象なんて、非科学的な現象は無いわ。この世の現象には必ず順序だった科学的要因が起因しているのよ。……どちらにせよ、私達の目標は変わらない。SCiPによるアノマリーなのか、単なる偶然なのか、ハッキリさせるのが私達の仕事。」
「なんでここの人達って心霊現象にそんな懐疑的なの?」
「有坂、心霊現象が恐れられていたのは、物事を科学で解明できなかった時代の話だ。現代の財団の科学力の前には、単なる自然現象に過ぎないの。わかった?」
「情緒が無いというか……。まぁ、別に良いんだけど。」
「オカルト話は置いておいて。準備して廃村に向かうわよ。」




