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アノマリー -from SCP foundation-  作者: 梶原めぐる
閑話④
89/94

あをによし鹿に非ず

 奈良公園 某所


 


「井上さん、本当に良かったんですか?」

 

「ええ。私、一度来てみたいと思っていたんです。奈良公園の映像はテレビで何度も見たことがあったので、ずっと興味がありましたから。」


「地元民としては日常的な光景なのですがね……喜んでもらえて何よりです。」



 機動部隊員の隅田は、医療チーム所属のめぐみを連れて奈良県へとやって来ていた。何故所属部署の違う2人が一緒に出掛けているのか――


 きっかけは数週間前に遡る。先の業務で隅田と知り合った井上めぐみは3つ年下の別部署の新人だった。彼は、過酷な現場で自分の職務を全うした彼女の働きっぷりを気に入ったのである。だが彼女は上司を自分のせいで亡くしてしまったと悲観して塞ぎ込んでしまい、その原因の一端を担っていた責任を隅田は感じていた。無関係のようには思えなくて、放っておくことができなかったのだ。

 

 そこで、隅田は現場で一緒だったよしみで息抜きに連れ出したのだ。どうやら彼女には、職場にもプライベートにも友人が少ないらしく、同期の友人は忙しくて中々連絡が取れないようで、心を通わせる相手が居ないらしかった。

 実のところ、隅田は彼女に声を掛けるのを躊躇った。大して仲の良くない異性から突然お出掛けのお誘いがあると、"下心があるのではないか?"と普通は疑うものである。白い目で見られる事を覚悟しつつ、勇気を振り絞り彼女に声を掛けると、なんと二つ返事で「いいですよ」と返事が帰って来たのだ。――彼女の世間知らずな面に助けられたと言っても過言ではない。

 それに、長年の友人を亡くした隅田も、無意識に癒しを求めていたのだった。


 

「わぁ、かわいい。見てください隅田さん。子鹿がいますよ。さ、こっちおいで。鹿せんべい食べる?」



 隅田は、愛らしい子鹿を見て頬を綻ばせる井上を見て安堵した。先の任務で深い心の傷を負った彼女をあの後何度か見かける事があったが、完全に心をやられていたから心配していたのだ。頬はやつれ、目の下には濃いクマができていた。その時の表情と比べると、今は幾分生気が戻ったように見える。

 驚くべきことに、隅田はこの時初めて彼女の笑顔を見た。普段の彼女は、業務中なんてにこりともせず、常に無表情か張り詰めた表情をしておりまるでロボットのように見えていた。


「井上さん。鹿って、意外と凶暴なんです。手を齧られるかもしれないから気を付けて。」

 

「分かりました。それに、野生動物を素手で触ると寄生虫やノミ・ダニを生活圏に取り入れることになりますもんね。」



 ――隅田は彼女のこういう現実的な所も気に入っていた。

 


「……?あれ?あんなところに。」



 観光客が多い道から外れた藪の中に、大きな鹿が身体を横たえている。まるで死んでいるのではないかと思うほど身じろぎ1つしない。嫌な予感がして、めぐみはその鹿に歩み寄った。


 

「どうしたの、君。怪我しているの?」



 めぐみはその鹿がケガや病気で弱っているのかもしれないと思い、咄嗟に体が動いた。獣医学には疎いが、ある程度なら人間への処置で対応できる自信があったのである。

 


「……?井上さん、そいつなんかおかしいです」



 隅田が違和感を感じた時には彼女はその鹿のすぐそばにしゃがみ込んでいた。



「……え?」

 

 あとわずか数cmで触れる距離。近くまで寄ってきためぐみの存在に気付いたのか、その鹿は頭をもたげ、めぐみの方を向いた。



「――ひっ!?」



 めぐみは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。その鹿は、人間の目をしていたのだ。驚いて腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。



「え…………」

 

「なんでコイツがここに!?……は、離れろッ!!」

 


 じろじろとめぐみを眺めた後、関心を無くしたのかそいつは立ち上がり、2足歩行で藪の奥へと悠然と姿を消した。



「……す、隅田さん。あれが何かご存知なんですか?鹿……じゃないですよね」



 めぐみは、慌てて駆け寄った隅田に支えられながらやっとのことで立ち上がった。恐怖で脚が震えている。



「報告書で読んだことがあります。あのアノマリーは、アメリカのアパラチア山脈のあたりに出没する化物です。そいつが、何故奈良に居るのか……。兎に角、財団に報告しなくては。俺、電話します。井上さん、お手数ですが……アイツの行方を追ってくれませんか。遠くから、観察して場所を把握していてください。」



「えっあっ……ハイ」



 めぐみは薮の方へ視線を向ける。葉のスクリーンの遠くに、うっすらとそのシルエットが遠ざかっているのが見え、慌てて跡を追った。背後で隅田が電話をする声が遠くなっていく。鹿もどきはどんどん人気のない場所へと向かっている。追いかけていると観光客で賑わうエリアから外れ、閑散とした林まで来てしまった。そうこうしているうちに、渋い顔をした隅田が合流した。



「?どうしたんですか」


「厄介な事になりました。ニッソが関わっているらしいです。」


「ニッソ?」

 

「……日本生類総研です」


「日本生類総研……あっ。名前だけ聞いたことあります。」


「財団にとっての要注意団体です。生物学的な様々な研究活動を行っている連中ですよ。本来、俺達財団が収容するべきアノマリーでさえも奴らにとっちゃ研究対象なので、とんでもない奴らですよ。」

 

「そんな組織があるんですね。それにしても……奈良公園に鹿もどきを放つ意図が分からないです。一体、何の目的でアノマリーを放ったんでしょう。」

 

「さぁ。……きっと俺達には一生理解できない理由でしょうね。」



そんな事を言いながら管理棟の建物の角を曲がると、開けた草原が広がっており、鹿達がゆったりと過ごしていた。

 


「クソッどこもかしこも鹿だらけだ!」

 

「探しましょう!特徴を教えて下さい」


「……井上さんも見た通り、あいつはパッと見、鹿のように見えますが明らかに鹿とは異なる点が有ります。分かりやすいのは目と脚ですね。」


「目……確かに、気味が悪かったです。鹿の目って黒目がちでくりくりしているのに、明らかに結膜……白目が人間のそれでした。それになんか……目が付いている場所が変でした。」


「草食動物は本来頭部の側面に眼球があるんです。視野を広くする為に。……本来はね。アイツが異質である証拠ですね。そして、後脚は二足歩行に適した骨格をしています。だから、明らかにフォルムが他の鹿と違うんです。あと、首が長い。」


「脚と首に注目して探したらすぐ見つかりそうですね!……ちなみに、あれは危険なアノマリーなんですか?」


「俺が読んだ報告書によると、そんなに危険じゃ無いみたいでしたが……遭遇すると、ストーカーされたり家の物を盗まれたりするそうです」


「十分危険ですね……」


「まぁ、見つけるのは任せて下さいよ。動物の追跡は俺の専門です。伊達に機動部隊やってませんから。さて、ここからは俺の推理になりますが。第一に……あいつは群れる事を嫌う。」


 藪の中で離れて孤立していたのが良い例だ。鹿という生き物は、群れで生活する習性を持つ。なのに人目や仲間の目を掻い潜るかのような場所にひっそり陣取っていた。つまり、鹿と馴染まずにわざと孤立を選んでいるのだ。


「だが生きている以上、生命エネルギーを得る為に餌は欲しい。……それにグルメと見た。井上さんの鹿せんべいに見向きもしなかったのが良い例ですね。そしてこれは俺の勘だが……恐らくヒトの食事が好きなはずだ。目以外にもヒトに似た臓器を有しているかも知れない。」


「成程……。」

 

「つまり、奴の餌場はおそらく……」



 隅田はかつて見たことがあろうとある場所の記憶を呼び起こし、その記憶を辿りながらとある場所に向かった。



「……ゴミ捨て場ですか。……あっ!」



 公園の隅の方にひっそりと佇んでいたのは、公園に持ち込まれたゴミを収集する為の小屋だ。ゴミ収集車が来るまでの間保管するためのものであるが、そのドアから後ろ足の歪んだ鹿が入っていくのが見えた。



「よし、いたな。財団は俺達の位置情報を追っている。ここに応援が来るまで、少し待ちましょう。」




 隅田はめぐみの方を振り向いて凍り付いた。彼女の背後にもう一体の鹿もどきが忍び寄っていたのだ。

 鹿もどきの喉の辺りの毛皮がめりめりと裂け、捲れ上がったかと思えばその中から骨だか歯だか分からないものがちらりとのぞいた。

 生臭い匂いが広がる。



「……!井上さん、後ろ!」


 このままでは井上がやられる。そう思った隅田は咄嗟にその場を駆け出した。


「うぉおおおおッ!間に合え!!」


 彼女が傷付けられる前に、奴をどうにかしなければならない。

 まさに、隅田が鹿もどきに殴り掛かろうとした瞬間、視界端でとんでもないものが見えた。


 キラリと細い光が反射した。めぐみの手には、いつの間にか注射器が握られていたのだ。目にも止まらぬ速さでそのキャップを外し、鹿もどきの首元に突き立てて中の液体を注入した。この間、僅か1秒の出来事だ。


「ギィェエーーーッ!!!」


 鹿もどきは恐ろしい鳴き声を上げてその場を跳ね回り暴れるも、次第にフラフラと足取りが覚束なくなった。そしてとうとうその場に倒れ込んで昏睡状態になった。


「……何を打ったんですか?」


「麻酔です。Dクラス職員用ですけれど……。持ち歩いてて、良かった。」


「ーーー!」



 

その瞬間

――恋に落ちる音がした。



 丁度、応援で駆け付けた財団職員達の呼びかけが聞こえない位の胸が高鳴っている。

隅田はその後どうなったかよく覚えていないが、無事に鹿もどきは回収され保護される事になったそうだ。


 日本生類総研との関係性は、依然捜査中である。




この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author:ooblex

Title: SCP-6448 -NotDeer-

Source:https://scp-wiki.wikidot.com/scp-6448

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